百二話「モーリス捕獲作戦6 作戦終了」
モーリスと奇跡のように突然現れたその娘との会話の一部始終を彰はただ見守っていた。
どころかその親子愛に柄にもなく涙を流す寸前である。
「モーリス……」
敵としてはやっかいな奴だったけど、親としては最高の人間だな。
自分の両親ーー何か知っているはずなのにほのめかすだけで肝心なことを教えてくれなかった父親や怠惰な母親とは大違いだ。
復讐は無意味なことだと言う娘にも今の彰は賛同できる。中学の不良時代のことを悔いて、改めて真人間を目指そうと思った。
しかし寸前まで行って、涙を流さなかったのには理由があった。隣のルークの存在である。
人前で泣く気になれなかったというのも一因だが、ルークの横顔がこの場面にふさわしくない険しいものだったからというのもある。
「?」
なぜそんな表情? ……というか、この場面で感動しないなんて血も涙もないやつだな。
などと思っているうちに、モーリスは麻酔が効いて意識を失ったようだ。能力者特製のものなので効きも早い。
「モーリス捕獲完了……ですね」
組み伏せていた方のルークがそうつぶやいて懐から携帯電話を取り出した。どこかに連絡するようだ。
「なあ、ルーク」
彰は気になったことがあったので隣の二人目のルークの方に声をかけた。
「何ですか?」
「『二倍』の奥義『身体二倍』で、おまえが二人存在するのは分かったけど、どっちが本体でどっちがニセモノなのか?」
「そのことでしたら……どっちも本体だと言った方が正しいでしょう。それでいてどちらも独立して思考を行うことが出来ます」
「うわあ、チート性能過ぎるだろう」
つまり完全に自分が二人になったかのような状態なのだ。誰だって子供のころに一度は夢見たことはあるだろう。もう一人の自分がいたらそいつに宿題を任せて自分は遊びに行けるのになー、なんてことが出来るのだから。
「その分結構な魔力を消費するんですよ」
ルークはあわてて付け足すがそんなのぜんぜん問題ない。魔力なんて時が経てば自然に回復するのだから。
「俺も『二倍』の能力を持ってたらよかったのにな」
「まあ強力な能力であることは否定しませんけど」
自分の能力をうらやましがられて満更でもないルーク。
「ちなみにですけど、彰さんが来る前に行っていた準備とは、『身体二倍』を使ってもう一人の僕に先行させていたことなんです」
「へえ」
相づちをうつ彰は、そのとき後ろから肩を叩かれた。
「ん?」
反射的に振り返ると、
「おつかれさまでした、彰さん」
妙に慣れ慣れしく話しかけてくるモーリスの娘がいた。
「…………は?」
現状が理解できない彰。
……何でモーリスの娘がまだいるんだ? こういうのって役目を果たしたら消えるものじゃないのか? ていうか幽霊なのに肩に触れられた? 実体のない存在じゃないのか?
疑問ばかりだがその中でも取り分けて納得のいかないことが、
「何で俺の名前を知っているんだ?」
初対面のはずなのに自分の名前を知っていて慣れ慣れしいということだった。
答えは一言だった。
「? え、当然のことじゃないですか」
「………………」
……何が当然なんだ?
モーリスの娘はなぜ彰がそのようなことを聞いたのか分からないという様子だ。
まあ幽霊という論理的には存在しないものに論理的な説明を求めるというのも何か矛盾している……のか? ……いや、それ込みにしても説明がざっくりとしすぎているだろ。
「! もしかして……」
彰が困惑しているのを見て、モーリスの娘は何かに気づいた様子で隣のルークに話しかけた。
「あの、ルークさん。まだ説明してないんですか?」
「忙しかったので後回しにしてましたけど……そうですね。説明するのも面倒くさいですから元に戻ってください。その方が早いでしょう」
どうやらルークとは旧知の仲らしい。
けど、なぜだ? モーリスの娘は一般人じゃなかったのか?
その答えはすぐに分かった。
「『声変換』解除。『変装』解除」
モーリスの娘の全身が光に包まれる。その光が晴れて現れたのは、
「ということで私がモーリスの娘に扮装していたんです」
異能力者隠蔽機関のハミルであった。
「………………(パクパク)」
この日何度目か分からない衝撃を受け何も言えない彰。
「私の無駄に数ある能力の内の二つ。任意の者の声に変える『声変換』と、任意の者の姿に変える『変装』です。写真や声を録音したものさえあれば死者だろうと対象に入ります」
「この能力については以前から知っていましたので今回の作戦に組み込みました。
娘のために復讐しているモーリスの前に娘が現れれば無力化できるのは分かってましたからね。
突然モーリスの前に現れたように見えたのはリエラさんの『空間跳躍』を使った……というわけです」
「ちょっと待ってくれ……」
彰は頭の中で状況を整理する。
モーリスの娘だと思っていたのは能力を使ったハミルだった。そしてそれを仕掛けたのはルーク。
(いや、そういうことを考えたいんじゃない)
頭をかきむしる。
問題の焦点はそれによって起きたこと。神様の奇跡によって起きたと思われたあの親子の会話は紛い物だった。
つまりルークたちの行ったことは。
「つまりおまえらは死者を騙って、モーリスの気持ちを踏みにじったんだな」
ルークの肩がピクッと動いた。
「そういうことだろう。……おまえは作戦のためにモーリスの娘を愛する気持ちを利用……いや、踏みにじったんだよ」
彰は急速に気持ちが冷めていくのを感じていた。しかし、矛盾しているようだが煮えたぎるような感情も沸き起こっている。
「……敵とはいえモーリスはいい父親だった。親子は固い絆で結ばれている。
あの会話からはそれが伝わってきた…………と思ってたんだけどな。偽物だったのか……」
彰は何か悔しくなって青空を仰ぎ見る。
「ちっ! 何で俺はあんなのに感動していたのか。……どうせおまえらは騙されるモーリスを見て内心ではせせら笑っていたんだろう」
どろっとした嫌味たらしい口調。無意識にそうなっていたのは感動に泥が塗られたからだろうか。
(違う。こんなことを言っても意味がないってのは分かっているんだ)
彰の頭の中、どこか冷静な部分がそう告げたそのとき。
「それは違います!!」
「!」
その大声は普段めったに声を荒げないハミルのものだった。
「……確かに私はモーリスの娘ではありません。ですけどいろんな報告書や資料を読んでモーリスの娘の人柄に触れました。それらからはとても性格のよい人物だというのが伝わってきました。
確かに私は能力を使ってモーリスを騙しました。……そういう見方をされてもしょうがありません。
ですが、モーリスの娘がもし神様の奇跡であの場所に現れたらそう言うだろうという言葉を伝えました! もう何も父に伝えることのできない娘さんの言葉を代弁したつもりです!」
ここまで人にはっきり意見を言うことはハミルにとってあまりない出来事だった。
それでも伝えなければならないと思ったのだ。
ハミルが強く主張したことに彰が目を見張っていると、
「はあ」
ため息が聞こえてきた。
「……彰さんもハミルさんも青いですねえ。ドラマを見ているような感じですよ」
場の雰囲気に合わぬ軽い声でルークが言う。
すぐに彰から、バカにしているのか、という意を含めた視線が向けられるが無視することにする。
「まずですがハミルさんにモーリスの娘に扮装するよう指示したのは僕です。ですからそれを攻めるなら僕を攻めてください」
「で、ですけどそれは合意した私にも責任があります!」
割り込んできたハミルの声はまたも無視。
「ですが…………そうですね。ああそう。さっきそれはモーリスを無力化する手段だと言いましたけどそれは建前です。
僕一人では確かにモーリスを押さえ込みきれずに拮抗していましたけど、あのとき僕は二人いました。二人が協力すればわざわざモーリスの娘が出る必要がないのですから」
確かに二人がかりなら麻酔を打つ隙など、どうとでも作れるだろう。
「しかしそうやって捕まえた場合、モーリスはどのように思ったでしょうか? ……きっと娘の復讐を諦めらきれなかったでしょう。
ですからあのような一芝居をうってモーリスに復讐を諦めさせたのです」
ふう、ルークが一息ついた。
「もちろん執行官としてはモーリスを捕まえさえすれば過程もその後もどうでもよかったんです。けど……僕は誰にも望まれない復讐を止めたかったんです。
ハミルさんが読んだ資料、僕も読みました。モーリスの娘が復讐を望んでいないことは一目瞭然でしたから」
ルークはあちこちにさまよわせていた視線を彰の正面に向ける。
「とはいえ死者を騙ったのは事実です。モーリスの気持ちを踏みにじったのも事実です。
ですから……僕はもう二度とこのような事件が起きないよう執行官として尽力することを誓います。
それをもってあの親子への償いとさせてもらいます。……まあ、二人に了承も取っていない勝手な言い分ですけどね」
ルークの内心を聞かされた彰。
「………………はあ」
冷静に考えればそうだよなあ。
感情的になっていた自分を彰は反省する。
ルークがあの会話を見ていたときにとっていた険しい表情。あれは騙していることに対しての罪悪感から来ていたに違いない。
落ち着いて考えてみればそんな表情をするやつが内心でバカにしているわけがない。
「すまん、さっきは言い過ぎた」
彰は腰を折った。
「いえいえ。言われるだけのことはしましたから」
ルークが首を振る。それでお互いへの謝罪は終了。
「……それにしても誓いだとか償いとか、おまえだって十分に青いこと言っているじゃないか」
「そ、それは……あなたたち二人に当てられたんです。そうに決まっています」
「もうこんな事件が起きないように~~。……うん、かっこよかったぞ」
「そっちこそ柄にもなく感情的になっていたくせに」
一転して冗談を言い合う二人にさっきまでの険悪なムードはない。
それを微笑みながら見ているハミルはぽつりとつぶやいた。
「これでモーリス捕獲作戦も終了ですね」
「いや、違いますよ」
「あっ、聞こえてましたか? ……ってまだ終わりじゃないんですか?」
小さな声でつぶやいたのだがルークに聞こえたようだ。
「あ? モーリスも無事に捕まえたんだし終わりに決まっているだろ、ルーク」
彰がもうこれ以上は勘弁してくれと言外に告げる。
「いいえ。全てを終わらせるためにはやらねばならないことがあります。
……先ほど彰さん言ってましたよね。僕が伏兵だというバカな話が本当なら殴られてやるって」
「……………………………………あ」
すっかり忘れていた。
「ですからお言葉に甘えて……少しばかり本気で殴らせてもらいます」
「それは……」
「いやあ、さっき彰さんに殴られたの結構痛かったんですよ」
顔は笑っているというのにルークの目が笑っていない。
「ですから……歯食いしばってくださいね。……腕力二倍!」
「おまっ! 能力って、おまえの本気は洒落にならないんだよ!!」
ルークの拳がモーリスを自動車にひかれたような勢いで飛ばされた様子は記憶にまざまざと刻み込まれている。
「いやあのときは速度も跳躍も上げていたじゃないですか」彰の考えを読んだのかルークが言う。「今は手加減して腕力だけ二倍にしましたから……自転車にひかれたぐらいの衝撃になると思います」
「十分すぎるわ!!」
彰が身を震わせる。
やばい。あいつの目はマジだ。となれば、
「逃げるが勝ちだ!」
彰は脱兎のごとく駆けだした。
「自分の言葉に責任を持てないんですか?」
「どうであろうが俺は命が大事だ! ……っ!」
ついてくるルークを振り返りながら走る彰は、前を見ていなかったので何かにぶつかってしまった。
彰の前に立ちはだかったのは、
「捕まえました」
『身体二倍』による二人目のルークだった。
「何でおまえがここにいるんだ!?」
「そりゃあ気づかれないように回り込んだからに決まっていますが」
「ナイスです、もう一人の僕! そのままにしておいてください」
彰は動揺している内にルークに腕を絡めとられていた。
身動きのとれなくなる彰にルークは後一歩の距離まで迫る!
「くそ! そんなの食らうわけにはいかないんだよ!」
ふところに入ってくる拳を彰は風の錬金術で壁を作って防御した。
「「なっ!」」
シンクロして驚く二人のルーク。その間に必死に身をよじって彰は拘束から抜け出す。
距離を取ってから彰はルークを振り返った。
「おまえの拳なんか当たらねえんだよ!」
止めればいいのに調子のって挑発する彰。
二人のルークはお互いを見合ってから告げた。
「……せっかく寸止めにして上げようと思っていましたが」
口上はもう一人のルークが引き継ぐ。
「いいでしょうそっちが抵抗するなら全面戦争です!」
宣戦布告に彰はひるんだりしなかった。
「望むところだ! そっちこそ吠え面かかせてやる!」
「……仲がいいのか悪いのか。……男の子ってよく分かりませんね」
ハミルがため息をついた。
数分後。
「……ハミル? これどういう状況なの? 仲間割れ?」
モーリスの身柄を『空間跳躍』でアメリカの能力者ギルドに渡してきたリエラ。麻酔の効いたままのモーリスを飛行機に乗せて運ぶことはどう考えても怪しまれるため当然の処置だ。
そのリエラが目前の状況について疑問を発したのだ。
「さあ……? 仲間割れではないことは確かですから……えーと男の友情っていうやつです。……たぶんですが」
ずっと眺めていたハミルにも分からない。
「食らえ!」
「速度二倍!」
開始から数分、彰と二人のルークの戦いは熾烈を極めていた。ルークから逃げる彰といった当初の状況は忘れ去られ、彰も積極的に攻めに行っている。
あまりに真剣な戦闘だったため、リエラが仲間割れと思ったのは仕方がないことだろう。
「………………」
リエラは何の感情も乗らない目でその戦闘を見た後、関わる必要はないと判断した。
「作戦が終わったのですからあの二人は放っておきましょう。さっそくですが帰還することにします」
「そうで…………あっ、ちょっと待ってください。二人に聞きたいことがあったんでした」
ハミルがポンと手を打つ。
「………………」
リエラの「なら、先に聞いておきなさいよ」という視線は無視される。
「彰さん、ルークさん。ちょっといいですか?」
激しい戦闘の合間、お互いをさぐり合う時間を狙ってハミルは声をかける。
「ハア……ハア。……ああ言っているしここらへんで遊びは終わりにするか?」
「……フウ。そうですね。僕もちょっと疲れてきたところでしたし」
あっさりと戦闘を止める彰。ルークも『身体二倍』を解いてハミルのところまで歩いた。
「………………」
リエラの「なぜそんな簡単に和解できる戦闘をすぐに止めなかったのか?」という視線は三人に無視される。
彰が口火をきった。
「それで何なんだ?」
「あのお二人に聞きたいんですけど、モーリスと廃工場で戦闘中に他の能力者を見ませんでしたか?」
「他の能力者……ですか?」
ルークが怪訝な表情で聞き返す。
「はい。私は『探知』でお二人の戦闘の状況を察知していたんですが……奇妙な反応があったんです」
「奇妙な反応って?」
「戦闘開始直後に能力者が一人突然現れたような反応があったんです。……たぶん、二階のあたりでしょうか」
「二階ねえ……。ルークは見たか?」
「見ていませんね。モーリスは二階から奇襲してきましたけど、その後の戦闘場所はずっと一階でしたから」
「そうですか。……『空間跳躍』で移動してもらって反応の正体を確かめたかったんですが、戦闘中だったのでうかつに入るわけにはいかないと思ったんです」
けどそうするべきでしたね、とうなだれるハミル。
「ていうか、その反応今はどうなっているんだ?」
「それがですけど、モーリスの娘に扮装したりと他のことに気をとられている間に、忽然と消えていたんです」
「……消えていた?」
「最初からハミルの勘違いだったじゃないのか?」
「…………そうですね。お二人も姿を見てないようですし、たぶん」
私の勘違いだったのかもしれません。
ハミルがそう言おうとしたところにリエラが口を挟んだ。
「瞬間移動系の能力者だったのでしょう」
「?」
「ですから突然現れたということは私の『空間跳躍』に似た能力をその能力者も持っていたのではないでしょうか。それなら消えた理由も説明がつきます」
「……あっ! そう言われて見ればそんな感じの反応だったかもしれません!」
ハミルが肯定する。
「だとすれば…………もしやあの女がこの事件に関わっていた……?」
「誰か心あたりがあるんですか?」
「……いえ、確証がないことですから」
ルークの疑問にリエラは口をつぐむ。
そのときポケットに入れていた彰の携帯が震えだした。
「おっ、何か来たか?」
「……というかあの戦闘の中よく携帯壊れませんでしたね」
「頑丈なのだけが取り柄のやつだからな」
言いながら携帯を取り出す彰。メールの差出人は恵梨。『まだ用事は終わらないんですか?』という旨が記されていた。
他にも気づいていなかっただけで何件かメールが来ている。由菜やその母優菜、美佳に……このタイトルが『おまえが労働中だと思うと』で途切れているやつは仁志か。……苛つくので後で締め上げておこう。
「そういえば……今日は文化祭だったな」
パレードをしていたのはずいぶん遠くに感じられるが今日の朝の出来事である。
「早く戻らないとな……」
途中で作戦が変更されたため予想していたより時間が過ぎている。
「つうことで俺は急いで帰るぞ」
彰は三人に向けて言った。
「今から帰って間に合うんですか?」
「……片づけまでには間に合うだろ」
現在時刻は昼過ぎだが、ここから結上市までは結構遠い。ここに来るときは『空間跳躍』で一瞬だったが、普通に公共交通機関を使えばかなり時間がかかるだろう。
「それならリエラさんにまた頼んで」
「いや、いいんだ」
ルークは『空間跳躍』を使えば一瞬で帰れると言いたいのだろう。しかし、彰はその言葉を遮った。
「ここに『空間跳躍』で来たのは作戦上素早い移動が必要だったけど、もう作戦は終わっただろう。……それならその頼みはただのわがままだ」
リエラも頭を下げた。
「すいません。モーリスの娘に扮したハミルや、モーリスを運んだりと私もかなり魔力を使いました。能力を使い慣れていない彰さんを移動するほどの魔力は残っていないので、そう言っていただけると本当に助かります」
「ですが……彰さんはがんばったのに」
「いいんだ。……片づけの後には後夜祭があるらしいからお楽しみはあるさ」
話が付いたと見て彰は話を進める。
「これで作戦は終わりだからルークもアメリカに帰るのか?」
「……今日の夜中には帰る予定です」
「そうか。……じゃあお別れだな」
ルークと初めて会ったのは二週間ほど前、今日が直接会うのは二回目で、見る人からすればただ作戦を一緒に行った仕事仲間というような関係だと思うだろう。
だが、二人とも互いがそんな薄い関係だとは微塵も思わなかった。つまり自分たちは切ろうと思っても切れない腐れ縁のような関係なのだと。
アメリカと日本でかなり距離が離れているがいつかまた会うことになるだろうと根拠のない自信があった。
「ルーク、またどこかで会おうぜ」
「そうですね。結局殴れてませんし、いつかまた会わなければ困ります」
「そのときには時効だろ」
「次は絶対にその減らず口が聞けないようにしてやりますから」
「おお。怖い、怖い」
確固なつながりをあらわすような打てば響く短い掛け合いの後、
「じゃあな」
彰は去っていった。
あっさりとした別れだったがこの二人にはこれで十分だった。
その後、ハミルとリエラも『空間跳躍』で一緒に帰っていった。
一人取り残されたルーク。
「……まず『演算予測』と『過去視』の二人と合流しますか。それでアメリカに帰って、少し休みましょう」
その後はどうするか。決まっている。
「……まだこの事件は終わってないのですから」
だから、事件を終わらせないといけない。
ルークは数十分前のこと、モーリスが娘に最後の言葉を伝えていた時のことを思い出す。
あのときモーリスは『父さんが弱かったばかりに騙されてしまった』と言っていた。あの会話の中に埋もれてしまいそうな短い言葉だったが、それは重大な意味を持つ。
つまりモーリスを騙している人間がいたはずなのだ。それもこの事件を第一線で追ってきたルークが存在を認知していない巧妙に隠れている人間が。
「何をどんな風に騙したのかは知りませんが、その人間……いや、能力者を捕まえるまでこの事件は終わりません」
状況からしてハミルが言っていた廃工場に突然現れた能力者というのがたぶん騙していた人間なのだと、証拠はないがルークの勘はそう告げていた。
「こんな簡単なこと、彰さんは思いつかなかったのでしょうか?」
彰さん無駄に勘が鋭くて頭がよかったから気づいてもおかしくはない。だが、ちょうどのタイミングで携帯に連絡が入って考えが文化祭に向いてそれどころではなくなったのだろう。
まあ、気づいていたとしても彰をこれ以上つきあわせる気はなかった。
自分はプロだが、彰は一般人なのだ。不本意ながら今回の作戦は手伝ってもらって活躍されたがやはりこの状況はおかしい。
そういう意味では今の状況が普通なのだ。彰は文化祭という日常に戻り、ルークはさらなる捜査にかかる。
「そうですね……全部終わったら彰さんに報告しましょうか」
裏で操っている人物に気づかなかった彰さんを馬鹿にして鬱憤を晴らす。そうして今度こそ事件が終わったのだと談笑する。
「うん、いいですね」
彰は『そんなやつがいたのかよ……!』と驚くだろう。その声を聞くのが楽しみで実にやる気が出る。
「そんな未来のために今は捜査をがんばりますか」
ルークは決意を新たにするのだった。




