十六話「戦闘人形との戦闘3」
「ということがあったんだ」
彰は恵梨に今日の出来事を話した。
「そうなんですか……。それで、結局その声って何だったんでしょうか?」
「俺にも分からない。……俺自身も知らなかった、俺が能力者だって事を知っているあたり何か不気味だな」
「そういえば彰さん。私からも言うことがあります」
「何だ?」
「その、研究会が私を殺す理由ですが……」
恵梨は彰が聞いてないだろうと思われる、鹿野田から聞いた話を伝える。
「そうだったのか……それで」
彰は腑に落ちる思いだった。元々違和感が多かった、昨日の今日での襲撃や、恵梨の両親が殺された理由を理解する。
ただ理解した分、理不尽な理由で殺さそうとしていることに、更に感情が昂ぶってくる。
「……そうか。あとは俺に任せておけ」
「えっ! でも私も戦えます!」
「今までがんばっただろう? これからは俺の番だ」
「で、でも……」
不安そうな顔でなおも続けようとする恵梨を、彰は無視して鹿野田、戦闘人形と向き合う。
「さーて。ここから先は俺が相手だ」
「そうですか。……ええ、誰が相手だろうとこいつのテストにはなるので構いませんが」
そして鹿野田は戦闘人形に命令を下す。
「戦闘人形! そいつは殺さない程度にやってしまいなさい!」
しかし、恵梨は殺すのに俺は殺さないってのもおかしな話だな。
彰は恵梨から話を聞いて、研究会のやつらは彰の身体で実験するということを聞いている。
結局俺も能力者だって分かったのに、殺さないのか?
内心そう思うも彰は表面にそれを出さず、
「そんな手加減して、俺を倒せるとでも思っているのか」
彰は何故か不敵な笑みを漏らした。
その彰の背中を見て恵梨は思う。
頼もしい、と。
恵梨は水の錬金術という自分の能力が嫌いだった。能力者って事が平穏に生きられない、物語の登場人物の証ように思われたから。
けれど今は、それでよかったと思っている。
物語の登場人物って事は、
ピンチのときは、主人公が助けに来てくれるのだから。
恵梨がそのことに胸を暖かくする。
「……けど、彰さん一人だけを戦わせて…………私は」
と、そこで彰と戦闘人形の戦闘は始まった。
戦闘が始まって少しの時間が経った。
彰は剣の使い方も上手であった。
恵梨に勝りも劣りもしない技術に、女ではなく男の力というおかげで、恵梨ほど戦闘人形に苦戦していない。
しかし、それでも戦闘は均衡状態だ。
お互いに、あと一歩のところで攻撃が届かない。
「くそ!」
当たると思って放った斬撃も戦闘人形に何とかガードされて、彰は悪態をつくのを我慢しきれない。
戦闘人形からの反撃をいなして、一旦距離を開ける。
「なかなかの腕前ですね。……ええ、これではあれの制限も……」
「そりゃどうも!」
彰は乱暴に返す。
彰は、さっき自分の能力、風の錬金術について知ったばかりだ。
よって、その能力は使い慣れていない。
しかし、ただ武器を生み出すためにしか使っていないこの能力を使いこなして、この均衡した現状をどうにかすることに決めた。
「行くぞ!」
彰の気勢が公園に響く。
彰は自分で開けた距離を詰める。戦闘人形も向かい撃つ格好だ。
最初の攻撃はリーチの出る、突きを選択。剣を前に押し出す。戦闘人形はそれを紙一重で避け、剣を振り上げる。
彰はよけられるのは分かっていたため突きの途中で手を引いており、戦闘人形の剣を受け止める。
そして、起こるはお互い向き合ってのつばぜり合い。恵梨だったら力の差で押し切られただろうが、彰は何とか対抗できる。
しかし、戦闘人形のほうが攻撃した勢いがあり、つばぜり合いは優勢だ。
このままでは、押し負けると見ていた恵梨がハラハラしだした時。
彰は剣の柄から手を放した。
「えっ!」
「なにっ!」
恵梨と鹿野田は驚きを隠しえない。
このままでは斬られるではないかと恵梨が危惧したとき、それが見えた。
彰の手放した剣が浮いていた。
「あっ!」
恵梨は得心する。
理由はもちろん風の錬金術の能力である。
能力で生み出した物は、浮遊、加速、減速も自由自在だ。
直後、彰はバックステップ。
一瞬、戦闘人形が空中の剣とつばぜり合いしている格好となる。
「食らえ!」
そして、彰が剣を動かす。空中で水平に一回転。
すかされた戦闘人形の剣は、後退して彰のいない空間を斬る。
しかし、彰の剣は一回転して戦闘人形を、
「下がりなさい!!」
鹿野田があわてて叫ぶ。
戦闘人形は鹿野田にそれを言われる前から回避を始めようとしていた。が、何せつばぜり合いの途中だったため体が前に傾きすぎている。
それでも何とか回避に努めて、浅く斬られるだけにとどまった。
「っ!」
戦闘人形の少し痛がる様子に、痛覚もあるんだと感心しながら、彰は走って距離を詰める。
彰の手には剣がないため、こぶしを握り締める。
体勢の整わない戦闘人形に一撃入れようとして、
「戦闘人形! 制限を解きます!」
焦った鹿野田の不穏な言葉が響き、それに戦闘人形がわずかにうなずき、
彰の行く手に突然、剣が現れた。
「はぁ!」
空中に浮いているその剣は彰に斬りかかってくる。
それは緑色の金属製の剣で、
「能力か!?」
彰はあわてて避ける。
そこを体勢を直した戦闘人形が追撃する。
浮いている剣とは別の、手に握った剣で斬りかかってくる。
「二つ!?」
驚きながらも、彰は能力で剣を作り出し斬りかかってきた剣に対応する。
しかし、空中に浮いているもう一つの剣が彰に斬りかかってきて、
「くっ!」
戦闘人形の剣を押し返し距離を開けてから、空中の剣を避ける。
しかし、さらに戦闘人形は斬りかかってくる。避けても空中の剣が斬りかかってきて、寸隙のない攻撃に彰は防御に徹する。
やばい!
彰の表情にも、焦燥した物が浮かぶ。
徐々に追い詰められる。
空中の剣が、地面すれすれから斬り上がってくる。それを身を引いて避けると、横合いから戦闘人形が剣を振り上げながら迫ってきて、
そして、飛んできた青色のナイフに戦闘人形は後退した。
彰は攻撃の止んだ隙に、その場を脱出。
青色のナイフを投げた者、つまり恵梨のところまで戻る。
戦闘人形もいったん鹿野田のところまで戻ったようだ。
「援護ありがとな、恵梨!」
あのまま続いていたら危なかった、と恵梨に感謝の意を伝える。
その恵梨の目には覚悟の炎があった。
「彰さん!」
「どうした?」
「私も戦います! いえ、戦わせてください!」
恵梨が勢いこんで聞いてくる。
「えーと……遠慮しなくていいぞ」
彰はやんわりと拒否の意を伝える。
恵梨が戦う理由が、彰一人にばかり苦しい思いをさせられないという遠慮だと思ったからだ。
恵梨にそう伝えると、
「そうではありません!」
と否定してきた。
「あの敵は元をただせば私の敵です。……今では二人の敵になりましたが、それでも私の敵でもあることに変わりはありません。……それなら私も戦わないといけないと思うんです!」
「…………それも遠慮だと思うんだが」
彰は苦笑した。
「あれ、そうでしたか?」
「そうだ。俺一人だけに任せられない、という遠慮だろ」
「そう言われてみれば……。でも私も戦わないといけないと思うんです!」
恵梨の意気込みが伝わってくる。
彰としては休んでいて欲しいというのが本音だが、二つの剣を使い始めた戦闘人形に苦戦している以上、二人で挑むべきだとも思う。
「分かった、分かった。……よろしく頼むよ」
「……はい!」
「話は終わりましたか?」
そこで鹿野田が問いかけてくる。
話が終わるまで戦闘人形も待機させていたようだ。
「どうして今の間に襲わせなかったのか?」
「確かに戦闘だったら襲わせたかもしれませんが、これは実験です。ええ。こいつの修繕と調整が上手くいったのかを確かめるテストですからね。不意打ちで倒しては、テストになりません」
「……修繕? ……まあいい。最初から二本の剣を使わずに、手抜きしていたのもその実験か?」
「はい。基本的な技術だけでどれだけ圧倒できるかという物ですね。……ええ、能力者と戦うのは貴重な実験ですからね」
「俺もなめられたもんだな。……それより、今からこちらは二人で行くぞ」
「ええ、分かりました。……どうぞ。そちらのタイミングで仕掛けてください」
鹿野田は強者の余裕で、彰に宣言する。
彰は、ひとまず気になったことを恵梨に聞く。
「そうだ、恵梨」
「何ですか?」
「俺も、二本の剣を同時に使えるのか?」
「えーと……両手に持つんですか」
「違う。戦闘人形のように一本は空中に浮かせてのことだ」
「……その、彰さんは自分が動きながらもう一本、空中の剣の動きまでしっかりとイメージできる、というならできると思いますが」
「……無理だな。どちらかがおろそかになる」
かなり難しいことだと分かった。
彰は頭を働かせる。
風の錬金術に水の錬金術。相手は二本の剣。こちらは二人。相手の隙を突くために。能力の違い。水と風。解除。金属化。どのタイミングで。ペットボトル。スピード。
頭の中に散らばる情報を集め、分析し、提案をしては否定をして、ひとつ組み立てていく。
「恵梨」
「どうしましたか?」
「あいつを倒す作戦が決まった。……この戦い勝つぞ!」
そして、彰は恵梨にある作戦を伝えた。