第9話 二人の孫
今回は天音君と千歳ちゃんのここについて深く話します。
ちょっと目がうるっとくるかもしれません。
二年生の先輩にして、この学園を代表する生徒会長と副会長の登場に俺と千歳は立ち上がり、会釈をして挨拶をする。
「は、初めまして。一年の蓮宮天音です」
「わ、私は天堂千歳です!」
そんな俺達の態度に会長は口に手を添えて小さく微笑み、副会長は部屋の有様を軽く見る。
「ふふふっ。初々しく可愛い方々ですね」
「そんな事より、この部屋の有様は……先ほどの爆音と関係あるのか?」
「ほっほっほ! さっき、ちょいと二人とやり合ったからの!」
学園長は陽気な笑いで声を上げると、会長と副会長は学園長に向かって深く頭を下げた。
「学園長先生。雨月雫と御剣迅、ただいま参りました」
「うむ、よく来てくれた。さあさ、二人も座りなさい」
「「はい!」」
会長と副会長は俺たちの隣の空いているソファーに座る。
「あの、蓮宮さん、天堂さん。ちょっと良いかしら?」
「何ですか?」
「何でしょうか?」
「会って間もないけど、お二人のことを名前で呼んでもかまわないかしら?」
「「えっ!?」」
会長の突然の頼みに驚いてしまったが、その頼みを断る理由が無かったので。
「俺は別に構いません」
「私もです」
会長は自分にとって最高の返事を聞いので、とても嬉しそうな笑みを浮かべて両手の掌を合わせて叩いた。
「ありがとうございます。では、私と迅も是非名前で呼んで下さい!」
その言葉に副会長は眉を寄せて不機嫌な表情となった。
「……待て。どうして俺まで名前で呼ばれなければならない?」
「えー? 良いじゃないですか」
「断る」
「もう、迅はケチですね」
「ケチで結構」
始めて聞いて、見る会長と副会長の会話に千歳は俺の耳元で囁いた。
「なんだか会長と副会長って凄く仲が良いみたいだね」
「あ、ああ」
……何でだろう。会長と副会長の間の雰囲気の感じがまるで俺と千歳が重なるように見えて仕方ない。もしかして、これがデジャヴって奴なのか?
「あ、そうでした。お二人とも、一週間後の試合、よろしくお願いしますね」
副会長とどうやら話し終わった会長は再び俺たちに会釈し、何のことか全くわからないことを言い出した。
「えっ? 一週間後?」
「何のことですか?」
「何って、タッグバトルトーナメントの事です。私と迅が天音さんと千歳さんのお相手です」
「「…………はい?」」
呆然とする俺と千歳に副会長が無言で懐から一枚の紙を取り出して俺達に見せる。それは、掲示板で見たタッグバトルトーナメントの対戦表を縮小した物であり、俺と千歳の対戦相手の名前を見た。
『2-A 雨月雫&御剣迅ペア』
タッグバトルトーナメントの強制参加に驚いていたので、対戦相手の名前を見るのを忘れていたため、ショックは大きくなり、
「「…………えええええええええええええええっ!?」」
その分だけ驚愕してしまい、大声で叫んでしまった。
『ピィ?』
『何だ? 何だ?』
突然の大声にお菓子を食べている白蓮と床に伏せている銀羅は目をパチクリさせて首を傾げる。
タッグバトルトーナメント、初めての戦いは一筋縄じゃいかないようだ。
そして、後に会長と副会長がこう呼ばれていることを知る。
それは、天聖学園で最強の二人に周囲の学生達が勝手に名付けたそれぞれの異名。
“天聖の神槍”と“神槍の守護神”。
☆
私、天聖学園生徒会の会長職を務めさせてもらっている雨月雫と、相棒で副会長職の御剣迅は学園長先生に呼ばれ、一週間後のタッグバトルトーナメントの対戦相手である後輩の蓮宮天音さんと天堂千歳さんに挨拶しに来ました。お二人はとても可愛らしく、私自身がすぐに気に入ったので是非生徒会に入れたいという気持ちがありました。
しかし、そこは気持ちをグッと抑えながらお話しました。ですが、どうやら私と迅が一回戦の対戦相手だと知らなかったようで、知った時にはお二人とも凄く驚いていました。
そして、千歳さんが天音さんの手を掴み、「部屋に戻って急いで作戦会議よ!」と叫び、お二人の聖獣と共に天音さんを連れて学園長室を後にしました。もっとお話したかったですが、それはまたの機会にしましょう。
「すまないのぉ。わざわざ来てもらったのに」
学園長は申し訳なさそうに謝りますが、私と迅は首を横に振りました。
「いえ。私はお二人とお話出来てよかったです」
「ははっ、それは良かったのぉ」
「ところで、学園長。いつまでこの部屋をこのままにしておくつもりですか……?」
迅は気になるように部屋を見渡しながら言いました。学園長室は天音さんと千歳さんとの戦闘で壁や床がかなりボロボロになっていましたが、
「おお、そうじゃったな! ほいっ!」
パァン! と、学園長が掌を合わせて叩くと、ボロボロだった室内に魔法陣が展開され、見る見るうちに室内が勝手に修復されていき、僅か十秒で綺麗な元通りとなりました。
これは天聖学園に生える巨大な霊樹にして膨大な力を秘めた聖霊樹の力の恩恵によるもので、学園創立から聖霊樹を中心に学園全体に巨大な魔法陣を常に発動していて、学園の建物などの全施設が破損した際に学園長の合図一つで完全に元通りに修復されるのです。
「それにしても、あの蓮宮天音が召喚した聖獣は本当にまだ赤ん坊……いや、雛だったんだな……」
迅はソファーに寄りかかって先ほど見た天音さんの聖獣である小さな雛の白蓮さんの事を思い出すようにそう言う。
「ええ。噂では聞いていましたが、確か儀式のときに卵で召喚したそうですね」
「そうなのじゃよ。人獣契約が発令されて以来、産まれてもいない状態で聖霊界から召喚された聖獣は天音君が初めてなのじゃ」
学園長の言うとおり、本当に天音さんの召喚はここ100年近い人獣契約では異例中の異例な出来事なのです。現状では白蓮さんがどのような聖獣かは判明しておらず、その正体を判明するには聖獣の覚醒をするしか方法はありません。そして、天音さんのAGを発現するためにも白蓮さんの覚醒は必須条件となっています。そこで……。
「白蓮さんの正体の判明と天音さんのAGを発現するために、私たちと天音さんたちを戦わせる……学園長も思い切った決断をいたしましたね」
タッグバトルトーナメントの対戦表の一部……つまり、天音さんと千歳さんチームを私と迅のチームを対戦させるよう仕組んだのは他でもない学園長です。
本来ならまだ学科選択しておらず、未熟な一年生では出場できないトーナメントに無理やり出場させ、その対戦相手を学園最強である私たちにするよう対戦相手の組み合わせを操作した……本来ならこのような行為は教育者として許されるものではない。
「学園長。私たちは尊敬するあなたの頼みとあって天音さんと千歳さんとの対決に応じました。ですが、この天聖学園の最高責任者であるあなたがたった一人の生徒のために、そこまでする理由がわかりません。いい加減、理由を教えていただけないでしょうか?」
学園長として生徒を大切にする気持ちは素晴らしいと思いますが、今回の行動は少々度が過ぎています。生徒会長として天音さんにどのような想いがあるのか聞かなければなりません。
「…………仕方ないのじゃよ」
「え?」
学園長はそう呟いてソファーから立ち上がり、窓の方へ歩いて外の景色を眺めました。
「あの子は……蓮宮天音君は、わしの“もう一人の孫”として、千歳と同じくらい愛しておるのじゃよ」
「もう一人の、孫として……?」
「そして、何よりも……天音君は、先の見えない暗闇だった千歳の未来に、一筋の希望を作ってくれたのだから……」
そういう学園長の目から涙が零れていました。そして、学園長はそのまま私たちに天音さんと千歳さんの事と自らの思いを打ち明けてくれました。
「わしの娘で、千歳の母は結婚してからはなかなか子供に恵まれず、何年も辛い思いをしてきた。そして、ようやくお腹に子供を宿すことができ、順調に育って遂に念願だった女の子が生まれたのじゃ。初孫であるその子にわしは長生きしてほしいと願って“千歳”と言う縁起のいい名前を付けた。しかし、その名前に反して千歳は生まれながらに体がとても弱く、長くは生きられないと医師に言われたのじゃ……」
私と迅は信じられないという表情でその事に驚いてしまいました。あんなに元気が良く、活発的な性格の千歳さんが生まれながらの先天性虚弱体質だとは信じられなかったからです。
「その所為で、千歳は小さいころから何度も重い病気にかかり、いつ死んでもおかしくない状態だったのじゃ。わしたちは懸命に幼い千歳を支え、何とかぎりぎりのところで生き長らえさせることが出来た。しかし、それは根本的な解決には至らなかった。そんな時、千歳に手を差し出す子がいた。それこそが、千歳と同じ場所、同じ時間に産まれた少年――蓮宮天音君だった……」
まるで、神様か運命が導いたような出会いに私は話の続きが気になりました。
「幼稚園児だった天音君は幼稚園から帰ると、すぐに千歳の元に足へと運び、遅くなるまで毎日一緒にいてくれた。外で遊ぶことはできなくても、お話をしたり、本を一緒に読んだりと友達のいない千歳に勇気と元気を与えてくれた。遊びたい年頃である天音君は自分より千歳の方を優先してくれた。それは幼稚園生から小学生になっても変わらなかった。小学校で学んだことを千歳に毎日教えて一緒に勉強し、外に連れ出して少しずつ千歳に体力をつけさせてくれて、何とか小学校に通えるぐらいまでの体にまで改善してくれたのじゃ。小学校でも天音君は常に千歳の傍にいて支え、遂には奇跡と言うべきであろう千歳の虚弱体質も完全に改善されて、普通の女の子とほぼ同じくらいの体力をつけて、10歳のころからは毎日学校に通うことが出来たのじゃよ」
虚弱体質だった千歳さんにとって、天音さんは確かに暗闇の未来に一筋の希望を導いてくれた存在でした。すると、学園長は暗い表情を浮かべました。
「しかし、天音君は千歳のために無意識のうちに自分自身の時間を犠牲にした所為で小学生の時はまともに友達を作る事さえできなかったのじゃ。わしは当時の天音君に少しは千歳以外の子と仲良くするように言ったのじゃが、天音君は『俺の髪を馬鹿にするやつとは友達になりたくない。それに、千歳を一人ぼっちにしたくないから』と言ったのじゃよ……」
天音さんの当時の言葉に私は何故か納得してしまいました。天音さんの髪は女の子みたいに綺麗に伸びているから、同年代の男の子に馬鹿にされていた。そして何より、千歳さんの事を誰よりも大切に想っていたからその言葉を言えたのでしょう。
「それからも天音君はずっと千歳の傍に居てくれた……。わしは、教育者である前に千歳のたった一人の祖父じゃ。わしの大切な千歳を救ってくれた天音君の為に何かをしてあげたいという気持ちは必然的に起きてしまうのじゃ。他人がわしを学園長失格と言ってもわしは構わぬ。わしは死ぬ最後の時まで、千歳と天音君の味方だからのぉ……」
学園長にとって千歳さんは掛け替えのない宝物で、その千歳さんを救い、希望の未来を照らしてくれた天音さんを大切に想う気持ちは考えるまでもなく当然でした。私は、天音さんと千歳さんの話に感動してしまい、数分前の自分を恥じて学園長に謝罪の言葉を述べました。
「学園長先生……知らなかったとはいえ、生意気な口をきいたことをお許しください」
「いいや……雫君の判断はこの学園の長として当然じゃ。わかってくれれば、それでよいよい」
「……今の話を聞いたら、俺たちは本気でやらなきゃいけなくなるな……」
今まであまり話に参加していなかった迅は珍しく口元に小さな笑みを浮かべ、左手で右腕を撫でるように触りました。
「蓮宮天音……なかなか覚悟の持った男だ。惚れた女の為に自分の人生を捧げるなんて、並大抵な事じゃねえからな」
どうやら迅は今の話を聞いて天音さんを気に入ったようです。すると学園長は額に汗をかいて言いにくそうな表情をしました。
「あー、だけどのぉ……天音君自身は千歳のことを好きだとは今まで一言も言ってないのじゃよ」
「…………ええっ!?」
「な、何、だと……?」
学園長のこの発言に私だけではなく、いつも冷静な迅でさえも驚愕してしまいました。
「あ、あの……天音さんと千歳さんはお付き合いをしているのではないのですか?」
「それがのぉ、残念なことに二人は付き合ってないのじゃ。千歳はいつも天音君に猛アピールをしているのじゃが、天音君はいつもそれを軽くあしらうのじゃよ……せっかく学生寮で同じ部屋にしておるのに進展はないらしいしのぉ……」
「……同じ部屋に幼馴染で可愛い女がいたら、男として普通は間違い起しても不思議はないよな……?」
「まあ、生徒会長としては生徒同士の間違いは起きてほしくはありませんが、流石にそれは信じられませんね……」
私と迅はこめかみに人差し指を当てて何故か頭に襲ってくる頭痛を押さえました。まさか天音さんがそのような性格だとは思いもよらなかったので……。
「多分、天音君と千歳は相思相愛だと思うのじゃが、実際のところ天音君本人に聞かないかぎりわからないからのぉ……」
「天音さんは、実際のところどうお考えなのでしょうか?」
「さぁな……」
私たちは一週間後に戦う後輩さんのことを考えながらその日の残りを過ごしました。
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天音君、本当にいい子なんですよ。
ただ千歳ちゃんに惚れているだけなのでは?と言われたらおしまいですが(笑)