十話「急転」
翌日。目が覚めた恵梨はベッドの上で伸びをした。
「う~~ん」
今日は良く寝た、と時計を確認する恵梨。
午後1時であった。
「?」
ということは、えーと午後11過ぎから14時間程寝ていたことになって……
恵梨は寝ぼけた頭を働かせる。
「ていうか、もう昼?」
普通の高校生の恵梨だが、日曜日だからといって昼まで寝るなど初めてのことだった。
そんなに寝たのは、疲れていたことや、ここ一週間ろくな場所で寝ていないこと。
そして、
「この場所が安心できたから、かな……」
今日も、窓から見える空は快晴だった。
彰はもう起きているだろうと、リビングに下りた恵梨は机にメモが置いてあるのに気付いた。
「彰さんは出かけているのか」
朝昼兼用のごはんがあること、そして買出しに行ってくることがそれには書いてあった。
おなかのすいていた恵梨はごはんをレンジで温める。それを机に持っていって、両手を合わせる。
「いただきます」
昨日の夜とは違い、一人での食事であった。逃亡生活の一週間と同じ一人だ。
しかし違うのは、彰が手作りしたと思われる卵焼き、味噌汁、さばの塩焼きという、恵梨のために作られた料理であった。
「おいしい」
彰は料理がうまかった。だけでなく暖かみも感じられた気がした。
逃亡生活の間食べていたコンビニやスーパーの無感情な弁当と、誰かのために作られた料理がこんなにも違うとは思わなかった。
全部食べ終わって手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
その後、彰も帰って来なく暇である恵梨は食後の散歩に出ることにした。
玄関で靴を履いて一言。
「いってきます」
恵梨の他に誰も居ない家だが……そう言いたくなったのだ。
そして慣れない場所を歩いていると、公園を見つけた。
ほどほどに広い公園で緑も多く、辺りには恵梨と同じように散歩している人がちらほらと見られる。
「こんなにいい場所があるなんて」
のんびりと歩く恵梨。
吹く風は春らしく、どこかおおらかである。
彰さんの家の近くにはこんな景色が良いところがあるんだと思う。
しかしそこで認識を改める。
「彰さんの家じゃなくて、私の家でもあるのか」
そう言えるのが本当に嬉しい。
この一週間逃げながら、私の帰る場所はもう無いのだと思っていた。
けれど今はあの家が私の帰る場所だ。
もうあの場所を手放したくない……。
そう思っていたときだった。
「おやおや。こんなところに居たとは」
恵梨の前方からそんな声がかかってきた。
無意識に落としていた視線を上げるとそこには二人いた。
「どうしてここに居るの……!?」
一人は体格から見るに高校生ほどの男子。何故か頭にバイクに乗る人がつけるようなフルフェイスヘルメットをつけている。黒い面で隠されていて、顔は見えない。
そしてもう一人は、科学の教師や医師が見につけるような白衣を着ている男性であった。しかし雰囲気からしてそのどちらでもない……というか恵梨はこの人物の正体を知っている。
「あなたはあのときの……!」
「はい。君の両親を殺した憎き研究者ですよ」
……そう。恵梨は両親が殺された現場でこの男を見ている。
「私は科学技術研究会所属、鹿野田修です」
「やっぱり……!」
「この前は会ってすぐに逃げ出されましたから、自己紹介ができてませんでしたね。……ああ、そちらが自己紹介をする必要はありませんよ。あなたのことは分かっています、水谷恵梨さん」
恵梨の剣呑な視線に臆さずに、言ってのける鹿野田。
「さて。今の私は気分がいいです。実験が上手くいきそうなのでね。ある程度の質問なら聞いてあげますよ。……どうせ死ぬんですがね」
鹿野田は恵梨に一方的にそう告げた。