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異能力者がいる世界  作者: 雷田矛平
一章 水の錬金術者
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九話「誓いの夜」

 十時ごろになって由菜は隣の自分の家に帰っていった。

 そういうことで彰と恵梨も、もう寝ようということになった。

「この部屋を使ってくれ」

 彰は両親の寝室まで案内した。

「でも、両親の寝室なんていいんですか」

「今は使ってないしいいだろ」

 そう言って、扉を開ける。

 部屋の中には、ドレッサーやクローゼットがあり、そしてベットが一つだけあった。


「あの、彰さん」

「何だ?」

「両親の、寝室って言いましたよね?」

「そうだが」

「なのに何で、ベットが一つしか無いんですか?」

「……まぁ、あの両親は本当にラブラブだからな」

「そうなんですか」

 彰の両親は結婚して何十年も経つのに、こちらが恥ずかしくなるほどの新婚のようなラブラブさを見せる。

 父親の出張に、子供を放り出して母親がついていくあたりにその片鱗(へんりん)がうかがえる。

 といっても、ちゃんと生活費は振り込まれるし、一人暮らしが苦でない彰にとっては関係ないことである。


 恵梨がベットに座る。彰もその隣に座る。

「そうですか。私の両親はそこまでじゃなかったですよ」

 恵梨は、あくまで自然体にそんなこと告げる。

 しかし、恵梨の両親は死んでいるのであって……。

 彰はちょうど恵梨の両親の話が出たので、悪いとは思いながらも気になっていたことを問う。

「そうだ、恵梨」

「どうしましたか?」

「本当にすまないとは思うが……恵梨の両親が殺されるまでの状況を教えてくれないか」

「えっ……!」

 恵梨が目を見開く。

 彰はその顔を見て、心がねじ切れるようだったが、そこでやめたりはしない。

 そこでためらうなら、もともと話す気も無い。

「すまない。気になることがあるんだ」

「分か……りました」

 彰の目の奥に宿る気持ちを見て、こっちを思いやる気持ちを悟る恵梨。


 恵梨は話し出した。

「私の家は神社なんです。お父さんは神主で、お母さんは巫女でした。家も神社の敷地内にありました。能力者であること以外は、普通の家族でした。……けれどある日、私が学校から家に帰ってきたところ、あいつらはいたんです」

「研究会の(やつ)らか?」

「はい」

「その……何か予兆は無かったのか?」

「ありませんでした」

「……続けてくれ」

 彰が話を促す。


「……私が見たとき研究会の人たちは、包囲してお父さんとお母さんを殺そうとしていました。両親は一般人ですけど、能力を使って対抗しているようでした」

「………………」

「でも、そこに私が帰ってきました。包囲されている両親という全く訳の分からない状況を前に、金縛りにあったように固まる私に、両親は逃げるよう叫びました」

「………………」

「……それで隙のできた両親は殺されてしまって。……その断末魔(だんまつま)に、そして研究会の奴らがこっちを振り向くのを見て、金縛りの解けた私は死に物狂いで、逃、げ、て……」

 ぐすっ、とうつむき泣き出す恵梨。


 彰は恵梨の頭に手を置いて、子供にするようになでる。

「すまない、嫌なことを思い出さして」

「……いいえ。彰さんは悪くありません。悪いのは……研究会の人たちです」

 恵梨は彰を心配させないように、嗚咽が混じる声でそう告げる。


 心が()()りになろうとしているのに、気丈にふるまう恵梨の姿。

 それを見て彰は決意する。

 俺の力が及ぶ限り、こいつを助けようと。

 それこそが自分のするべきことだと。

 今日知り合ったばかりの俺が、そんなことを思うのはおかしいかもしれないが。

 全ての人を救うなんて無理だが。


 ……せめて、自分の目の前で苦しんでいる奴は放っておけない。


 放っておいてしまったら……俺が今生きてる意味など無いのだから。


 恵梨が落ち着くのを待って彰は口を開く。

「あと、もう一つだけ聞かせてくれ」

「……何ですか?」

「……この家から追い出そうって意味じゃないんだが、頼れる親戚はいるか?」

 気になっていたことだった。両親を殺されて、逃亡生活。……もしかして今、恵梨は天涯孤独の身なのではないか?

「……親戚はいません。頼れそうな人はいますが、私を養うことは無理かと……」

「なら、恵梨の家はどうなったんだ?」

「すいません。逃げてきたので何も分からないんです」

「そうか」


 つまり、恵梨の家はどうなっているか分からないということか。

 いや、それは恵梨にとって家とは呼べないのかもしれない。

 待ってくれる誰かを失った家は、その人にとって家ではない。

 ただの建物だ。


 彰は、理不尽な理由で追われている恵梨を安心させるために提案する。


「なら、いつまでもここに居ていいからな」


「えっ……!」

「どうせあと1年は親がいないし、助けておいてその後は放置ってのも嫌だしな」

「でも……」

「それにお金が無いんじゃ生活できないだろ。親から生活費多めに支給されているから二人分くらい大丈夫だ」

「……」

「由菜も助けてくれるだろうし、1年経ったらまたそのとき考えればいいし……て、恵梨どうしたのか?」


 恵梨はまた、うつむいて泣き出していた。


「……すいません。こんなに優しくしてもらって嬉しくて。……彰さんに会うまでは私、死ぬんじゃないかと思っていたから。命も狙われていたし、お金が無くてこのまま餓死するんじゃないかと。……本当にありがとうございます」

 ぐすっ、と嗚咽を漏らす恵梨。

 素直に感謝されて、妙に恥ずかしくなった彰は早口で続ける。

「ということは」

「はい。すいませんが彰さんに甘えて、お世話になります」

「……そうか」

 意外だった。

 恵梨のことだからこの家に誘ったときのように遠慮するかと思っていた。


 そう恵梨に告げると、

「私も最初会った時なら、遠慮していたかもしれません。けれどこの家で短い間だけど過ごして、彰さんや由菜さんが楽しそうにしているこの場所の暖かさが私の心にしみこんできて。……許されるならこの場所に居たいと思うようになりました」

「……なら、今このときを持って、


 俺とおまえはこの家に住む家族だ」


「……はい! ありがとうございます!」

 身を乗り出してきて、満面の笑みを見せる恵梨。

 ち、近いっ!

 至近距離でその笑顔を見て、今更(いまさら)ベットに隣同士で座っていたことを認識し、気恥ずかしくなってきた彰。

 視線を部屋中に巡らすと、時計が目に入る。

「も、もうこんな時間だ。おやすみな、恵梨」

「はい。おやすみなさい」

 あわてて彰は部屋を出て行った。


 恵梨も涙をぬぐって、ベッドに入った。

「ふかふかのベッドだ」

 逃亡中は公園などで寝ていたので、一週間ぶりの心地よさだ。

 この家の暖かさにも似ていて、恵梨は心地よい。

 しかしそこに、ふと疑問がよぎる。


 本当に、ここに私は居ていいんだろうか?


 けれどそれは幸せな気持ちに埋もれて消えていく。

「彰さん、ありがとうございます……」

 今日はぐっすり眠れそうだ。




 彰は自室のベット上で寝転んでいたが、まだ起きていた。

 眠れないのは考え事があるからだ。

「やっぱりおかしい」

 それは、恵梨と由菜が二人で風呂に入っている間に思い当たった疑問。


 恵梨は親が殺されるのを目撃したから、殺されるとして。

 では何故、研究会は恵梨の両親を殺さなきゃいけなかったのか?


 さっきの話で出たが、恵梨の両親は一般人らしい。

 自然に聞いたが、研究会に襲われる予兆も無かったようだ。

 だからこそ何故、恵梨の両親が殺されるのか?


「……何か、分かっている事と違うことがある」


 何か気の晴れない彰だった。




 鹿野田(かのだ)(おさむ)ホテルの一室の窓際でたたずんでいた。

 月も雲に隠れているらしく、外は完璧に夜の(とばり)が下りている。

 鹿野田は科学技術研究会の一員だ。

 この結上(ゆいがみ)市で追っ手が恵梨を確認したということで、急いでこの地に(おもむ)いてきた。

「報告です」

 三人組の追っ手のうちの一人、最後に逃げた追っ手が鹿野田に報告する。

 ちなみに、この追っ手。逃げたと見せかけて、物陰から恵梨と彰が裏通りを去るのを見届けてから仲間を回収していた。

「今日の夕方。この結上市でターゲットの恵梨を発見。策を()らして殺そうとするも、相手の協力者に邪魔されて撤収した次第であります」

不甲斐(ふがい)ないな。まぁ、もともとおまえらに期待などしていない。……だが、協力者とは何だ?」

「普通の男子学生のようでしたが、こちらの作戦を見抜かれてしまって……。これがそいつの写真です」

 追っ手はいつの間に撮っていたのか、彰の写真を取り出す。


「こいつは……!?」

「お知りで?」

「……おまえには関係ない」

「そうですか。……そいつも目撃者ということで、殺すといっておきました」

「目撃者? ……ああそうか、そうだったな。……もう下がっていいぞ」

「はい」

 追っ手が部屋を出て行く。

 

 追っ手の出て行った扉を見つめる鹿野田。

 追っ手は研究会に属する者ではなく、今回恵梨を殺すために雇われた者だ。

 ゆえに真実を知らない。


 恵梨の両親が殺された理由を。

 そして、恵梨が殺される理由がそれを目撃したから、というわけではないということを。


 鹿野田は最初から部屋の隅に居たもう一人を見る。

 鹿野田はもともと、能力者の恵梨をただの人間である追っ手が殺せると思っていない。

 追っ手に恵梨を追わせたのは、恵梨の居場所を知っておきたかっただけだ。


 こいつの調整が終わってから、すぐに殺しに行けるように。


 こいつとはその人間の事だ。

 これこそが鹿野田の研究の成果である。


「明日を楽しみに待っていてくださいね。この、戦闘人形(ドール)が殺しに行きますから」


 鹿野田は一人つぶやき、不気味に笑う。

「実験の開始です」

 

 

 

「早く寝ないとな」

 彰はベット上での考え事をやめる。

 体勢を仰向(あおむ)けから、横向きに変えると自室の窓が目に入る。


 窓から見える外の暗闇は、何かの象徴のようであった。

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