プロローグ
高野彰は普通の高校生だった。
いつもどおりの日常を過ごしていたのに――
今、どうしてこんなことになっているのだろうか?
彰は一人うなだれた。
場所はめったに人が寄り付かない裏通り。
「下がっていて」
長い黒髪の少女、恵梨は彰を後ろにかばうように立った。
目の前にはこの平和な日本では珍しい、銃を持った二人組みの追っ手がいる。
ここは寂れた狭い裏通りなので、回り込んで二人組みに横や後ろを取られることは無い。つまり恵梨は、少年を守ろうとしていた。
彰は反論する。
「銃を持った二人組みだぞ! 逃げるべきだ!」
「だったらあなただけで逃げなさい。こいつらは私を追ってきたんだから」
「女に任せて逃げる男がどこにいる! ていうか、俺に任せてお前こそ逃げろ!」
「私を追ってきたんだから無駄よ」
恵梨の声音は冷たく取り付く島もない。
それに見かねたのか、追っ手の方から声をかけてくる。
「おまえら、仲間割れか?」
「身内で争っている暇があるのか?」
その二人の手には、黒光りする銃が。
「……とりあえずあいつらをどうにかしないとね」
「……はい」
その恵梨の言葉に彰は素直にうなずいた。
そして、恵梨は持っていた水の入ったペットボトルを指差した。
ペットボトル? と、彰も疑問顔になる。
「……水分補給か?」
「いいえ。これで戦うのよ」
彰は呆れる。
「銃相手にペットボトルって……」
「ペットボトルじゃないわ……水よ」
そういって恵梨は、ふたを開けたペットボトルを逆さにした。
当然、重力にしたがって水は落ちる。
そして、水は空中で止まった。
「は?」
彰は驚きのあまり、間抜けな声を漏らした。
錯覚かと、目をこすってもう一度見ると……やはり水が浮いている。落ちてきたまま細長く浮いているのではなく、球状の形に変化している。
それは強いて言うなら、テレビで見た無重力下で水が浮いているのと似ていた。
彰はここが宇宙空間になったのかと一瞬考えるが、自分の足が地面についているし、そんな荒唐無稽なことは、ありえないと結論付ける。
しかし……常識的に考えると何らかのトリックがあるのか、それとも常識外の力があるかだ。
彰はそんなすごいトリックや、常識外の力を知っているわけではない。ただの学生だ。
なのに落ち着いて考えられるのは、その光景に圧倒されているからだった。
考えてもしょうがないと思い彰は、恵梨に聞いた。
「それは何だ?」
「私の能力よ」
それも予測していたが、聞いてみると胡散臭い言葉だった。
いくら能力だと言われても、彰はトリックだという可能性を捨てきれない。
「……それでどうやって戦うんだ?」
「こうするのよ」
恵梨はそう言うと、球状になって浮いていた水が動いて形を変え始めて、恵梨と彰の前に薄く広がった。横幅は一メートルほど、縦幅は二メートルほどである。
それは例えるなら、水の盾。追っ手の二人から恵梨と彰を守るように浮いているように見える。
こんな現象はどこでも見たことは無い。
彰は、こんなこともできるのかと感心した。
しかし現実問題、相手は銃だ。水の盾では心もとない。
これじゃ防げないだろ、と彰は思いながら、水の盾を見ていた。
そしてそれは、唐突に変化をした。
今度は形がではない。
盾の材質が水から、青みがかった金属に変わった。
「なっ……!」
彰は大きな驚愕を覚えた。
変化は彰が盾を凝視している間に起きた。
彰は変化の間まばたきをしていなかったと神にも誓える。
なのに一瞬で、パッと材質が変わった。
それを見て彰は、超常の力の存在を確信した。恵梨の能力という言葉を信じざるを得なかった。
どんなトリックを使おうと、人が凝視している前で水と金属を取り換えることはできまい。トリックとかの次元ではないと、頭から理解した。
つまり彰の世界の常識が変わった。
科学では説明できない力がこの世にはあったのだと。
彰は、科学的な見方しかできないわけでもないし、科学に妄執している訳でもない。
ただ、現在を生きる人間の多くが、無意識に、科学を絶対の物だと思っている。
彰もそんな一人だった。
「驚いた? 私は水の錬金術者よ」
恵梨が誇るでも無しに言った。
彰は思考を堂々巡りさせる。
水の……錬金術? 初めて聞いた言葉だ。
錬金術って、鉛とかを金に変えるあれか?
しかし、水の、錬金術だ。水を変えると言う意味なのかも知れないな。
だが、青みがかった金属であって、金には見えないが?
そんな彰におかまいなしに、
「さて、始めるわよ」
恵梨が追っ手二人に対して、銃二丁に対して、開戦宣言をした。
どういうことだよ、と彰はためいきをついた。
そして、こうなる前の平凡な日常を現実逃避気味に思い出していた。
連載始めました。早めに更新していきたいです。