百三十八話「転校生2」
「え、美佳の言葉から推理って……そんな大事なこと言ってたっけ?」
男でもあり、女でもある転校生の正体。
彰は美佳の言葉から推理したと言ったが、由菜には全く見当も付かなかった。
「さらっとだが言ってたぞ。……いいか、まず美佳は」
「推理を披露する前に彰くん。他クラスの人が扉から教室を覗いてます。騒ぎの声が大きすぎて苦情を言いに来たのでしょう。これ以上騒ぎを放置するわけには行きません」
「……恐れていた事態が起きたか」
言われてみれば騒ぎは収まることを知らず、ヒートアップ中だ。彰たちの耳は段々とこのボリュームに慣れてきたが、周りで聞いている人にとってはたまったもんじゃないだろう。
「しょうがない。俺も一応学級委員長だしな。この騒ぎを止めてくる」
彰は由菜、斉藤から離れて教卓の方に向かった。
「だから、何で男の娘の良さが分からないかな? 女の子みたいな見た目だというのに、同姓の気軽さで接することができるこの完璧な存在をどうして認めない?」
「認める、認めないの問題じゃないし」
「そうよ、百歩譲って男の娘の良さを認めたところで、それが転校生の正体とは何ら関係ないじゃない」
「あなたたち現実に男の娘を見たことがあるの? そんなのどうしても空想の産物でしょう?」
「それを言うならそっちもだろ」
「いや、中性的な美少年の方がまだ現実には存在するわよ」
「そのソースは何だよ?」
「美少年なんて来たら、モテない俺たちがますます日陰者になるじゃないかー!」
「いや、それは転校生の問題じゃなくて、魅力がないあなたたちが問題じゃないの?」
「……今、おまえは言ってはならないことを口にしたな」
「事実を口にして何が悪いの?」
これらのやりとり以外にも、二派閥間の言い合いは同時多発的に起きている。そのどれもが相手を言い負かそう、と大声になっているから全体の音量としてはものすごいことになっている。
(さて、まずは……)
こういう状況の場合、騒ぎを止める選択肢の一つとして一番簡単なのが騒ぎを止めるように呼びかけることだ。しかしこの教室無いではどんな大声だろうとかき消されて全体に行き渡らないだろう。
だから彰は第二の選択肢、教卓を思いっきり手のひらで叩いた。
バンッ!!!!!!!!!!!!!
「……!!」
いきなりの轟音に、みんな思わず議論を止めて音の発生源に注目する。
その注目が集まった瞬間を逃さず、彰は言った。
「おまえらちょっと静かにしろ。周りのクラスに迷惑だろうが」
「………………」
「そんなに転校生の正体が知りたいんなら、俺が教えてやるから」
皆が気になっていたことで興味を引き、騒ぎの再燃を防ぐ。
「え、けど高野。おまえ転校生の正体分かるのかよ?」
その一人の男子高校生の声によって、彰はこの場の掌握を完了させた。
「全く由菜と同じような反応しやがって。美佳の言葉をちゃんと考えれば分かることだろうが」
「………………?」
彰がそう言っても、誰もピンと来ないようだ。さっさと答えを言うしかないな、と考えて口を開く。
「男でもあり、女でもある転校生の正体。
それは男と女。転校生が二人いるってことだ。そうだろ、美佳」
「……正解。よく分かったわね」
美佳が軽く拍手した。
皆が気になっていた情報が与えられて、それでめでたしめでたしとはならない。人間とは理由を求める生き物だ。
だから、こんな質問が出るのは当然だった。
「どうして高野君は正解が分かったの」
一人の女子生徒からの質問。
騒ぎを鎮静化させた以上、彰はこれに構う必要もなかったが、構わない必要も無かったので答えることにした。
(どうせ由菜に推理を披露しようと思ってたし、ついでに全体にも聞かせるか)
「どうして俺が転校生が二人来ると分かったのか。……それは美佳の三つの発言からだ。
一、『個人情報保護だからか、転校生のことについてはほとんど分からなかった』
二、『けど、分かったことが二つだけある』
三、『転校生は女でもあり男でもある』
以上の三つだ」
「確かに三番目の発言から、みんなが考えたように男の娘か中性的な美少年が来る可能性は考えられる。
……だが、それだと、一つ目の発言『個人情報の保護だからか転校生のことについてはほとんど分からなかった』と矛盾するんだ。外見っていうのは重要な情報だからな。分かっていたらそのような発言はしないだろう」
「その通りね。私は転校生の姿をまだ見てないわ」
美佳が相槌を打ってくれる。
「だとしたら何故転校生は女でもあり、男でもあると美佳は言ったのか。……基本的な情報しか分かっていないはずの美佳が、こんな発言をする可能性を考えて、思い当たったのが転校生が二人いるということだ。
しかし、これだけではただの当てずっぽうの推理だ。だから俺は考えて、この推理を補強する材料に思い当たった。二つ目の発言『分かったことが二つだけある』だ。
二つ目の分かったことは『転校生が二人いる』だったんじゃないのか、美佳」
「何から何までお見通しね。……本当はそれを早めにいって騒ぎを鎮静化させたかったんだけど、ちょっと騒ぎが大きくなりすぎてね。手が着けられなかったから助かっちゃった」
言い訳するように言う美佳だったが、確かに男の娘か美少年かだけであれだけ議論が活発になるとは思わないだろう。……一年二組恐るべし。
キーン、コーン、カーン、コーン。
と、推理を披露し終わったところでちょうどチャイムが鳴った。今のは朝のSHRの始まりを告げるチャイムだ。
「……チャイムが鳴ったのに、先生来ないな。職員会議でもあるんだろうか? ……まあ、俺から言うことは一つ。宿題やらなくて大丈夫なのか? タイムリミットは近いけど?」
一斉に奴隷だった者たちがシャーペンを動かし始めた。
結局一年二組担任、畑谷は三分ほど遅れて教室に入ってきた。
「おいおい、おまえたち。予想した通りだな」
三分の一ほどの生徒が命をすり減らすのではないかという速度でシャーペンを動かしているのを見て、畑谷は暢気な感想を口にする。
「まあ、俺も学生時代はそんな感じだったから非難はしないけどな。そのままでいいから耳だけはこっちの話を聞くのに使ってくれよ」
こういう鷹揚さが、畑谷が生徒に人気なところである。
そして畑谷は細々とした連絡を手早く終わらせる。この後始業式があるとはいえ、時間には余裕があった。なのに早めに終わらせたのは訳がある。
畑谷は生徒たちの顔を見回してから言った。
「さて、今日はおまえたちに重大な発表がある」
先生の得意げな顔を見て、生徒たちは皆(ああ、転校生のことを言うんだな)と予想できて何とも微妙な雰囲気が漂ったが、それに気づかなかった畑谷は少しタメを作ってから口を開いた。
「何と、このクラスに転校生が来る。……それも二人だ」
「………………」
(ああ、予想通り……)(水谷さんが来たときもこんな感じだったわね)(先生マジ哀れ)
生徒たちが驚くことを期待しての畑谷のセリフだったが、予想されていた上に悼たまれる始末だ。
「あれ、どうしてみんな……」
すぐにその雰囲気を察知した畑谷は、その原因となった者に見当をつけた。
「西条。……またおまえの仕業か」
「そうですけど……何か?」
素知らぬ顔で応対する美佳。生徒たちを驚かそうとした畑谷もだが、この状況でそんな対応できる美佳、どちらもいい性格をしている。
「本当、おまえはどこから情報を得ているのか……。けど、どうせ転校生がいるって分かってるだけでその素性は知らないんだろ」
「ええ、そうですから早く紹介してくれませんか? もう扉の外に待機しているんでしょう?」
すりガラス越しに人の輪郭が写っている。あれが転校生なのだろう。
「……いいだろう。そのすまし顔を驚きの表情に変えてやるからな」
やばい、先生の言動が完璧に小悪党だ。
「驚きですか?」
「話を聞いたところ転校生の二人は、西条たちとは知り合いらしいからな。まだこの学校に転校すると伝えてないらしいから、意外な人物の登場に驚くがいい」
「私の知り合い……?」
誰だろうかと思案顔になる美佳。
(へえ、美佳の知り合いなのか)
彰も畑谷の発言に興味を持った。
(美佳と俺の共通の友人と言えば由菜、仁志、恵梨くらいだよな。ということは、転校生は俺が知らない人なのかも…………あれ? 今、先生『西条たち』って言ったよな)
畑谷の発言を思い返す彰。
(『西条たち』……ってことは集団を指しているよな? 俺、美佳、由菜、仁志、恵梨の五人がよく集団で動いているのはよく知られているし、ならそれを対象にしているのか? だとしたら転校生は俺も知っている人物ということに……)
「二人とも入ってきてくれ」
彰の考えがまとまりきる前に畑谷が廊下に向かって呼びかける。
「おおー!」
「きれいな人だね」
「立ち姿がすごい凛としてる」
「男の方は……」
「普通だな」
「ああ、仲良くなれそうな顔をしている」
各々が入ってきた転校生に感想を述べる中、他とは別種の驚きに包まれている者が五名いた。
「え……」
「ああ……そういうことだったのね」
「何でここに……?」
「おお、久しぶりやな」
恵梨、美佳、由菜、仁志と。
「…………はあ、あのオッサン。どんな手を使ったんだよ。驚かせるのが好きだよな……」
高野彰である。
「では、軽く自己紹介を」
というのも入ってきた二人の転校生が。
「風野彩香です。よろしくお願いします」
剣道少女で、能力者でもある風野彩香と。
「火野正則や。よろしく頼むで」
同じく能力者、火野正則であったからだった。




