百三十一話「旅行二日目 陰謀の真実1」
「話、デスか? ……そんなのここを出てからでも、いいのではないデスか?」
「最初に違和感を持ったのはあなたが能力者ギルドの所属だと聞いた時でした」
サーシャに構わず話始める雷沢。
「ですから」
「能力者ギルド。彰くんに聞いたところ、アメリカを統治する能力者の組織のようですね」
「ここを」
「それを知っていたからこそ僕はある疑問を持ちました」
「…………分かりました、聞きマスから」
言葉を遮るように話されて、サーシャは説得を諦めた。
「その代わり早めに終わらせてくだサイね」
「分かっています」
うなずく雷沢。仕切りなおしに「さて――」と言う。気分は推理を披露する名探偵であった。
「僕の持った疑問とは、サーシャさん。あなたは本当に能力者ギルドに所属しているのか、というものでした」
「どういうことデスか?」
自分のことが疑われているというのに、サーシャの態度は変わらない。雷沢の推理が的外れなのか、それともサーシャのポーカーフェイスが上手いのか。
しかし、自分の論理に自信を持っていた雷沢はその反応にも気にせずに続けた。
「簡単な話です。能力者ギルドとはアメリカを統治する組織ですよね。なのに何故、サーシャさんはアメリカの統治というその目的から外れた、黄龍と科学技術研究会の取引の阻止などということをしているのか?」
「………………」
「彰くんが前に関わったのは、アメリカ国内で起きた事件の犯人が日本に逃げてきたからでした。しかし、今回この取引に関してアメリカは全く関わっていません。
ですから、僕はあなたが能力者ギルドの目的に反した行為をしているか、もしくは本当は能力者ギルドに所属していないのではないか、と考えました」
「……続けてくだサイ」
サーシャの表情からは今の指摘が合っているのか、間違っているのか、どちらの様子も窺えない。淡々としている。
「はい。……ですから僕は彰くんが事件のとき共に行動した執行官のルークなる者にメールをして聞いて、その返信がさっき来ました。
……その内容ですが、要点だけ話すと二つ。能力者ギルドは現在、黄龍と科学技術研究会の取引に対して何も動いていないということ。そしてサーシャなる人物は能力者ギルドにはいないということでした」
雷沢はサーシャを指さして糾弾する。
「あなたは何者なのですか?」
「………………」
サーシャは無表情のまま口を開かない。
「だんまりですか。……まあ、あなたの正体について、一応推測があります。話しても良いですか?」
「……どうぞ」
「ありがとうございます。……あなたは能力者ギルド所属ではなかった。何故その嘘が見破られたのか? それは話の流れから分かるように、あなたが黄龍と科学技術研究会の取引を止めようとしたからです。
仮に、あなたの目的が僕たちを騙すためなら、そんな嘘をつく必要は無かった。逆説的に考えると、嘘をついたあなたの目的は取引を止めるためだと考えて良いでしょう」
「ややこしい話ですが、あなたの目的が取引を止めるためなら、何故僕たちに嘘をついたのか? ……それは僕たちに協力を求めたかったからではないですか。一般人の身で協力を求めるよりも、能力者ギルドというプロのように振る舞った方が手伝ってくれるのではないか、とあなたは考えた」
「では、能力者とはいえ、学生の僕たちに頼ったのは何故か? それはあなたに力がないからでしょう。あなたは確かに黄龍についての情報は持っていた。……しかし、潜入するに当たって、あなたは一度も能力を使わず、僕に全てを任せた。
あなたの言ったとおり、役に立たない能力なのかもしれない。だとしても、行動を共にする僕に何の能力を持っているのかさえ教えないとは、釈然としない。普通なら、もしかしたら役に立つかもしれない、と情報を共有するでしょうから。
というわけで、その態度から想像するに、あなたは能力のことは知っているが、無能力者なのではないかと僕は思ったわけです。……どうです、間違っているところがあるでしょうか?」
「………………」
静寂がその場を支配する。
根負けしたように、サーシャが口を開いた。
「そこまで見抜かれては誤魔化しようがありまセンね。……その通りデス。私は無能力者なんデス。親を科学技術研究会の兵器派が支援した組織に殺されて。……それで私はどうしてもこの取引を止めたいと思って――」
「いえ、この推理は間違っているところがあります」
「……え?」
サーシャの自供をぶったぎるように、まさかの自分から自分の推理を間違いだと言い切った雷沢。
「えっと……どういうことデスか?」
「言葉の通りです。あなたが能力者ギルドに所属していないのは正しいですが、他は間違っているところがあります」
「……何故、間違いだと分かっている推理を披露したのデスか?」
「ややこしくなるのは承知でしたが、物事には順番という物があるんです」
「…………ていうか、その、私認めまシタよ?」
「あなたの言っていることは全部真っ赤な嘘です」
おずおずと言ってきたサーシャを一刀両断して、雷沢は人差し指一本を立てた。
「僕はさっきまでこの推理が正しいと思っていました。しかしこれだと、一つ説明がつかないことが起きたのです」
「説明?」
「はい。あなたは重大なミスを犯しました。まずはそのことについて説明しましょう。
そのミスとは、僕が高笑いした直前の発言です。……えっと確か、
『よく考えているのデスね。……確かに、高野彰さんと火野正則さんのためにも私たちが早めに逃げて、囮役を終わらせてあげないといけまセンね』
って感じだったでしょうか」
「……よく覚えてマスね」
「この発言の中の何がミスなのか。それは名前についてです」
「…………あっ」
何かに気づいたのかサーシャが声を上げて、すぐにしまったという表情になった。
「反応しましたね。つまりあなたもミスだと認めたわけだ」
「………………」
またも黙り込むサーシャだが、今度の表情は悔しそうな物だった。
「順を追って説明しましょう。さっきの発言、あなたは何のミスを犯したのか? それは高野彰、火野正則と二人の名前をフルネームで呼んだことです。
……失礼な話ですが、サーシャさんに自己紹介をさせておきながら、僕たちはきちんと自己紹介をしていません。あなたは他の人が呼ぶのを聞いて、僕たちの名前を知ったということです。なのに何故、僕らが一度も呼んでいない彰くんの名字と火野くんの名前をあなたが知っているのでしょうか?」
「……言い忘れてたんデスが、みなさんのことは事前に」
「知っていたというのは無しですよ。それなら最初会ったときに言っているはずだ。そんな情報隠す必要がありませんからね」
「………………」
サーシャの反論を雷沢は速攻で潰す。
「というわけで、あなたは僕たちに対して初対面のフリをしていたことが確定されました。ではまた考えましょう。……あなたは何故僕たちに初対面のフリをしていたのか?」
「………………」
「先に言っておきましょう。今から僕が話すことに確たる証拠はありません。あくまでこう考えると、一連の事態に説明がつく、という話です。
それを踏まえて一つ。……あなたは僕たちの敵、ないしは害を及ぼそうとしている人間ではないですか?」
「……何故そう思ったのデスか?」
聞き返すサーシャは、雷沢の言っていることが本当だと認めているような物だ。
「意外ですね。あなたは認めないか、だんまりするかと思いましたが」
「さっきも言ったとおり時間がないんデス。無駄なことは省いて、あなたの推理を披露してくだサイ」
急かすサーシャは、どうにもこの部屋に黄龍の人員が来るのを恐れているようには見えない。何か別なことで時間が無い、って言っているような気がする。
「まあ、分かりました。あなたが敵だと仮定すると、いろいろとあった違和感が簡単に解決していくのです。
この事件の最初は、僕たち三人がトイレから帰るときに女性の悲鳴を聞いたことから始まりました。そこを通るのが一分早くても、遅くても僕たちはその悲鳴を聞けなかったに違いありません。僕はそのときはタイミングが良すぎるだろ、と思っていましたが……」
そう、彰の主人公属性が立てたフラグが精算されたのだと思ってた。
「悲鳴の元に駆けつけて、襲いかかっている三人組を撃退してみたら、あなたは能力者ギルドの所属だと言うじゃないですか。運良く悲鳴を聞いた僕たちが、運良く能力者であるなんて、この広い世界でそう簡単に起こる訳がないですよね?」
そのとき僕はご都合主義だな、と考えることを止めていた。
「ですが、あなたが敵だと考えると、この事態は簡単に説明できます。僕たちが悲鳴を聞いたのはタイミングが良かったからではない。……あなたは僕たちが聞こえるだろうタイミングを計って悲鳴を上げたのです」
「……ですけど、私はあのとき三人組に襲われていたんデスよ? あなたたちがちょうど近くを通っているのかなんて、分かるとは思えないのデスが」
サーシャのもっともな疑問も、雷沢はすでに反論は用意している。
「それはあの三人組とあなたがグルだった、と考えれば説明がつきます。僕たちが近くを通っているのを確認して悲鳴を上げてから、襲われているという演技を始めたんだ」
「どうしてグルだと考えるのデスか?」
「あなたを襲っていた人数です。黄龍はちょっと挑発して、見張りを倒しただけの彰くんたちに八人も差し向けた、報復の意識が高い組織です。なのに潜入捜査がバレたサーシャさんが、たった三人にしか襲われていないっておかしくないですか?」
「おかしいデスね」
肯定するサーシャ。
「ですからあの三人は黄龍所属ではなく、ただあなたの演技の為に雇われた人ではないかと思ったわけです」
「…………それでは、私が黄龍の事情に詳しいのはどうみるのデスか?」
サーシャが次を促す。……この女、自分が敵だという推理に対して、反論したり、相づちを打ったりやけに協力的だな。さっきまではずっとだんまりだったのに。時間がないって言ってたが、何が起きたんだ……?
とはいえ、推理を進めるしか手がないのも事実。雷沢は次の説明に入った。
「敵の敵は味方だといいます。あなたと僕たちが敵で、僕たちが黄龍と敵の関係ですから、あなたは黄龍と協力関係にあったのでは無いですか?」
「では、黄龍と協力関係にある私が何故、あなたたちを騙して黄龍を襲わせたのでしょうか?」
「……それだけがどうしても分からない。たぶん、未だに分かっていないあなたの目的と繋がっているんでしょうが、情報不足なので想像もつかない」
「それくらいデスか?」
「……ああ、そう。説明を忘れてました。あなたが三人組に襲われているという演技をした理由。それは僕たちにあなたと黄龍が敵対しているのだと誤った印象をつけるため、そしてスムーズに僕たちに協力を求めるためです。そりゃ、困っている女性がいたら助けたくなるのが男ですからね」
これで本当に僕の推理は終わりだ。……あとはこの女がどう出るかだが。
雷沢の見守る中、サーシャは口を開いた。
「……まさか、目的を除いて全てを見抜かれるとは思いませんデシタ。……実に良いデス。良いデス。良い。良い。いい…………。実にイイイイイイイィィィィィ!!!!!」
突如、サーシャが恍惚とした表情を浮かべて叫びだした。
「………………」
どうした、この女壊れたか?と雷沢が観察していると、しばらくして収まった。
「……いや、すまない。どうも私ほど頭の良くなると、全ての物事を自分の手のひらの上で転がせるような気がしてな。こうして予想外の事態が起きると、本当に……濡れる」
「変態か」
サーシャさん……いや、敵と分かった以上サーシャで良いか。……サーシャの口調が変わってるな。アメリカ人っぽい、イントネーションのおかしな日本語から、自然な日本語に変わっている。今まで己のキャラを偽っていたということか。
「及第点をやろう、雷沢。二、三ほど誤解や説明不足もあるが、それでもここまで見抜けるとは思ってなかった」
「どうも、と受け取るべきなのだろうな」
偽りのキャラを捨てて、急に存在感を増したサーシャに対してどうするべきか。部屋の入り口側を陣取っている雷沢は、逃げるも対峙するもどちらの選択肢でも選べるが……。
そうだな、ここは相手の話を聞く場面だろう。名探偵の推理の後は、犯人の自供だと展開的に決まっている。
「それで誤解と説明不足とは何のことだ?」
「三人組の話だ。彼らは確かに演技をしてもらったが、本当に黄龍所属だ。……三人しか雇わなかったのはそれで十分だと思ったからだが、まさかそこを違和感に持たれるとは」
「……そういうところだとか、僕たちに協力を求めやすいといえ能力者ギルド所属と名乗ったところだとか、今回あなたの計画にはどうも稚拙なところが見られるのですが、どうしてですか?」
「君の仲間、高野が良い言葉を言っていた。『嘘をつくときは、相手がどう考えるだろうかをきちんと考えてだまさないといけない』と。展開を早くすれば君たちはろくに考えもせずに、私に従うだろうと思っていたからだ。
それに今回、君たちを騙すにあたって私は巧遅よりも拙速を望んでいた。だからこそ君たちの知らない組織を名乗るよりかは、能力者ギルドを名乗った方が説明を省けたし、私をたくさんの人が襲っていると、君たちがそれを退けるのにも時間がかかるだろうと思ったわけだ」
確かにサーシャと出会ってから、現在ようやく一時間ほど経とうしている。これほど濃い一時間を雷沢は初めて体験している。
「どうして巧遅よりも拙速を望んだのですか?」
「異能力者隠蔽機関が、この件にも関わってくるのを恐れた。やつらには目を付けられている以上、時間が経てば経つほどリスクが高まる」
「……ふむふむ」
会ったことはないが、確か能力者の痕跡の隠蔽を全世界で行っているという組織か。
「……しかし、どうして分かったのだ? 私は能力者ギルドではないと、バレることは承知の上だった。……フルネームで呼ぶというミスを犯したとはいえ、一足飛びに私が敵だと見抜かれるとは思ってもいなかったが」
サーシャの問いかけは、雷沢がサーシャをいきなり敵だと仮定した話だろう。だが、いきなりのように見えて、雷沢の中にはきちんと論理があった。
「落ち着いて考えれば分かる、簡単な話です。……金髪でボン・キュッ・ボンの女性が味方なはずがない。それが世界の真理です。敵組織の幹部か、味方なら女スパイだと相場は決まっています」
きちんと(?)だった。雷沢のような中二病で現実世界を物語だと妄想してなければ、ハテナマークが浮かぶ論理だ。
「………………くくく、私はそんな謎論理に足下をすくわれたというわけか。……っと、連絡か」
愉快そうだったサーシャが笑いを止めた。
(連絡……? ……ああ、そういうことか)
首を傾げた雷沢は、よく見るとサーシャが補聴器のように耳の穴に小さな機械を入れているのが分かる。
「通信機か? それを使って僕たちと同行している間も、他の場所の情報を受け取っていたのか」
「…………。ああ、そうだ。受信しかできないが、どうせ私から送信することはない。それよりあちらの戦いが終わったようだ。……私は、これで失礼しようと思う」
「あちら?」
「高野と火野と李本俊の戦いだ。どうやら、高野と火野が勝ったようだがな。……子供二人に負けるとはあいつも情けない。私も自分の目で見たかったが、話に時間がかかりすぎたか」
李本俊とは誰か分からないが、囮になっている彰くんと火野くんが、強敵と戦っていたということか。
しかし、失礼するとは僕を舐めているのだろうか?
「あなたはこの部屋からすんなりと出ていけると思ったのですか? 扉は僕の背中にあります。敵だと判明したあなたを逃がすわけにはいきません。まだ目的も聞いてないですから」
雷沢の言葉に一瞬ポカンとなって、サーシャはすぐに思い当たった。
「目的……? …………くくく、そうか。どうしてそんなに強気に出られるのかと思ったが、君にはまだ誤解と説明不足が一つずつ残っていたのだな」
「……そういえば二、三の誤解と説明不足があるって言ってましたね」
「誤解とは私の能力についてだ。……あのときは笑いを堪えるのが大変だった。私は能力者だというのに、いきなり無能力者だと言われたんだからな」
そういえば変な静寂が訪れたが、あのとき笑いを堪えてたのか。
「あのときの君の論理では私は味方だったから、無能力者だとしか考えられなかった。……しかし、敵だと判明した以上、気づいても良かったとは思うがな。……私が能力を教えなかったのは、君たちに手の内を晒したくなかったからだ」
「……そういうことか」
無能力者で女なら自分でも簡単に取り押さえられると思っていた雷沢。しかし、サーシャが能力を持っているというのなら話は別だ。
やつの能力は何なんだ? ……僕に勝てるのか?
「そしてもう一つの説明不足とは私の目的のことだ」
今の内に飛びかかるべきかどうか迷っている雷沢に、サーシャは話を続ける。
「まあ、これは仕方がない。君は私について知ってる情報が少なすぎる。それでは分かるわけがない」
「それならあなたの口から教えてください」
「……まあ、私の嘘を見破った君には、目的を聞かせてあげるに値するだろう。…………しかし、あいにく時間がない」
「時間ならたっぷりありますよ。あなたはこれから僕が捕まえるわけですから。……能力者の世界での規則とかは分からないですけど、牢屋にとか入れられるのですかね? そこならいくらでも話せるでしょう」
雷沢の指先からバチバチと音が鳴り始めた。
「…………くくく、やる気なのか。戦闘にならないと思うが……まあいい。なら説明は異能力者隠蔽機関に任せるとしよう。私のことを聞きたいときは一言こう言えばいい」
「『ささやき女』とは一体何者なのか、と」
コードネーム『ささやき女』――本名サーシャ――は、某所――彰たちの仲間として潜入している身――で自らの正体を明かした。
「だから、あなたは僕に捕まるのだと言ってるでしょう!」
サーシャの言葉を意に介さずに、雷沢は先手必勝と迫った。
それが近づく前にサーシャは一言唱える。
「『交換』発動」
シュン!!
次の瞬間、雷沢の姿がその場から消えた。
きれいさっぱり消えた雷沢がいた場所を見ながら、サーシャは笑う。
「くくく……。だから戦闘にならないと言ったのに」
そのとき耳元の通信機から報告が入る。
「………………ちょうどいいタイミングだ。いやはや、これも神の思し召しか?」
つぶやくサーシャの姿は、幻だったかのようにその場からかき消えた。




