百二十六話「旅行二日目 夏祭り騒動5 囮作戦2」
訂正。二話前、彰が「文化祭のときのことを黙ってもらう代わりに美佳にパフェを奢った」となってましたが、正しくは日焼け止め騒動の時でした。
作者の完全な記憶ミスです。すいません。
非常事態という単語にたどり着いた美佳は、他に何かできるか考えてみたが、
「もうこれって非常事態が当たりでいいよね。他に何も思いつかないし。……まあ、次の疑問に移ってみましょうか」
こうやって単語らしきものが出てきた以上、p.3.にも意味があるのかもしれない。非常事態、が当たっているかどうかはそちらと合わせて考えれば分かるだろう。
「追伸部分の文章はこれか……」
『P.3.ほんとうに、周囲をパーフェクトに探すか』
改めて見直すと、何故追伸でこんなことを書いたのかという疑問に加えていろいろおかしな部分がある。
「『ほんとうに』ってなぜ漢字で『本当に』と書かなかったのか」
漢字が分からなかったという理由は無しだ。小学生でも書ける漢字を彰が分からないはずがないし、そもそも携帯には予測変換機能が付いている。
それに『ほんとうに』の後に句点があるのもおかしいような……。それにパーフェクトって英語で書いたのは何故? 日本語で完全に、とか完璧に、とかでいいでしょ。そして一番おかしいのがsが3になっているということ……。
「これにも何か意味があるはずなんだけどな……」
一番怪しいのは3という数字だ。
「3……3ねえ。思いつくのは三番目の文字に注目しろとかそんな感じかな」
3というのは続く追伸の文章を3を使って読み解けということかもしれない。
ちょっとやってみるか。……三番目の文字は『と』か。これだけじゃ意味が分からない……。……もしかして三の倍数の文字を読むとか…………。『と、をフトす』……。文章になってないわね……。……それなら三つずつ飛ばして読むとか? …………『ほにをェ探』って、
「ああもう意味が分からない!!」
本当にこの文章に隠された意味などあるのだろうか?
疑問が沸いてきたが、意地でも見つけてやるという妙なやる気があふれてきた。
この文字を全部漢字に戻してから今みたいなことをするとか? ……いや、それなら最初からそう書くだろう。わざわざひらがなで書いた意味は。……やっぱりさっきみたいな読み方をしたときの順番を整理するためかな。……だったらまだ試していない読み方を……えっと、今度は一文字目から四文字と、三文字ごとに読むとして…………『ほう周パェにか』……また意味の無い文……、
「あれ?」
今できた文章。後の方は意味が分からないが、最初の方は『ほうしゅう』と読むことができる。
「『ほうしゅう』って『報酬』ってこと?」
だとても後ろの方が意味が分からない。
「これじゃダメかな……って」
また考えようと文章に目を落として思った。
「……そういえば、完全を何でパーフェクトって書いたのかって思ったけど」
報酬という言葉と非常事態という言葉を念頭に置くと思いつくことがある。
パーフェクトの中に隠された単語。『パフェ』を。
つまりあの追伸は『ほうしゅう』までは三字ごとに読んで、その次の『パ』からは飛ばずに『パーフェ』→『パフェ』と読んで繋げて『報酬パフェ』と読むのではないか?
「………………」
もちろんこっちはさっきの濁音を入れ替えたとき以上にこじつけだ。
だが、非常事態という言葉と一緒に考えるとこれが一番しっくりくる。
『パフェ』とは日焼け止め騒動の時に口止め料として彰が払うと言ったものだ。よって、パフェ=口止め料という等式が美佳と彰の間だけでは存在する。
つまり何らかの『非常事態』――メールの文面から察するに一緒に夏祭りを回れないような事態――が起きたことを黙っている代わりに『パフェ』を奢るということではないか?
そういえば文化祭二日目の時も何やらあったのを黙る代わりに勉強会を開かせた。今回の夏祭りでも同じような事態に巻き込まれているのかもしれない。
「けど…………ちょっと違うな……」
日焼け止め騒動の時は黙っている『代償』にパフェだった。しかし、今回は『報酬』でパフェだ。
報酬というものは何か仕事をしたからもらえるものだ。では、私がしないといけないことは何か?
「はあ…………」
と、ため息が聞こえたのに釣られて顔を上げると意気消沈している三人の友人の姿を捉えた。
そうか。こういうときに彰が心配しそうなこと……それはみんなが楽しめないことね。
彰には面倒なことは自分だけが背負う、みたいな自己犠牲の精神があったはずだ。
だから後のケアを私に任せるってことか。みんなが楽しめるように……そして、文化祭でも同じようなことがあったからその違和感に気づかせないようにというのも含まれるのかな。
「ふーん、これまた面倒なことを頼むわね。……まあ珍しく女の子ことをちゃんと考えているからパフェに免じて許してあげるけど」
今だから何でこんな不親切な暗号で事態を知らせたのかが分かる。もし、美佳だけにメールを送ればどうしたって彰からのメールということで他の人たちに内容を聞かれていただろう。だから一斉送信のメールに美佳だけが気づくような暗号を入れるしかなかったのだ。
「私になら任せられると思ったのかもしれないけど……」
私にだけ面倒なことをさせて、何だか私は彰が守る対象に入っていないみたいな感じがする。
「まあしょうがないのかもね」
彰にとって他の三人が特別なのは分かっている。事情は知らないが恵梨も、由菜は中学時代に、そして話を聞いたところ彩香さんも彰が救った対象だ。しかし、私は彰に助けられたこと――日常での意味ではなく、もっと大きな意味で――がない。
「だから私と彰はある意味対等な関係なのかもしれない」
それが残念なことだとは思わない。私は彰に対して恋愛感情を持っていないただの友人だからちょうどいい。
「そういう意味では仁志も対等な友人のはずだけど……まあ、バカだから任せられないと思ったのかな」
オチに仁志のことを考えて一区切りつけた。
美佳はスマートフォンをしまって他の人たちの方に向かう。
「ほら、もう一回行くんでしょ。彰の分まで先に楽しんどくわよ」
「そうだけど……」
元気なさげに返事するのは彩香さんだ。まあ率先して返事ができるほどには回復できているということだろう。
「そういえば仁志、あんた射的がしたかったのよね。火野君がいないから私が相手になるわ」
「そうだけど、女と競ってもな……」
「負けるのが怖いの?」
「よっしゃやってやろうじゃないか! 今の言葉覚えてろよ!」
煽り耐性皆無の仁志を焚きつける。よく乾いた薪のように簡単に燃えるからありがたい。
「その後は金魚すくいに行きましょ。恵梨の腕前を見させてもらうわ」
「そうですね……」
まだ声に張りのない恵梨。まあこういうイベントだとかが好きな恵梨だ。祭りの雰囲気にあてれば元に戻るだろう。
「ほら、由菜もしっかりしなさい」
「そうね……」
沈んでいる由菜だが、彼女だけは昔からの親友なのでこういうときにどうすればいいのかは簡単に分かる。
「はあ。……その様子じゃ将来彼氏にデートをドタキャンされたとき一日中沈んでそうね」
「な、何言っているのよ! あ、彰と彼氏になる未来なんてあるわけないし!」
なぜこの女は自分の好きな人がばれているのに、こんなかわいい照れ隠しを言えるのだろうか。本当にいじりがいがある。
「あれー? 私はただ彼氏って言ったんだよ? 今この場にいないのは火野くんに、雷沢さんに、彰の三人なんだけど、どうして由菜は彼氏=彰だと思ったのかな?」
「……そ、それは……その……」
顔を赤くして固まる由菜。これである程度は大丈夫だろう。
「それじゃあ光崎さんも行きましょう」
「そうだね」
最後に光崎さんに声をかけるとニコニコとした表情で返事された。
「それにしても美佳ちゃん、みんなを引っ張ってくれてありがとうね。一番年長者だから私がやらないといけないのに、そういうの苦手で」
「まあ、頼まれたことですから。……それにしても光崎さんは雷沢さんがいないのに落ち込んでませんね。好きなんですよね?」
「あっ、やっぱり分かるんだ。私がたっくんを好きなこと」
どこかの顔を赤くしている幼なじみと違って、こっちの幼なじみは好きな人がばれても動じていない。
「そんなのバレバレですよ。聞けばあの鈍感の彰でも気づいたらしいですから」
「そう。……何でたっくんには通じないんだろう?」
「男って不思議な生き物ですよね。……それで雷沢さんと一緒に夏祭り回りたかったんじゃないんですか?」
「そうだけどこの浴衣姿を一言、似合っているって褒められたしこれ以上求めるのは贅沢すぎるかなって。午前中も一緒にいろんなところに行ってきたし」
そういえば自分たちが砂の城を作っている時間、二人きりでどこかに行ってたはずだ。
「それに三人とも『非常事態』なんでしょ?」
「そうなんですよ。………………って、え?」
二人はどんなところに行ってたんだろう、と考えてた美佳は返事をした後で驚く。
今なんて言った……? ひ、『非常事態』って、もしかしてあの暗号解けたの?
いや、そんなはずがない。こんなポワポワした性格の光崎さんが気づくわけがないし、それに彰からメールが送られてなかったはずだ。
き、きっと今の非常事態ってのは火野君が財布を落としたことをそのまま言っただけよ。そうに違いな――
「それで美佳ちゃんががんばっているのは報酬のパフェのためなの?」
「………………」
「あれ? 違ったかな?」
「そう、です、けど……」
「あっ、やっぱり。それでどんなパフェを奢ってもらえるの?」
「……季節のフルーツをたっぷり使ったフルーツパフェだと思います」
「へえ。おいしそうだけど、私はどちらかというとチョコパフェ派だなあ」
「そうなんですか………………じゃないですよ!?」
美佳渾身のツッコミ。
「え? 何でですか!? 光崎さん彰からのメール送られてませんでしたよね!?」
「そうだよ。ちょっと恵梨ちゃんの携帯盗み見ちゃった」
「ちょっと盗み見た? それだけじゃ解ける暗号じゃないですよね!?」
「それは……えっと、何だっけ? ……ああそうだった、中二病。タッくんって中二病でしょ。それでああいう暗号にハマっていた時期があって、普通のメールにもああいうの仕込んでたりしてたから、それで解くのには慣れているの」
「で、ですけど! パーフェクトをパフェって読むのは私にか分からないはずです!」
「そうそう、それ難しかったのよねー。けど完全とか完璧って書いてないことから推測してみたんだけど当たってたんだね」
「………………」
こ、この人。私があれだけ悩んだ暗号を一瞬で解いたって、見た目と雰囲気で騙されてたけど結構できる人かも。
「それじゃあ早く行きましょ。まずは射的に行くんだったっけ?」
「そう、ですね。……光崎さんも一緒に射的やりませんか?」
「うーん。欲しいものがあったらやってみようかなー」
「なら勝負です!」
「勝負? 射的に勝負要素なんてなかったと思うけど……」
暗号解読では負けたけど、射的では勝つ!
光崎の声は耳を素通りしている美佳は、どうやら普段はあまり表にでない負けず嫌いな面が出てきているようだ。
「ほら、みんな早く行くわよ!」
それでも一応周りのことを見て声をかける余裕があるのは彰がケア役に選んだだけあった。
ハックション!
「……雷沢さん、あまり大きな声を出さないでくだサイ」
「すまない。誰かが僕のことを噂していたのだろう」
「? どういう意味デスか?」
「……アメリカ人にはこのネタ通じないのかな」
特に風邪も引いていないのにくしゃみをしてしまったとき、カッコつけてそう言ってしまうのは中二病の性なのだろう。
雷沢はネタが通じなかったことに文化の違いを感じた。
雷沢は知る由もないが、ちょうどそのとき美佳と光崎が雷沢の話をしていたのでネタでも何でもなかったのだが。
「彰さんたちが囮となって敵を引きつけている間に侵入しまショウ」
「そうだな」
囮作戦上手く行っているな。
雷沢は建物の中からぞろぞろと人が出ていって彰たちを追いかけていった光景を思い出す。
あのとき取り逃がした三人組の一人はやっぱり僕たちのことを連絡していなかったのか。
彰はそのことを運が良いのだと考えてたが、雷沢はそうではないと考えていた。潜入までされているサーシャを追っていたのがたった三人だったことから、彼らは倉庫の警備とは別行動かもしくは指揮系統が別だと推測したのだ。
ただそれでも三人でしか追ってなかった理由が分からないんだが……。
黄龍は見張りを一人倒しただけの彰に八人も差し向けるような組織だ。だというのに、潜入捜査までされているサーシャを追いかけてたのが三人とは少なくないか。
「雷沢さん? 何をしているのデスか? 早く行きまショウ」
「……そうだな」
まあ、何か理由があったんだろうな。雷沢は思考を打ち切って移動を開始する。
そして、雷沢たちは倉庫の裏口の方に来ていた。見張りがいなくなったため表口からでも侵入できるのだが、サーシャに聞いたところ裏口からの方が中に入って進む際に見つかりにくいとのことだった。
物陰から覗いた限り、辺りに見張りは見当たらない。二人はコッソリと扉に近づいていった。
「……そう簡単には行かないか」
扉を少し開けて中を覗き込む雷沢。扉を開けた先はすぐに通路になっているようだ。
その途中に一人イスに座っている見張りがいた。が、それほどやる気がないのかイスの上で眠りかけている。
とはいえこの扉を開けて中に入れば気づくだろう。そうなれば交戦は避けられない。
先ほどは鮮やかな手並みで二人を気絶させていた雷沢だが、それは相手に気づかれていなかったからだ。
能力者といえど、雷沢はケンカの腕はからっきしだ。正面からでは一体一ですらままならないだろう。
「どうしマスか?」
サーシャがひそひそ声で訊ねる。
「どうにかしてあの見張りを無力化させないといけないが……そういえばサーシャさんの能力って何なんですか?」
「私の能力はそんな大したものではないデス。この状況をどうにかできるとは思えまセン」
「となると僕の能力だけで何とかしないといけないのか……」
雷沢は考える。
この扉を開けただけであの見張りに気づかれる。
気づかれたら自分の実力では勝てない。
しかし扉を開けなければ先に進めない。
では、どうすればいいのか?
難しい条件を前に、しかし雷沢は悩まなかった。
中二病を舐めるな。この程度のシチュエーション既に妄想で体験した事がある。
扉を開ければ気づかれる。だったら――
「簡単なことだ。開けなければいい」
ドン、ドン、ドン!
雷沢は扉を強く叩いた。
「な、何やっているんデスか!? そんな大きな音を立てたら気づかれマスよ!?」
サーシャが雷沢の突然の奇行に泡を食う。が、雷沢の頭が狂ったわけではないようだ。
「それは当然だ。あの見張りに気づかせるためにやっているんだからな」
前書きに書いたようにパフェを奢った時期を勘違いしていたため、今回の暗号解読、本当は美佳が「文化祭でも同じように彰が途中で抜け出た。それを黙っている代わりパフェを奢られた。……だから今回も同じような状態なのかもしれない」となるはずが「パフェ=口止め料」から気づくという無理やりな論理になってしまいました。
重ね重ねすいません。




