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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
六章 体育祭、自覚する気持ち
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百六十五話「死闘 能力VS能力5」

 違和感。

 戦闘人形ドールにナイフを突き立てた恵梨が最初に思ったのは、みんなを守ることのできた達成感でも、本当に人を殺したことの罪悪感でなくそれだった。

 手に伝わる感触が硬いのだ。

 およそ肉を貫いたとは思えず、手元を見た恵梨は。




 ナイフが丸太に刺さっていることを確認した。




「……!?」

 まるで忍者の変わり身の術を使われたようなこの状態。……もちろんそんなわけがなく。


「危ない、危ない。快感に身を囚われて、失態を見せるところだった」

「………………」


 遠くサーシャの隣にはどういうわけかナイフを刺したはずの戦闘人形ドールがいる。

 そう、恵梨のナイフが届く瞬間、サーシャの能力『交換リプレイス』によって戦闘人形ドールは窮地を脱したということだった。




「そん……な…………」

 ドサッ!!

 恵梨が左手首を抑えながら崩れ落ちる。

「はぁ…………はぁ…………はぁ……」

 手首に付いた切り傷は水の錬金術を使い、傷口の血を金属化することで止血してある。

 しかし、それで痛みが治まるわけではなく、戦闘の緊張で分泌されていたアドレナリンの効果が切れると、スタミナ切れも相まってそこから動けないでいた。



 これで彰たち能力者四人、全員戦闘不能。



 残るは畑谷ただ一人。

 何の力も持たない以上、戦闘人形ドールに蹂躙されるのを待つばかりだが……。


「科学者として、前提条件を変更するのはいただけないな」


 畑谷は最後の一時まで抵抗をやめるつもりは無かった。

 ここで諦めたら高野や水谷たちの頑張りが無駄になる。体で敵わないなら口を動かせ。ペンは剣より強しだ。

 畑谷は自らを鼓舞して、サーシャを睨み付ける。


「戦闘には介入しないと言ったことか?」

「ああ、そうだ」

「前提条件を変えない……それは実験の時の話であろう? 今回の戦闘は処刑……」

戦闘人形ドールの運用テストの側面が無かったとは言わせないぞ」

「……ちっ」

 即座にサーシャを論破する。


 しかし……口を動かしてどうなるんだ?

 畑谷は次に糾弾する言葉を探しながら、そんな思考が首をもたげる。

 こんなのただの時間稼ぎにしかならない。待っていれば味方が来るわけでもなし、今やっていることが無意味に思えてくる。


「……ああ、確かに最初約束したことを破ってすまなかったな。……それでは死ね」


 絶望の宣告。

 くそっ、やっぱり取り合ってくれないか……。

 ムキになって言い返して来れば煽り続けて意識を逸らすこともできたが、どうやらサーシャは冷静なようだ。


「だがっ!!」

 何も思いつかない。

 けど、何とかしないといけない。

 畑谷の気持ちだけが先行したその言葉に応えた……のかは分からないが。




『サーシャ、実験を中止します。はい』




 サーシャの胸元に下げられたペンダント型複合通信機からそんな声が聞こえてきた。


「……室長、どうしてだ?」

 通信先は科学技術研究会、能力研究部門室長の鹿野田修。

 崇拝する上司の指令とはいえ、サーシャは盲目的に従うような女ではない。


戦闘人形ドールの実力は十分に計れました。それに兵器派の方々もそこの畑谷君を除いて皆殺し。……十分に当初の目的は達せられたとの判断です、はい』

「しかし、殺しておいて損はないだろう?」

『確かにそうですがねぇ……今日の映像を見ていて、彼らで試したいことができました。そのときまで生かしておきます。はい』



 ペンダント型複合通信機にはカメラレンズも付いている。そこから今回の戦闘の状況を鹿野田の方に送っていた。

 それは鹿野田も戦闘人形ドールの仕上がりを見るのに必要だったし、異能力者隠蔽機関に記憶の消去をさせるためにも必要だった。



「そこまで言うなら分かった」

 きちんとした理由があるのならばと、サーシャが了承する。


 そして未だに地面に転がっている彰の方を見た。


「……結局殺せたのは高野だけか。まあやつらの中心を仕留めただけでも良しと……」

「彰さんは……死んでなんかいない……!!」

 満身創痍の恵梨だが反射的に叫ぶ。


 サーシャは嘆息しながら答えた。

「そう思うのは勝手だ。が、貴様は見ていないから分からないだろうが、高野を貫いたナイフは場所もスピードも十分に心臓に届くものだった。生きているはずがない」

「けど、彰さんが……そんな死ぬはずが…………」

「現実を見ろ。高野は未だに地面に転がっているではないか」

 恵梨が振り返る。視界の中の彰は、あれから結構時間が経ったのにさっきと変わらない状況だ。



「先生……!!」

 その傍らにいる彰の手当てをしていたはずの畑谷に呼びかける恵梨。

「すまん……手は尽くしたのだが……」

 だが、畑谷は首を横に振る。


「嘘……ですよね……?」

 恵梨の目の前が真っ暗になる。今このときだけは我が身を襲う痛みも全く感じない。


 そんな……彰さんが死んだなんて。


 現実感が全く湧かない。

 どうして……? これからも一緒に生きていきたいって、そう思って






『何を言っているんですか? 高野彰は死んでないでしょう?』






「………………え?」

 通信機から聞こえる鹿野田の声。



『全く……その程度で騙されると思わないでほしいですねぇ、畑谷君。……いや、君の性格を考える限り、指揮を取ったのは能力者の彼の方でしょうね、はい』



 何を言っているんでしょうか……?

 本当に彰さんは生きている……? だとしたら先生は嘘をついたということに……いや、そんなことより今聞かないといけないのは。



「どういうことですか、先生」

「えっと……その……」

「本当のことを言ってください」

「……高野がすべて悪いんだ。全部高野から聞いてくれ」

 教師なのに生徒のプレッシャーに負けて、畑谷は逃げた。




 だが、恵梨はハッとなる。

 その逃れ方ってことは……つまり。




「ちょっ……! 先生もう少し粘ってくださいよ!?」




 高野彰はムクリと上体を起こしてツッコむ。


「っ!? どういうことだ……!? あの一撃を食らって生き延びているだと……!?」

『サーシャも観察眼が落ちましたねぇ、はい』

 驚くサーシャに鹿野田が呑気に言う。



「彰……さん?」

 恵梨は彰の方にゆっくりと歩み寄る。



「あっ、その、これは違うんだ! どうせならあいつらに俺が死んだと思わせた方が、油断させられるという崇高な作戦でだな! それ以外に本当、全く他意は無くて……」



「……………………」

 次第にスピードは上がり走り出す。



「すいませんでした!! ちょっとびっくりさせてみようか、と思っていました! 本当に」




「彰さん……っ!!!!」




「ごめんなさ…………って」

「彰さん、彰さん、彰さん、彰さん、彰さん……!!」

 彰は困惑する。

 怒っていると思われた恵梨が、泣き顔で自分の胸に飛び込んできたからだ。


「えっと……?」

「本当に心配したんですからね!!」

 ぐしゃぐしゃに顔を歪めて、自分の胸に頭をうずめる恵梨。


 怒っていない……? いつもの恵梨なら暗黒面ダークサイドに入っていそうだが…………。

 自分のした行動から極冷気を浴びせられるものかと構えてたらこれだ。

 まあ、それも…………いや、今とにかくやらないといけないのは。


「すまなかったな」

 赤ん坊をあやすように恵梨の頭をなでる彰。

「ちょっと意識が朦朧としながらだけど、ちゃんと見ていたぞ。……あの戦闘人形ドールに勇敢にも立ち向かって頑張ったな」

「私は……ぐすっ…………彰さんに守ってもらったから……うっ……今度は私が守る番だって思って…………」

「そんなこと……。まあ助かったのは事実だ。ありがとな」

「いえ、私の方こそ…………ぐすっ……」

 彰の腕の中で徐々に落ち着いていく恵梨。






「……さて。室長、私はこれからどうすればいいか?」

『そうですねぇ、はい。投稿している動画の反応も無くなったようですし、『記憶メモリー』が完全にかかってきたようです』

「ということは異能力者隠蔽機関がそろそろここに来るか」

『だと思います、はい』

「それでは退散するか。……少々しまりが無いがな」

 彰と恵梨の方を見て付け足すサーシャ。



「鹿野田さん」

 そのまま『交換リプレイス』で帰りそうな勢いだったサーシャを、その通信機の先にいる者を呼び止める声。

『何ですか、畑谷君?』

「……以前言っていた考えは変わらないんですか?」

『能力のことについて全てを解き明かす……でしたね、はい。今もその考えは変わっていませんよ』

「そのためなら何でも犠牲にすると?」

『ええ。何かおかしいことでもあるでしょうか?』

「それは間違っています」



「室長、こんな男の言うことなど聞く必要ありません」

 サーシャが割って入る。崇拝する鹿野田を否定されてムッと来たのだろう。

『いやいや、いいですサーシャ。これはこれで興味深いですから。……それにしても研究者でありながらそういうことを言う人を聞くと、あの二人を思い出しますねぇ、はい』

「あの二人……?」

『おっと、今は関係ないことでしたか。……まあ、君が何を言おうと私の考えは変わりません。『研究に犠牲は付き物』ということです、はい』

「そうですか……残念です」

『こちらも君と分かり合えなくて残念ですよ、ええ』




「話は終わったようだな」

『はい』

「それでは失礼する。……またいつか会うことになるだろうな、能力者たちよ」

 隣の戦闘人形ドールの腕をつかむサーシャ。


「まあ、全ては鹿野田様の意向次第だが」


 ヒュン!!


 『交換リプレイス』が発動され、サーシャと戦闘人形ドールが一瞬で消える。代わりにその場に皿とペットボトルが落ちる。










「はは、本当にあいつら帰りやがったな。俺たちを殺す絶好の機会だったってのに」

「…………彰さん、ありがとうございました。もう大丈夫です」

 すっかり泣き止んだ恵梨が立ち上がる。




 それを押しとどめるように彰が再度抱きついた。




「あ、彰さん……っ!?」

 ど、どういうことですか!? まさか私の温もりが名残惜しいとか……!?

 彰からのアクションに一気にパニック状態になる恵梨だが。




「すまん……ちょっとあいつらがいなくなって気が抜け………………た…………」

 ぐったりした彰の様子からすぐに違うことに気付く。

 これは抱き着いているんじゃなくて……もたれかかっている……?


「もしかして彰さん、かなりヤバい状態じゃないんですか!!」

「何を……言う。俺はいつでも元気…………だ」

 息絶え絶えに言われても全く信じられない。


「ナイフに刺されて血も結構出ているんだ。かなり体力を消耗している癖に無理をするもんじゃない」

「すいません……先生。でもあいつら、俺が弱ってる、って思えば、気が変わる……かもしれない、って……そう思った、から…………」

「もうしゃべらないでください!! ゆっくり安静に……いや、その前に病院に運ばないと! ……でもこんな山奥じゃ…………」

 山の麓に降りるまで普通なら一、二時間で足りただろうが、今の彰では歩くことも困難だろう。誰かが運んでやらないといけないが、それではさらに時間がかかって……。


「どうすれば……」

「……大丈夫よ、恵梨。今から来るみたいだから」

 焦る恵梨に声をかけたのはいつの間にか近くまで来ていた彩香。

 戦闘人形ドールにやられた彩香だが、ところどころに打ち身や切り傷などがあるだけでそこまで大きな傷は負っていない。

「えっと、彩香も無事だったんですね。それで今から来るというのは……?」





「本当に遅れてごめんね~」





 聞き覚えのある声。

「ラティスさん! リエラさんに、ハミルさんも!!」

 異能力者隠蔽機関の三人が突如現れる。リエラの能力『空間跳躍テレポート』だろう。


「久しぶりです、恵梨さん」

「約一か月ぶりでしょうか……それより、彰さんの容体は……」

「かなりやばそうだね~」

 口調こそいつもと変わらないが、緊迫しているラティスの声。


「そうです! リエラさんの『空間跳躍テレポート』で彰さんを病院に運んでくれませんか!! 彰さん、私を戦闘人形ドールから守る際に負傷を……」

「分かっています。そのために急いだのですから」

「えっと……?」

 どうやらこちらの事情を分かっている様子の三人。


「ハミルさんから私に『念話テレパシー』が届いてね。状況については報告しておいたの」

 その理由を彩香が説明する。


「彩香さん、それで病院の手配の方は」

「父さんに連絡しておいたわ。さっき教えた病院にお願いします」

「わかりました。……それでは皆さんは後から追いついてきてください」

「失礼するね~」

 慌ただしく隠蔽機関の三人と彰が『空間跳躍テレポート』によって消える。




「あ……」

 もたれかかっていた彰の温もりがいきなり無くなる。思わず恵梨は声が漏れた。

「大丈夫よ。いきなりの連絡だってのに、最高設備の病院を用意してくれたみたいだから。……助からないわけがないわよ」

「彩香…………」

 恵梨に声をかける彩香。けど、本心は自分も不安なのだろう。

「そうですよ、彰さんのことですから大丈夫に決まっています」

「恵梨……」




「きついようなら、もうちょっとこっちに体を預けてもいいんだぞ」

「これくらい平気や……っと」

「ほら、言わんこっちゃない」

 畑谷に肩を貸してもらいながら、火野がこちらに歩いてくる。戦闘人形ドールとの戦闘で負傷をしているが、彩香同様、命に支障をきたすような大きな物はないようだ。




「それで風野。高野はあの人たちと病院に行ったということだが……」

「案内します。とりあえず山を下りましょう」

「そうだな、先生の車のところまで向かおう。病院に付いたら君たちも結構負傷しているし、水谷に至っては手首や肩も斬られているんだから、処置を受けたほうがいい」

「そうですね」


 そして恵梨、彩香、火野、畑谷の四人は山を下っていく。






 兵器派、そして能力研究派と続いた研究会の襲撃。

 それが今ここに終わりを告げた。

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