百十五話「旅行一日目 黄龍」
「うーん、久しぶりにスイカ食べたけどやっぱりおいしいね」
「眼前に海があるっていうシチュエーションもまた良いわ」
「スイカと合うシチュエーションといえば他にも庭の軒先とかありますね」
火野が能力で割ったスイカはこうやって当人のいない間においしくいただかれました。
「それで今日は何の用だ?」
一方そのころ、彰は異能力者隠蔽機関の三人と対峙していた。
能力『空間跳躍』のおかげで神出鬼没なのは承知していたが、このタイミングで会うとは思っていなかった彰。
「何の用って、仕事だよ、仕事。彰くんに話しかけたのはそのついでだよ~」
ラティスがいつもの調子で話してくる。
「仕事って?」
「さっき火野くん……だったかな。彼が一般の人々の前で能力を使ったよね。だから『記憶』を使って思い出させなくしないといけないんだよ~」
異能力者隠蔽機関の仕事は能力者の存在を一般社会から隠蔽することである。これまでの彰のように一般人の前で能力者同士が戦ったことを隠蔽することもあれば、今回のようにうっかり使ってしまったのを隠蔽する事もある。
「まあどちらかというと、うっかり使ってしまったのに『記憶』を使う方が多いんだけどね~」
ラティスが補足する。
「そうなのか。……でもその必要は無いと思うぞ」
「え? 何でだい?」
「能力を使うところを見てたのは、俺の幼なじみの由菜っていうんだけど、そいつにはちゃんと誤魔化したし、他に見てる奴はいなかったからな」
確かスイカ割りをするときに他の客は海の方にばかり行っててちょうど周りに人がいなかったのを覚えている。それに仁志は見ていなかったようだし、美佳も風野藤一郎と話していて気づかなかったはずだ。
「だから今回は『記憶』を使う必要はないぞ」
「ふ~ん。……まあ、彰くんがそう言うならいいんだけど。…………本当にそれでいいんだね?」
何故かラティスが強く念押しをしてくる。
「さっき言ったとおりだ」
「……分かったよ~」
ラティスは元通りの軽い口調に戻った。……今のやりとり必要だったんだろうか?
「じゃあ、これからは別の用ね。一つ彰くんに警告しておこうと思うんだ」
「警告って?」
「そのままの意味だよ~」
「………………あの、最近この夏川市周辺で中国の組織の人員が動いているんです」
言葉足らずのラティスに代わって、ハミルが説明してくれる。
「中国にある組織? ……って、おまえらが言うからにはどうせ能力者絡みの組織なんだな」
「はい。……それがちょっと厄介な組織でして」
「どんな風に厄介なんだ?」
「……えーと、それは…………」
言葉の詰まったハミルは頼るようにリエラの方を見る。
「……ハァ」
小さくため息をついてからリエラは説明を始めた。
「組織名『黄龍』
中国を拠点に動く組織で、能力者ギルドのような公的な組織ではなく、簡単に言えばチャイニーズマフィアです」
「マフィアか。……物騒だな」
「はい。金を払いさえすればどんなことでもすることで裏社会では有名です」
『金稼ぎ』を目的とする組織か。……科学技術研究会の存在目的の『研究』や、能力者ギルドの『能力者の統治』とはまた違った目的だな。
「先ほど能力者絡みの組織だと言いましたが、その構成員のほとんどが普通の、とはいえ曲がりなりのもマフィアですからそういうことに慣れた無能力者です。能力者なのは幹部だけのようです」
「能力者と無能力者の混成組織なのか」
「はい。……そしてこの地で動いている理由ですが……そこまではよくは分かってませんね。何やら他の組織と取引を行うようだ、という情報が一番信憑性が高いですが」
よく分からないという割には調べがついているようだ。
「分かった、分かった。……それで俺は何をすればいいんだ? その取引をぶっ潰せばいいのか?」
右のこぶしを左の手のひらに打ちつける彰にラティスは呆れる。
「相変わらず血の気が多いねえ~。最初に警告だって言ったこと覚えているの?」
「そういえばそんなこと言ってたな。……警告ってどういう意味なんだよ?」
「それは彰くんが厄介なことに足を突っ込まないようにってこと。……つまり今回、異能力者隠蔽機関としては、その取引に対して何も手を出すつもりは無いんだよ~」
「え? ……何でだよ?」
自分に話を持ちかけてくるもんだから、荒事が起きるんじゃないかと思ってた彰は拍子抜けする。
「その程度のことを考えている組織なんて世界にはごまんといるんだよ。その一つ一つを潰して回ってたらキリが無いじゃないか。……それに僕たちは一応正義の組織ではなくて、名前の通り能力者の存在を隠蔽するためだけの組織だしね」
「それに現在その組織以上に過激な行動に及ぼうとしている能力者がいて、そちらの調査にかかりっきりで余裕がないんです」
「今日は何かと巻き込まれ体質な彰さんを思っての警告です。本当、何故黄龍が動いている場所にちょうど彰さんはいるのでしょうね。……まあこんな警告したところで、結局何か事件を起こしそうなのが怖いのですが」
ラティスの話には納得した彰だったが、他の二人の話は聞き逃せなかった。
「何だよリエラ。人を疫病神みたいな扱いしやがって。……それとハミル。その過激な行動に及ぼうとしている能力者って何者なんだ?」
「あっ、彰さんには言ってませんでしたね。実は……」
と、ハミルが話し始めようとするのに割り込むようにリエラが言った。
「すいません彰さん。次の仕事が立て込んでますので今日はここで」
「え、次の仕事って私聞いてませ」
ハミルが驚く顔をする中、
シュン!
三人の姿が忽然と消えた。
「………………」
後には真夏の道路に彰一人だけが残される。この暑さで今まで蜃気楼を見ていたんじゃないかというほどに、三人の姿は完璧に掻き消えている。
「…………現れるときと一緒で消えるときも本当唐突だなあ……」
言いたいことだけ言って帰った異能力者隠蔽機関に彰はやるせなさを感じる。
「まあ、全世界をカバーするだけあって忙しいのは事実なんだろうが…………最後いきなり消えたのって、俺に何か伝えたくなかったからだよな」
過激な行動を画策している能力者……ねえ。
「俺だって厄介なことに巻き込まれたくなかったからちょうどよかったよ」
荒事が起きると思って喜んでた事実は都合よく忘れて、そんなことをつぶやきながら彰は海に戻ることにした。
「何で彰さんに『ささやき女』のことについて教えないんですか?」
『空間跳躍』した先で、ハミルはぶーたれながらリエラに文句を言った。
ハミルが彰に教えようとした過激な行動に及ぼうとした能力者とは、アメリカと日本で起こった連続殺人事件を裏で操っていた『ささやき女』についてだった。
「これまで何回も協力してくれた彰さんは、もう異能力者隠蔽機関の協力者といっても過言じゃありませんじゃないですか。それなら情報を共有するのが普通です」
「……ずいぶんと彰さんのことを買ってるのね。自分の能力を褒められたからかしら?」
「そ、そのことは関係ありません!」
ハミルの持つ能力はラティスの『記憶』やリエラの『空間跳躍』に比べると見劣りする。いつもそこを気にしているハミルが、彰に役に立ったと言われ気をよくしたのをという出来事が以前あったことを思い出すリエラ。
「彰さんには『ささやき女』のことについて話さない。それが機関の方針よ」
「えー、そんなの私聞いてませんよ」
「私とラティス様だけで相談して、あなたには言ってませんから」
「あんまりです!」
ハミルの非難をどこ吹く風と受け流すリエラ。
「大体、どこにいるか分からない、それに分かったとしてもすぐに瞬間移動で逃げられる『ささやき女』のことを彰さんに教えてどうするつもりですか? 一緒に捜索しろとでも言うのですか?」
「それは……」
「彰さんと協力しているのは、どこの組織にも属していないこととその戦闘能力を買ってのことです。なので『ささやき女』のことについては話さない……のですが、まあもし『ささやき女』の件で荒事が起きるのでしたら、そのときはハミルの口から説明していいです」
「……分かりました」
リエラの方が正論だと分かり、そして最後には譲歩ももらったのでハミルも大人しくなった。
「……『ささやき女』の主が……である以上、争いは避けられないと思いますが。……今はまだ調査を続けるしかありませんね」
リエラの小さな、自問自答のようなつぶやきはハミルには聞こえなかった。
しかし、やっぱりリエラも勘違いしていたのだった。
彰は一般人だ。であるから『ささやき女』のことについても巻き込まれることが無いだろうと無意識に判断していた。
自分達は協力者として彰は特別視しているのに、他の人からもモーリスの事件解決に協力までした彰が一般人だと見られるわけがあるはずないのに。
「……それにしても彰さん遅いですね」
最後のスイカに手をつけながら恵梨が心配する。
「火野を運ぶにしてもそろそろ帰ってきてておかしくない時間ね」
彩香が荷物に入れていた携帯で時刻を確認した。
「何か厄介ごとに巻き込まれてるんじゃない? 彰だし」
おざなりに言う由菜は特に心配していない。
「そういえば彩香さん、彰に日焼け止めを塗られてどうだったの?」
そして美佳が爆弾を落とした。
「どどど、どうって言われても……!?」
「あ、それ私も聞きたかったんです」
「私も今後のために聞いておきたいな」
あわてふためく彩香だが、恵梨と由菜が同意した時点で三対一の劣勢である。
「感想なんて、その、えっと……わ、私ちょっとトイレに……!」
「私が提案したからあんなイベントが起きたんですよ。ですから感想ぐらい聞く権利はあると思いますけど?」
その場から逃げ出そうとした彩香の腕をがっちりとつかむ恵梨。その顔には黒い笑みが張り付いている。
「うっ……」
恵梨と昔から親友である彩香は黒恵梨の存在を知っている。それゆえにこうなったら逃げられないことも分かっていた。
なので覚悟を決めて口を開いた。
「……その、感触はやっぱり男の手だから少しゴツゴツしていて。…………そ、それで彰の手なんだと思うともう触られたところが焼けた鉄でも押しつけられたように熱くなって、そしてもう首筋なんかに手が来たときには脳髄がスパークしたような感覚が……………………」
「……聞くんじゃなかったです」
「恥ずかしがると思ったのに、これじゃあもうのろけ話ね……」
「それでそれで、どうなったんですか!」
「そうそう、わき腹に手が来たときなんかはくすっぐたくて、だけどその感覚が…………」
長々と語りだした彩香を恵梨と美佳がジト目で見る中、由菜だけが彩香が自分に置き換わったときのことを考えて興味津々に聞いていた。
数分後……そう、恐ろしいことに彩香の話は数分も続いた。
「……ってところね」
「参考になりました!」
「……やっと終わりましたか」
「ふむふむ、やっぱり汚職していたのね…………あっ、話終わったの?」
律儀に聞いていた恵梨がぐったりとした様子で、美佳は手元のスマートフォンから顔を上げる。暇つぶしにニュースサイトを巡覧していた。
「それにしてもいいなあ、彩香さんは」
羨望のまなざしを浮かべる由菜に恵梨は提案した。
「それなら明日も海に来る予定ですし、明日は由菜さんが彰さんに日焼け止めを塗ってもらったらいいんじゃないんですか?」
「そうね、この機会に経験しておきなさいよ」
彩香も賛成する。
「えっ! その、まだ私には早すぎるというか……」
顔を真っ赤にする由菜には触れずに、美佳は残りの三人に対してぴしゃりと言った。
「無理ね。今日の一件で彰も警戒しているから、絶対何かしらの理由をつけて逃げるでしょうね」
「……確かに今日は彰さんの知識不足に付け込んだ形でしましたからね」
「それなら日焼け止め以外の方法は無いかしら?」
「そ、そこまで真剣に考えなくてもいいよ。今日は彰に水着褒めてもらえただけでも満足だし」
褒められただけでもかなりの衝撃があったというのに、それ以上のことなんて私死ぬかもしれない、と由菜は半分冗談、半分本気で考えていた。
しかし、由菜の言葉を聞かずに知恵を絞り出そうとする他の三人。だが何も名案が思いつかない。
「由菜さんと彰さんを合法的に近づけるためには」
「……何をすればいいのかしら」
「うーん、私もいい考えが思いつかないわね」
「何か悩んでいるのかね?」
そこにちょうど風野藤一郎が帰ってきた。彰と火野が抜けたために出来た女子力の高い空間から離れた場所に避難していたのであるが、何か悩んでいる様子を見て帰還したのである。
ちなみにだが、仁志は一人で泳ぎにでている。
「あ、風野さん」
「それがですね……」
かくかくしかじか。
「ふむ、そういうことか。そこの彰くんのことを思っている幼なじみと彰くんを近づけるイベントが欲しいと……」
あごに手を当てて思案する風野藤一郎。
(ここはどう動くべきだろうな?)
娘と彰が結婚してほしいと願っている風野藤一郎はイベントよりも先に考えることがある。
この幼なじみの恋を応援すべきか、しないかである。
が、しかしすぐにその答えは出た。
(娘を焚きつけるという意味でもここは応援すべきか)
それにどうやらもう娘ともかなり仲が良くなっているようだし、どうせあの鈍感な彰くんのことだから少しぐらい応援したところで揺るぎはしないだろう。
なので、
「私に一つ良い考えがある」
「え? 本当ですか!」
「今日の夜には帰るので実行は君たちにおまかせするが、計画に必要な道具も準備しよう。それでその方法というのは……」
自分も鈍感な親友をくっつけるためにあれこれやった学生時代を懐かしく思いながら、一つの計画を少女たちに話したのだった。




