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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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百一話「モーリス捕獲作戦5 搦め手」

 ガキが自分の策に溺れたか。

 工場の外目指して駆けるモーリスはちらりと後ろを振り向いた。

 彰は自分でばらまいた段ボールに邪魔されてスピードを落としたのか距離が大きく開いていた。

「……」

 一安心ではあるが、一刻も早くここを離れなければならない。執行官のスピードを考えれば足を休めている暇はないな。


 ダメージを負った体に鞭を打って走るモーリス。

 そのうち周囲の光景が明るくなり始めた。外が近いのだろう。

 と思っているうちにすぐに外の景色が見えてきた。さっきまでは曇っていたはずだが、今は少し晴れているようだ。


 運搬用のトラックなどに運び入れやすいようにか、駐車場の方の一角が開けているのはモーリスも熟知していた。だからこそこちらに逃げてきたのだが。

 駐車場に降り立ったモーリスは周囲に視線をこらして思索にふけった。

 まずは森だ。容易に追跡できないように森の中に入って姿を隠した後に『獣化ビースト』を解除する。そうしなければどこまで逃げても異能力者隠蔽機関とやらの『探知サーチ』に引っかかってしまう。

 その後は歩いてどこかの町を目指すべきだろう。そうしてあの女性と連絡を取ればいい。


 一気に今からやるべきことを確認し終えたモーリスは行動を開始しようとして、

「ガルッ?」

 疑問の声を上げた。

 薄暗い工場の中に慣れていた目は、外が晴れていてまぶしかったので少し細めていた。

 だというのにいきなり影がさしたのだ。

 今は昼時。太陽は真上に位置しているはずなので、そちらをつい見ようとした瞬間。



「ガッ!?」

 何者かにモーリスは地面に押し倒されていた。





 ちょうどその頃、ルークと彰はモーリスを追いかけるために歩きだしていた。

 二人の足並みはゆったりとしたものだったが、ルークによると急ぐ必要は無いらしい。

「今から彰さんに絡め手の説明をしますけど……そもそもなぜ今まで僕が彰さんに説明しなかったか分かりますか?」


 落ち込んでいるのは自分らしくない、とすでに立ち直っている彰。切り替えが早いというべきなのかどうか。

「ふむ……」

 なぜ俺に説明しなかったのか。

 ルークやハミルが隠すのが下手で、そのとき彰は敵を騙すにはまず味方からだと推測していた。


 そう伝えると、

「正解です。……実際彰さんには良い演技をしてもらいました」

 他人の手のひらで踊らされたことが少し気に食わなかったが、それ以上にルークの仕掛けた絡め手に好奇心が沸いている彰。

「いったい何を騙していたんだ?」

「モーリスに逃げられたら負けってところです。……最初の作戦会議でこの戦闘の勝ち負けを定義したのは彰さんに逃げられたら負けっていうことを無意識下に刷り込むためだったんです。

 ……あっ、もちろん本当に逃げられたら負けですよ。ですがこの工場から逃げただけではモーリスの勝ちじゃないんです」

 謎掛けのようなルークの言葉。しかしすぐに彰はピンときた。

「もしかして工場を出たところに伏兵を置いているのか? ……そしてその伏兵がモーリスを捕まえるから、工場から出てもモーリスの勝ちではない……」

「そうです。理解が早くて助かります。……そこまで言えば彰さんに説明できなかった理由も分かりますね」


 興が乗ってきた彰。戦闘の度に作戦を立てて乗り切る彰は、こういう作戦談義が結構好きであった。

「俺が騙されたことによって起きたことは何か? それは俺が本気でモーリスを追いかけたということだな。その俺を振り切ったモーリスは逃走が成功したと思うだろう。……その油断を伏兵がつく。そういうことだよな」

「僕からしたら伏兵に任せた方がいいと思ってしまって本気で追走しないでしょう。それではモーリスに怪しまれるだろうと見越してのことです」

「……そういえばさっき言ってた行方の知れない二本目の注射器。ルークが持ってないってことはその伏兵が持っているんだろ」

「その通りです。モーリスを取り押さえる以上必要ですからね」


 二人が歩いている内にだんだん周りが明るくなってきた。工場の外が近づいてきたのだろう。

「というか伏兵がいたんだったら、そいつも工場での戦闘に加わるべきだったんじゃないか? そっちの方が楽にモーリスを捕まえられただろう?」

「最初から戦闘が起こると思っていれば僕だってそうしましたよ。けどこの作戦は寝ているモーリスに注射器を打つだけの簡単なお仕事のはずだったんですよ。そんなのに三人も人員を割くよりかは、万が一の時に備えて外で待機してもらった方がいいじゃないですか」

「それもそうか」


 うなずいた彰は、ふと疑問を覚えた。

「そういえば伏兵って誰なんだ? 今日は姿を見ていないおまえの仲間の二人のどっちかなのか?」

「いえ。『演算予測カリキュレーション』も『過去視パストビジョン』も非戦闘員ですからモーリスを押さえられるわけがありません」

「ハミルかリエラなのか?」

「あの二人も同じく非戦闘員ですよ。それに違う役割を割り当ててます」

「もしかして……ラティス?」

「いつも忙しいらしいですから今日は休暇だと聞きました」

「……あっ、分かったぞ! 能力者ギルドから援軍が来たんだな!」

「アメリカ本土の問題に当たるのに忙しくて応援が来れないっていいましたよね」


「じゃあ誰なんだよ!!」


 否定の連続に逆ギレした。

「……あれあれあれ? 分からないんですか? 彰さんも知っている人ですよ」

 ルークはその様子を見て明らかに面白がって挑発した。

「よし分かった。絶対当ててやるからな。……そして当たったら一発殴る」

「何でですか!?」


 ルークの悲鳴は無視して彰は考えられる選択肢を模索する。

 俺が知っている能力者はあと他に……。

「!」

 一人いた。

 彰と同じ立場で、だからこそ協力してもおかしくない人が。

 おそるおそる彰その人物の名を口にする。


「考えたくはなかったが……もしかして恵梨なのか?」


「……」

 ルークは彰が口にした名前が予想外だったのか、一回口をつぐんだ。

 しかし、すぐに口を開く。




「……えーと誰ですか? 彰さんのガールフレンドでしょうか? 僕、知らないんですけど」




 その場の空気が凍る。

「………………」

「……」

「…………………………」

「……」

「……………………………………」

「……」

 バシッ!

 彰がルークを叩いた。

「ホワイ……あっ、違う。……何で叩いたんですか!? 彰さん正解してないじゃないですか!」

「うるせえ! 俺を無駄に緊張させた罰だ!」

 冷静に思い返してみれば、彰は恵梨のことをルークに話してなかった。だから知らなくて当然なのに……なぜ、一瞬でも恵梨が伏兵だと思ったんだ?

「うわああああ……」

 かっこつけて聞いたこともあって穴があったら、いや無いのなら掘ってでも入りたくなった彰。その恥ずかしさを誤魔化すためにルークを殴ったのだ。殴られたルークは不憫であるが、挑発したのもルークであるので同情はできない。


 頭を抱えてうめいている彰。激しく自己嫌悪をしている姿を見て、ルークは面白いものが見れたとさっき殴られたことは水に流すことにした。

 とはいえ、錯乱した彰が風の錬金術を使ってスコップを作り出し穴を掘り始めたのを見ているわけにはいかず、あわてて止めさせた。


 そうしてしばらくすると彰は落ち着いたようだ。


 ルークの方を向いて彰は一言。

「俺を殺してくれ」

 落ち着いてなかった。

「ていうか、俺の知っている能力者って誰だよ!? 彩花や火野、雷沢や光崎の事もおまえは知らないよな!? 他の人たちは全部言ったぞ!? 誰もいないじゃないか!?」

 逆ギレ気味にルークにつっかかる彰。

「えーとそれはですね……」

「くだらない答えだったらまた殴る」

「またですか!?」

「さっきとは違う。今度は本気で殴る」


「本気……」

 えーですけど本当の事を言わなきゃまた殴られそうだし本当のことを言っても殴られるでしょうね……うわーどうしよう。

 ルークはぶつぶつとつぶやきをもらした後、覚悟を決めた。

硬度ハード二倍ダブル

 体の防御力を上げてから彰の方を向く。


「伏兵の正体はですね……」

「正体は?」




「実は……僕なんです」




「………………………………」

 バシッ!

 予想通り殴られた。

「意味分からねえよ! 嘘をつくならもっとましな嘘をつけ! ……だいたいおまえが伏兵ならモーリスに逃げられてるじゃないか!」

 事前に能力を発動していたためダメージは軽減されていたが、それでも痛かったルークは叩かれた場所を押さえながら、

「……嘘って言いましたね。そこまで言うんだったら僕の言ったことが本当だったら彰さんを本気で殴りますからね!」

 恨みを込めた視線で彰を見る。

「ああいいさ。そんなおかしな事態が本当なら殴られたっていいぞ」

「それならあれを見てください」


 彰とルークは言い争いながらも自動的に歩いていたので、ちょうど工場の外に出たところだった。

「なっ……!?」

 ルークの指さす方向を見た彰は愕然とする。



「暴れないでください……!」

 モーリスを地面に組み伏せているのはどこから見てもルークの姿だったのだ。



 あわてて隣を振り返る彰。

「ほら。言ったとおりでしょう」

 そこには今まで会話していたルークが変わらずにそこにいる。

「ど、どういうことだ……?」

 目の前の現実は受け入れ難かったが、しかし厳然と存在する。


 彰は驚き冷めぬ頭をフル回転させて可能性を模索した。

「ルーク。おまえ双子なのか?」

「僕は一人っ子です」

 一言で切り捨てる。


「双子じゃないなら…………何がある?」

 それ以外の可能性を思いつかない彰。ルークは昔の自分を思い出しながら言った。

「能力という常識を越える力が振るわれる世界で、常識的に物事を考えたらいけない。……昔、僕の上司が教えてくれた言葉です。

 ……そういえば前に彰さん教えて欲しいって言ってましたよね。あれがそれなんです」

 俺が教えて欲しいって言った? 何だっけ?

 彰が疑問を発する前にルークは答えを発表する。




「『二倍ダブル』の奥義其の一。『身体ボディ二倍ダブル』」




「あっ! …………いや、いくら能力者とはいえ……そんなことできるのか?」

 彰の間抜け面を見て軽く笑いながらルークは続ける。


「効果は見ての通り、僕自身が二人になるんです。……ジャパニーズニンジャで言うところの分身みたいなものですかね。

 モーリスが暴れているのでこずっていますが、後少しで終わりますよ」







 時を少しさかのぼる。


 地面に倒されたモーリスは今さらだが理解した。自分にさした影とは、上から降ってきて押し倒した人物が作った影だったのだと。

 あのガキどもめ! 伏兵を配置していたのか!

「ガルルルル!」

 完璧に組み伏せられたモーリス。

 そこから逃げるのは困難だったが、諦めたりはしなかった。

 ……いや、諦めたくなかった。

 今、俺が諦めたら誰が娘の無念を晴らせるのか! 娘を殺害した犯人はあと三人もいるんだ! ……まだ、捕まるわけにはいかない!


「グルアアアア!!!!」

 拘束がゆるむのを期待してとにかく暴れるモーリス。

重量ヘビー二倍ダブル! 腕力アーム二倍ダブル!」

 押さえ込むルークも能力を使ってモーリスの動きを止めようとする。一瞬でも止まれば麻酔を打ち込む隙ができるというのにそれはなかなか訪れない。


 お互いが全力を出すことで出来た危うい状況。水が満杯のコップが表面張力によってこぼれないというような、何かの力が加わればすぐに崩れる均衡。



 数分にわたる膠着状態。彰ともう一人のルークが到着したあとも続いたそれをを崩したのはモーリスだった。



 声が聞こえたのだ。


「お父さん、もうやめて!」


「……ガウ?」

 最初は娘を思うあまり起きてしまった幻聴だと判断した。しかしそれにしてははっきり聞こえると思い、顔だけを上げる。



 そこには娘が生前の姿のまま立っていた。



「私は復讐なんて望んでない!」

 その姿も幻覚と断じることができないほどに、モーリスの瞳にはっきりと映されていた。


「確かに私は死にたくなかった! まだ生きていたかった! ……生きてお父さんに親孝行をしたかった!」


 今、目の前で起きている現象は何なのだろうか?


「だからって犯人に復讐をしていい理由にはならない! だってそんなことをしたら、私が憎らしく思っている犯人と同じになってしまうのだから!」


 神が起こした気まぐれなのだろうか?


「だからお父さんもうやめて! ……復讐なんてやめていつもの優しいお父さんに戻って!」


 どういうことだ?

 混乱するモーリスだが、気づけば涙を流していた。

 どういう理屈で目の前に娘が現れているのかは知らない。

 ただ重要な事実は一つ。


 娘は復讐を望んでいない。


「…………」

 ああ、『死霊ネクロマンサー』の能力を持っているとのたまっていたあの女性が言っていたことは嘘だったのか。

 冷静に考えればそうだ。娘は心優しい人物だった。復讐を望むわけがない。

 それは自分が一番分かっていたはずなのに。


 モーリスは抵抗するのをやめた。このまま捕まってもいいと思った。

 だがその前にやらねばならないことがある。

 この出来事が奇跡なのは分かっていた。もう二度と起こらないだろう。

 だから『獣化ビースト』の能力を解いて、自由に話せるようにした。

 最後に自分の言葉を娘に伝えるために。


「すまなかった! 父さんが弱かったばかりに騙されてしまった! ……最初からおまえを信じていればこんなことにはならなかったのに!」


 首筋に何かを射される手応え。上にのしかかっていた人物が何かしたのだろうが今はそんなのどうでもいい。


「父さんはもう五人にも手をかけた。立派な犯罪者だ。天国にいるだろうおまえが、地獄に落ちる父さんを嫌ってくれて構わない。忘れてくれても構わない。

 でもこれだけは覚えていて欲しい! 父さんは……おまえが娘で幸せだったということを!」


 麻酔が効いてきたのか、視界にもやがかかってきた。次第に意識が落ちるのだろう。

「……くっ!」

 気にすることか。奇跡が終わるそのときまでずっと娘を見つめる。


「………………」


 娘が何かを言った。

 しかし駄目だった。もう耳が聞こえない。

 それでも諦めきれなくて、口の動きを賢明に読む。




 ありがとう。私も…………




 ……そこまで読んだとき、モーリスの意識は落ちた。


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