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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
五章 夏祭り、後の祭り
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百三十四話「旅行二日目 陰謀の真実4」

「……遅いですねえ、はい」

 科学技術研究会、能力研究部門の室長、鹿野田修は部下の到着を待っていた。
















「それにしても現状の把握なんて必要なのかよ。俺は大体分かってるから席を外してもいいか?」

「事件の中心にいた君が全部知っているのは当然でしょ~。だからそれ以外の人たちのためだよ。……けど、まあ彰くんもまだ理解していないだろう情報もあるから、ここにいた方が良いよ~」

 面倒くさそうにしていた彰だったが、ラティスの言葉にしぶしぶその場に留まる。


 それにしても異能力者隠蔽機関がいきなり現れた時は驚きましたね。

 恵梨は金魚すくいが終わって、美佳に結果を報告した後からのことを思い出した。








 恵梨の結果を聞いて、引き分けなのにどういうわけか土下座したがる美佳を何とかなだめて、通行の邪魔にならないように人が少ないところまで行くと、他の四人がやってきた。


「……あ、そういえば仁志さん射的屋に置いてきぼりにしてましたね、すいません」

「本当、あの後金魚すくいに行くって分かってたから良かったけど、集団行動がどうこう言ってたやつに置いてかれるとは思っても見なかったぞ」

 金魚すくいの屋台に来たときにはいなかった仁志も合流していた。普段ならそういうことを気にかけるが、あのときは恵梨も美佳も余裕が無かったのだ。


 仁志が凹んでいる美佳を見てからかいに行ったのと入れ替わりに、目の前に由菜と彩香が来てそのまま口を開いた。

「ねえ、恵梨。……今、聞くべきことじゃないことは分かってるけどちょっと聞いて良い? ……恵梨の両親が殺されてる、って本当なの?」

「ちょっと、恵梨! 彰と同棲しているってどういうことなの!」


「……えっと、そのですね」

 何でしょうこのローテンションとハイテンションの組み合わせは……。……答えにくいことこの上ありませんね。


 けど、由菜が聞いてきたことはいつか言わないといけないと思っていたことだ。

 恵梨は彰に地図にない島から帰る船上で話を聞いた。由菜が恵梨の力になりたがっているが、踏み込んでいいのか迷っているから、能力者関連のことは誤魔化してそれ以外は話してもいいのではないかと。

『まあ、俺が口を出すことでもないからおまえに任せるが……。男の俺じゃなくて、同姓の由菜の方が話やすいだろうから、何かと相談するにはちょうど良いと思うし』

 とは、彰の言葉である。


(これはちょうどいい機会なのかもしれませんね)

 彰は話しても話さなくてもいい、恵梨に任せると言ったが、恵梨は話すつもりだった。

 たぶん、彰さんは私が感情をため込んでいるのを見て、適度に発散させるために、由菜さんに話した方がいいと言ったのでしょう。……けど、いくら由菜さんが親切だからといって、私の重い感情で負担をかけさせるわけにはいきません。

 だったら、なぜ話すのか。それは由菜が自分に対して壁を感じていると聞いたからだった。

 それもそのはずですよね。……何も打ち明けてないのに、ここまで仲良くしてくれた由菜さんの方がすごいです。


 由菜から見れば、恵梨はいきなり愛しの幼なじみの家に理由も言わずに住み始めた女の子だ。どうしたらそんな人と仲良くなれるだろうか? なれるはずがない。

 今まで由菜さんも気になってたはず。なのに何も聞かないでくれて仲良くしてくれた。……その誠意に答えるためにも、やっぱり真実を話すべきです。……まあ、能力者関連のことを言うわけにはいきませんが。


 そう決意して、口を開こうとして。

「何とか言いなさいよ、恵梨!」

 質問してきた人が二人いたことを思い出す恵梨。

 ……そういえばGWの時に彰さんの家に居候していることを言ってなかったんでしたっけ?

 思い出す恵梨だが、よく振り返ってみると言ってなかった気がする。

 実際両親を殺されたとか、戦闘人形ドールに襲われたとかは報告したのだが、彰の家に住んでいることは言ってなかった。理由は単純に忘れていただけだ。


 GW当初なら、彰の家に住んでいることを言っても彩香も大丈夫なの?と心配するくらいだっただろう。が、能力者会談三日目の試合時に、彰に惚れた現在の彩香は、思い人の家に恵梨が住んでいると聞かされて、我を忘れてもおかしくはない。


「彩香、その話はちょっと後に」

「後って何よ! 後って! そうやって誤魔化すつもりなんでしょう! 私には分かるわよ」

 決意を固めた内に、由菜に話したかった恵梨だが、彩香は許すつもりはないらしい。


 あー、これ認めればこれまで以上に騒ぎますし、嘘で否定しても絶対に聞いてくれませんね……。

 彩香と長い付き合いの恵梨の判断である。


 どうしようかと迷った恵梨は。



「ごめんね~。今は時間が無いんだ」



「え?」

 ここで聞くべきではないはずの声を耳が捉えた。


 パチン! と、指を鳴らしたその人物は異能力者隠蔽機関のラティスである。

「どうして皆さんがここに!?」

 後ろにはリエラとハミルも付き従っている。

「……はあ、恵梨さんがその反応ということは」

「彰さん、また一人で抱え込んでるんですね……」

 恵梨にとって、異能力者隠蔽機関と会うのは五月に火野と戦ったとき以来である。


 どういうことでしょう、機関は能力者関連の騒ぎが起こらないと現れないはずです。私たちの誰も能力を使ってませんし………………いや、ここに居ない人たちがいますね。

「彰さん、火野くんと雷沢さんですか」

 そういえば財布を捜すにしては時間がかかりすぎている。……もしかしてそれは嘘で、能力者関連の出来事に巻き込まれていたとしたら……。


「概ね君の想像通りだと思うよ~」

 恵梨が漏らした言葉を聞きつけて、ラティスが肯定する。

「その関連で、能力者全員に話をしておきたいんだ」

「そうですか」

「だから、能力者じゃない人には帰ってもらったよ~」

「え?」

 どういう意味か、と由菜たちの方を見ると。


「そろそろ帰りましょうか」

「そうね。夏祭りもほとんど回ったし」

「遊び足りない気もするけど、空も結構暗くなったか」

 由菜、美佳、仁志の三人がこちらを見向きもせずに帰っていく。

「さっきも言った通り、時間がないからね~。『記憶メモリー』を使って、あの三人には自分たち以外の同行者がいたことを思い出させなくしたんだ。それに加えて、長くなりそうだったから二人が話そうとしていたことも思い出させなくしたよ~」

「相変わらずスゴい能力ですね……」

「君の方から話せば思い出すから、そのタイミングは任せるよ~」

 ラティスの能力『記憶メモリー』は記憶を思い出せなくする能力だが、それは自分で思い出せなくなるだけで、他人がきっかけを与えると思い出してしまうのである。



「ねえ、恵梨。その人たち誰?」

「私も気になるねー」

 彩香と光崎は、自分たちの知らない三人と恵梨が親しげに話しているのを見て質問した。ラティスの言葉通り、彩香はさっきまで恵梨が彰の家に居候していたことが気になって我を忘れていたはずなのに、今は普通にしている。

「彩香と光崎さんは初めて会うんでしたね。……三人は異能力者隠蔽機関です。この前、話しましたよね」

「ああ、能力者の痕跡を隠蔽して世界を周っているという」

「えっと、『記憶メモリー』と『空間跳躍テレポート』とその他多数の能力者だったっけ」

 二人はGWの時に聞いた話を、記憶の奥底から引きずり出す。


「あっ、僕たちがどんな存在なのかは知っているみたいだね~。一応名乗ると、僕が機関長のラティスさ」

「部下のリエラです」

「同じくハミルです。よろしくお願いします」

「こちらこそ。……私は風野彩香といいます。風の錬金術の使い手です」

「名前は光崎純で、能力は『閃光フラッシュ』だよ」

 初対面同士、軽く自己紹介を行う。


「それじゃ、早速だけど移動しようか」

 いつもは迂遠な話ばっかりのラティスが、どうも今日は性急だ。

「移動って、どこにですか?」

「雷沢拓也さんがいるところです。……そうしない内に火野正則さんと高野彰さんも合流させられるでしょうが」

 リエラは何か事情を知っているみたいだが、合流させられる、とはどういう意味だろう。

「二度手間を避けるために、皆さんがそろったところで話をしたいと思ってるんですけど、いいですか?」

「いや、その前にこの子たちが知らない話をしておいた方がいいんじゃない~?」

「そうですね。……それでは日本とアメリカに亘って起きた殺人事件について説明します」


 ということで、リエラによって文化祭の裏で起きていたことを恵梨は聞き終わった頃、目的地に着いた。








 雷沢と火野はこれが異能力者隠蔽機関と初邂逅なので自己紹介を終わらしてから、本題に入った。

「ええっと、そこの二人は、モーリスの殺人事件については知っているって言ったよね?」

 ラティスが火野と雷沢に確認を取る。二人は昨日、男湯で彰から話を聞いていたのでうなずいた。

「それならいいんだ。……じゃあその裏にいた存在について説明しよう」

 ラティスは前置きしてから、モーリスを騙していた存在、『ささやき女』について説明した。


「……胸糞悪い話だな」

 雷沢が皆の感想を代弁する。

「『死霊ネクロマンサー』なんて嘘の能力で、娘の気持ちを偽るなんて……」

「あの女、そんなことまでしてやがったのか」

 彩香と彰も憤りを露わにする。

「どうして『ささやき女』はそんなことをしたんや?」

「それについては全部説明した後にするね~。……次は今回起こった事件の話を聞きたいんだけど」

「それなら僕の方からしよう」

 雷沢が、今回のサーシャ=『ささやき女』に騙されて、黄龍ファンロンの拠点を攻めさせられたことについて話す。


「……彰さん。後で言いたいことがあります」

「二回目っ!?」

 文化祭の時同様に、自分に隠し事されて恵梨の声が冷たくなる。

「彰の困っている人を助ける性分が、敵に悪用されたってことね」

 と、彩香の分析。


黄龍ファンロンには絡むなと言いましたが、これに関しては『ささやき女』についての情報を話さなかった私たちにも落ち度はあります」

「彰さんが狙われることを想定してなかったんです。すいませんでした」

 リエラとハミルの謝罪するが、嘘を以て人に悪事を起こさせる『ささやき女』の情報を知っていたところで、彰たちが嘘に気づけたかどうか、今となっては分からない。




「これでみんなに情報は行き渡ったかな~。……それでは話を次に進めるね~」

「次って何ですか?」

「サーシャの目的についてだよ~」

「……特に目的があったんですか?」

「私も、人を騙すのを楽しんでいる悪趣味な人にしか思えなかったんだけど」

 話を聞いた恵梨と彩香はそのような人物像を描いていたようだ。


「これだけ大それたことをしているんだぜ。ただの道楽のためにやっている、という方が信じられない」

「僕も同意見だな。……というより、本人が何らかの目的があると言っていたからな」

「ただ目的が見えてこないんだよな」

 彰と雷沢は違う意見だ。


「ふむふむ」

「へえ、そうなんだー」

 火野と光崎は話を理解するので精一杯で意見を発信する余裕がない。


 ラティスが話始めた。

「彰くんが言ったように、この二つの事件からサーシャの目的を見抜くことは難しい。二件とも、ただ争いが起きただけの様に見えるからね~。……だからこそ逆転の発想なんだ。


 争いを起こす事こそが、サーシャの目的だと」


「…………」

 どういうことだ?

 彰は頭を悩ませるが、ラティスは続きを話し始めない。悩んでいるのは他のみんなも同じらしく黙っているので、一応の推理を彰は話してみた。


「争いこそが目的って、もしかして能力者ギルドの目がモーリスを向いている間に、そして黄龍ファンロンの目が俺たちに向いている間にサーシャが何かをしたってことか?」

 争い=陽動説を唱えるが、彰には何となくしっくりこない。思った通り、ラティスに不正解を告げられた。

「それは違うね~。サーシャは嘘をついたくらいで他に動いたりはしていないよ~」


「そうか……」

 だったら何なんだ?

 ラティスは顔をニヤニヤさせるだけで何も言わない。俺たちが悩んでいる姿を見て、楽しいんだろう。性格の悪いやつめ。


 そのとき、火野が手を挙げて発言した。

「なあ、一つ質問してもええか?」

「何かな~?」

「サーシャさんの目的とは関係ないんやけど、さっきの話で分からないところがあって。モーリスと彰が決着をつけた廃工場で、サーシャが二階に現れた理由って何なんや? 結局、彰やモーリスには干渉しないで帰ったんやろ? 何か理由があったのかなって。……俺がバカだから理解できてないだけかもしれへんけど」

「うん、確かに君はバカだね~」

 あまり人を悪く言わないラティスにまでバカにされる火野。


「やっぱり俺の理解力不足なんか?」

「いやいや、違うよ~。まだ、その理由については言ってないからね~。

 ……僕がバカって言ったのは、君の質問がサーシャの真の目的と関係あるからだよ~」


 そしてラティスは全体を見回す。


「さて、火野くんがいいヒントを上げてくれたよ~。戦闘中の廃工場の二階に、サーシャが現れた理由。それって何なんだろうね~」


「………………」

 ヒントというより、謎が一個増えただけじゃないのか? 彰の思ったとおり、分かった人は自分も含めていない。


 停滞した状況に、リエラが口を挟んだ。

「ラティス様、そろそろ答えを言った方がよろしいのではないですか?」

「……ヨーロッパの暴動は何とか鎮圧できたみたいですので、すぐに『記憶メモリー』を使いに行かなくてもたぶん大丈夫ですけど、余裕があるわけでもないですよ」

 話を聞きながらも『探知サーチ』を使って様子を伺っていたハミル。


「ええ~、楽しいところなのに~」

 クイズを邪魔されて面白くなさそうにしているラティスだが、面白くないのは負けず嫌いの彰も一緒だ。

 くっそ、もどかしいな。何となく正解が分かりかけてきた気がするんだけど……。

「しょうがないな」

 自分の力だけで解きたかった彰だが、苦肉の策を使うことにした。


「火野、他に何か疑問に思ったことはないか?」

 さっきも結局ヒントになった発言をした火野に聞く。彰が思うに、自分たちが何となくの理解や勝手な補完で見逃した疑問点も、愚直に理解しようとがんばっている火野は見逃さなかったということなのだろう。

「……思いつかないな」

 だが、火野も打ち止めのようだ。

「そうか」

「あっ、じゃあ私が聞いていいー?」

 光崎が代わりに口を開く。……そういえば、光崎も火野と同じようにがんばって話を理解しようとしていた。条件は火野と同じだ。何か俺たちでは気づかなかったことを、疑問に思っているかもしれない。

 という彰の期待に、光崎は応えた。


「今回の事件の話だけど、黄龍ファンロンの三人組のまとめ役がビデオカメラみたいなのを持ってたんだよね。あれって結局何だったのー?」


 彰の脳裏に思い起こされるのは本俊ベンシュンとの戦闘後のこと。野球ボールを投げた三人組のブレインの手元にカメラのようなものがあったと、彰はみんなに説明した。

 よく考えてみると、何であんなもの持ってたんだ? ……あのとき、あいつは姐さんの指示で動いていると言った。その姐さんが、サーシャだったってことだから、サーシャに言われてあのカメラを持っていた……?

 となると、さっきのヒントと組み合わせると考えられるのは……どういう理由かは分からないがこれしかない。


「サーシャは戦闘シーンを見たかったんじゃないのか?」


「へえ~。どうして?」

「モーリスの事件の時、他でもなく俺とルークがモーリスと戦っていたときにサーシャは廃工場に現れたんだろ。なのに何も干渉せずに、見ていただけだからそうなんじゃないかって。

 そして今回の事件では、サーシャの指示で動いていたブレインがビデオカメラみたいなのを持っていたのは、俺たちと本俊ベンシュンの戦いを撮影して後でサーシャに渡すためなんじゃないか」


 あのブレインは戦いの最後に現れたが、戦闘開始直後からずっとどこか木の陰に隠れながら俺たちのことを撮影していたんじゃないか、と彰は考える。移動しながらの戦闘だったのに、やつが俺らの場所を知っていたのは、最初から尾けていたと思うべきだ。


「けど、彰くん。その理屈は分かるが、何でサーシャは君の戦いを見たかったんだ?」

「分かりません。……俺に分かるのはここまでです」

「そうか~。……いい線行ってるんだけどね~。じゃ、正解発表するけど他に何か意見のある人はない?」

 誰も口を開かないのを見て、ラティスが続けた。


「説明するよ~。サーシャの目的はね、彰くんの言った通り戦闘……いや、能力者同士の戦闘を見ることが九割なんだけど……ええと、どう説明しようか」

 少し考えて、ラティスが言った。

「そうだね、彰くんの言い方が悪かったね~。戦闘を『見る』だと、何だかテレビだとか、劇を見るっていうのと同じ印象になっちゃうでしょ~。

 そうじゃなくてサーシャは能力者同士の戦闘を『観察』していたんだ」



「言い方で変わるんですか?」

「……私にも変わったようには思えないけど、強いて言うなら『観察』だと無機質的な印象になるわね」

「何か観察って言うと、化学とか物理を思い出すのは俺だけなんか?」

「おいおい、それなら俺たちの戦いは実験なのか、って………………え?」


 火野にツッコミをいれようとして、彰が固まった。

 そうだよ、いるじゃねえか。戦闘さえも実験扱いしていたやつが……!

 彰の背筋が震える。自らの説を補強する材料も見つかる。

 もしかして、そいつと関わりがあるのだとしたら、サーシャが黄龍ファンロンと関係があったのもうなずける。あの組織は、黄龍ファンロンと取引をしていたくらいだから……!



「もしかしてサーシャは科学技術研究会所属なのか?」



「……その通りだよ~。正確には、科学技術研究会能力研究部門所属。つまり、そこの二人を殺そうとしたマッドサイエンティスト、鹿野田修の唯一の部下だ」


 ラティスは彰と恵梨を指さして言った。












 シュン!

 鹿野田の目の前で、一冊の本が人間に姿を変える。その人物が腰を深く折って挨拶した。


「室長、ただいま帰った」


「おお、よく帰ってきました、サーシャ」

 鹿野田修は部下、『交換リプレイス』の能力者であるサーシャを出迎えた。

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