百七十五話「研究会調査結果1」
遅くなってすいません。
日明けて日曜日。
風野藤一郎の申し出により、能力者たち(+他一名)が彰家に集まっていた。
「今日は何をするんや?」
「研究会のことで分かったことがあるから、藤一郎さんが話すってことだったんだが……」
趣旨も理解せずに来た火野に、もう呆れることさえ忘れた彰が説明する。
「……全く人を呼んどいて遅いわね」
「まあまあ、藤一郎さんの身分を考えれば急な用事くらいしょうがないことですよ」
彩香をなだめる恵梨。
「一時間くらい遅れるという話だったな」
「その間何をしようかな?」
遠いところわざわざ雷沢と光崎も来てもらっている。
一時間か……。これまた微妙な時間が空いたところだ。
彰は考えを巡らす。
話の後に雷沢さんにアドバイスをもらおうと思ってたけど先に……いや、このタイミングで二人で抜け出すのはおかしいか……? 恵梨たちには内緒にしておきたい話もあるし……。
集まった面々を見ながら、時間を潰す方法を考えてた彰は、この場で唯一能力者でない人間に視線を止めた。
「……そういえば、先生?」
「何だ、高野?」
研究会の話ということで、兵器派に所属していた畑谷も今日は来ている。
「先生ってどうして研究会に入ってたんですか?」
研究会の襲撃から約一か月経ったが、何だかんだで聞く機会が無かった。
「……そういえば、聞いたことがありませんでしたね」
「この前の襲撃の時、敵の鹿野田と何か知り合いだったような話もしてましたが……」
「研究会という組織を多角的に知るためにも、確かに聞いてみたい話だな」
恵梨、彩香、雷沢も食いつく。
「隠すことでもないから話してもいいが……そんな楽しい物じゃないぞ?」
畑谷は渋るように言うが、それでもいいという彰たちの雰囲気を感じたのか、話し始めるのだった。
「先生の担当教科が物理だってことは知っているよな。というわけで、大学でも物理を専攻していたんだ。そこで先生は天才物理学生だって言われててな……」
「………………?」
「こらそこ、イメージに合わないからって疑問顔にならない」
と言われても、先生が天才って……。
「信じてないな……。まあいい、そういうことで大学内でもかなり知られていた。で、学年が上がって研究室に配属される年になったんだな。成績優秀だった先生はその大学で一番エリートが集まると言われてた研究室……兵藤研に入った」
「……!」
兵藤ってまさか……。
「おまえたちが想像している通りだ。この前の襲撃のリーダー兵藤。その本人だ」
「あの人が……」
「この前軽く説明はしたが、兵器派にいた研究員の内半分ほどはそうやって表の世界にも別の職を持っていた。兵藤にとっては大学の教授だったってことだな」
「…………」
話には聞いていたが、そういう身近なところにも研究会のメンバーはいたのか……。秘密結社みたいに籠ってばかりだと思っていた。
「先生が兵藤研に入ってすぐは、先輩は普通に先生と接していた。それから、半年くらい経ったときだったか……。先輩に研究会についての話を聞かされた。
最初はホラ話だと思った。国直属の隠された研究機関なんて俄かには信じがたかったからな。……だが、実際に研究会に連れて行ってもらって嘘じゃないと分かったんだ」
「そうやって先生は研究会に?」
「そういうことになるな。研究会に入る方法は、研究会に所属している者からのスカウトしかない。先生は先輩にスカウトされたってことになる。……先生が兵藤のことを先輩って呼び始めたのもそのときだな。同じ組織に入ったんだし、そう呼んでくれって言われて」
スカウトのみでしか入れないか……。まあ、大々的に求人する秘密結社とかアホだしな。
……それにしてもスカウトされたって、本当に先生はそんなに優秀だったのか? 全く信じられないんだが。
「ちょっと質問があるんだが?」
「……えっと、何だ、雷沢さん?」
畑谷と雷沢が会うのは彰の見舞い以来二回目。お互い距離感が掴めていないようだ。
「研究会に連れてこられたとき、畑谷さんはまだ研究会に入ることを承諾していなかったんだな? つまりそのときはまだ一般人というくくりだ。……そんな人間を易々と本拠地に入れてしまっていいのか?」
「……いい質問だ。答えから言うと、先生が研究会に連れて来られたのは先輩の判断だったんだが、それは尚早だった。
正直研究会の理念を聞いて、俺はあんまり賛成できなかったんだが、すでに研究会の本拠地を知った身だ。入会を断ったら、どんな目に合わされるか分かったもんじゃなかったから、結局研究会に入ったんだ」
「ふーむ……」
畑谷の返答を聞いて、雷沢は腕を組みながら考える。その後、口を開いた。
「もしかしたら最初から兵藤の計算の内だったんじゃないか? 引き返せなくして、自分たちの仲間に入れるために」
「確かに考えられるな」
彰も同じことを考えていたところだ。そんな考え無しの行動をするような人間には見えなかった。
考えても無かった可能性だったのか、畑谷は目を見張り、すぐに息を吐く。
「……だとしても今となっては真相は闇の中だな」
この前の襲撃の時、戦闘人形によって兵器派の人員は畑谷以外殺されている。異能力者隠蔽機関が死体の確認もしたから確かな情報だ。
「鹿野田とはいつ出会ったんですか?」
能力研究部門の長の名前を出す恵梨。
「兵器派に入ってから少し経ってだったか。……あの人ほど研究会の『研究至上主義』を体現している人はいないだろう。立場も部署も違ったから話す機会はそんなに無かったが、もう生物の種類が違うんじゃないかってくらい理解できなかった」
「そんな気がしますね」
直接には一回しか会っていない彰も、鹿野田の狂いっぷりは異常だと思った。
「まあ、そうやって大学と研究会の間を行き来する生活を送った後、斉明高校に赴任する際に外部研究員という役職につくことで研究会から距離を置いたんだ。
……だが、今回の襲撃に当たって君たちの情報がバレて、それに関わりがあるということで先生も協力させられて」
「あんな事態になった……というわけか」
今と情報が繋がったところで。
ピンポーン。
玄関のベルが鳴る。
「……ちょうどいいタイミングだな」
一時間にはまだ早かったはずだが、急いだのだろうか?
「俺が出てくる」
彰は席を立った。
「呼び出しておいて遅れてすまない」
開口一番、謝罪の言葉を口にして頭を下げる風野藤一郎。
「そうよ、遅いわよ」
「いや、藤一郎さんは俺たちのために協力してもらっているんだ。これくらいの遅刻くらい大目に見るべきだろ」
「そうね、仕方ないわね」
「彩香……」
速攻で意見を変えた彩香に、何とも言えない恵梨。
「今日は研究会の話をするとのことでしたが」
雷沢が話を進める。
「そうだな。先日畑谷くんの方から兵器派の本拠地を教えてもらい、そこに調査チームを向けたところかなりの収穫を得た。……正直私もどう受け止めていいのか分からないような物も、な」
「……?」
何だろう、いつもの藤一郎さんらしくないな。妙に話し方の歯切れが悪いというか。
「そうだな……まあとりあえず、研究会の成り立ちから話してしまおう」
少々投げやりな言い方……一体、何があったんだ?
彰が違和感を抱える中、風野藤一郎は話し始めた。
「研究会が国の機関だという話はここにいるみんなは聞いているだろうが、では何のために作られたのか? それは能力者に対するためだ」
「……日本政府はどこで能力者の存在を知ったんだ? 日本の能力者と政府に繋がりはないはずだが」
雷沢の疑問。
「そのはずだったんだが……。まあこの時、日本政府が対策していた能力者は日本ではなく、アメリカだった」
「……!」
「アメリカには能力者ギルドという組織がある。そして彰くんの話では、アメリカでは能力者の存在を世間に公表しないという条件で、裏社会に住む者や政府高官は能力者の存在を知っている者がいる」
「ルークにはそう聞きましたが……」
「だからそれを外交のカードに使ったのだよ。……『うちの国ではこのような人型兵器が作られています』という風にな」
「人型兵器……!!」
確かに能力者の存在を知らないものからすれば、そう思われても仕方ないが……。
「僕たちだって人間だ。聞いてて不快な気持ちになるな」
「ですね」
みんなうなずいている。無能力者である畑谷も同じ気持ちのようだ。
「だが、その効果は絶大だった。何しろ人型なのだからな。空港を通っても、何のセンサーにも引っかからない。自国に入ってくるのを止めるためには、鎖国でもするしかないがこの国際社会でそんな考えは無謀だ」
「人の流れは金の流れ。経済が死ぬも同然だからな」
「あなたの国に既に何人の能力者を送っています……と言われても警察程度では対処のしようがない。いくらでも脅すことができるな」
「実際アメリカはそんな運用はしていないだろう。アメリカの能力者だって人間だ。……しかし、そうやって見せたことに意味があるのだよ。
というわけで、人型兵器の存在を知らされた各国はどう動いたか。日本は確かにアメリカと友好な関係を築いている。だが、それがいつ崩れるかは分からない。……だから、そのいつかのために対抗するための武力が必要だった」
「それで日本では研究会が出来たと」
「そういうことだ。……この前の襲撃で使っていたパワードスーツはその最たる例だろう。能力者に対抗するため、という点でな」
研究会の成り立ち……そんな背景があったのか。
「でもそれって能力者の存在を広めていることになりますよね?」
「公にはなっていないだろう? アメリカの脅しを聞いた各国だって、そんなこと公表したら混乱が起きるだけだ。だから明かすわけには行かない」
「それで秘密が保たれたってわけですか」
何つうか屁理屈だな……。異能力者隠蔽機関はこんなこと許したのか?
「だが、ということは日本政府は最初、能力者のことを知らなかったということだな? けど、現に能力研究部門には能力者――サーシャが在籍しているじゃないか。それで能力者が兵器ではなく、人間だということに気付いたんじゃないのか?」
「そうだな。そうやって各国は能力者対策をしている間に、それぞれの国に住んでいた能力者たちが政府と接触した。そこでアメリカが言っていた兵器というのが間違いだということに気付いたのだよ」
「何だ、その脅しは現在破られてるのか。……けど、日本の能力者は政府と繋がりが無かったんじゃないのか?」
「そうだな……一人は除いてだ」
「……?」
どういう意味だ?
「すまない、それについては後から説明する。何にしろ、その一人によって人型兵器は能力者だということが判明。同時期に鹿野田がサーシャをどこかから連れてきて、それで兵器を研究する部門とは別に能力研究部門が作られたというのが流れだ」
「後から作られたから能力研究部門の方が分室だっていうことなんですか?」
「そういうことのようだ」
彰は今の話を頭の中でまとめる。
アメリカが能力者の存在を兵器だと偽って各国を脅した。それに対抗する形で各国に様々な動きがあって、日本では研究会が作られた。その後、能力者の存在が明るみになるにつれてアメリカの脅しは意味を成さなくなった。
つまり研究会は元々は能力者に対抗するために作られた組織。なのに能力研究部門の方が分室であるのは、それが後から作られたから。
「そんな成り立ちだったんですか……」
「うん……さっぱり分からんな」
「言うと思ったわ」
「……後でタっくんに分かりやすく説明してもらおうーっと」
「もう数年は勤めていたが、そんな背景があったとは知らなかった」
各々の反応。
「研究会の成り立ちについては分かった。……それで、さっき何か気になることを言っていたな。日本の能力者で研究会と繋がっているものがいたというように聞こえたのだが……」
雷沢の疑問は彰も気になっていたものだ。
勘だけど……それが藤一郎さんがおかしくなっている原因な気がする。
「……この情報が伝えられたのは一昨日だ。それからずっと調べているのだが……本当に何故この名前がそこに書かれているのか分からない」
「…………?」
「おっとすまなかったな。……詳しくはこれを見れば分かるだろう」
そして一枚の紙を取り出して見せる風野藤一郎。
七人はそれに顔を寄せて見た。
「なになに……科学技術研究会、能力研究部門創設メンバーについて、やって?」
「主任が鹿野田修……あいつですね」
「その下に書かれているのがサーシャ……で」
「………………これは一体どういうことなの?」
いち早く気付いた彩香が声を震わせる。
科学技術研究会、能力研究部門の創設メンバーの中に自分と同じ苗字の者が、
風野大吾の文字があったからだ。
「風野大吾……?」
「……確か風野氏の叔父さんだったと聞いているが」
「その通りだ。……どうしてあの人が研究会に……何の仕事をしているかは知らなかったが、まさかこんなことをしているとは……」
風野藤一郎が頭を抱えているのも珍しい光景だ。
「驚きましたね、彰さん……って、彰さんどうしましたか!?」
顔が真っ青になっている彰に、声を大きくする恵梨。
だが、その声は彰の耳に届いてなかった。
「……おい……どういうことだよ……?」
一体どうして俺はこんなところでこの名前を見てるんだ?
彰の目から離れないのは、紙に書かれた風野大吾の名前。
その下。
創設メンバー五名の内の残り二人だった。
高野透。
野田美佐子。
その名前は彰にとって馴染み深い物。
それもそのはず。
絞り出されたように彰がうめく。
「親父と……母さん……?」




