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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
五章 夏祭り、後の祭り
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百三十三話「旅行二日目 金魚すくい2&陰謀の真実3」

 夏の日は長いとはいえ、辺りも暗くなりだしてきた。とはいえ、夏祭り会場には照明があるため明るい。人も多くなってきて祭りも本番といった様相であった。

 その中でも、とある金魚すくいの屋台は特に盛況だった。



「ふう……本気を出しちゃった。七匹もすくっちゃったわ」

 恵梨と勝負中の美佳は、すでに二つ目のポイに大きな穴をあけてしまって、もうすくえない状態だった。

 とはいえ、一つ目のポイで三匹、二つ目のポイも三匹になりそうだったところを、何とか意地でもう一匹すくったから自分的には上出来だ。


「へえ、美佳ちゃんスゴいね。私は五匹しかすくえなかったなあ」

 その近くでやっていた光崎も二個目のポイを破いていた。

 ……これで射的屋での負けの分は返したわ。

 光崎よりも多くすくったことに自分のちっちゃなプライドが満たされる美佳。声に出さなかったのは、一応今は恵梨と戦うチームメイトということで気を使ったからだ。


「ということはこれで合わせて十二匹だねー。……けど、恵梨ちゃんに勝てるかな」

 真剣勝負のため、相手の様子が見えると気が乱れるという理由で、恵梨とは少し離れて金魚すくいをしていた美佳と光崎。恵梨の方の様子を伺いにいく。

「大丈夫でしょう。いくら恵梨でもポイ一つで十二匹もすくえるはずが――」



「すげーー!! あの娘、一つのポイでもう十匹はすくっているぞ!?」



「な……いはずよ、そのはず」

 前方に出来ていた人だかりから、そんな声が聞こえてきて美佳の声が震えてきた。


 へ、へえ。……ひ、人だかりがあるから誰なのかは見えないけど、どうやら今日は恵梨以外にも金魚すくいの名人がいたのね。さっきの声援はその人に向けてに違いないよね。……そうよね。

「十匹すくった、って言われてたの、もしかして恵梨ちゃんなのかな?」

「……そんなはずないです。偶然金魚すくいの名人がここでやっているんですよ。そうに違いあり――」



「恵梨、がんばれ! あっちは十二匹だったから、後二匹よ!」



「………………」

 人だかりの中から、由菜の声が聞こえてきた。

「やっぱり恵梨ちゃんだったみたい。十匹すくうってすごいね。私たち負けちゃうかも」

 罰ゲームのない光崎はのほほんと言うが、罰ゲームのある美佳にとっては死活問題だ。

 冷や汗をだらだら垂らしながらも、美佳は考える。

 い、いや、だとしても十匹もすくったのよ。どう考えてもポイがボロボロで、次はまともにすくえない状態に違いな――


「しかし、どうやったらあんな芸当出来るんだろうな? あの娘のポイ、十匹もすくったのに無傷だぜ」


 む、無傷だったとしても次で大きなミスをすれば、一発で終わ――


「お、スゴい! 十一匹目だ!」


 大丈夫、まだあと一匹の余裕が――


「いや、ちょっと待てよ……? ……! 今の二匹同時すくいだぞ!?」

「何だよ、それ!? 人間技なのか!?」

「ていうことはもう十二匹すくったってことだろ!?」


 …………………………。


「並ばれちゃったみたいだね」

「そうみたいですねああもう何で私は恵梨に戦いを挑んだんでしょうかってそもそも誤解からこうなったんでしたっけああだとしても何で一瞬でも勝てるって思ったんでしょうか人間が神に挑んで勝てるわけがないように勝敗は明確だったというのにですね!!!!」

「……美佳ちゃんが壊れちゃった」

 どうしようか、と光崎が途方に暮れた。




「それにしても恵梨すごいわね」

「私にとっては見慣れた光景だけど」

 由菜と彩香は人だかりの中で恵梨の技の冴えを見ていた。

「けど、どうして恵梨あんなに金魚すくいが上手なんだろう?」

「父親が神社の神主だったのよ。その神社でも夏祭りだとか季節ごとにいろいろ催しがあったんだけど、その度に神主の娘の特権を使って金魚すくいの屋台で練習させてもらっていたみたい」

「恵梨にも普通に親がいたのね。……だったら何で彰のところで居候しているんだろう?」

「両親ともに不幸なことに殺されたのよ」


「「…………………………って、今なんて言った?」」


 一拍置いて、両者ともに見合わせる。

「恵梨の両親が殺されたってどういうこと?」

「恵梨が彰のところに居候しているってどういうこと?」

 由菜と彩香、どちらにとっても寝耳に水の情報だった。




 その後のことを美佳は覚えていない。気づいたら、目の前に恵梨がいた。

「ああ、恵梨」

「美佳さん、私もポイ使いきったので結果報告に来ました」

 結局恵梨は何匹すくったのだろう? 十二匹すくったところまでは覚えているのだが……。

 そういえば、土下座しないといけなかったわね……。


 ここまで完敗すると、惨めな気分になって土下座ぐらいどうってことないと、やけくそになっている美佳。

 地面に膝をつけようとすると、恵梨が慌てだした。

「み、美佳さん! 何しようとしているんですか!?」

「何って、罰ゲームの土下座を……」

「けど、美佳さんと光崎さんであわせて十二匹すくってましたよね?」

「そうよ。……まあ、恵梨からしたら些末な数でしょ。それなのに、勝てるとか調子乗っていた私はやっぱり土下座を」


「私も十二匹でしたよ」


「しないと……って、え?」

 今、なんて言った?


「ですから美佳さんが土下座をする必要は無いんです。……というか、そんなひどい罰ゲームを提案するなんて、ちょっと私暴走していましたね。すいませんでした」

 ペコリ、と頭を下げる恵梨。そういえば、雰囲気がいつもの恵梨に戻っている。金魚すくいが終わったからだろうか。


「本当に十二匹……?」

「はい」

「え、けど、十二匹まではパーフェクトですくってたんじゃないの?」

「そうだったんですけど、その後大ポカをやらかしてしまって、一発でポイが使い物にならないくらい破けてしまいました」

「………………」


 美佳は安堵すると同時に調子に乗り始めた。

 な、何よ私をここまでビビらせて。……まあ、恵梨も人だったっていうことよね。四体一のハンデをもろともとせずに引き分けまで持ってきたことは、確かにすごいとは思うけど所詮引き分けよ、引き分け。……ふう、危なかった。


 そこで、恵梨が悔しそうに言った。


「三匹同時すくい、成功しなかったなあ……」


「…………えっと」

 何を言っているんだろう、この子は。

「十三匹目をすくうときに、ちょうどいい感じで三匹固まっていたので初めて三匹同時すくいが成功するんじゃないかってちょっと興奮しちゃったんです。それで手元が狂ってしまって、結局一匹もすくえなくて。……二兎追うもの一兎も得ず、ってやつですよね。まあ狙ったのは三兎ですけど」


「調子乗ってすいませんでした」


「って、美佳さん土下座しなくていいって言いましたよね!?」

 一瞬できれいな土下座に移行した美佳。

「私なんか土下座して当然なのよ! もう、次元の違う恵梨様に、生意気にも金魚すくいで勝負を挑んで本当にすいませんでした!」

「その、周りの目が厳しいので早く立ってください!」


 自分じゃ到底考えられない無茶をやって、それでいて同点という結果に、美佳は普通に負けたときよりも深い敗北感を味わった。
















 彰たちの目の前にいきなり現れたサーシャ。いきなり現れた方法も分からないが、それ以上に気になったのは別人ともいえる雰囲気だった。


「サーシャさん……ですよね」

 あれこれ考えてもしょうがない、と彰は声をかける。

「この姿を見て、高野は私のことを他人だと思うのか」

 サーシャは流暢な日本語で、おざなりに返事する。

「何や、彰? 目が悪くなったのか? あれはどう見ても、サーシャさんやろ」

 隣の火野もそう言うが、たぶんこいつは問題の本質が分かっていない。


「…………ハハハッ! そうか、そういうことか! 何でこんなガキがウチに絡んでくるのかと思ってたが、おまえが裏にいたのか!」

 本俊ベンシュンは何か得心がいったようだ。

「迷惑かけてすまない。あの三人組への報酬が迷惑料のつもりだ」

「だから一日の仕事にしては法外な額を提示したのか……。それで今回はどんな嘘をついたんだ?」

「片言の日本語を使う、頼りない能力者ギルドの一員ってことに私はなっているな」

「おいおい、指名手配されている組織を名乗るとは、神経逆撫でしすぎじゃないか?」

「時間短縮のためには仕方ないことだった」


 気安く会話を続ける本俊ベンシュンとサーシャから、二人が少なくとも敵同士じゃないと彰は判断する。

 だが、どういうことだ。二人の会話からすると、サーシャさんは能力者ギルド所属じゃないってことになる。……そもそも、この二人が敵同士じゃないってことは、今回の事件が最初から意味の分からないことになるし……。

「…………どういうことか説明していただけませんか、サーシャさん」

 頭の良さには自信のある彰だが、それでも訳の分からない事態に、理解することを放棄して質問した。


 それを聞いてサーシャが失望した顔つきになる。

「……何だ。こうしていきなり現れてやったというのに、まだ気づかないのか。圧倒的に情報量の少ない雷沢が気づいたというのに情けない。……私は『ささやき女』だ」

「『ささやき女』?」

 聞いたことのない名前だ。

「………………くくく、そうか。異能力者隠蔽機関も能力者ギルドもこの少年には教えていないのか。それなら私の正体に気がつかなくても仕方ないか」

 愉快そうに笑うサーシャ。



「それよりサーシャ。あんたには色々と聞きたいが、今からこいつらと第二ラウンドに入るから話は後だ。いったん引いてくれないか」

 本俊ベンシュンが中断された戦いを始めようとする。だが、サーシャは冷ややかに応じた。

「くくっ、そんな暇があるのか、本俊ベンシュンよ」

「……どういう意味だ」

 バカにされたことに本俊ベンシュンがキレかけたところで、



「そういうことやな。……じゃあ解除や」



 火野が能力を発動した。

「……火野? 今、何したんだ?」

 彰が隣を見ると、火野は携帯を開いていた。

「何って、雷沢さんから合図があったから、解除しただけや」

「……すまん、詳しく」

「破壊工作に使うために、圧縮金属化で作った金属球を雷沢さんに持たせてたんや。それの金属化を解除して、炎に戻してほしいってメールが来たから解除しただけや」

「つまり……取引は止められそうってことか」

 彰が理解するのと同時に、本俊ベンシュンも理解したらしい。


「こいつらを囮に拠点に侵入したとかいうやつか。ちっ、あいつら拠点をきちんと捜索しろって言ったのに。……それにしても侵入の手際が良すぎるな」

「それなら私が手を貸したからな」

「ハァ!? どういうことだテメエは!」

 本俊ベンシュンがサーシャに食ってかかる。


「………………」

 そう、そこが一番理解できない。本俊ベンシュンとサーシャさんは最初から仲間で、サーシャさんが俺たちを騙していた。

 サーシャさんが最初から敵だったとは認めたくなかったが、戦場では状況を把握できないことは命取りだ。とりあえずそういうことだと思っておく。

 しかし、そうだとしたらサーシャさんは何で俺たちに黄龍ファンロンを襲わせたんだ? 味方を攻撃させて何の得になるんだ? それが全く分からない。……パズルのピースが一枚足りていない気がする。この事件を理解するために必要な情報がまだあるはず。


 本俊ベンシュンとサーシャが言い争う。

「彼、雷沢がその金属球を設置したのは、取引物資が納められていた部屋だ。確かあの部屋は、君が持っているカードキーが無いと入れないんだったよな」

「何でおまえがそれを知っているんだよ……? だとしても、あんたが言ったとおり俺以外に入れない場所に金属球を仕込めるはずがねえだろ!」

「彼は電気を操る能力者だったからな。電子ロックなどあってないような物だった。十秒足らずで解除して見せたぞ」

「この二人のガキ以外にも能力者がいたのか。……って、ちょっと待てよ。どうしておまえがそれを見てきたように話すんだよ」

「手を貸したと言ったはずだ。一緒に行動していたからに決まっている」

「ハア? だったら、おまえがその金属球を外に出せば良かったじゃねえか!」

「これも私の作戦の一部だ。……もう一度言う。君は高野、火野と戦っている暇はあるのか? あの部屋はオートロックで鍵がかかるから、君の持っているカードキーがないとあの部屋に入れないで消火活動も出来ないぞ」

「おまえがその暇を潰したも同然じゃねえか! くそがっ!」


 こうしちゃいられない、と本俊ベンシュンは拠点に戻る前に、彰と火野に対して捨てゼリフを吐いた。

「いいか、そこのガキども! 第二ラウンドは今度会うときまでお預けだ! 次は容赦しねえからな!」

 戦闘狂の顔も見せたあの本俊ベンシュンが戦いを放棄して自ら引くとはそれほど取引、いやそれによってもたらされる金が彼にとっては重要なのだろう。金稼ぎ至上主義の黄龍ファンロンの人員にふさわしいな、と彰は思った。


 捨てゼリフが終わると、サーシャが口を開く。

「迷惑をかけたせめてもの礼だ。能力で送っていってやろう。……発動、『交換リプレイス』」


 シュン!

 本俊ベンシュンの姿が一瞬で消えた。


「なっ!?」

 能力者の世界に入ってある程度は常識外の現象にも見慣れてきた彰だが、それでもこれには驚いた。

 が、すぐに異能力者隠蔽機関のリエラが持つ『空間跳躍テレポート』も同じように、一瞬で人が消えたことを思い出す。

(送っていってやる、ていう言葉通りに捉えると、『交換リプレイス』も『空間跳躍テレポート』と同じように瞬間移動系の能力なのか? ……あれ、瞬間移動系の能力といえば……何か……)


「うわっ! どういうことや! 本俊ベンシュンがいきなりイスに変わったやないか!?」

 火野の言葉が聞こえてきて思考が中断される。

「イス……?」

 疑問に思ってもう一回よく見てみると、確かに本俊ベンシュンがさっきまでいたところに普通のイスが転がっている。

 変だな、さっきまであんなイス無かったぞ。……森の中にポツンとイスが置いてあるのも、なかなかにシュールな光景だ。


「よう分からんけど、サーシャさんが本俊ベンシュンを撃退してくれたんやな。助かったで」

 場の流れが分かっていない火野は、まだサーシャのことを味方だと思いこんでいる。

「撃退……? ……火野、君はまだ私が味方だと思っているのか?」

「当然やろ。……何や、サーシャさんは俺たちのことを味方だと思ってなかったんか? ……いや、そういうことやなくて、仕事の成り行きで一緒に行動しただけなのに、仲間なんて言うのは図々しいってことか? そんな薄情なことは」


「人の話を理解できていないバカは消えろ」


 シュン!

 火野が言葉の途中で消えた。


「火野!?」

「高野。彼には君から説明しといてもらえるか。ある程度のバカは動かしやすいからいいんだが、あそこまで図の抜けたバカはどうにも会話が成立しなくてイライラする」

 どうやらサーシャが『交換リプレイス』とやら能力を発動したのだろう。さっきまで火野がいたところには何も残っていなく

「いや、なんだこの地蔵は……?」

 否、残っていた。どこかで見た覚えのある石で作られた地蔵が転がっている。


「……そういうことか」

「何だ、私の能力が分かったのか?」

「ああ。……能力の名前、起こった現象から判断すると、サーシャさん、あなたの能力は二つの物体または人の位置を交換する能力なんですね。

 あなたはいきなり現れたように見えたけど、それは自分の位置とあのブレインに投げさせた野球ボールとの位置を交換したからだ。同じように本俊ベンシュンはたぶん黄龍ファンロンの拠点にあったイスと位置を交換、火野はあなたと最初に会った広場にあった地蔵と交換したってことじゃないですか」

「正解だ。……くくく、さすがに四回も使ってみせればバレるか」

「四回?」

「ああ、そうだった。君は雷沢に使った場面は見ていないのだな。彼も火野と同じように最初に会った広場の地蔵と入れ替えさせてもらった。今頃二人で仲良く会話でもしているところだろう」



(物体と物体の位置を交換する能力……か)

 これまた強力な能力が出てきた。自分と何かの位置を入れ替えれば瞬間移動が出来るわけだから普段から何かと便利だし、戦闘の時も相手を何かと位置交換してしまえば強制的に退場させることが出来る。

(瞬間移動……。そういえばさっき何か思い出しかけたような)

「あっ…………」

 モーリスの事件の時だ。廃工場でモーリスとの戦闘中、ハミルの『探知サーチ』によるといきなり廃工場の二階に現れた能力者がいたらしい。事件が終わったときにはいなくなっていたことから、リエラが自分と同じ瞬間移動系の能力者じゃないのか、と予想していたが。


「もしかしてサーシャさん。モーリスの事件に関わってたりしていませんか?」


 サーシャが瞬間移動系の能力を持っていたところで、モーリスの事件に関わっていたという確証は彰にはない。論理の全くない、勘での発言。


「今頃気づいたのか。私がモーリスを騙していたことに」


「え?」

「……何だ、その反応は」

 だが、サーシャは彰が全てを見抜いて発言したのだと誤解して、結果的に余計なことを言ってしまった。


 騙した? ……いや、あの事件は避けようのない復讐劇だっただろう。騙された人間なんて誰もいなかったはずじゃないのか。


「……ふむ、またも藪蛇だったか。フルネームで呼んでしまった時といい、今日は失言が多い」


 けど、そういえばモーリスは娘を殺した犯人以外も殺していた。……あまり深く考えてなかったけど、おかしなことだ。しかし、今サーシャがモーリスを騙していたと言った。つまりサーシャがモーリスに余計に人を殺すように指示をした……?

 いや、けどモーリスが殺した中には本当に娘を殺した人間も含まれていた。能力者ギルドも最初は事故死と判断していたのに、どうしてサーシャさんは犯人を知っているんだ? 偶然? ……こんな大それた計画を立てる人間が、そんなものに頼るだろうか?


「まあいい。……というわけで高野。今日のところは引き上げる。次に会うときを楽しみにしてるよ。そのとき君がどうなるかは室長の判断しだいだがな」


 そんなわけがない。……ということはサーシャが騙したのはモーリスだけじゃなくて娘殺しの犯人もなのか。つまりあの事件は避けようのない復讐劇ではなく、たった一人の悪意によって生み出された陰謀……!


 そこまで推理が完成したと同時に、頭を沸騰させた彰は叫んでいた。


「答えろ、サーシャ! 今、おまえはモーリスを騙していたと言ったな! だが、それだけじゃなくておまえは事件の陰の首謀者だったんじゃないか!」


「……気づくのが遅い、と言いたいところだが、機関とギルドに何も教えられていないにしては早い方か。……そうだ、私がモーリスもモーリスの娘を殺した犯人も騙したわけだが、何か言いたいことでもあるのか?」

 帰ろうとしていたサーシャだが、彰の言葉に興味を引かれたのか戯れに付き合うことにした。


「あるに決まっているだろうが! 何であんな親子愛にあふれた家族を崩壊させたんだ!」

「そんなこと私が気にすると思うか? モーリス、あいつの能力『獣化ビースト』は強力なものだった。それこそ戦闘の訓練を積んだギルドの執行官にも太刀打ちできるくらいに。だからこそ私は騙したのだ」

「たったそれだけの理由のために、人の命を軽々しく扱いやがって! それでもおまえは人間なのか!?」

「その結果の先にあるものを見たいという探求心も人間の物だろう?」


 彰の怒声をのらりくらりとかわすサーシャ。

 こいつとは絶対に分かりあえない……!

 これだけの会話で彰は、自分とサーシャの価値観が決定的にズレていることに気づいた。同じ人の形をしているのが信じられないくらい、目の前のサーシャという人物が理解できない。


 だが、サーシャの方はそう思っていないようだった。


「しかし、私だけが目的のためなら何でもするように思われているのは不愉快だな。君だって目的のためなら、平気で嘘をつけるような人種だというのに」

「俺とおまえは全然違う! おまえは悪意を持って人を騙していた! けど、俺は人のためを思っての嘘だ! おまえなんかと同列に語られたくない!」

「対極ゆえに一番近しいといえるがな。いつか君の価値観が変わったとき、私と同じように平気で悪意を持って人を騙すような人種に君はなると思うが」

「そんなことあるわけ――」


 ないのか? 絶対にないって言い切れるのか?


「……っ!?」

「君は自分の危うさを理解していなかったのか」嘆息するサーシャ。「……さて、時間も無い。今日はここまでだ。また会う時を楽しみにしている」


 俺がこんなやつと同じ? あの家族を弄んだやつと? ……そんなことはない。……そんなことあるはずがない!

「うああああああああ!!!」

 彰は無我夢中で風の錬金術を発動。ナイフを作り出し、目の前のサーシャに向かって投げようとしたところで、


 世界が切り替わった。


 サーシャが消えて、目の前に雷沢と火野がいきなり現れる。周りの景色も一変していた。

「彰くんか。……やっぱりサーシャの能力は物体と物体の位置を入れ替える物と見て良さそうだな」

「無事やったか?」


「…………くそっ!!」

 自分に『交換リプレイス』が使われたのだと彰は判断する。この広場には三体の地蔵があったはず。彰、雷沢、火野、三人ともに『交換リプレイス』でその三体と入れ替えられたのだ。


「な、何や、彰。荒れているな」

「何かあったのか?」

 彰の憤り具合に、二人が心配してくる。

「…………何でもない」

 関係ない二人に当たってしまいそうになった彰は、何とか自制する。


 そのタイミングで、三人に声をかける者がいた。


「みんなそろっているみたいだね~」


「……ちっ、相変わらず計ったようなタイミングで出てきやがって」

 何てこと無い。いつも通り、戦闘が終わった後に出てくる異能力者隠蔽機関たちだ。

(けど、あれ? いつもと違って『空間跳躍テレポート』で現れなかったな……?)

 そう思って振り返った彰は。


 異能力者隠蔽機関の三人の後ろに、恵梨、彩香、光崎の姿を見つけた。


「な、何で三人が……!?」

 うろたえる彰に恵梨がニッコリ笑った。

「彰さん。文化祭の時の話を聞きました。……後で、いろいろと言いたいことがあるので覚悟してくださいね」

「お、おう……」

 暗黒面ダークサイドになりかけている恵梨だ。文化祭といえば、モーリス事件を一人で抱え込んだことだろう。それを異能力者隠蔽機関が話したということか。


「どうして恵梨たちも一緒なんだ?」

 これ以上恵梨と会話しても、胃が痛くなるだけなので、ラティスに聞いてみる。

「彼女たちにも聞かせないといけない話があってね。文化祭の話はその前情報として必要だから聞かせたんだよ~。……本当、君は厄介なことをしてくれたよ。黄龍ファンロンには絡むなっていったのにね~」

 いつものふざけてようなラティスの口調に、微妙にだが芯が通っている。

「けど、私たちにも落ち度がありますよね」

「……そうね。だから誰が悪いとか言う前に現状を確認させておきましょう。時間も有限ではないので」

 ハミルとリエラも今日はどことなく真剣だった。

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