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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
五章 夏祭り、後の祭り
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百三十五話「旅行二日目 夏祭り、後の祭り」

 某所にある科学技術研究会、能力研究部門にて。



「それでどうでしたか? 上手く行きましたか?」

 部下を出迎えた鹿野田は早速その結果を聞いた。

「これらが今回の成果だ」

 サーシャは鹿野田に二枚のディスクを渡す。

「一枚が予定していたとおり、モーリスと執行官の戦いを収めたもの。もう一枚が予定外であったが、風の錬金術を使う少年の戦いを収めたものだ」

「そうですか。……それにしても戦闘人形ドール以外にも、風の錬金術者がいたとは……あいつ隠してたんですね、はい」

「そのようだ」

 鹿野田は今はいない部下を思いだし、少し腹ただしくなったが、それよりも目の前にある宝の山に目を向けるべきだと頭を振った。


「はい、それでは見させてもらいます」

「どうぞ」

 鹿野田は用意していた大仰な機械にディスクをセットして再生する。画面には映像とともに、その横で棒グラフが上下にせわしなく動いている。


 いつも思うがあのグラフは何なんだろうな?

 サーシャはコーヒーを入れながら、横目でその画面を見る。

 大学を首席で出て、研究者としてかなりの技能を持っていると自負しているサーシャ。紆余曲折あって、もう十数年は鹿野田と研究しているが、それでも鹿野田の見ている世界が分からないときがしばしばある。

 自分が撮影したビデオカメラには何やら特殊な機械がついていて、能力者の魔力の流れが分かるらしいが……どうやったらそんな機械を作れるか分からない。能力者である自分より、能力に関しては鹿野田の方が理解が深い。


「これを」

 サーシャはコーヒーを鹿野田に差し出す。

「ああ、はい。ありがとうございます」

 画面を一時停止させて受け取る鹿野田。

「それでこの映像は参考になるか?」

「ええ、ばっちりと。風の錬金術は発動型の能力に見えて、作ったものを魔力で維持する常駐型の能力ですので、はい。同じ常駐型のモーリスの魔力運用は参考になります」

「それなら良かった」

「はい。これなら戦闘人形ドールの改良も進みそうです」


 コーヒーを飲みながら、鹿野田は動画の一時停止を解除する。

 またも画面に夢中になる鹿野田を、特にすることもないサーシャは眺めていた。

 モーリスが五人目を殺す様を淡々と見ている鹿野田。サーシャは自身が人とはズレた感覚を持っていることを自覚している。人が人を殺す様を見ても、特に動揺しないのがそういうところだ。……しかし、それでも少しは思うところがあるというのに、それが全くないのが鹿野田だ。まるで、実験でモルモットを殺したときのように殺人を淡々と見ている。


「おっ、あの天才ルークですか。これは大物を引き当てましたね、はい」

 六人目の殺人は結上市で行われたものだ。モーリスが逃げきる前に、ルークが乱入してくる。

「強大な敵を前に魔力が増大……。やっぱりそこの流れが活発に………………。攻撃を食らうと、魔力が乱れますか……能力は精神と関係が……」



 ……やっぱり彼のことは理解できないな。

 画面を食い入るように見ている鹿野田をそう評する。といっても、それは悪口ではない。サーシャにとっては誉め言葉だ。


 鹿野田と会うまでの人生は、サーシャにとってつまらないものだった。聡明な彼女に理解できないものは無かったからだ。勉強もスポーツも、そして複雑だと言われる人の心さえも、彼女にはどれも単純な物にしか見えなかった。

 そんな折に会ったのが鹿野田だ。鹿野田が見ている世界、そして鹿野田自身もサーシャには理解できない。そんなことは初めてのことだった。

(だからこそ惹かれるのだがな……)

 周りの反対を押し切って、こんな偏狭な国の研究機関の分室にいるのも鹿野田がいるからだった。


 そして一緒に研究して、鹿野田を理解しようとしている間に、自分の心の内に理解できない感情が芽生えていた。

(この気持ちは何……とか言うつもりは無い。そんなの理解できている。これは恋だ。もう大人なのに初恋という惨めな恋だ)

 十数年一緒にいるが、鹿野田はこの気持ちに気づいた様子もないし、サーシャも表に出したつもりはない。

(それでも気づかれたことはあるがな……)

 今はいない、さっきとは別の同僚の女性を思い出す。彼女には私の気持ちはバレていた。


『まあ、これでも付き合いは長いからね。視線に込めている情が微妙に他の人とは違うのよね』

 彼女はそう言って私をからかったが、悪い気分では無かった。

 だが、その彼女も辞めた。表向きはまた別の同僚の男性との寿退職だが、私には分かっている。鹿野田のことを、彼が持っている狂気性を彼女は理解できなかったのだ。

 私は彼女に思い直すように言われたが……思い直すも何も分かりきっていることだ。鹿野田の狂気性は私にも理解できない。……理解できないことにこそ惹かれているのだから。察しのいい彼女だったが、それは理解できなかったようだ。


 五人はいた同僚も、今は私と鹿野田だけ。

 みんな離れていったが、私は違う。最後まで、鹿野田とともに歩き続けるつもりだ。




「ううん? この少年は誰ですか?」

 画面ではルークから逃げきったかに見えたモーリスが、彰に不意打ちを食らっていた。突然の乱入者に対する鹿野田の質問で、サーシャは物思いから現実に帰還する。


「それはさっき言っていた少年だ」

「ああ、風の錬金術を使うという……。戦闘人形ドールと同じ能力ですから参考になりますね」

 それだけ言って、またも映像を真剣に見だした鹿野田。飲み終わったらしいコーヒーのカップをサーシャは洗うことにした。




 数十分後。

 全ての映像を見終わった鹿野田にサーシャは話しかけた。

「それで戦闘人形ドールの改良は上手くいくか?」

「ええ、はい。詰まっていた部分を打破する方法が思いつきました。それもこの映像のおかげです」

「そうか。……それは何よりだ」

 表面はクールに、しかし内面では鹿野田の期待に応えられたことにホッとするサーシャ。


「それにしても、この風の錬金術を使う少年……」

「ああ、私も最初見たときは驚いた。……何せ」

「……あの二人が関わっているんでしょう、はい。……それより彼の名前は何というのですか?」

 鹿野田の質問にサーシャが目を見開く。

「珍しいな。実験対象に興味が沸いたのか? ……まあ、あんな容姿をしていれば気になるとは思うが」

「それだけではなく、何故か彼のことが気になるんですよね、はい」

 どうやら鹿野田も、どうして風の錬金術の少年のことが気になるのか、自分のことが理解できてないようだ。

 そのことも珍しい、と思いながらサーシャはその名前を口にする。




「彼は確か、高野彰といったはずだ」





















 夏川市のとある神社外れ。


「「「………………」」」

 サーシャが科学技術研究会所属だという衝撃の事実に皆が押し黙る。

 が、すぐに彰が思い直して口を開いた。


「だから、何なんだよ。別にサーシャが科学技術研究会所属だからって、これまでと変わらないじゃねえか。ただ敵が増えただけってことで」


「……そういえばそうですよね」

「確かに……無駄に緊張して損したわ」

 全体の場の緊張が解けると思った瞬間、雷沢が口を開いた。


「本当にそう思っているのか?」


「……雷沢さん、どういうことだ?」

「サーシャが科学技術研究会所属……いや、鹿野田の部下ということは重大なことだぞ。僕の考えが正しければだが」

「そのとおり。そこの少年が言った通り、結構やばい状況なんだよ~」

 雷沢とラティスは何かに気づいているようだ。


「やばい状況って何だよ、ラティス?」

 何か見落としていたことがあるだろうか? 彰は今回の事件とモーリスの事件を改めて振り返ってみるが何も思いつかない。


「君たちの平和が崩れるってことだよ~。……当たり前に享受しているみたいだけど、一体誰のおかげで平和に暮らせてると思っているんだい?」


 平和? 当たり前?

 つまり、俺はこうして平和に暮らせてる何かの前提条件を忘れているってことか?


「あっ……も、もしかして『記憶メモリー』ですか」


 そのとき声を上げたのは恵梨だった。

「ラティスの能力がどうしたんだよ?」

「彰くん、君こそ忘れているのかい? そこの少女が元々科学技術研究会に追われていた、ということを」

「そんなの覚えている。俺が助けたんだからな」

「それを二度と追われないようにしたのは、誰のおかげかな~?」

「おまえの『記憶メモリー』で、鹿野田の記憶を思い出させなくして……」


「それなら『記憶メモリー』の解除方法を覚えているかな~?」


「………………そういうことか」

 彰は思い出す。

 ラティスの能力、『記憶メモリー』は人の記憶を思い出させなくする能力。しかし、それは自分で思い出せなくなるだけで、他人からその記憶に関する話を聞くと思い出してしまう。


「つまり、サーシャから彰くんの話を聞いた鹿野田は全てを思い出す。……そしたら、どうなるか。それくらいは分かるよね~?」


「恵梨、そして俺は科学技術研究会に再び命を狙われるようになるってわけか」


 平和が崩れるとはそういうことだったのか。

 確かに、四月から今まで科学技術研究会の襲撃の影に怯えずに済んで精神衛生的に助かっている。それがまた襲われるようになるとなれば……。


「だけど、言うほど重大なことでもないだろ。あのころならまだしも、今の俺は自分が能力者だと分かって実戦も積んでいる。戦闘人形ドールが襲いかかってきても、返り討ちにする自信があるぞ」


「楽観的だね~。……そんな彰くんに二つ言うことがあるよ~」

 ラティスが言いたいことを理解しているのか、続きはハミルが話した。

「一つはサーシャが今回の騒ぎを起こして、能力者のデータを収集したのは、戦闘人形ドールの為だということです。……データを元に改造された戦闘人形ドールは、四月に彰たちと戦ったときと比べものにならない強さになっていると思います」

「改造って……。そんなことできるのか?」

「能力者よりも能力について知っている、といわれる鹿野田ですからたぶんできるのでしょう」

「能力の仕組みとかの方面では僕らよりも詳しいよね~」

 どうやら何故かいろいろなことを知っているラティスでさえ、鹿野田は脱帽する知識者であるらしい。


「二つ目は……狙われているのが彰さん一人ではないということです」

 リエラの指摘にハッとなった彰は恵梨の方を見る。


「そんなの分かりきってますよね、彰さん」

 見られた恵梨は普通に返したように見えるが。

 足が震えてるじゃねえか……!

 考えてみれば当然だ。彰は不良時代のおかげで、こういういつ襲撃されるか分からない不安感に慣れている。だが、恵梨は普通の女の子で、しかも彰と違って、親も殺されて、一週間も追われて、と研究会に対する恐怖を身に刻み込まれている。

 それを悟られまい、と振る舞っているが、無意識に足が震えてしまっているのだろう。


「さて、僕たちから言いたいことは以上だ。時間がないからもう行くよ~。……また何か分かったら報告するよ~」

「彰さん。……研究会には気をつけてくださいね」

「それでは失礼します」

 異能力者隠蔽機関の三人が口早に言って消える。リエラの『空間跳躍テレポート』だ。




 さっさと帰っていった異能力者隠蔽機関を薄情なやつだと彰は思わない。彼らも忙しいことを分かっている。

 それよりも、今は謝らなければならない人がいた。

「恵梨……。その、ごめんな。俺のせいでまた研究会に狙われることになって」

「彰さんのせいじゃないですよ。サーシャっていう人のせいですよね」

「でも騙されているのに気づけなかったのは俺のせいで……」

「だとしても大丈夫ですよ。戦闘人形ドールに狙われているからって、彰さんの言う通り、返り討ちにすればいんですよ」


 恵梨の言葉だけを聞くことができたなら、彰も安心してしまっただろう。

 だが、恵梨の足の震えは収まるどころか、ひどくなる一方だった。

 それを見てしまうと一転、言葉は空虚な物となり、恵梨が強がっていること、そして研究会に対する恐怖が浮き彫りになる。


「……ちょっと祭りで歩き疲れましたね。私、先に帰らせてもらいます」

 それだけ言うと、恵梨はさっさと踵を返した。これ以上彰の前にいたら、隠し通せなくなるとの判断だろう。


「すまん、彩香。恵梨に付いていってもらえるか」

「言われなくても」

 自分が行ったら逆効果なので彩香に声をかけると、承知していた彩香はすぐに恵梨の後を追ってくれた。




「……彰くんだけが気に病まないでいい。確かに積極的に動いたのは君だが、僕たちも止めなかったからな」

「そうや。俺も気づけなかったんやから同罪や」

「もう終わったことなんだから気楽に考えた方がいいよー」

 残った雷沢、火野、光崎が次々に口を開く。それが慰められていることぐらい、彰にだって分かる。


「でも、俺がしっかりしておけば……」

 それでも自分を責めることをやめない彰。

 やっぱり恵梨があんな風になっているのも俺のせいだ。……ろくに疑いもせずにサーシャを助けようとしたことも、そして俺を心配させないためにあんな痛々しいことになっているのも。

 どれだけ後悔しても足りない。 


「「「………………」」」

 そんな彰を重症と見たのか、三人も黙り込む。




 ちょうどそのとき、声が聞こえてきた。


『お知らせします、お知らせします……』


 どうやら何かの放送のようだ。神社の方からマイクを使って増幅された声が聞こえてくる。


「ははっ……もうそんな時間なのか」

 何故そんな放送が流れだしたのか、すぐに察知した彰は自嘲の笑いをあげる。

 ……まさに今の俺の状態と同じだな。

 続く放送に合わせて、彰はつぶやいた。


『これで本日の夏祭りの日程を終了します。本日はお越しいただきありがとうございました。気をつけてお帰りください』



「今さら悔やんだところで、後の祭り……だな」

タイトル回収したところで、次が五章最終話です。

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