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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
六章 体育祭、自覚する気持ち
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百六十七話「それぞれの話」

 立ち話もなんだから、と風野藤一郎に連れられて病院の待合室に入る畑谷。

「安物ですまないな。ちゃんと準備しておけばよかったか」

 風野藤一郎は自販機で買った缶コーヒーを手渡す。

「いえいえ、これでも十分ですよ」

 畑谷はプルタブを起こして開け一飲みする。


 風野藤一郎も同じように缶コーヒーをあおってから話し出した。

「さて、話というのは他でもない。……得体のしれない組織にちょうど調査の手も止まってたところだ。君には科学技術研究会について知っていることを全て話してもらいたい」

「やっぱりそうですか」

 自分の肩書きを指摘された時から予想はしていた。

 科学技術研究会に狙われている娘のことを思えば当然是が非でも聞きたい情報だろう。しかし俺は……。


「………………」

「……? 話せないのか? 聞くところ君は、今回の襲撃で娘たちの味方をしたはずだ。兵器派も壊滅したことだし話を聞いても大丈夫だと思ったのだが……」

「ああ、いえ。そういうことじゃないんです」

 言い淀んでいたところを勘違いされる。

「では何かあるのか?」

「……その自分は組織の中でも下っ端でして、そんな詳しいことは知らないんです」

「ふむ……そうか」

 確かに組織のことを知らなくても仕事なんていくらでもできる。自分の会社にだって全てを知って仕事をしているものがどれだけいるだろうか?


「あっ、でも」

「何かね?」

「本拠地にならそういう資料が置いているかもしれません。……研究のことしか頭にない組織でしたから、ちゃんとまとめられているかも不明ですが……」

「そこらへんの捜索は調査チームに任せよう。本拠地の場所だけでも教えてくれ」

「はい。本拠地は世間に知られてはならない研究なんかを行っていた関係で山の中にあって、能力研究派はまた別の場所にあるので自分はどこにあるのかは知らないんですけど……」

 そこで畑谷はある山の名前を告げる。


「ありがとう。この情報だけでも、行き詰っていた私たちにとっては朗報だ。礼を言う」

「そんないいですって。自分のような者が役に立てただけでも光栄です」

 顔の前で手を横に振る畑谷。




「それにしてもこんなに早く話が終わるとは思ってなかったな。……予定まで後少しあるが…………」

「でしたら娘さんの学校での状況とかでもお話しましょうか?」

「是非頼む」

「あっ、は、はい」

 思った以上に力強い返事が返ってきたのに反応しかねる畑谷。


「特に彰くんとどのような状況になっているかは重点的に頼む」

「は、はぁ。どうして高野が……」

「ゆくゆくは娘と彼には結婚してアクイナスを継いでもらいたいと思っているからだ」

「………………」

 これは大企業の社長に認められていると羨むべきなのか、それとも災難だなと哀れむべきなのか………………。いや、聞かなかったことにするのがベストだな。


「自分もまだ一週間も持っていませんからそんなにたくさん知っているわけではないですが……」

 そう前置きして話し始める畑谷だった。













 少し長くなるので座って話しましょうか、と彩香、雷沢、光崎の三人は廊下に置いてあったソファに座る。

「話というのは彰の傷に関することです」

「確か今回の襲撃中、水谷を庇って受けたと」

「はい。そのナイフを彰が受けた場所というのが、ちょうど心臓のある位置辺りで」

「それでも彰くんは生きていたというのか。……悪運が強いな」

 何となく幸運ではなく、悪運だろうと思ってつぶやく雷沢。


「いえ、彰が助かったのは悪運なんて言葉じゃ片づけられない物なのよ」

 だが、彩香はそれを否定する。

「……というのは?」

「医者の話によると彰の傷はピタリと心臓の手前で止まっていたのよ。傷跡から想像するにどう考えてもナイフが途中で止まったようにしか思えないということで、骨なんかに引っかかった様子も無いと……」

「………………」

 彩香の言った言葉を咀嚼する雷沢。


「つまりどういうことなの?」

 話に付いてこれなかった光崎の疑問に、理解しきった雷沢が答える。

「風野はこう言いたいわけだ。……彰くんが助かったのは常識的に考えてありえない、と」

「はい」

 彩香は思い出す。襲撃の時、サーシャはこう言っていた。

『高野を貫いたナイフは場所もスピードも十分に心臓に届くものだった』

 あれはサーシャの見間違いじゃなかったということ……?




「だとしたら、考えられる可能性は一つしかないだろう。常識的に考えてありえない以上、そこには超常の能力が関わったのだと」

「……そうなりますよね」

「風野もそこまでは分かっていたのだろう? だからその先のことについて僕に相談に来た」

「……風の錬金術しか持たない彰が、どうやってナイフを止めたのでしょうか?」

 つまるところ彩香の疑問はそこだった。


 雷沢は何故自分に質問しに来たのか納得する。

 中二病である僕なら、この状況に対して何か思いつくかもしれないと考えたわけか。


「そもそもの疑問なのだが、彰くんに話は聞いたのか?」

「聞きました。……けど、あの瞬間は意識を失っていたから分からないと。何かをしたような気もするけど、とも言っていました」

 気絶……?

 何か引っかかった雷沢だが、あいにく何とも結びつかない。


「風の錬金術に出来るのは風を生むこと、風を金属に変えること、そしてそれを操ること。……けど、それじゃあ向かってくるナイフをピタリと止めるような芸当はできません」

 自分の勝手知ったる能力だからこそ彩香は断言する。

「ふむ…………」

 頭の中に残る数々の物語の中で使われた能力の応用例を模索する雷沢だが、確かにナイフをピタリと止めるような方法は思いつかない。


「ちょっと思いついたんだけど、風の錬金術で無理なら彰くんに隠された能力があるとかじゃないの?」

 ここまで静観していた光崎が口を開く。

「ですけど、能力は親から遺伝する以上、一人に一つしか持てないはずでは……」

「いや、その可能性はあるな」

 否定する彩香に対し、肯定する雷沢。


「そもそも彰くんの存在は能力者としての常識から外れているんだ。風野家にしか残っていないはずの風の錬金術を持っていたこととか、研究会、能力者のことを知っていた父親とだな」

「……それはそうですが」

「そんな彰くんのことだ。もう一つの能力じゃないにしろ、他に隠されていた秘密があったって意外だとは思わない」

「………………」

 彩香が押し黙る。


「この話他のみんなには」

「……まだしていませんが」

「彩香くんの判断に任せる。僕としては話しても構わないと思うが」


 雷沢は直感していた。

 たぶん今回の事態は彰くんの存在の深いところに関わっているだろう、と。

 それにしてもナイフをピタリと止める術とは一体……。


「分かりました。時期を見て話そうと思います」

 彩香が答えた。

















 外は暑いし中で話しましょ、と美佳は由菜と連れ立って病院の受付待ちソファに腰を下ろす。

 一呼吸おいてから美佳は話し出した。

「それで何を悩んでいるの?」

「うん……最近彰を遠くに感じることがあるな、って思って」

「そう? あなたたち昔と変わらないように見えてたけど」

「いつもはね。……けど、恵梨のこととか、彩香さんや火野くん達とかとどうやって会ったのか教えてくれないし」

「恵梨のことは知らないけど、彩香さんと火野くんは恵梨の知り合いだったんじゃないの?」

「ううん。それだけじゃないと思う」

「……彰、そのとき鼻の頭でもかいてたの?」

「違うけど……これは幼なじみとしての勘」

 それはそれは何とも便利な物をお持ちで。


「今回の怪我も……転んだ恵梨を助けたって、ただそれだけの理由なのかな?」

 ……ふざけている場合でもないか。美佳は思い直す。

「彰が嘘をついてるって思うの?」

「あんまりそう思いたくはないんだけど……」

「……ま、気のせいよ、気のせい。前に山から転がり落ちて枝で胸を引っ掻いた人の話を聞いたことあるけど、あれくらいの怪我するって言ってたし。彰たちが間違って入った方の山道は足場が悪いらしいし、そんなこともあるでしょ」

「そうなのかな……?」



 そうだったら、いいんだけど。

 由菜は美佳の言葉に意識を変える。

 けど……じゃあ、夏の旅行の時のあれは一体……?



 全く、変な言い訳させないでよね。

 美佳は自分の言葉を信じた友人を冷や冷やしながら見ていた。

 山から転がり落ちて枝で胸を引っ掻いた人、なんてそんなピンポイントな話聞いたことあるわけないでしょ。……ほんと、今度会ったらただじゃおかないんだからね、彰。


 美佳は彰に相談されたわけではないが、今回の話が嘘だってことは分かっていた。

 だって『今回の戦闘中』って恵梨が言ってたもの。裏恵梨の迫力に押されて誰もツッコまなかったけど、今回の遠足中に戦闘が起きたなんて話は聞いていない。

 夏祭りのときと同じような私たちには言えない事態なんだろうけど……だったらもっとうまく隠しなさいよね。そんなだから由菜が気づくのよ。



「これで話は終わり? だったら行きましょ。今なら恵梨たちに追いつけるわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、美佳!」

 二人は夏の暑さがまだ残る外に出た。


















「それで話っていうのは何だ?」

「ずいぶんご機嫌だな」

「……ああ。今やってる仕事が上手くいっているからな」

 電話越しのたった一言だけで、それを読み取るのか。

 李本俊リベンシュンは電話の相手、サーシャの洞察力に舌を巻く。

 やれやれ、こいつは本当に敵には回したくないな……。


「つうわけで今テンションが高いんだ。なるべくこれが落ちるような話はしてほしくないんだが」

「そういうことなら期待に添えるだろう。……貴様にとっていい話が二件ある」

「ひゅうっ、いいねえ」

 いい話と悪い話の二件じゃなくて、いい話の二件だ。何だ、最近の俺ツイてきてるのか?


「まずは一つ。……この前の兵器派を騙してくれたときの報酬を指定の口座に振り込んでおいた。後で確認でもしておけ」

「おっ、あの法外な額をか」

 ただ電話口でちょちょっと騙すだけにしては、すごい額だったが……。

「確かあのときは金が無いって言ってたよな? どこで調達したんだ?」

 だから支払いは少し待ってくれ、という話だったが。


「それなら貴様も聞いているだろう? 科学技術研究会、兵器派が壊滅したってことは」

「ああ、それをおまえらがやったってことも知ってるぞ」

 そこらへんの情報の仕入れは早くないとこの業界ではやっていけない。



「それのおかげで兵器派の研究予算がそのままこちらに入ることになった」

「……まさかお前ら最初からそれが狙いで……?」

「その通りだ。他にも副産物はあったが、それがメインだな」

 金のために仲間を殺す……か。黄龍ファンロン的には実に納得しやすい思考だ。

 だが、同時にこいつらは自分に利益が無いと思った相手は簡単に切ることができるってことだ。……敵に回したくねえって思ったばかりだし、気を付けておくか。


「けど苦肉の策じゃねえか? 兵器派が壊滅したってことになったら、今後は能力研究派分しか予算が出なくなるだろ? 今回一回だけの策だ」

「それについては大丈夫だ。隠蔽機関の『記憶メモリー』の結果、兵器派は最初から存在しなかったことになって、もともと自分たちが合計した予算をもらっていたということになっている」

「……ほうほう。隠蔽機関としても事件の隠蔽のためには仕方が無かったってことか?」

「であろうな。…………そのおかげで戦闘人形ドールの研究もまた進めることが出来る」

 戦闘人形ドール……こいつらが研究している能力者ってやつか。内容はよく分からねえが、普通の研究じゃないことは確かだし金はいくらあっても足りないだろう。




「それで二つ目のいい話っていうのは何だ?」

「こちらとしては誠に遺憾だとしか言えないんだがな……高野以下能力者四人を殺し損ねた」

「……マジか?」

「無駄な嘘をつく性分ではない」

「……あいつら本当に生き残りやがったか」

 サーシャがあいつらを殺す計画を立てたと聞いたとき、万に一つも生き残る可能性は無いだろうと思った。この女が失敗するビジョンが見えなかったからな。


「おまえが失敗するとは珍しいな」

「……やつがあれほどの実力を持っていたとは想定外だった」

 冷静に言っているように聞こえるが、その中に悔しさが混じっているのが何だかんだで付き合いの長い李本俊リベンシュンには分かった。

 それにしてもやつ……? あいつら二人のどっちかなのか……?


「それに関してだが、貴様はあいつらと因縁があったはずだな」

「ああ。……高野と火野。あいつらには絶対いつかリベンジしてやる」

 油断していたとはいえ自分を負かした二人。

「その機会を与えてやろうか? 鹿野田様があの四人の調査を求めている。報酬は弾むから貴様が行かないか?」

「おおっ、ちょどいい……と言いたいところだがな。今、別の仕事の最中でな。悪いが一時他のことをしている余裕はない。部下なら貸してやれるが」

「いや、高野達と直接戦ってデータを取るのが目的だ。能力者でないと厳しいだろう」

「そうか……他の幹部たちも手を離せなかったはず……。となると……そうだな。あそこに依頼してはどうだ?」

「………………?」

「一回も利用したことが無いんだったか。じゃあ俺が仲介してやるから、手数料をもらうぞ」

「話が見えないな。どこに頼むんだ?」

 ドンドンと話を進めていく李本俊リベンシュンに、焦れたように口を開くサーシャ。


「いや、おまえも知っている組織だ。能力者の取り締まりの方ばかりに目が向くが、本来はそっちがメインだしな」

「……私が身分を偽ったところか」

 夏祭りのときを思い出すサーシャ。


 その通りだ、と相槌を打つ李本俊リベンシュン




「能力者ギルドには俺から話をつけておく」

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