百五十八話「決着1」
作戦――彰たちの処刑――の終了に、最初に彰たちと対峙した場所に集まった科学技術研究会兵器派の四人。
畑谷と撮影役はきていたパワードスーツを脱いでいる。
「それにしてもようやく終わったっすね」
「時間にしては三十分もかかってないと思うが」
「まあそれだけ、戦局の移り変わりが激しかったってことだ」
「にしてもあの能力者たち、特に高野彰とかいうやつの絶望した顔! 本当に良かったっすっよ! こう、血もドバーって出てたし」
「精神的支柱である高野を仕留めさえすれば後の三人も崩れるとは思ったが……崩れすぎだったな」
「だなぁ。他の三人はもっといたぶっても良かったんじゃないか?」
「いやいや、四人をこう一気に仕留めたところ結構カッコよかったっすよ!」
「おまえにカッコいいと言われてもな……」
「だなぁ。言葉が軽いんだよ」
「二人とも酷いっすね!?」
そこで畑谷が現在の時間を確認してから言った。
「それではそろそろ遠足の引率に戻らせてもらいます」
「真面目だなぁ?」
「だからこそこれだけの間離れてても大丈夫なぐらいの信用を得ているんです」
「でも、あの能力者四人の捜索って名目で離れてるんっすよね? それなのに見つけられなかったら問題じゃないっすか?」
「……すぐにさっき取っていた動画をネット上にアップするんだろう? そうなれば異能力者隠蔽機関が、能力について世間にバレるのを防ぐためにあの四人に関する記憶を消すはずだ」
「あっ、そうっすね」
「それにしても記憶を消すだけじゃなくて、操作することもできるとはなぁ」
「すごい能力ですよね。……それではそろそろやばいので失礼します」
畑谷は一礼すると分かれ道があった方に戻っていく。
「……あいつも先生辞めて、研究会に本格的に参加すればいいのになぁ」
「えっと外部研究員でしたっけ。そんな中途半端なことするくらいなら、どっちかに専念すればいいのにっすね」
「…………う~ん……おかしいな」
畑谷の去った方向を見ながら兵藤と若い研究員が話していると、もう一人今まで会話に加わってなかった撮影役が唸りだした。
「ん? どうかしたかぁ?」
「あ、いえ本部と連絡がつかないんです。映像データはリアルタイムで飛ばしてましたから、あっちでネットに上げてもらった方が効率がいいと思って任したので、その確認をしようとしたんですが……」
「そうかぁ。……俺からも連絡がつかないか試してやる」
自分の通信機をいじる兵藤。
同時刻。
科学技術研究会兵器派、本拠地。
「ふう、スッキリしたわい」
年配の研究者がトイレから出てきた。
「それにしても今日の映像は良かったじゃな」
彼も彰たちと畑谷の戦いを映像で見ていた一人である。
「途中、畑谷が裏切ったかと思ったときは騒然となったが……まあ、それも終わってみればいいスパイスになったぞい。……こりゃ畑谷と今回の責任者、兵藤の昇進でも考えてみるかのー」
畑谷が四人を銃で撃ちぬいたところまで見てから、我慢しきれずにトイレに向かって、今はその帰りというところだった。
コツ、コツ。
かざりっけの無い廊下に歩く音が響く。
研究会の建物は至ってシンプルな造りだ。そういうところに金をかけるくらいなら、研究にかけた方がましという考えにより機能性が重視されている。
立地も一般人に見られてはまずいものばかり扱っている影響で人里離れた場所にある。
その二点から必要な場所以外は防音設備になっておらず、だから廊下にいてもこんな音が聞こえてきた。
プルルルル、プルルルル。
「……ん? 通信機の音かの?」
状況から考えて、現地に赴いている四人からの通信かもしれない。
プルルルル、プルルルル。
そしてその音は止まない。
「変じゃのう……?」
連絡が入ったら、連絡役がすぐに受けるはずなのじゃが……。
疑問に思いながら、さっきまで畑谷と能力者四人の戦いを上映していたホールの扉を開ける。
開けながらもう一つ疑問が浮かんだ。
(ん、そういえば通信機の音が聞こえるのもおかしいような……? だって今このホールの中には、さっきの映像で興奮した大勢の研究者がいるはずじゃぞ? これは…………)
静か過ぎる。
「………………っ!?」
そして視界に入ってきたホールの状況に目を見張り。
数秒後、年配の研究者の視界は暗転した。
「………………」
そのころ畑谷はというと、舗装されていない山道を歩いていた。
最初は分かれ道のところまで戻るために舗装されている道を通っていたのだが、他の三人から距離を取ったところで脇に逸れたのだ。それだけでなく、方向も転換して引き返している畑谷。
管理されていない自然の中を苦労しながら歩く畑谷。
彼がどこを目指しているのか?
それは数分経ったところで明らかになった。
「パワードスーツを着てないから、さっきよりも時間がかかったな……」
畑谷の視線の先にあるのは、地面に横たわる自らの生徒四人。
高野彰、水谷恵梨、火野正則、風野彩香。
そう、畑谷はさっきまで戦闘していた場所に戻ってきていたのだった。
この十数分で、彰たちはもう血の流出が止まっている。
その理由は考えられる限り二つ。
一つは心臓が停止してしまい、血を全身に送るポンプとしての役割を止めたため流れ出なくなったから。
そして――。
「………………」
畑谷は四人が転がる場所までたどり着いた。
遠足の引率に戻ると同僚たちに嘘をついてまで、ここに来た理由は何なのだろうか?
国の機関である研究会の末席、外部研究員などという大層な肩書きを持っている畑谷ではあるが、それでも死んだ人間を生き返らせることなどできない。
だが、そんなこと関係なかった。
今この瞬間畑谷に、彰たち四人の担任に、出来ることはある。
それは、
「ほら、みんな起きろ」
担任として生徒に号令をかけること。
「……………………やっとですか」
その声に高野彰、水谷恵梨、火野正則、風野彩香は立ち上がった。
――もう一つ考えられる理由は、そもそも血など流れていなかったからである。
「他の三人はもう行ったんですか?」
銃で撃たれた事実などまるで無かったように立ち上がった彰。
……いや、その表現は不適切だ。実際に彰たちは銃に撃たれていないのだから。
「まだ近くにいるかもしれないが……まあ、今からわざわざ死体の様子を見に戻って来ることはないだろう」
敵対していた時のゾッとするような声音から、いつもの取っ付きやすい先生に戻っている畑谷。
「……あの、彰さん。結局どうしてこんなことになったんですか?」
「そうよ。先生と打ち合わせしてたなら最初から言いなさいよね」
理由を聞かずに従ってくれた二人から当然の申し出。
「俺も訳が分からんやけど」
火野も同様のようだ。
「……もう今から遠足に戻るのは無理ですよね?」
「そうだな。この時間から登っても帰りのバスに間に合わないから、途中で引き返さないといけないだろう。それくらいなら最初から登らない方が賢明な判断だ」
「……だったら時間もあることだし、一から説明していくか」
そして彰は三人の方に振り返り説明を始めた。
「……少し話が込み入っているからな。最初は俺の視点から見た方が理解しやすいと思うから、ちょっと話すぞ」
「そうですね。お願いします」
まず畑谷が話の主導権を握る。
「事の始まりは夏休み終盤だった。研究会の上司から命令が届いたんだ。……おまえたちを殺せ、ってな。研究会はどこで知ったのか、高野と水谷のことはもちろん、火野と風野の情報も全部持っていた」
恐らく能力研究派のサーシャが渡したんだろうな、と推測する彰。
「俺は当然断りたかった。生徒を殺すなんて真っ平だ。……けど、研究会にそんな理屈が通用するはずが無い。せいぜい命令不従で処罰され、おまえらを殺す役目が他の人に代わるだけだ。だから受けるしかなかった」
けどそれは同時にチャンスだ、とも思ったんだ。
「研究会はおまえらを殺すに当たって俺にかなりの裁量を与えた。だから俺はその与えられた余地で、命令に従っているように見せながらおまえらを生かす方法を考えた」
「それが殺したと見せかけるってことですか?」
現在の状況を考えればそうなのだろう。
「ああ。他にも色々考えられたが、例えば不意のアクシデントでおまえたちを逃がすとかしても、再度殺す計画を立てられるだけだ。研究会に目を付けられないためには、一度殺したフリをするくらいしかないだろうという結論に至ったわけだ。
……そしてここから問題だったのが、研究会の上層部も同じ事を考えてたってことだ」
「同じ事……って、何や?」
「俺が殺したフリをして、生徒を逃がすんじゃないかっていう危惧だ。研究会からしてみればそんなこと許せるはずが無い。……だから俺に四六時中監視をつけた。おまえらと殺したフリをする算段なんかさせないためにな。
おまえらは知らないだろうけど、二学期になってから学校に入った用務員。あれはたぶん研究会の息がかかった者じゃないかと俺は踏んでいる」
「学校でも監視……それで私たちと話をつける隙が無かった…………? それなのに彰は先生の思惑を知っていたわよね?」
「諦めるつもりは無かった。だから俺は監視にバレない方法で高野にその算段を伝える事にした」
後はおまえから話した方が分かりやすいだろう、と畑谷は彰にバトンタッチする。
「さっき言った通り、俺は先生が手加減をしてるんじゃないかと気づいてそこから推理を組み立てていった。……けど、どうしても先生の目的だけが分からなかった」
「ちょっと待ってください。あの推理って合ってたんですか? 先生は否定しましたけど」
「あの推理は合っていた。先生は兵藤や研究会のカメラの前だったから否定するしかなかっただけだ」
「先生の目的って、彰あのときは言ってたやろ? 殺さないままだらだらと戦闘を続けて、どっかで俺たちを逃がすつもやったって」
「……それは一旦考えたけど、そんな悠長な事をしていたらどこかで殺す気が無いってバレる。だから間違いだと思った」
「じゃあどうやって本当の目的、殺したフリをするって気づいたの?」
「それなんだがな。……先日、先生から俺専用の数学の宿題プリントをもらったんだ」
「「「……へ?」」」
三人の目が点になる。いきなりそんなことを言われて、何が繋がるかさっぱり分からない。
「まあ、そういう反応になるよな。……そのプリントは、俺を鍛えるためって理由で先生が作ったらしかったんだが……そんな普通の教師みたいなこと、あの畑谷先生がすると思うか?」
「……しないですね」
「面倒って言いそうやな」
「まだ短い付き合いだけど、そんなことしそうにないわね」
「おいおい、酷い感想だな。……まあ、否定できないけど」
生徒からの評価におどけて見せるが、実は少し傷ついてる畑谷。
「違和感を持ちながらも俺はそのプリントをもらったが……あの時思い返してみて、それには意味があったんじゃないかって思ったんだ」
「……えっと、それ本気で言ってるんですか? 先生らしくない行動とはいえ、さすがにこの状況と結び付けるには無理があるかと……」
「俺も最初は思ったんだけどな。そのプリントを渡す時に先生はこう言ったんだ。『これくらいできなければ生き残れないからな』……って」
「……………………」
「最初は昨今の受験戦争のことを気にして言ってるだな、って流したがよくよく考えてみればそのままの意味だったんじゃないかってな。それに先生はその宿題を金曜日、つまり今日までに解くように念押ししてきた。……これで確定だと思ったんだ」
「……そういうことなら分かったけど、そのプリントに何の意味があったの? あまり露骨なことを書いたら、監視にバレるでしょう?」
何とか三人の理解は付けられたようなので次に進む。
「そのプリントは翌日の昼休みに解いたけど問題は全部で十二問あった。その答えは一問目から順に2、12、1、3、11、7、21、14、6、1、11、5だったな」
「……よく覚えてますね」
「一度解いた問題は忘れない主義でな」
「それでそれが何の意味を表すんや?」
「『BLACK GUN FAKE』 ……そういうことなのね」
「「……?」」
一歩先に彩香は結論にたどり着いたようだが、恵梨と火野はきょとんとしているので彰は説明する。
「簡単な置き換え暗号だ。数字をアルファベットの順番に対応させて、つまり1はAで2はB、3はC……と、まあそんな感じに置き換えるんだ」
「それで置き換えた結果が……『BLACK GUN FAKE』と」
「はあ、なるほどやなー」
火野も納得する。
「この情報、黒い銃が偽物だって伝えて何をしたいのか? ……先生が味方だって事と合わせて考えたらすぐに分かった。偽物の銃で俺たちを撃ったフリするんじゃないか、ってな」
「まあ、それくらいは推察できてもおかしくないわね」
「それを確かにした証拠があってな……火炎放射器を使われた後、先生がワイヤーを使って先回りしただろ?」
「あったな」
「そのとき先生は手に黒い銃を持ってたんだ。それで逃げる事を諦めるように言って……だけど、俺たちは戦う事を決断した。それを見て先生は黒い銃をしまったんだ。
たぶん先生は俺に黒い銃を見せて反応を窺ってたんだろう。それで自ら撃たれるように誘導してきたらメッセージに気づいていると判断するつもりだったんだ。けど、俺が全く気づいていないようだったから銃をしまって剣を取り出した」
「本当によくそんな細かいところまで覚えて……」
恵梨が若干呆れている。
「まあ、以上のことから先生の目的が俺たちを殺したフリをするってのは分かった。……だが、問題はまだある。それはいくら撃った振りをしたところで、兵藤や研究会上層部が騙されなきゃ意味がないってことだ。
だからリアリティを上げるためにどうしても必要な物があった。それが血糊だ」
「ああ、そうや。この血糊どこで手にいれたんや?」
火野が自分の胸を指差しながら聞く。遠足用に動きやすい服装を着てきたが、それが血では無い何かで真っ赤に汚れている。
「そういえば火野には説明してなかったな」
彰は背中のリュックサックを降ろす。
「じゃあ次はこの即席の血糊をどうやって手に入れて、そしてどうやって銃声と同時に流すことができたか説明するか」




