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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
六章 体育祭、自覚する気持ち
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百三十七話「転校生1」

「全く、清々しい新学期だというのに屍か奴隷しかいませんね」

「奴隷か。……言い得て妙だな」


 九月一日、朝。

 斉明高校の二学期が始まるその日、一年二組教室。

 一年男子成績No.2の斉藤が教室を眺めて評したのに対して、一年生成績No.1の彰がうなずいた。


「もう少し計画性というものを身につければいいというのに」

 斉藤が呆れたように言う。


 彼の言う屍とは、机に突っ伏して寝ている連中のことである。大方、昨日夜遅くまで夏休みの宿題を一掃したせいで足りない睡眠を補っているのだろう。彰は恵梨と由菜が屍化しているのを見つけた。


 そして奴隷とは、提出日の朝である今も脇目も振らずに宿題をしている一団のことだ。奴隷のようにあくせく働いていることからそう言い表されたのだろう。仁志がここに該当している。


「ああ、それと仏もいるな」

 彰が教室の隅で悟ったような顔をしているクラスメイトを発見する。残った宿題が余りに多すぎて今からではどうしようもなく、すでに怒られる覚悟をしたある意味の猛者たちだ。


「普通の人間は僕たちだけということになりますかね」

「みたいだな」

 教室の他の人間が屍か奴隷か仏になっているため話をする相手がおらず、珍しく朝から彰と斉藤が集まっているというわけだった。




「それでどうでしたか、夏休みは」

 二学期の一日目ともなれば、雑談のネタとしては夏休みの話題が一番ふさわしいものだろう。二人の話もそれに推移していた。

「まあ、悪くはなかったな」

「そうですね。リア充な彰くんは、女の子と海に行ったみたいですし、それはさぞ充実した夏休みだったでしょう」

 知性派に見えて、斉藤は「リア充爆発しろ」を公言する一年二組男子の一員だ。


「海……か」

 どうしてもあの旅行を思うと、サーシャに騙されたときのことも釣られて思い出される。

 その微妙な反応に斉藤は気づいたようだ。

「どうしたんですか? そこは君があることないこと自慢して、僕が爆発しろと罵るのが流れだと思ったのですが?」

「ああ、うん。……そうかもな」

 歯切れの悪い彰の返事。


「どうやら海で何かあったんですね。……リアルが充実している反発ですか。幅広い人間関係であるから、そこで起こる問題も多いという」

「まあ、そんなところか」

「気の合う人間と狭い関係だけで満足する僕らには、次元の違う問題ですね。時に悩むことも青春って言いますから、存分に悩めばいいんじゃないですか?」

「……本音は?」

「ざまあみろ、です」

 実に良い笑顔の斉藤。


「だよな。おまえが素直に俺の心配してきて、鳥肌が立ちそうだったぜ。……あーもう、過ぎたことなんて気にしてもしょうがないよな」

 こうやって中身も何もないバカな会話をしていると、悩んでたことがそこまで気にならなくなるから、人間とは不思議である。

「そうですか。それなら僕もふざけた甲斐がありました…………とか言うと、人のことを思いやっているみたいに聞こえてきませんか?」

「自分が言いたかっただけなのに図々しいな」




「あら、珍しい組み合わせね」

 と、そこに声をかけてきたのは廊下から教室に入ってきたクラスメイトの西条美佳だ。

「そういえばさっき見回したときに教室に居なかったな。どこに行ってたんだ?」

 美佳がカバンを持ってないことから、今登校したのではないと考える彰。

「ちょっとね」

「自由に動いているところを見ると、あなたは屍でも奴隷でも無いようですね」

「屍? 奴隷? …………ああ、そういうこと」

 美佳も教室の惨状を目の当たりにする。


「美佳も夏休みの宿題早めに終わらせてたのか?」

「いや、違うわよ。私は宿題を均等に夏休みの日にちで割って一日のノルマってしたわけ。だから昨日もきちんとノルマは行ったってこと。あんたたちみたいに宿題を終わらせた後に、授業の復習とか予習とかするまで真面目じゃないし」

「それでもすごいと思いますよ。普通の人なら『明日二日分すればいいんだ』『……いや、三日分ならば挽回できる』『もういいや、今年も最終日にがんばろう』ってなりますから」

「今年の由菜はそんな感じだったみたい。昨日メールで聞いたら、同じようなことを言ってた」

「あれだけ早めに終わらせとけ、って言ったのにな」

 彰も知ってたようだった。



「ところでさっきは軽く流されたが、美佳どこに行ってたんだ?」

 彰が同じ質問をすると、美佳が答えた。

「職員室よ。職員室。ちょっと情報を収集にね」

「何か面白い情報でもあったんですか?」

「あったわよ。……取って置いても意味ない情報だし、今公開しようか」

「どんな情報なんだ?」

「そうね……。種類で言えば、復活の呪文ね。……そこらに転がっている屍を一発で起こして見せるわ」

 美佳は簡単にそれだけ言うと教卓の前に立った。


「……復活の呪文って何だろうな?」

「さあ?」

 彰と斉藤は顔を見合わせる。


「はーい、みんな注目。私、西条美佳から皆様に報告したいことがありまーす」

「「「………………」」」

 反応は無言だ。それもそのはず。屍にも奴隷にも言葉を返す余裕など無い。

「あちゃー、思ったよりも元気が無いわね。あなたたちそれで二学期を乗り切れると思っているの?」

「「「………………」」」

「うわ、これは重傷ね。……まあ、そうこうしている内に先生が来たら意味もなくなるし、さっさと唱えますか。


 どうやらこの一年二組に転校生が来るみたいよ」



「「「……マジで!?」」」



 屍が一斉に起きあがった。




 転校生。

 それは学生にとって一大イベントだ。

 それもそのはずで、学校という狭いコミュニティに新たな人間が来るのだから注目されるのも当然である。

 机に突っ伏したところで深い眠りを取れるはずが無く、浅い眠りだった屍たちはその言葉に意識を覚醒させていた。

「マジかよ、男なのかな、それとも女なのかな」

「というか四月にも水谷さんが転校してきたのに、なんでまたこのクラスなんだ?」

「今度こそ男よね! イケメンで頭も良くてスポーツもできる彼とのラブストーリーはここから始まるの!」

「妄想しすぎ」

「かわいい子だといいな」

「ああ、かわいいは正義だ」


 美佳の言葉はまさに復活の呪文だった。さっきまでお通夜以上に沈んでいた教室がここまでうるさくなるとは、本当何か不思議な力でも働いてるんじゃないかと彰は思う。

 奴隷も相変わらず手は動かしているが、耳の方は完璧に周りの雑談を捉えるのにフル稼働している。


 そして、転校生に対する期待から起こる予想や妄想も出尽くしたところで、人々はある可能性にようやく気づいた。

 予想なんてしなくとも、美佳なら既に知っているんじゃないか、と。

「なあ、美佳。おまえなら転校生の正体も知っているんじゃないか?」

「そうよ、完璧超人の彼がやってくるって早く言って。お願い!」

「そんなわけないだろ! 転校生は一見頼りなさげでかよわく見えるんだが、それが庇護欲をそそり、そして転校という自分以外知らないコミュニティに属することによって最初は緊張するんだけど俺たちが悪い奴じゃないって分かってからは打ち解けて、男女分け隔てなく話してくれて、ふとしたときの笑顔がかわいいそんな女の子なんだろう!?」


「妄想が細かすぎるんだよ……」

 この騒動を離れたところで見つめる彰が小声でツッコむ。

 どうやら先の発言が女子代表、後の発言が男子代表みたいな流れになっているようだ。何にも意見していないんだけど、俺も男子の勢力に含まれてるんだろうなあ……。


「ふふふ、良いところに気づいたわね」

 この場を完全に掌握している美佳は勿体ぶった話し方だ。

「だけど私も転校生の詳細はほとんど分かってないのよ。個人情報保護なのか知らないけど、そこまで調べることができなかったわ」

「そうかあ……」

 男子代表が声に出して落ち込む。……後十五分もすれば先生が来るからそれで分かると思うんだが、そんなに今聞きたかったか?


「ちょっと待って、ほとんど分かっていないってことは、少しは分かってることもあるてことじゃないの?」

 一方女子代表は冷静だった。


「そう、その質問を待っていたわ」

 美佳ノリノリだな。

「私の調査の結果、二つだけ分かったことがあるの。一つは転校生の性別についてよ」

 キザったらしく、一本の指を立てて見せる。

「おお、本当か。……もちろん女なんだよな!?」

「男よね!?」


「……まあ、待ちたまえ君たち。焦らずともすぐに発表するわい」

 謎の老人口調の美佳。気づけば奴隷だった者たちも手を止めて次の美佳の言葉を待っている。……そのままじゃ宿題終わらないけどいいのか?


 言葉通りすぐに美佳は発表した。


「転校生の性別は……女!」


「おおお!!」男子が叫び「そんな、ことが……」女子が悲嘆に暮れる。


 が。 


「でもあり」


「「「…………?」」」

 え、なんでそこから接続詞が付くのと疑問に思ったところで、


「男でもある!」

 

「……………………ええええええええええええええ!!!???」

 

 みんな一斉に叫んだ。




 衝撃の発表に最初に立ち直ったのはある男子生徒だった。

「男の娘来たーーー!!」

「……そういうことか!!」

「見た目は女、体は男。……そうだろうと、僕らは受け入れます!!」

 一人の叫びからすぐに結託して「転校生は男の娘」派閥ができあがる。 


「そんなこと無い! 女の子みたいに顔の整った、中性的な美男子の可能性だってあるじゃない!!」

「そうよ! というか絶対そっちだわ!」

「ああ、どんな王子様が来るのかしら……!!」

 しかし、それを受け入れられない女子たちは、すぐさま「転校生は中性的な美男子」派閥を作り上げる。


「大体、男の娘なんて現実に存在するはずがないのよ! どれだけ夢見てると思っているの?」

「それを言うなら、女の子みたいな男だっているわけ無いだろ!!」

 そのまま二派閥間で言い争いになる。




「はあ……見事に美佳に踊らされているな」

 その狂乱とした様子を彰は参加せずに見ていた。

「そのようですね」

 それは斉藤も同じだ。二人ともこういうテンションには付いていけないタチだ。


「ところで『オトコノコ』って何なんだよ? それって、ただの男じゃないのか?」

「……君は本当に知識が偏ってますね。学年で一位を取るぐらいなら、もう少し見識を広くても良いと思いますのに」

「じゃあ、斉藤は知っているのか」

「『オトコ』の『ムスメ』と書いて男の娘って呼ぶんです。男なのに、外見が女の子のような人物を指します」

「へえ、そんな言葉があるのか」

 サブカルチャーに疎い彰にレクチャーする斉藤。


「良かった……。落ち着いている人たちがいた……」

 そこに八畑由菜がほうほうの体で声をかけてきた。……疲れたような様子なのは、この言い争っている状況を抜けてきたからだろう。

「かなり消耗しているな、由菜」

「そうね……。私、さっきまで少数派の『転校生は仲良くなれそうな女子がいいな』に所属してたの。だけど、美佳の発言で他のみんなが『中性的な美少年』派に吸収されちゃって、どうしようもなくなったから抜けてきたの」

「確かにこの状況で一人は厳しいな」

 男子と女子の言い争いの声は大きくなる一方である。……他のクラスから苦情が来なければいいのだが。


「そうだったのですか。……しかし、それでは何故八畑さんは中性的美少年派に吸収されなかったのですか?」

「え、それは……」

 由菜が彰の方を見て、一瞬言い淀む。

「ああ、愚問でしたね。失礼しました」

 斉藤はそれだけで察した。

「な、何よ、その言い方!」

「いえ、忘れていた僕が悪いんですね。八畑さんは幼なじみの彰くんに夢中だから、他の男が来ようと関係な」

「ちょ、ちょっと!! それ以上言っちゃダメ!!」

 あわてた様子の由菜が大声を上げる。


 八畑由菜は高野彰の幼なじみだ。家も隣同士である。

 普段接点があまり無い斉藤でも知っているくらい、彰のことを思っているのは有名だ。なのに、当の本人は気づいていないのである。


 斉藤の暴露は幸いにも、教室の騒音にかき消されて彰の耳には届かなかったようだ。



「それよりこの騒ぎいつまで続くのかな?」

 これ以上斉藤にイジられない内にさっさと由菜が話題を変える。

 今度は聞こえたらしい彰が答えた。

「このままじゃ実際に転校生が来るまで止まらないだろ」

「そうよね……。それで彰はどっちが来ると思う? 男の娘? それとも中性的な美少年?」

「………………はあ」

 彰は大げさに大きくため息をついて見せる。


「えっと……何なの、その反応」

 いきなりため息をつかれた由菜はそう返すしかない。


「いや、見事に美佳に踊らされてるなって呆れていただけだ。

 ……大体美佳の言葉から、どんな転校生が来るかなんて予測できるだろ」


「そうですね、簡単な話です」

 斉藤もうなずいた。

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