百三十二話「旅行二日目 金魚すくい1&陰謀の真実2」
何の異変もなく、正常通り運営されている夏祭りではそのころ。
美佳は金魚すくいの屋台の前に着いたところで、裏恵梨にルールを説明された。
「普通に戦って潰したんじゃ面白くないので、美佳さんにはハンデをあげたいと思います」
「あ、ありがとうございます」
まるで民が王に接するような萎縮しきった態度で返事をする美佳。
「……潰されるのは前提なんだねー」
光崎さんが言ったとおりのことを美佳も思ったが、口にはしなかった。
「まず、美佳さんと光崎さんの二人で組んで私と戦ってもらいます。金魚すくいにも制限時間内でどれだけすくえるのを競うルールだとか、いろいろとあるのですが、今回は単純にポイが破れるまでに何匹すくえるかを競うことにします。お二人のすくった数の合計と私のすくった数で勝負をです」
「二対一なのね」
単純にポイ二個分すくえるこっちの方が有利だが……。
「よーし、がんばろうね、美佳ちゃん!」
光崎さんのように無邪気にはなれない。
これくらいのハンデ、恵梨にとって些末なものかもしれないわね……。
と、思ってたら恵梨の説明には続きがあった。
「使用するポイの数はお二人は二本ずつ。私は一本です。……分かりましたか?」
「……!? ……い、いや、分かったけど」
「うん、私も分かったよー!」
恵梨の決めたルールに衝撃を受ける美佳。
それってつまり、ポイ四つ分に対して、恵梨は一つ分で戦うってことでしょ。……それって、勝負になるの?
恵梨に本当に勝つ気があるのか、と疑問に思った美佳だが。
「あ、そうです。大事な罰ゲームについて言い忘れていました。
敗者は勝者に土下座して『生意気なこと言ってすいませんでした』と謝罪すること。……そっちのチームが負けた場合、代表の美佳さんがそれをしてくださいね」
「…………」
付け加えられた罰ゲームの重さに、そして目を見て、恵梨が負ける気がないことを悟った美佳。
ふーん、へえ……。そこまで言っちゃうんだ。
「恵梨? 撤回するなら今の内よ?」
戦力差が四倍もあるのに、そんな罰ゲームを提唱されて美佳の負けず嫌いな部分が刺激された。さっきまで萎縮していた裏状態の恵梨に対して挑発する。
「ふふふ……。その言葉そっくりお返ししますよ」
「お互い引く気が無いってことね」
「当然です」
「「………………」」
ガンを飛ばしあう二人。
そのあまりの緊張感に、周りのお客が何事かと注目する。
お互いに思うことは同じだった。
((絶対に負けない……!!))
「じゃあ、勝負開始しようねー」
光崎が緩く宣言したところで、金魚すくい勝負の幕は切って落とされた。
「ぜは……何とか……はあ……勝った……はあ……な…………はあ、はあ………俺も……結構……はあ、はあ……がんばったやろ……?」
「よくやった、よくやった。……とりあえずおまえは息を整えろ」
場所変わって神社より少し離れた森の中。
李本俊に勝利した彰たちは互いの健闘を称えあっていた。
何度か深呼吸してから、火野が口を開く。
「それにしても……はあ……よく、あいつの能力が未来を見る能力だと分かったな」
「何とかな。それまでに何発もらったか数え切れねえ」
勝利したというのに彰の声に張りがない。ダメージが蓄積した体は癒しを求めている。
「ふっ、何や。彰も結構食らってたんやな」
「おまえの疲労に比べたら何てことないはずだ」
火野は強烈な一撃をもらった上に、『念動力』で魔力を使いすぎたことによる疲労もある。
「……やめてくれや。彰にそんな体を労れられて、サムイボが出てきた」
普段口を開けば罵詈雑言が飛び出す彰の、滅多にない行動に火野が本気で嫌がる。
「未来を見る能力なんて俺一人じゃ絶対に破れなかったからな。これでも感謝してるんだ。素直に受けとっと――」
「……何勝った気でいるんだ」
「……!!?」
「マジか!?」
彰の似合わない言葉が続く中、その場で発されてはいけない第三者の言葉に二人は戦慄する。
「俺はまだまだやれるぞ」
『念動力』を食らって倒れていたはずの李本俊が立ち上がったのだ。
「な、何でや!! 俺の『念動力』打撃版の全力をおまえの股間にぶつけたはずやぞ!! 男なら立ち上がれるはずが……はっ!? まさか、おまえ女なのか!?」
「んなわけあるか!」
李本俊が怒鳴る。
「………………」
ずいぶんとえげつない攻撃をしたんだな、火野……。
勝負に手段を選んではいけないのは分かるが、同じ男として股間に攻撃するのは無し……いや、まあそれほどしないと勝てなさそうな相手だったのだが。
李本俊の食らった攻撃を想像してしまって、少し内股気味になった彰はある可能性に気づく。
(けど、その攻撃を食らって李本俊は立ち上がってるんだ。もしかしてやつの能力は……)
「今食らったのは…………いきなり殴られたような感触があったってことは、打撃エネルギーを直接ぶつけたって感じか。……そっちのガキと違って、炎を媒介にしていたからこそできる技か。炎、つまりエネルギーを操れるって訳だな」
李本俊は彰の圧縮金属化を食らったとき同様、すぐに相手の能力の本質を見抜く。
「な、何でそこまで分かるんや!?」
「……これでも能力者同士の戦いには慣れてるんだよ。相手の能力を分析するのは、能力者同士の戦いの基礎中の基礎だろ」
李本俊は立ち上がってはいるものの、フラフラとした状態であった。強がってはいるが『念動力』でダメージは負っているのだろう。
「ちっ、ガキ相手に膝つかされるなんてザマあねえか。油断したつもりはねえんだが……出し惜しみしていたってことは、やっぱり油断か。……ハハハ! この俺が油断していたとは本当に面白い!」
何が面白いんだよ、と彰は李本俊が笑った理由が理解できない。しかし、油断、出し惜しみってことはやつには何かこれ以上の力があるってことか……?
「魔力を食うからあまり使いたくなかったんだが、やっぱり使うべきだったな。……ハハッ! おまえらの思っているとおり、これは言い訳だよ、言い訳。俺にも負けず嫌いなところがあるんだ、これぐらいは許してくれよ」
李本俊は彰たちに一方的に言葉を投げかける。
「第一ラウンドは俺の負けで良い。そこまで認めないほどではない。……だが、リベンジの機会、第二ラウンドも付き合ってもらうぞ。みんないい感じにダメージを食らって、ちょうど同じ条件だしな! ハハハハハハ!!!」
その宣言、狂笑を彰は聞き流して、火野に耳打ちした。
「……あんなやつに付き合ってられるか。隙をついて逃げるぞ」
「ん? どうしてや……と、言いたいところやけど、賛成やな。『念動力』使って魔力もほとんど尽きたから、能力もほとんど使えんし」
元々彰たちは李本俊と積極的に戦闘する理由など無い。拠点に侵入した雷沢とサーシャの為に囮になっているだけで、もう十分に時間は稼いだ今お役御免のはず。
「だが、相手も簡単には逃がしてくれないだろう」
狂ったように笑っている李本俊を彰は見る。
「……だから二手に分かれて逃げる。そしてあいつに追われなかった方は、夏祭りの会場まで行って今から言うものを盗ってこい」
ある物の名前を告げる彰。
「…………何でそんな物を? まあ、確かに夏祭りやからどこかにはあるだろうけど、盗むのか?」
「非常時だし、しょうがない。あとで謝り倒して弁償すればどうにかなるだろ。……最悪、ラティスの『記憶』で記憶を思い出させなくしてもらう」
「えげつない考えやな……。それで、それをどうやって使うんや?」
「説明している暇はない」
おまえに言っても理解できるとは思えないからな、と皮肉を続けようとしてやめた。李本俊の笑い声が途切れて、こう言ったからだった。
「『未来』発動。時間支配、0to1.0」
彰の未だに慣れない、魔力を感知する部分が、李本俊がさらに魔力を消費させ始めたのを伝える。
「未来を見る能力……いや、『未来』の本領発揮か」
今の言葉をそのまま受け取ると……やつが見える未来が0.5秒先だったのが、1.0秒先まで見えるように変わったってことか。一手先が読まれていたのが、二手先まで読まれるようになったのだ。『念動力』も使えない今、どんな悲惨な事態になるのか想像がつかない。
「……よし。さっさと逃げるぞ。さっき言った物をゲットしたら、もう一方に合流な。分かったか?」
「OKや」
逃げると言っている彰だが、今の李本俊の気迫からいって逃げきれるとは思っていない。だからこそ火野にこんな指示を出した。
あんまり使いたくなかったが、二つ目の策でやつを倒すしかないな。こっちの策は俺と火野の力以外にある物が必要だし、場所もある程度限定されるのだが……やるしかない。
「それじゃあ第二ラウンド開始と行こうか!!!!」
叫んだ李本俊が駆け出す直前。
彰たちが背中を見せて逃走する直前。
水を差すように、両者の間に何の変哲もない野球ボールが放物線を描いて飛んできた
「「「……?」」」
理解のできない事態。……いや、野球ボールが誰かによって投げ込まれたのだろう、ということはこの場にいる全員が理解はしている。問題は誰が、何のためにそんな事をしたのかだ。
その疑問を解消するために、三者ともにボールの飛んできた方向を見る。
「……おい。何でおまえがそこにいるんだ?」
李本俊の言うとおりだと彰も思った。
「す、すいません、組長! ね、姐さんの指示でして! あとは姐さんに聞いてください!」
少し離れたところでペコペコしているのはこの事件の最初に出会って、逃がしてしまった三人組のブレインだった。手にはビデオカメラのような物体が持たれてるように見える。
あいつ、いつからあの場所にいたんだ? 気づかなかったな……。それにしても、何のためにビデオカメラを持っているんだ?
彰が脳内で思った疑問に、答えるかのように声がした。
「彼は私の命を受けて君たちの戦いの一部始終を記録していただけだ。咎めないでくれ、李本俊」
「……!?」
「何事や? ……って、サーシャさんか」
さっきまで誰もいなかった彰たちと李本俊の間、ちょうど野球ボールが転がっていた辺りにいつの間にか人が立っていた。
その人物の背格好は彰たちも知っている、能力者ギルドのサーシャだ。
だが、本当にサーシャさんなのか……?
彰は疑問符を浮かべる。
彼女の特徴であった片言な日本語が、自然な日本語に変わっている。言葉遣いもおどおどしたのから、大胆不敵そうになっている。そして何より、敵であるはずの李本俊に対して普通に話しかけている。
「あれは本当にサーシャさんなのか……?」
改めて、彰が疑問を口にした。




