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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
六章 体育祭、自覚する気持ち
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百五十七話「激闘 能力VS科学4」

「友達一人に任せて必至だなぁ?」

 科学技術研究会兵器派、兵藤はモニターを見ていた。

 能力者の処刑をその目で見たいという気持ちはあったものの、現在畑谷と能力者たちの位置は最初に対峙した場所から遠く離れている。移動しながらの戦闘だったからだ。

 研究職でここ十数年は運動もしたことのない兵藤がパワードスーツのアシスト無しに追いつけるはずがなかった。

「……上がもう一台パワードスーツを出してくれれば良かったんだけどなぁ」

「二台で充分だろ、って言われましたっすね」

 モニターを覗き込むもう一人、畑谷にパワードスーツを貸した若い研究員が答える。



 現在の局面は畑谷と炎の錬金術者……えっと、火野とかいう名前だったかぁ?……の一騎打ちだ。

 RPGを暴発させられたときは肝を冷やしたが、そこはさすがの研究会製。傷一つない。

 それを見て諦めると思ったんだが……まだ粘るか。まあ、その方が見ている方も面白いしなぁ。


 お友達に戦闘を任せて、残りの二人に指示を出している高野彰がちらりとモニターに映る。

 ……能力を使う場面を映すという名目上、カメラワークは戦闘シーンを追ったものだ。だから、戦闘から外れているあの三人が何をやっているかはよく見えない。

「まあ、何をしようと無駄だろうがなぁ?」



 兵藤がそう評したところで、局面が移り変わる。



「火野、下がれ!」

「おう!」

 高野彰の指示。それに従って今まで戦っていた火野が彰の元まで戻る。



「………………」

 畑谷は深追いしない。

 ……まあ、高野彰が何か企んでいるのは間違いないからなぁ。一旦様子を見るのはベストな選択だ。



「さて、何をしでかすのかぁ?」

 兵藤はニヤニヤとした表情を崩さないままモニターに見入る。


 他の三人を置いて高野彰は畑谷に近寄ってくる。

 そして立ち止まったのは約三メートル。一歩で相手を捉えられるその位置に止まって……それなのに高野彰は剣を握っていない。畑谷が一歩踏み込んでその手に持った高周波ブレードを振れば命はないだろう。


「あのガキ、何を考えて……」

 モニター越しでも分かる事実を分からないはずがない。何を考えているのか、不気味に感じる兵藤。


「武器も持たないでどうした?」

 高野彰の奇怪な行動に畑谷も質問する。



「どうした……って、簡単な話だ。武器なんて持っても意味がないだろ?」



 両手を挙げてヒラヒラ振る高野彰。



「おとなしく死ぬ覚悟ができたってことか? それならこの銃で楽に殺してやるぞ?」

 回収しておいたスーツケースから黒い銃を取り出し高野彰に向ける。



 そうだ、そのまま殺してしまえ。

 これ以上長引いても面白いものは見れないだろう。……最後は呆気なかったな、と兵藤は思い。



 十秒経過…………二十秒経過…………三十秒経過。



「………………」

 しかし、撃たない。




「……口だけは達者だな、先生? そこは撃っていいのかって言葉を返すんじゃなくて、銃弾を返す場面だろ? ほらほら、この胸目がけて撃ってみろよ?」

 親指で自分の胸を指し挑発する彰。

「………………」

 それに対して畑谷は標準を付けた体勢から動かない。



「……」

 どういうことだぁ?

 高野彰の挑発行為も理解できないが、それ以上に畑谷が動かない理由が分からない。



「やっぱりできないんだろ?」

 高野彰は自分の考えが当たっていたことに調子を良くして話し始める




「だって先生は最初から俺たちを殺す気がないんだもんな」






「殺す気が無いって……これだけ裏切られて先生を信じているのかよっ!」

 若い研究員はゲラゲラ笑っているが、兵藤からすれば笑えたもんじゃない。


 畑谷はあいつらを殺すつもりで襲い掛かっていた。その殺意に対して今まで微塵も疑っていなかった。

 けど、能力者たちはまだ誰も死んでいない。

 あるのかそんなこと……? 研究会の全力のバックアップがあって、これまでの間に誰も殺せないなんてこと……?


「いや、ただ運が悪かっただけだ……」

 そうに決まっている。

 だって畑谷は研究会を裏切ってあの生徒たちを守るなんて出来るわけない。そんな国家権力に逆らうような真似を取れば、身の破滅しか呼ばないことは分かっているはず。


「そもそも、あれだけの勢いで攻撃していて殺す気がなかったなんて…………」

 だが、事実として畑谷はその手に持つ銃の引き金を未だ引かない。






「思えばこの戦い、おかしいことばかりだったんだ」

「………………」

 画面の中、畑谷は石像のように固まったまま高野彰の話を聞いている。


「まず最初に疑問に思ったのは、火炎放射器を使ったことだ。森の中、相手の動きを縛る意味でその兵器の選択は正しいように思える……相手が普通の人だったらな。

 先生は能力研究派から俺たちの能力を聞いているはずだ。それならこっちに炎の錬金術者がいることも分かっていたことだろう?」

 まず一つ目、と高野彰は指を一本立てる。


「それに気づけば次は簡単だ。先生が使ったもう一つの兵器、RPG。実にド派手な火力だったが……そもそも、RPGっていうのは対戦車用携行兵器。つまり人間相手に使うのには向いてない。

 俺たちを相手にするならもっと最適な兵器があったはずだ」


 確かに研究会には携帯用小型クラスター爆弾だとか、サーモバリック爆弾だとかもっと火力が高い兵器は存在する。

 兵藤がうなずいていると、彰は二本目の指を立てた。


「そして最後にこの地に仕掛けられた罠についてだ。木と木の間に張られた糸。……必至になった俺たちの隙を作るのに適した罠だったが……火炎放射器、RPGに比べて糸。原始的過ぎやしないか? もっと適した兵器……例えば地雷だとかがあっただろ?」


 これで最後、と高野彰が三本目の指を立てる。


「以上、三つの理由により先生が手抜きをしていたのは事実であると考えます。つまり、俺たちを殺す気が無かったのだと考えますが……正解を教えてもらえますか、先生?」



「………………」

 高野彰の質問を聞くにつれて兵藤の中で疑念が膨れ上がっていく。

 まさか……こいつの言っていることが本当だっていうのかぁ……? もしそうだったらマズい。この地にはある戦力は能力者どもと畑谷が持っている兵器のみ。

 つまり畑谷に裏切られたら、こちらに対抗するための戦力はない。せいぜいもう一台のパワードスーツを盾にするくらいだ。




「……分かった、答えよう」

 ようやく畑谷が口を開いた。

「まず、一つ目。火炎放射器を使ったことだが……あれは俺の落ち度だ。深く考えずに使ったから特に他意……それこそ手抜きをしていたなんてものは無い」


「……へえ、そうですか」

 まあ口でなら何とでも言えるけどな、と言わんばかりの高野彰。


「続けるぞ。二つ目にRPGを使った件に対して。……これはおまえらを侮っていた。この一言に尽きるな。時代遅れの兵器の処分も兼ねて使った。それだけだ」


「それで生き残られているんだから世話ねえよな」


「最後に何故地雷を使わなかったかだが。それは…………おまえたちを一気に殺さないためだ。ジワジワと殺した方が、復讐の目的にあっているし上の奴らの趣味に合うと思ったからな」


 畑谷が三つ全て解説するが、彰は反論する。


「……最後、答えるまでに間があったけど追及しないで置いてやるよ。

 それにしてもやっぱり口にしたな。ジワジワと殺した方が復讐になる? はっ、そんなわけないだろ。

 本当に復讐のことを考えてるならな、むしろ一人や二人は殺した方が残った人間が絶望するだろ?」

「………………」

「それをしなかったていうことは……やっぱり先生は俺たち全員殺すつもりが無かったって事だ」




「………………」

「………………」

 だんだんと高野彰が言っている論理が正しいんじゃないかと思えてくる。若い研究員も同じ事を思ったのか黙っている。


「おいっ、畑谷に通信を入れろ。真意を問いただす」

「……駄目です。さっきから試してますけど、あっちが通信拒否の設定をしているらしくて……」

「ちっ……戦闘に集中するためか……? それとも…………」

「……でも、妙ですね?」

「何がだぁ?」

「今、高野彰が畑谷の真意に対して自分の考えを言ってますけど……それって口に出す必要がありますかね?」

「……確かに殺されないって分かっているなら、今まで通りただ逃げればいいだけだよなぁ? わざわざ俺たちに気づかせる必要なんてねえ」

 高野彰が解説するまで、こっちは畑谷の真意を全く見抜けてなかったのだ。それならこれまで通り茶番のような戦闘を続けて、逃がしてしまったという状況を作った方がいい。……もし畑谷が生徒たちを殺さないつもりだったら、そういう台本を描いていたに違いない。

 これでは俺たちに動く時間を無駄に与えているとしか思えないが……。




「だが、高野。俺は兵器のチョイスをミスったが、容赦なく攻撃したんだぞ? ……偶然おまえたちは生きているが、それが相手に生き残ってほしいと考えている人間がすることだと思うか?」

「開き直ってきたな。俺としては見せしめの殺しをしなかった理由を答えてほしかったが……まあいい。そっちにも反論は用意してある。

 それは簡単な話だ。俺たちは偶然生き残っているんじゃない。……先生が生き残れるタイミングで攻撃してきたんだ」

「……面白い考えだな」

「そうか? 間違ってはいないと思うぜ。先生は本気で攻撃しているように見えて、それでいて俺たちが防げる絶妙なタイミングに調節したんだ。

 それは地雷を使わなかったことにも表れている。先生も地雷を踏むタイミングまではコントロールのしようがないからな」

「………………」

「何故俺たちを殺すつもりが無いのに、そんなことをしないと行けなかったのか? ……それは強制されているからだろう? 従わないと行けない命令だったのか、それとも何か脅されているのか分からないが、ともかく先生は俺たちを殺す役に選ばれた。

 そこで先生は悩んだんだ。俺たちを殺さないといけない。けど、殺したくない。だから先生は苦肉の策で、今回の方法を選んだんだ。殺そうとしている姿を見せることで命令を守り、それでいてバレない程度に手抜きをして俺たちを生かすという綱渡りのような方法を」


 高野彰が畑谷を正面から見る。その眼光に押されたのかは分からないが、先に目を逸らした畑谷だった。


「……そうだな。確かにおまえの言った可能性は考えることができる」

 まるで他人事のように話す畑谷。

「だがもしそれが正しかったとして、どうしておまえはその推論を今話した? この場所はあのビデオカメラによって、今も上層部に中継されている。俺に殺す気がないと分かれば新たに手を打つだろう。……それくらいならば、絶対に殺さないと分かっている俺と無駄な戦闘を続けた方が良かったんじゃないか?」



「そうだ……どうしてなんだぁ?」

 畑谷の疑問は自分と同じものだ。

 兵藤は一言も聞き漏らすまいと、画面に集中する。



「それは俺の目的がこの場から逃げる事じゃないからですよ」

 高野彰は大したことじゃないという風に言った。

「逃げる気がない……?」

「いや、正確にはにはさっきまでは逃げる気満々だったんです。……けど、先生が俺たちを殺したくない、つまり俺たち寄りの存在だって分かって気が変わりました。

 先生をこっちに引き込めれば、研究会の本拠地の場所が分かるって」

「……知ってどうするつもりだ?」

「当然攻め込むんですよ。こんな真似されて、おとなしくしていられると思いますか?」

「……高野らしい積極的な考えだな」

「もちろんそんなことをすれば、先生は不利益――命令違反や裏切りに対する処罰――を被ることは分かっています。俺たちを殺す気がないと認めないのも、それを恐れてのだと思います」

「そうだな。……だからこそ上に逆らわず、本気で殺しに行っているように見せたんだ」



 畑谷の返答は仮定での話なのか、それとも本当の話なのか? 兵藤は判断しかねる。



「……ですからその不利益が無かったら、こっちに付きますよね?」



「そんなことできるはずがねぇ!!」

 モニター越しに届くわけがないというのに、兵藤は思わず叫んでしまう。

 こいつ……なんてことを考えてるんだっ……!

 いけしゃあしゃあとのたまう高野彰に怒りを隠せない兵藤。

 部下の責任は上司の責任。畑谷が研究会の場所を教えて、それで高野彰に攻め込まれるようなことがあれば、今回の作戦の指揮を取った俺が責任を追及されるだろう。ただでさえこの前の黄龍ファンロンとの取引が失敗に終わって立場が悪いというのに、それに加えてこんなことまで起きたら、俺は研究会での立場を失う。



「……そんなこと出来るわけないだろう?」

 奇しくも畑谷は兵藤と同じことを聞き返した。


「いえ、できるんですよ。俺の知り合いに記憶を操る能力者がいるんです」

 言うまでもなく異能力者隠蔽機関のラティスだ。

「そいつに頼めば、研究会に所属する全員の記憶の操作なんて容易いことです。先生は裏切っていないと書き換えてもいいですし、執行していない処罰を行ったと勘違いさせてもいいですし、そもそも俺たちとの問題なんて起きてなかったとかにしてもいいですね」

「…………そんなことが出来てしまっていいのか?」

「出来てしまうからしょうがないじゃないですか。……まあ、そう言っても記憶の操作は保険ですけどね」

「保険……?」

「はい。だって研究会を潰してしまえば、先生に罰を与える人間はいなくなるでしょう?」



「………………」

 兵藤は絶句する。



「そういうわけでこっちに付いてくれませんか……って、そういえば先生にとってこれは仮定の話でしたね。先生は俺たちを殺す気がないって認めてませんでしたか」

「……研究会を潰すなんてこと出来ると思っているのか?」

 研究会の力を知っている畑谷からすれば、寝言は寝て言えという心境だ。


 しかし、高野彰は言い切った。



「これくらいできなければ生き残れないからな」



「……っ!? そうか………………そういうことなのか……?」

 畑谷はぶつぶつと呟く。




「畑谷のやつ……何を悩んで……」

 そんな誘いきっぱりと断ればいい。

 この映像は研究会本部にも流れている。つまり本部もこいつらが襲いにくるのはバレているのだ。

 潰しに来ると分かっていて、のこのことやられるタマじゃない。逆に潰すために準備を整えているはずだ。

 そんな百パーセントの研究会相手に、能力者四人の味方だけで太刀打ちできるはずがないだろう? そんな計算くらい、大人ならできるはずだろう?




「それでどうですか、先生?」

「………………」

 高野彰の再度の誘いに、畑谷はすぐに答えなかった。


 静寂な場に緊張感が満ちたそのとき。




「分かった。おまえたちに協力しよう」




「っ……! 先生……!」

 畑谷の口から肯定の言葉が聞けて、感極まった彰が畑谷に向かって駆け出す。





「撤収するぞっ!!」

 その様子をモニター越しに見た兵藤はすぐに若い研究員に命令を飛ばす。

「え、あの……」

「ぐずぐずするなぁっ!! あいつらは研究会を潰すつもりなんだぞ! そしたらまず一番近い俺らからやりに来るのは明白だろうが!!」

「は、はい!!」

 気づいてなかったのか若い研究員は兵藤の言葉を聞いてからあわてだす。


 くそっ、畑谷のやつ! 研究会に刃向うなんて血迷いやがって!

 大体最初から能力者を殺す気が無かったなんて……自分の身より生徒を優先する先生とか、物語の中にしかいないんじゃなかったのかよっ!?


 いや、それだけならまだいい。畑谷が命令違反で処罰されるだけのはずだったのだから。

「問題なのは高野彰だ……」

 畑谷を説得して味方に引き入れただけでも迷惑なのに、攻め込むことまで考えていやがる。さっきまで劣勢だったくせに、自分たちに風が向いたと判断するや否や思い切って攻勢に回るその感覚は鋭い。


「思えば黄龍ファンロンのときもおまえさえいなければ良かったんだ。高野彰、おまえさえいなければ…………」


 撤収準備をしながら、モニターの方をチラリと見る兵藤。

 画面の中ではパワードスーツに包まれた畑谷と高野彰が抱き合っている。……あぁ、はいはい。感動の場面ですね、くそがっ。

 兵藤が今一度怨嗟の声を送ったそのとき。









 パンッ……!









 そんな乾いた音が響いた。


「……………………先、生? どうして……」

 ドサッ!

 高野彰が崩れ落ちる。その胸からは赤い液体がどくどくと流れ落ちる。

 その顔に広がる感情は、痛みよりも困惑の方が大きい。


 硝煙立ち上る銃を持った畑谷はそれを見下ろしながら言った。

「……どうしても何も、最初から言ってたじゃないか。おまえたちを殺すって」

「けどそれは嘘で……先生は俺たちを殺す気がなかったんじゃ……」

「それはおまえの幻想だ」

 冷酷に告げる畑谷。




「……どういうことだ?」

 どうして畑谷が高野彰を撃っている?

 つまり……畑谷が裏切ったのはフリだったってことかぁ……?




「彰さんっ!!」

 高野彰が撃たれたのを見て、思わず水谷恵梨が飛び出し、風野綾香、火野正則もそれに続く。


 だが。


「仲間の心配より自分の心配をしたらどうだ?」

 言葉と共に銃声が立て続けに三回続く。



「え……」

「くっ……!!」

「しまっ……!!」

 普段なら能力で防げたはずの銃弾も、高野彰が倒れたことに動揺したのか三人ともまともに食らってしまう。




 山肌と対照的な赤色をばらまきながら、その場に倒れこむ三人。


 それを見て畑谷は肩をすくめる。

「やれやれ、最後は呆気なかったな」

 畑谷は報告をしようとパワードスーツに付けられた通信機のスイッチを入れる。


「先輩、能力者四人仕留め終わりました」

『……ご苦労さん、と言いたいところだが…………』

 未だ現状に対する認識が追いつかない兵藤。


「ええ先輩の聞きたい事は分かります。どうしてあんな真似をしたのかということですね」

『ああ』

「そもそも、どうして高野が無防備に自分の胸をさらしたときに撃たなかったと思いますか?」 

『…………どうしてなんだ?』

「それはあのとき無防備じゃなかったからですよ。彼の能力は『風の錬金術』。手に武器が無いところからでも十分に戦える能力。おそらくまともに撃っても盾でも作られて防がれたに違いません」

『そうだな……』

 言われて見てどうしてそんな単純な事実に気づかなかったと、己を責める兵藤。


「だから確実に息の根を止めるために、高野が油断する瞬間を待っていたんです」

『それで……』

「はい。高野が何やら勘違いしているようだったので、それに乗ってあげたというわけです」

『そういうことか……。全くヒヤヒヤさせやがって。おまえが本当に裏切ったんじゃないかと思ったぞ』

「まあまあ。高野が絶望する様子も撮れましたし、結果オーライという事で」

『……だな』

「それでは帰還を……」



「待……て……」

 そのとき、倒れたままの高野彰が畑谷の足を掴んだ。



「まだ動けたのかぁ……」

 兵藤もモニターで確認する。

 胸の辺りを撃たれ服も血で真っ赤に染まり、体力もどんどん失われているだろうに根性があるやつだ。他の三人は動く気配もないというのに。

「まあ、足を掴むのが精一杯のようだがなぁ」




「こんなの……おかしい。どうして先生が俺たちを…………」

 なけなしの体力を振り絞って発せられる高野彰の言葉。

「まだそんなことを言っているのか。……残念ながら、おまえたち生徒にとって先生は大切な存在だったとしても、俺たち先生にとって生徒なんて大勢の内の一人だ。一人一人に情なんて持ってたら、それこそパンクしてしまう」

「…………けど……」

「大人は感情じゃない。損得で動くんだ。……死ぬ前にいい勉強になったな、高野。あの世で生かすんだぞ」

 すがりつくように掴まれた高野彰の手を、畑谷は乱暴に蹴り飛ばす。



「それでは帰還します」

 改めて言い直した畑谷は、その場を後にした。

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