百六十三話「死闘 能力vs能力3」
先に動いたのは恵梨だったが、先手を取ったのは戦闘人形だった。
「…………!」
距離を詰めてくる恵梨に対して、十数本のナイフを放ったのだ。
最初のときは百本を越えるような数ではないが、それでも恵梨一人の回避スペースを埋める密度はある。
「さて、お手並み拝見」
とは、二人から少し離れて見守るサーシャの発言。
せっかくあれだけの啖呵を切ったんだから、これくらいは軽く乗り越えて見せろ。
恵梨は走るスピードを落とさない。
空中に浮かせて自分に付いてこさせてた水の塊から一部を分離。そのまま正面に持ってきて身を守る壁のように展開。
そして金属化しないまま走る。
「……!?」
これではただ水を広げただけ。当然ナイフは素通りするだろう。
「何を考えているんだ……?」
サーシャがいぶかしんだところでナイフが恵梨に殺到する。
当然ナイフは水の壁など無かったかのように進
「はっ!!」
もうとして阻まれた。
ナイフが通る瞬間、水を金属化させたのだ。
ガキン、ガキン、ガキン!!
後続のナイフが、ナイフと一体化した壁に当たって弾け飛ぶ。
全てのナイフをしのいだところで壁を水に戻すと、取り込まれていたナイフがボトボトと落ちた。
「水の節約か」
何故最初から金属化しなかったのか見抜くサーシャ。
極限まで薄い壁で防ぐために、最初のナイフを壁に取り込むことで防御力を上げる足しにしたのだ。
「まあ、自分の弱点は把握しているということか」
ナイフを突破した恵梨。
だが戦闘人形本体にたどり着くにはまだ関門がある。
「…………!」
空中に浮かぶ八本の剣。
その内の二本が恵梨に迫る。
一斉に攻撃しないのは、様子見だからなのだろう。
恵梨も空中に一本の剣を作って応戦。手に持った剣で突きに着た剣を払い、薙ぎに来た剣は空中の剣ではじく。その間も恵梨の走るスピードは落ちない。
これで残りは六本。
「…………!」
恵梨の走りが止まらないことに危機感を覚えたのか、戦闘人形は一気に六本の剣でかかる。
「……っ、! 早まるな!」
だがそれは悪手だ。
思わずサーシャが叫ぶ。
ここでも恵梨は走るスピードを緩めない。
六本の剣の圧力を気にも留めずに、空中の剣を繰り出す。
六対一。
圧倒的な数の差を埋める恵梨の手は。
「解除」
突っ込んだ剣を水に戻すことであった。
六本の剣の中で、剣の形から球状に変化させて。
「金属化」
再度の金属化。
「…………!?」
これにより一部でも青い金属球に取り込まれた剣は動けなくなる。一斉にかかってきたことが災いして、全てが使用不可能に。
これで障害はなくなった。
「あああああああっっっっ!!!」
気勢とともに戦闘人形に斬りかかる恵梨。
対する戦闘人形は取り込まれた剣を全て解除して新しく作ろうとしている。
だが、この一瞬には間に合わない。
「…………!」
つまり、この一撃だけは手に持った剣だけで対処しなければならない。
とはいえ、心配ないはずだ。
空中の剣に頼りきりに見える戦闘人形だが、自身の剣の腕が無いかというとそうではない。
むしろ鹿野田の改造により、四月の時から腕は上がっている。
「あんな小娘一人に遅れをとることなどあるまい」
恵梨は背中の方から大きく振りかぶって右からの横薙ぎ。
その動作に戦闘人形もきっちり反応して受ける構え。
「やああああっっっ!!」
そして放たれた恵梨の攻撃は戦闘人形の防御を。
「…………っ!?」
ザシュッッッッッ!!!!
すり抜けて斬りつけた。
胸のあたりを浅く斬られた戦闘人形。ライダースーツの下の素肌から赤い血が滲む。
斬られた勢いで軽く後退した戦闘人形に恵梨は追撃をかけようとするが、そのタイミングで風の錬金術が金属化を完了させる。
作られた無数のナイフに剣にさらされた恵梨は、防げないと判断したのか後退。
お互いの距離が開いて、一回目の攻防は終了。戦闘人形に傷を付けた恵梨がやや有利か。
「……ちっ」
まさか戦闘人形が傷つけられるとはな……。
遠くから見ていたサーシャは舌打ち。
あのとき戦闘人形の防御に何か不備があったわけではないことは分かっている。
あの小娘がその上を行った、それだけなのだ。
具体的には戦闘人形の剣に当たる瞬間に持っていた剣を水に戻し、剣を通り過ぎた瞬間に再度金属化をさせた。
高い技術がいる行為だ。
解除するタイミングが早すぎると水が散らばってしまう。
金属化をするタイミングが遅すぎるとただの水で斬るハメになってしまう。
だが、その難易度の分だけ結果は大きい。
相手がどんな防御をしていようとすり抜けることができるのだから。
「……高野だけを気をつけていればいいと思ってたが、なかなか面白い」
サーシャは恵梨に対する評価を改める。
「それでも戦闘人形には敵わない」
戦闘人形は恵梨の剣が透過するのを見て、反射的に下がっていた。だからこそ浅く斬られるに留まったのだ。
そのままでは深く斬られ戦闘に支障をきたしたに違いない。
「今の一撃で決められなかったのはミスだ」
戦闘人形には感情が無い。
それでも人間である。
人間であるということは……つまり学習するのだ。
「ここから先は安心して見れそうだ」
戦闘はサーシャの予測通りに進んでいった。
恵梨の透過攻撃が危険だと判断したのか、戦闘人形はそれからナイフによる遠距離攻撃を主体にして恵梨の接近を許さなかった。
恵梨も水の錬金術をフル活用して強引に突破しようとするものの、警戒度を上げた戦闘人形にはそれが通じない。
お互いに決定打を与えられない戦闘が長時間続く。
だが戦況は徐々に傾いていく。
追いつめられていたのは恵梨に負わされた傷が悪化していく戦闘人形。
……ではなく、恵梨であった。
ガキン、ガキン、ガキン!!
戦闘人形のナイフを、恵梨は先ほどと同じ相手の力を利用した壁で止める。
「はあ…………はあ…………」
要因その一。体力の低下。
単純に元の体力に差があるのに加えて、戦闘人形はほとんど動かずナイフで攻撃しているだけ。恵梨は何とか隙を見出そうとして動き回っているから余計に差が開いていく。
要因その二。能力の違い。
戦闘人形の風の錬金術と恵梨の水の錬金術。材料を金属に変換するスピードにおいて水の錬金術の方が上であり、さらに敵の武器を取り込んでの金属化や透過攻撃などの技もある。
かといって水の錬金術が風の錬金術の上位互換かと言うとそうでもない。
何故なら水の錬金術には大きな欠点、自分の魔力で材料を作ることができないというものがあるからだ。
ナイフを受け止めた壁を解除して水に戻す恵梨。だが、全てを相手のナイフで受けられず傷ついた分だけ水の体積は減っている。
戦闘開始の時点で恵梨は水筒を開け閉めする余裕などないと見て、水の塊にして空中に浮かばせておいた。
最初はバスケットボールくらいの大きさがあった水の塊が、今は野球ボールくらい。明らかに減ってきている。
この水が尽きたとき、恵梨の戦闘力はガタ落ちする。
「長期戦に持ち込んだ時点で戦闘人形の勝ちだ」
サーシャは徐々に優勢になっていく戦闘人形を満足そうに見る。
風の錬金術は魔力が尽きない限り、無尽蔵に武装を作ることができる。
その水の錬金術には無い利点を理解して、このように長期戦に誘導したのだ。サーシャの命令無しに、戦闘人形自身の判断で。
「戦況判断も上々。今回の調整でかなり完成形に近づいた」
「あああああああっっっっっ!!!!」
もう何回目にもなる恵梨の突撃。
「…………!!」
戦闘人形もきっちり反応して、その方向にナイフを何十も飛ばす。
対して恵梨は前方に水を広げる。初弾のナイフを取り込んで金属化。
判子絵のようにもう何回と繰り返された光景。
だが。
パキン!!
青色の壁が割れた。
「っ……!?」
水の量が少なく強度が落ちていたのだ。粉々になった青い金属は地面に落ちると、自動的に水に戻り土に染み込む。こうなっては再利用ができない。
これにより残る恵梨の武装は手に持った青い剣のみ。
その時点で恵梨と戦闘人形の距離は四メートルあった。
「くっ…………!!」
それでも恵梨は前進を止めない。……いや、止めるわけには行かないと言うべきか。
水を失った今、このチャンスを逃せば再度この距離まで接近することもままならないだろう。
「判断はいい。……だが、無謀だ」
戦闘人形に近づくということはそれだけ攻撃も苛烈になる。……剣一本だけで裁けると思っているのか?
残り三メートル。
「…………!」
戦闘人形は空中の二本の剣を飛ばす。
一斉にかからなかったのは、さっきまとめて無力化された記憶のせいなのか。恵梨の水が無いとはいえ警戒しているようだ。
左右から迫る剣に対して、恵梨は手に持った剣で……応戦しなかった。
ザシュ、ザシュッッ!!!
腕と脇腹のあたりを斬られる恵梨。
牽制が目的だった攻撃のため傷は浅かった。だが、浅いとはいえ斬られたのだ。
なのに、恵梨の走るスピードは落ちない。
残り二メートル。
お互いがお互いの錬金術の領域に入る。
「…………!?」
戦闘人形は自分の攻撃を全く防御をしなかった恵梨のことを理解できなかった。
数瞬遅れて、戦闘人形は判断する。
目の前の敵は自分と刺し違える覚悟ではないか、と。
「…………!!」
恵梨からはそれだけの迫力が発せられている。少々の傷では止まらないに違いない。
その足を止めるには殺すしかない。
だから、戦闘人形は残りの六本の剣で一斉にかからせた。
全てが致命傷となりうる軌道。
既に恵梨は領域内に入っている。だからこそ六本を様々な軌道で操ることができるのだ。
一本の剣を手に持つのみの恵梨。
その剣を水に戻せば、何とかこの攻撃もかわせるのかもしれない。
しかし、その場合恵梨は武装を全て手放すことになる。戦闘人形の元にたどり着いても攻撃手段がない。
端から見れば、この状況は詰みであるように見えた。
「だが、そうではないのだろう?」
サーシャは恵梨が持つ策を見抜いている。
ブレスレット。……話に聞いた四月の時と同じだ。
恵梨の右手に青く輝くそれが付けれられていることにサーシャは戦闘の途中で気づいた。
水が切れたと見せかけて油断を誘う。考えはいい。
だが、そんな同じ策が戦闘人形に通じると思ったのか?
戦闘人形もブレスレットのことを考慮して六本同時攻撃を選択したのだろう。ブレスレットに含まれた水の量程度では防げないだろうという判断をしたんじゃないか?
恵梨が走りながら右腕を突き出す。
「無駄なあがきを」
そしてブレスレットの金属化が解除され。
その体積以上の水を解放した。
「……っ!? 圧縮金属化だと……!?」
サーシャが目を見開く。
ブレスレットは圧縮金属化で作られていた。その水の量は六本の剣を飲み込むのに十分であろう。
まずい……!
これでは初陣と同じ展開だ。手に持った剣同士では透過攻撃ができる恵梨の方が有利だ。
もしかして刺し違える覚悟も、この一斉攻撃を引き出すための見せかけだったのか……!?
「戦闘人形!」
恵梨はブレスレットから解放した水で六本の剣を全て無力化。
これで戦闘人形までの障害はない。
「あああああっっっっ!!!!!」
後は距離を詰めるだけ。
のはずなのに。
「っ…………!!??」
そこで恵梨は信じられない光景を目の当たりにした。
「…………」
戦闘人形の武装。空中に浮かぶ八本の剣が復活しているのだ。
そう、戦闘人形はブレスレットのことを見抜いていた。
だから物量に物を言わせた攻撃を行ったのだが、それでも恵梨の目が死んでいないことを理解。圧縮金属化のことは見抜けなかったが、この状況をどうにかする策があると判断。
その瞬間から新たな武装を作り出していた。
おかげで六本の剣が青色の金属に取り込まれる頃には金属化を完了させる一歩手前だったのだ。
正直かなり焦ったが、戦闘人形の判断能力がここまで上がっているとは。
「くくくっ、これで終わりだ」
残り一メートル。
恵梨の奮闘などまるでなかったように完全武装の戦闘人形。
渾身の策を潰された恵梨に残っているのは、正真正銘その手に持った剣一本のみ。




