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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
四章 文化祭、殺人者と追跡者
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百話「モーリス捕獲作戦4 戦闘2」

 どこだ。どこにいる。

 先ほどの戦闘の激しさとは一転して静まり返った工場。二人を捜して歩くモーリス。


「グルル……」

 面倒くさい相手だ。

 隠れる場所が多いこの場所がいけなかった。もっと早く二人の接近に気がついていたら工場の外で迎え打ったのに。

 他にも面倒くさいことがある。こちらが一人なのに対して相手は二人。どうしても手数に差が出て、守勢に陥ってしまうのだ。


 前方道脇にダンボールが積み重ねられている。おそるおそるモーリスはその裏をのぞき込んで……誰もいない。

「……」

 移動を開始しながらモーリスは考える。

 まず一人を確実に殺して一対一に持ち込むか。

 こちらからどちらか一方を攻め込んでももう一人がフォローをする。だから有効なのはカウンターの一発で落とすことだろう。そのことは先ほどの戦闘でモーリスが行えた攻撃がルークの奇襲を見越しての蹴りだけだったことが裏付けている。

 だからモーリスは捜索をしながらも、探す手間が省けるので相手が奇襲してくることを望んでいた。



 またも進路上、数歩先に用途不明の機械を発見。

 人が十分に隠れられそうな大きさなので、何回目になるのかモーリスはおそるおそる近づ




 シュッ!

 物陰から手がにゅっと出てきて、手首のスナップだけで緑のナイフを飛ばしてきた。




 ビンゴか!

「ガウッ!」

 今までのに比べると幾分かスピードの乗っていないそのナイフを易々と防ぎ、モーリスは周囲を警戒。


速度スピード二倍ダブル!」


 すると、横手からその声が聞こえた。

 馬鹿め! さっきと同じ策とは俺を舐めているのか!

 ナイフを陽動として、執行官が奇襲。一番シンプルで二人の能力を考えれば理にかなっている策。

 とはいえ、この状況で一番最適なのかは別だ。さきほどその策は失敗しているというのに馬鹿の一つ覚えのように繰り返すのはどう考えても愚策としか言いようがなかった。

 他にもいろいろなパターンを想定していたモーリスにとっても拍子抜けである。


 しょせんガキ二人。浅知恵だったな。

 モーリスが声の聞こえた方向を振り向こうとした瞬間。

「!?」

 違和感を覚えた。


 ……なぜナイフにスピードが乗らなかった?

 前の戦闘から分かっていたことだが、あのガキが投げるナイフは普通のスピードじゃなかった。おそらく能力でブーストしているのだろうが……それがなぜ今のは普通の人間が投げた程度のスピードしかなかった?

 それに違和感はもう一つある。

 先ほど聞こえた声。あれは……。


 考えが収束する前にモーリスは振り向く動作を終えた。




「引っかかったな、バーカ!」

 そして走ってくる彰を視界にとらえる。




「俺は囮だ、ボケ!」

 何の能力も発動しないのにわざと『速度スピード二倍ダブル!』と声を出してから駆けてきた彰はモーリスに斬りかかる。


「ガルッ!!」

 その攻撃自体はどうでもいい。楽々とガードできる。

 モーリスは剣を爪で受け止めるが、次にどう来るかは簡単に分かった。……分かったところでどうしようも無かったが。


 執行官だと思っていた方がこのガキだった。つまり……ガキだと思っていた方が執行官なのだろう。



跳躍ジャンプ速度スピード脚力キック全部二倍オールダブル!」



 彰から風の錬金術で作ったナイフを渡されて、それを投げたルークは物陰から出て能力を解放。

 彰に気を取られてがら空きの背中に渾身の蹴りを叩き込む。 


 ドンッ!

「グルアアアア!!!」

 完璧に意表を突かれて、さすがにモーリスも避けようがなく車に跳ね飛ばされたような勢いで地面を転がった。






「……ふう。やりましたね」

「戦闘終了……だな」

 達成感から二人は自然と拳を打ちつけあった。

「モーリスは完璧に騙されていましたね」

「俺が考案した作戦だからな」

「……これじゃあ絡め手を用意する必要も無かったかもしれませんね」

「結局絡め手って何だったんだ? 後で教えてくれよ」

 緊張を緩めながらモーリスの転がっていった方向に歩き出す二人。



 二回目の作戦会議のとき、彰が提案した作戦は一言だった。

「いつも俺がナイフを投げると決まっているわけでもないし、『二倍ダブル』って言うのがルークだけだと決まっているわけじゃないだろう」

「!」

 聡明なルークはその一言で理解した。

 そしてなんて意地の悪い作戦だと思った。

 普通の獣にはこの作戦は使えない。学習能力のある人間だからこそ、今までの経験からの予測で動いてしまう。彰はそれをよく理解していた。

「……よくこんなの思いつきますね」

「誉め言葉だな、それは」

 皮肉も簡単に受け流された。



 回想している内に、二人は倒れて動かないモーリスのところに到着した。

「後は麻酔を打ち込んで終了だろ」

 ルークが懐から注射器を取り出す。

「モーリスも虫の息でしょうしさっさと終わらせますよ」

 そうして首もとに注射器を近づけて、



 その腕を掴まれた。



「っ!?」

 掴んだ主は倒れていたモーリス。

 動けないのだと勝手に判断していたが、

「まだ動けたのか!?」

 驚愕する彰。


 ただの獣は死んだフリなどしない。が、モーリスはただの獣ではない。

 そのことが分かっていたため二人とも緊張を緩めていたとはいえ、警戒していなかった訳ではない。

 しかし、次の行動には意表を突かれた。


「グルァ!!」

 ルークを『獣化ビースト』の怪力で遠くに投げ飛ばしたのだ。


「くそっ!」

 空中で悪態をつくルーク。

 警戒していたルークは、もしモーリスが殺す目的で爪を振るったり殴りにきたら対処できただろう。そう行動すると思っていた。


 だが、この行動の目的は今までと違って時間稼ぎが目的だった。

 それはつまり、モーリスが狙っているのは、


「彰さん! 逃がさないでください!」

「ああ、分かっている!」


 モーリスは彰には目もくれずに逃走を開始していた。さすがにダメージを負いすぎたのだろう。戦闘を続けても負けると判断したに違いない。

 だからこそ、自分を追うことのできるスピードを持っているルークを遠くに投げ飛ばしたのだ。


 モーリスはダメージのせいかいつもよりは走る速度が遅かった。

 しかし、彰が追いつくことが無理なことには変わりがない。能力者とはいえ走るスピードは普通の高校生と同じだ。

 それでも走りながら彰は能力を発動。

「逃がすか!」

 がむしゃらに二本のナイフを投擲する。


「ガルッ!」

 モーリス目掛けて投げられた一本は簡単に振り払われる。

 もう一本は走りながら投げたせいか、コントロールが狂ってモーリスの進路上にある段ボールの山に向かうが、


「解除!」


 それは狙い通りである。

 風の圧縮金属化。ナイフから暴風に戻り、モーリスの進路上に段ボールを降らせる。


 これでモーリスの足が鈍れば彰も追いついたのだろう。

「グルアアアアアアアアア!!!!!!」

 鈍ればの話だが。

 モーリスはうなり声を上げながら火事場の馬鹿力でスピードを落とさずに全てを避けていった。


 モーリスにとっての障害物は彰にとっても障害物だった。段ボールは彰の追走も等しく邪魔をする。

 元からあった彼我の距離は更に広がった。

「待て!」

 彰は叫ぶ。……そう言われて止まってくれるはずがないのに。

「待つんだ!」

 つい叫んでしまう。

「おまえを逃がすわけにはいかないんだ!」

 モーリスの姿はすでに小さい。

「待てって言ってるだろおおおお!!!」

 そして姿が見えなくなった。


 自分は無力だと嘆いた。

 もっと力があればモーリスの逃走を阻止できたかもしれないのに。

 しかし現実は変わらない。

 モーリスは逃走に成功した。


 最初にルークが言っていた言葉を彰は思い出していた。この勝負はモーリスを捕まえれば勝ち。逃がせば負けだと。

 途中経過は一切関係ない。

 つまり、彰は勝負に勝ったが、試合には負けたのだっ



「いえ、僕たちの勝ちです」



 ポン、ポン。

 いつの間に追いついたのか、そしていつの間に彰はうなだれていたのか。

 彰の思考を読んだかのようなタイミングでルークはうなだれる彰の肩を叩いた。目に虚勢を張っている色は見えない。ルークは本気でそう思っているらしかった。

「頭がおかしくなったのか? ……モーリスには逃げられたんだぞ」

「分かっています。ですから今から追いかけましょう。

 その間に僕の仕掛けた絡め手について説明します」


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