百五十三話「兵器派の報復2」
最近更新しない日もブクマが増えている事があります。自分は特に何もしていないので、宣伝している人がいるのでしょう。ありがとうございます。
これからも宣伝してもらえるとありがたいです。
某所。
そこには科学技術研究会、兵器派の本拠地があった。
といっても研究会に所属していてもここに居着かない人もいる。
科学技術研究会はあくまで裏の組織。表の組織に居場所がある者は、用事があるときだけここに来る。
そのため普段は研究会に所属している科学者の内、半分も居れば多い方だったが……
その日、研究会兵器派に所属する者全てが本拠地に集まっていた。
その目的は簡単。
「見てくださいよ、あの能力者達の絶望の表情」
「すごいですなあ」
「それにしても私が開発したあれはいつ使うんだ?」
巨大スクリーンに映した彰達に対する報復を見るためだった。
彰達を取っている映像、後でインターネットでばらまくためのそれを中継しているのだった。
その場所は兵器派本拠地にあるホール。こういった種類の映像を流すためだけに作られたそれには、大勢の科学者が居る。
彼らは全員これから彰達を殺すことを知っている。
それなのに話題の映画を見ているように楽しんでいる。
……この世の兵器を研究する者の全てが人が死ぬことに鈍感な輩ではない。お金のために仕方なく、だとか考えてしまったら罪悪感に苛まれるから感覚を麻痺させたりとかしながら研究している人もいる。
しかし研究会にいる科学者その全てが、自分の兵器が使われて人が殺されることに興奮を覚える狂った感覚の持ち主だった。
ともなれば彰達の様子を見るためだけにここまでの人数が集まったのも納得できるだろう。実際恵梨の両親を殺す際もこの催しは開かれたが、そのときも兵器派の全員が集まっていた。
「しかし、今回は趣向がいいですね。先生が生徒を殺すなんて」
「俺たちにとっちゃ先生なんてうざい奴らでしたけど……あの子達にとっては良き恩師みたいですね」
「まあ、自分を殺しに来る恩師が果たして良い人なのか……?」
「ははっ、まあそうだな」
畑谷の演技はここにいる人たちのリクエストだった。曰く本当に先生として生徒に信じられている姿を見てから、殺しにかかった方がテンションが上がるとのこと。
「それにしても毎度毎度面倒なことしないでも殺人できるように、警察にも権力伸ばすべきじゃね?」
「無理だろ。今のトップがお堅い奴なんだよ」
「上の管轄も違いますから、権力が及びにくいですしねえ」
場面が動かなくなったため雑談が盛り上がる中。
「………………」
その中の一人、最近兵器派に入った若い研究者が浮かない顔をしていた。
「どうしたのじゃ、君?」
それに気づいた年輩の研究者が声をかける。
「いや、その……」
「能力者達に情でも移ったのかね?」
「それはありません。彼らは実験のためのモルモットのようなものですから。……今、私が気にしているのはこの後白ける展開にならないか、と心配していまして」
「と言われると?」
「いや、この場で非科学的な物を例に出すのも恐縮なんですが、こういうシチュエーションってマンガでもあるじゃないですか。裏切り者が主人公と戦うみたいな」
「私だって若い頃はマンガを読んでいたものじゃ。そんなオドオドしないでいいから君の懸念を語りなさい」
「ありがとうございます。……それでそういう展開って、まあふつうに裏切り者を倒す展開もそれはそれでありますが、時々あるんですよ。主人公達が勝ったのに裏切り者を許すとか、最後の最後で主人公達を殺しきない裏切り者だとか」
「まあ、そういう展開は何だかんだで燃えるという判断なんじゃろう。……ああ、それで君の懸念というのは」
「それがこの映像の中でも起きるんじゃないか、という懸念です」
彰たちと畑谷が対峙している映像を流すスクリーンを見る。
「ふぉっ、ふぉっ。そういうことか。……確かにありそうじゃな。あれだけ生徒と先生の絆が深かったのじゃ。よく分からない感情論に発展して、どちらかがどちらかを許すという可能性もあるじゃろう」
「そりゃそういうマンガを見ているときは良いですが……この映像にそんなの求めていないんですよ。私が求めているのはただただ虐殺、惨殺だけで」
若くともこの研究者も兵器派の一員だ。
「だが、まあ大丈夫じゃよ。能力者達の方は知らないが、外部研究員の畑谷は絶対に能力者達を殺すだろう」
「……どうして断言できるんですか?」
「彼も研究会の一員。人を殺すことを何とも思わないはずだし、それにこちらの意向に従えなければこの国で生きていけなくなることくらい分かっているはずじゃ」
狂った者の集まりとはいえ、研究会も国直属の機関だ。人一人を破滅させることのできる程度の権力とは繋がりもある。
「そうですね。……けどそれなら殺したと見せかけて、何らかのトリックで実は生きていたとかはできますよね? 例えば空砲に合わせて、血糊を使って打たれたフリをする……みたいな」
それなら研究会の意向には従っているようには見せながら、生徒を生かすことができる。
「それも無理じゃよ。そういうトリックを行うためには、殺す側と殺される側で打ち合わせをする必要があるじゃろ?」
「はい」
「じゃけど、実はこの仕事を依頼してからずっと本人、畑谷には内緒で見張りをつけておいたんじゃよ。その結果、能力者たちとそのような打ち合わせをした形跡は無かったようじゃ」
「……ですけど、彼は教師ですよ。学校の中まで見張りなんて……」
「できないと思うのか?」
「……いいえ」
研究会にとってその程度朝飯前だろう。
「という訳でそんな心配はしなくても大丈夫じゃ。安心して殺人ショーを見ていくと良い」
「分かりました。……あっ、ちょうど局面が動いたようですね」
場面の動きに合わせて、ホールにいる科学者たちもざわめきだす。
「あの能力者、先生相手でも怯んでないぜ?」
「そうこなくっちゃな。無抵抗の相手を倒しても面白くないぜ」
「そういえば能力研究派のサーシャから荷物が届いたんだが……」
「分室から? ……ま、そんなの後にしろって。今から絶対面白くなるから」
「……だな」
中年の科学者に抱えられていた段ボールは壁際に置かれた。
画面の向こう、彰たちと畑谷が対峙している山道にて。
「……先生だからってみすみす殺されてたまるか」
彰は全身に力を入れて、兵器派二人を見据える。
畑谷が研究会所属と名乗ったことで、混乱していた彰の頭がクリアになった。
立ちはだかる現実、担任の先生が敵であることを認識。
何もしなければただ死ぬだけ、と脳裏に浮かべ意識を集中させていく。
「それでこそ殺しがいがあるぜぇ」
兵藤は彰の豹変に満足そうだ。
「それで先輩、頼んでおいた装備は……」
「ああ、準備している。……おまえら降りてこい」
兵藤が畑谷の求めに従って、頭上に呼びかける。
上?
彰が見上げると、そこには今まで気づかなかったが木の上に二つの人影が……。
「って、あれは人なのか……?」
彰が自分の目を疑う。
「はいはい」
「了解です」
枝から地面までは八メートルくらいある。兵藤の声に答えたその二人は……
ズシン!!!!!! そのまま飛び降りた。
「なっ……!?」
建物で考えれば三階相当の高さ。
そんな高さから人間が落ちて普通無事なわけがない。
(……だが、無事なんだろうな)
彰にはその確信があった。
というのもその二人が身につけていたものを見ていたから。
「それにしてもこのアーマー結構丈夫ですよね」
「誰が開発したんでしたか?」
その二人は機械で出来た鎧に身を包まれていた。
「……パワードスーツって言うんだよな、そういうのって」
「おうおう、よく知ってんなぁ?」
「彼はあれでも学年一位の成績で自慢の生徒ですからね。それくらいの情報力はあるでしょう」
畑谷がひとごとのように誉める。
パワードスーツ、確か災害救助用、介護用や兵士に身につけさせる用途などで最近注目されている物……だったはず。
(だけど俺が知っている物より結構技術が進んでいるように思えるな……)
三階の高さから落ちて平然としている耐久性。外からは完全に生身の肉体が見えない防御性(頭部はフルフェイスメットの要領で、他は金属で覆われている) そして動いている様子を見る限り、関節部にはモーターを仕込んで動きを補助している。敏捷性もアップしているだろう。
下手な能力より強化されているだろ、これ……。まあその能力者を相手にするのだから、これくらいの装備は必要だろう。
「じゃあ早速降りろ」
「分かっていますって」
二体のパワードスーツの内、一人が背中側から外に出る。
「これで準備完了ですね」
そしてその空いたパワードスーツに畑谷が乗り込む。
畑谷が乗り込んだ方のパワードスーツは大きなスーツケースを持っている。武装がスーツだけとは思えない以上、中に兵器が入っているのだろう。
もう一人のパワードスーツは大きな、それこそテレビ局の人が使ってそうなビデオカメラを片手で軽々と持っている。これで記憶隠蔽用の動画を取っているということか。他には何も持っていないようだし、こっちは撮影に徹するようだな。
「彰さん」
「……どうした?」
みんなをかばうように前に出ていた彰だが、気づけば三人とも彰のすぐ側まで寄ってきていた。
困惑している様子は無いな……。
先生が兵器派だったことは三人にとってもショック立ったはずだが立ち直っている。
「逃げましょう。ここで無理に戦う必要はありません」
恵梨の進言。
「俺は戦ってもいいんやけど……ちょっとな」
「あっちは準備万端、こっちは何も用意していないじゃ不利だわ。ここは一旦引くべきよ」
三人の意見は同じようだ。……やっぱり先生が相手だとやりにくいんだろうな。俺だってできれば先生とは戦いたくない。
「俺だって逃げてえよ。……だけどそう簡単には行かないんだ」
彰は足下に落ちていた石ころを拾って、森が広がっている方に軽く投げた。
「彰さん、何をして……って」
投げた石が地面に着く前に空中でバウンドする。
「空中で跳ねた……?」
「いえ、あれは……糸ね」
目を凝らしてみると、木と木の間膝の高さぐらいに糸が張ってある。どうやら石はそれに当たったようだ。
「何も知らずに通ったら、あれに引っかかって転んだだろうな。……たぶんこんな感じの罠がこの付近のあちこちに仕掛けられているんだろう。そんな中で逃げきれるか?」
兵藤に研究会が人を殺せる理由を話させている間に、彰は周りを観察してそれを発見していた。ここで戦闘するのを決めていたのは研究会だ。確実にしとめるためならそれは罠だって仕掛けるだろう。
だから逃げるのも一苦労するだろう、と彰は分かっていた。
「きついですね……」
「そうやな……」
「しかし能力を使うわけにも行かないわけだし……」
罠に全く気づいていなかった三人は、この場から逃げられるのか不安を感じる。
そんな三人に彰は言う。
「まあ、それでも基本方針は逃げることなんだがな。あいつらを倒したところで、研究会はまた次の刺客を向けるだけだ。キリがない」
「けど、罠は……」
「そこは根性だ。がんばるしかないだろう」
言い切る彰。
「せ、精神論……」
「無茶苦茶やな……」
「でもそうよね、やるしかないんだから」
「……そうですね」
彰の一言に三人も少し気が楽になる。
「ちっ、罠に引っかかる間抜けな姿が見たかったのになぁ?」
兵藤が悔しがる。……って、そういえばこいつ戦わないんだよな。何でこんなに偉そうなんだよ。……ああむかついてきた。一発殴らせろ。
「罠に気づいたか。……一つ目の問題はクリアということにしておこう」
パワードスーツの中から増幅された畑谷の声が聞こえる。
「そりゃどうも」
「それにしても私語が聞こえたが、俺の授業から逃げるつもりなのか、高野?」
「……ああ。今の先生の授業なんて受ける価値も無えな」
「そうか」
先生はまだ仕掛けてこないか……。
それもそのはず。こちらはまだ能力を使っていない。
こんな山奥とはいえ、死体が見つかれば今の警察ならどうにかして研究会までたどり着くだろう。そのリスクを負ってまで殺しにこないのは、兵藤の言葉から確認済み。
先生のスーツケースの中に入っている武器は、おそらく銃だとかそういう火器系だろう。兵器を開発している研究会がわざわざ剣だとかを使うはずがない。
しかし火器の、本当は利点となる殺傷能力の高さが今は弱点となっている。おいそれと使って、こちらが死んでしまっては大問題だ。
だから最初はパワードスーツで強化された四肢を使っての肉弾線。そうくるはずだ。
それで俺たちを痛めつけて能力を使うのを待つ。
だから俺がしないといけないのは能力を使わないで畑谷と渡り合うこと。それをしながら逃げるためのプランを考える。
そんなところだろ……
「第二問は二択問題だ。能力を使って防ぐか、何もせずそのまま食らうか。どっちが正解だろうな?」
畑谷がスーツケースから小さなボールのようなものを取り出す。
「……っ!?」
あの形は……手榴弾……!?
「おまえらは能力を使うな!!」
とりあえず後ろの三人に忠告。
手榴弾のピンを抜く畑谷。
どういうことだ……!?
火器は使わないはずだ、という読みが外れた彰。
俺たちをまだ殺すわけにはいかないはず……ということは……!
ピンを抜いた手榴弾をこちらに投げてくる。
あの手榴弾は威力を弱めて傷を付ける目的か……それとも殺傷用ではなくスタンさせるための物か……どちらにしろこちらの機動力を削ぐ目的のはず!
死にはしないとしてもそんなものを食らって逃げられるわけがない。……けど、今からでは防げない。……それこそ能力でも使わない限り。
けど能力を使ったら次から本気でこられるし…………そんなんじゃ逃げきるのも……しかし……。
彰は悩むも時は待ってくれない。
手榴弾の軌道が放物線の頂点にさしかかる。
「……くそっ! おまえら逃げるぞ!」
彰は能力、風の錬金術を発動。
金属球を精製、そのまま発射して空中の手榴弾に当てる。
よし、ジャストミート!!
手榴弾が投げた主、畑谷の方に向かうのを確認してから彰は背を向けて走り出す。
彰が選んだのは選択肢は能力を使って防ぐだった。
しかし、ただ防ぐだけではなく畑谷の方に返すことで、出足を鈍らせる算段である。
威力を弱めたものだったら、パワードスーツを着た先生と撮影役には聞かないだろうが、兵藤とパワードスーツを脱いだもう一人には効くはず。仲間が攻撃を食らって平然とこっちを追ってこれるはず……がないと思いたい。
スタンの方なら、更に良い。パワードスーツの装甲を貫通して、一時行動不能に追い込めるはずだ。
走りながら考える彰の背中に冷たい声がかかる。
「そうか……だが、不正解だ」
カン!!!!
金属質の乾いた音が鳴る。
「……なっ!?」
その音に彰が走りながら振り返ると、手榴弾が地面で跳ねた音だった。
爆発しない……!?
「ダミーか!?」
「そういうことだ。……正解は何もしないで待つだったな」
畑谷の答え合わせ。
「……くそっ!!」
迂闊だった……! ダミーの可能性を考えないなんて……!!
「あの状況じゃ間違っても仕方ありません!」
即座に恵梨がフォローする。
「どうするんや、彰!」
「能力は使ってしまったわよ!!」
火野と彩香も彰と併走しながら指示を仰ぐ。
自分のミスを責めそうになった彰は、その言葉に意識を切り替える。
落ち込むのは後だ。後悔したって時間は戻せない……!
「こうなったら能力も使って全力で逃走だ! 絶対に……絶対に逃げきるぞ!」
「はいっ!!」
「分かったで!!」
「了解!!」
「逃がすかぁ!! こっちも全力だっ! 畑谷ぶちかませっ!!」
兵藤が吠える。
「分かっていますよ、先輩」
畑谷はそれに冷静に応じる。
逃げる彰たち。その背中を狙ってパワードスーツを身に纏った畑谷が動き出す。




