第71話 断罪者の始まりとこれから
今回はサクラのルーツが分かります。
そしてこれからサクラがどうなるかも……。
サクラとの決闘から翌朝……ちょうど良く学園は休日で一日中休もうとしたけど、俺や千歳達はアリス先生に無理矢理拉致されていつもの地下室に連れてかれた。
「あのー、アリス先生。俺、休みたいんだけど……」
「文句言わないで。午後に大切なお客様が来るんだから」
「ううっ、俺はパティシエじゃないのに……」
「そう言いながら既に何品もスイーツを作り上げている天音は何なのよ?」
冷蔵庫には既に種類の異なるケーキなどが出来ていてその事を千歳にツッコまれてしまった。
次々と出来ていくお菓子に白蓮と銀蓮、そして俺の新しいパートナーとなったケルベロスの黒蓮が涎を垂らして見ている。
『ピィー……』
『相変わらず旦那の菓子は美味そうだ……』
『『『がぅ……』』』
そんなに俺のお菓子を食べたいのか、君達は。
「みんな、お客様が来るまで我慢だよ我慢。良い子にしていたらたくさん食べさせて上げるからねー」
『ピィー!』
『りょーかい!』
『『『ばうっ!』』』
千歳はお母さんのようにみんなに言い聞かせ、三人は素直に返事をした。
何というか千歳は母性本能が高いというか、お母さんとしての素質を持っているな……。
「さて、俺と千歳だけじゃ限界があるから、迅先輩達に頼もうかな……」
携帯電話を取り出し、お菓子作りを手伝って貰うためにみんなに来てもらうように頼んだ。
初めて地下室に来たように冒険部全員で誰が来るか分からないアリス先生のお客様の為にお菓子を作った。
そして午後になって三時近くになると、その時は訪れた。
床から見たことのある亡者達の模様が描かれた扉が現れる。
その扉がゆっくり開くと中から三人の人物が現れる。
「よぉ、天音。1日ぶりだな」
「昨日は良い戦いを見せてもらったぜぇ」
「サクラ、ハデス。それと……」
三人の内の二人はサクラとハデスで、最後の一人は黒髪に黒い衣装を身に纏ったミステリアスな美女だった。
「初めまして。ハデスの妻、“ペルセポネ”です」
それはハデスの妻で『冥界の女王』の異名を持つ女神で、サクラの母親代わりの女性だった。
「おひさー、ペルセポネ。元気だった?」
アリス先生はペルセポネさんに対し、フレンドリーな感じで挨拶をした。
「お久しぶりね、アリス。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ええ。それじゃあ、お茶会を始めましょうか」
こうしてアリス先生主催のお茶会が始まり、サクラ、ハデス、ペルセポネさんに俺が作ったお菓子を振る舞った。
サクラはともかく、ギリシャ神話の冥界を統べるの王と女王に自分の作ったスイーツを食べてもらうなんて……果たして、お二人のお口に合うかどうか……。
「ほぅ、うめぇじゃねえか。あの超絶甘党のアリスが惚れ込むのもわかるぜぇ」
「本当に美味しい……久しぶりに冥界から出た甲斐がありましたわ」
その心配はすぐに無くなった。
ハデスとペルセポネさんは俺のお菓子を美味しいと言ってくれた。
良かったと胸を撫で下ろした。
「本当に美味い……天音、本当にお前は男なのか?今でも疑いたくなるぜ」
「サクラ……俺は正真正銘の男だよ。この見た目は母さん譲りで、お菓子作りは小さい頃からの趣味なんだよ」
出会った人によく言われる言葉に俺は少しばかり機嫌を悪くした。
「ああ、悪かった。もう言わない」
「そうしてくれ……ん?」
下を向くと服をグイグイと引っ張る三つの姿があった。
『ピィ、ピィピィ!』
『旦那、私達にも……』
『『『ばぅう……』』』
白蓮、銀羅、黒蓮の三人がお菓子を物欲しそうな目で俺を見つめてくる。
「ああ、ごめんごめん。待たせちゃったな……ほら、お待ちかねのお菓子だよ」
たくさんのケーキや焼き菓子などをお皿に乗せて三人に差し出す。
『ピィー!!』
『来た来たー!』
『『『がおっ!!』』』
三人は目を怪しく輝かせると美味しそうに食べ始める。
「人間のみならず魔女や聖獣も虜にする菓子か……蓮宮天音、お前は神をも凌駕する不思議な力を持っているのか?」
ハデスは興味深そうに俺を見る。
神を凌駕する不思議な力って……何ですか?
「そんな力は無いですよ。俺はただの学生ですよ」
「天音がただの学生な訳ないじゃん。いつも神子剣士って名乗っているのに」
「更に蓮姫の子孫の時点でただの人間じゃないからね」
千歳とアリス先生にツッコまれてしまった……まあ、事実だから否定できないけど。
「ところで、天音。昨日の二重契約執行だけど、私に見せてくれないかしら?」
「え?アリーナにいなかったんですか?」
「いやー、昨日は花音とガチバトルをしていたからそれどころじゃなかったのよねー」
「何故花音姉さんとガチバトルを……?」
「まあ、色々あってね……花音をフルボッコにして、璃音に送りつけてやったわ」
何でそんな事になったのか知らないが、花音姉さんとアリス先生の間に一悶着があったのは事実だな。
今この場に兄さんと姉さんが居ないけど、何があったのかいつかは聞いてみたい。
「二重契約執行か……あの時は夢中だったからな。白蓮、黒蓮……ちょっとやってみるか?」
『ピョー!』
『『『がうっ!』』』
顕現陣から蓮煌、氷蓮、銀蓮を取り出して霊力で操って浮かせる。
「行くぞ、白蓮、黒蓮。二重契約執行!」
『うん!……あれ?』
『『『ガァアアア!……ガウ?』』』
白蓮と黒蓮は元の姿になって契約を執行しようとしたが、魔法陣が発動せず、体が粒子化していない。
「あれ?契約が、出来ない……?」
「……天音、白蓮だけで契約をしてくれる?」
「え?あ、はい!」
アリス先生に言われた通りに蓮煌を手に持って白蓮と契約をする。
「白蓮、契約執行!」
『うん!って、あれぇ!?』
「ほ、鳳凰剣零式すら契約が出来ない!?」
一体どう言う事なんだ!?
擬人変身魔法の時はともかく、鳳凰形態でアーティファクト・ギアの契約執行が出来ないなんてどう言う事だ!?
「アリス先生、これはどう言う事ですか!?」
「うーん、これは推測だけど二重契約執行の所為で契約システムにバグが出たかもしれないわね」
「バ、バグ!?」
「天音は色々アーティファクト・ギアの契約に無理や不可をかけてしまったからこうなったのよ。仕方ないから、後で私が魔法陣の調整をして上げるわ」
「お願いします……」
「ただ、これだけは忘れないでね。これから先、契約をする度にバグが何度も起きてしまうからね」
「は、はい……」
白蓮と黒蓮との二重契約執行が、俺達のアーティファクト・ギアの契約にバグを起こしてしまうか……下手をしたら肝心な時にアーティファクト・ギアで戦えなくなるかもしれないな。
俺は蓮煌達を顕現陣に仕舞い、左手を強く握り締める。
「二重契約執行は、最後の手段として使います……」
「そうね。最強の切り札は最後に取っておくのが得策ね」
契約のバグはアリス先生が魔法陣の調整をしてくれるので、ひとまず置いておく。
「……アリス、一つ頼みがあるんだけど」
そして、話を切り出したのはペルセポネさんだった。
「あら?冥界の女王が頼み事なんて珍しいわね。内容は何かしら?」
「えぇ。サクラを……サクラをこの学園に通わせてく欲しいの」
「んもっ!?ね、姐さん!?何を……」
サクラは口に含んだケーキを慌てて一気に呑み込んでペルセポネさんに聞いた。
「そのままの意味よ。サクラ、あなたは一度も学校には行ってないんだからそろそろ地上の学校で学んでも良いんじゃないの?」
「ペルセポネ、頼みを聞く以前に詳しく説明してもらえるかしら?何故その子が冥界の断罪者になったのかも……」
「……わかったわ」
ペルセポネさんはサクラが冥界に選ばれた断罪者になった理由と天聖学園に通わせたい理由を話し始めた。
「あれは今から十年前。サクラはギリシャに住む普通の子供だった。だけど、当時活発に動いていた精霊狩りの……特に殺人を好む異常な殺人鬼によってサクラの両親は殺されたの……」
最初から既に衝撃的な話だった。
璃音兄さんと花音姉さんと同じくサクラの両親が精霊狩りに殺されていたなんて……。
「サクラも殺されそうになったその時にギリシャで“時空地震”が発生したの」
時空地震。
それは人間界と聖霊界の間で起きる巨大な地震で、原因は未だに解明されていないがその地震が起きると時空が歪んで別の場所や世界に飛ばされてしまう天災だ。
「その時空地震にサクラと殺人鬼は巻き込まれて飛ばされた先は……偶然にも、私達の住む冥界の入り口だった。そして……私とサクラが出会った」
ペルセポネはサクラの頭を撫でてさらに話を続ける。
「ちょうど私は母の元へ里帰りをしようと冥界の門から出たら生者が二人もいたから驚いたわ。サクラは私を見るなり涙ぐんで抱きついてきて、助けてと言ってきたの。そして、殺人鬼はあろうことかサクラだけでなく私も殺そうとした……」
その先は聞かなくても何となく分かってしまう。
死を司る冥界の女王を殺そうとするなんて、なんと命知らずと言うべきか。
「本来ならば冥界に来てしまった生者は地上に送り返すつもりでしたが、私はその殺人鬼の犯してきた罪を見て考えが変わり……ケルベロスを呼び出してその殺人鬼を喰い殺させました」
一瞬だけペルセポネさんが殺意を持った瞳になった……それはサクラと同じ断罪者としての瞳だった。
「殺人鬼を殺し、魂を冥界に送った後にサクラを地上に送ろうと思いましたが、サクラはそれを拒否しました……」
「あの時の姐さんは何というか、恐かったけどとても綺麗だった……」
口を閉じていたサクラはその時の自分の気持ちを打ち明けた。
「俺は、あの殺人鬼のように平気で大きな罪を犯す人間が許せなかった。だから……」
「サクラは力を欲した。自分のような人間を生み出さないために、自ら冥界の力を望んだのです」
それが、サクラの断罪者としての原点。
璃音兄さんと花音姉さんは最初から蓮宮神社の神器と武術があったけど、何もないサクラはペルセポネさんとケルベロスの力に惹かれて冥界の力を望んだのか……。
「正直の話、私は戸惑いました。未来ある子供に冥界の力を託して断罪者としての道を歩ませていいのだろうかと……しかし、幼いながらもサクラは既に覚悟を決めていました。ハデスと話し合い、サクラを冥界の断罪者として育てることにしたのです……」
「幸いにもぉ、サクラには冥界の力や闇の属性を扱える体質だったからなぁ、断罪者には打ってつけの人材だったんだよぉ」
ハデスはそう言うが、ペルセポネさんは浮かない表情だった。
「戦い方や罪と罰の教えなどをハデスが、私はサクラに人間の教育をしてきました。私は冥界の女王と言われていますが、他人を思いやり、愛する気持ちはあります。だから、サクラを……自分の息子として心の底から愛しました」
サクラはペルセポネさんを姐さんと呼んでいるが、ペルセポネさんにとってサクラは本当に息子同然の存在だった。
「そして、数年の時間と共に成長して強くなったサクラは断罪者として多くの罪人を倒して冥界に送り込みました。しかし、私は今でも迷っているのです……サクラを断罪者にするべきだったのか、人間として生活させるべきだったのかと……」
「姐さん、断罪者は俺が自ら選んだ道だ。あなたが悩むことなんて無いよ」
「そうはいきません!!」
突然大声を出してペルセポネさんはサクラの肩を掴んで自分の胸に抱き寄せた。
そして、震える声でサクラを強く抱き締めた。
「だって、子供のいない私にとっては、あなたはたった一人の大切な息子だから……母親として、息子には幸せになって欲しいと願うのよ……」
「姐、さん……」
血の繋がりだけが親子じゃない。
1ヶ月前に妹の風音の悲しみを受け止めた母さんの事を思い出した。
女性と言うか、母の子供を思う愛は偉大だなと実感する。
そして、アリス先生は二人の言い分に対して打開策を考えた。
「私に一つ、考えがあるわ。断罪者として戦いながら、天聖学園の学生として通える方法をね」
アリス先生は小さな魔法陣を展開すると中から見覚えのある古い鍵を取り出した。
「世界中のあらゆる場所の扉に繋がる魔法の鍵、境界輪廻よ」
アリス先生は境界輪廻をサクラに投げ渡し、次に魔法陣から取り出したのは古い世界地図だった。
「次はこれよ。この地図に冥界に裁かれるべき大罪人のいる場所を地図に記されるように魔法をかけるわ」
いつものようにアリス先生は指を鳴らし、世界地図に魔法をかけた。
すると、地図に赤く光る点がたくさん浮かび上がった。
どう言う魔法を使ったのか理解できないけど、本当にアリス先生は凄い魔女だと改めて思い知らされた。
「これで良いわ、使いなさい」
「本当に大罪人が記されているのか……感謝するぞ。あれ?」
「どうしたのかしら?」
「赤い点が一つ消えた……」
「それはつまり……その地図に記された大罪人が捕まったか、裁かれたって事よ」
もう一度指を鳴らして地図に魔法をかけた。
「なるほどな……ん?じゃあこの青い光の点は?」
赤い点だけじゃなく地図には青い光の点が浮かび上がった。
「追加の魔法よ。そこにはあなたと同じく大罪人を裁こうとする人達を記しているわ。大半は天星導志のメンバーだと思うけどね」
「天星導志って、あの正義の組織と言われている……」
「そうよ。天聖学園に通いながらこの地図に記された大罪人を裁くのはどうかしら?」
「確かにこれなら断罪者と学生の両立も可能だが……」
「サクラ」
ペルセポネさんは先ほどとは違う真剣な眼差しでサクラを見つめていた。
「あなたのお母さんとして、冥界の女王としてあなたに命令するわ。天聖学園に通いなさい。あなたは人間なんだから、人間としての幸せを持ちなさい」
「……分かったよ、姐さん」
「うん、それで良いわ」
サクラは天聖学園に通うことを受け入れ、ペルセポネさんは笑顔を浮かべてサクラの頭を撫でた。
「じゃあ、私が学園長のおじいちゃんに話しておくわ。月曜日から学友ね、サクラ」
学園長の孫娘である千歳はウィンクをサクラに向けた。
「あ、ああ。よろしく頼む……」
千歳にウィンクをされて頬を赤く染めるサクラ。もしや……。
「サクラ、言っておくけど千歳は俺の女だからな?昨日の決闘で勝ったのは俺だぞ?」
「そんな事はわかっている。だがな、それでもまだ俺は千歳に惚れている!だからお前から奪ってやるぜ!!」
ここに来て数日前の決闘に続く更なる宣戦布告……また面倒な事になったな。
「悪いけど、千歳には渡すつもりはさらさら無いからな」
「望むところだ!!」
こんな事は考えた事無いけど、俺とサクラはライバルだ。
これからも共に戦い、競い合う仲になるだろう。
だけど、サクラにだけは絶対負けるわけにはいかない。
「はははっ、これからも騒がしくなりそうだな!」
「うん……でも、楽しいかも」
サクラの転入に恭弥と雷花さんは楽しそうに笑っている。
「桜花の断罪者……私達にとって新しい刺激を与える存在になりそうですね」
「ふん、そうだな……」
雫先輩と迅先輩はサクラに対してのこれからを期待している。
「親方様から奥方様を狙うとは、油断できないでござる」
「私達で旦那様を支援いたしましょう」
刹那と麗奈は千歳をサクラに奪わせないよう俺に協力してくれる。
頼りにしているよ、二人共。
「アリス、サクラの事をよろしくお願いします」
「断罪者として、みっちり鍛えてくれよぉ」
「ええ。任せてちょうだい」
ペルセポネとハデスからサクラの事を頼まれ、アリス先生は快く了承した。
こうしてサクラは天聖学園の生徒の一人となった。
そして、更に恭弥が面白いと言う理由でサクラを冒険部に入部させてしまった。
益々俺の周りが騒がしくなるのは確定で、俺の悩みの種がまた増えるのだった。
☆
ペルセポネとハデスから冥界の断罪者・サクラを頼まれてみんなを見送った後に一人となった。
私はこの地下室でまだ誰にも見せていない部屋に訪れた。
そこは殺風景な部屋だったが、部屋の中央には青く輝く綺麗な球体が浮かんでいた。
「さて、どこまで完成したかしら?」
私はその球体の前に立ち、右手でそっと球体に触れた。
球体に触れた瞬間に球体の輝きが増し、私はその光に包まれて部屋から消えた。
そして、数秒後に私がいた場所は天聖学園ではなかった。
そこは大自然が広がる場所で想像を絶する絶景だった。
果てしなく広がる海、海の上にそびえ立つ陸、その陸の上に生える生い茂った森……人間が一切手を加えていない未開の世界だった。
『アリス!』
「あら?みんな、調子はどうかしら?」
私の前に現れたのはサラマンダーを始めとした私から生まれた十三体の精霊達、エレメンタル・スピリッツだ。
『“星界”の自然は完成した。後は修行用の施設を作るだけだ』
「そうなの?ありがとう、みんな」
この世界は人間界でも聖霊界でもない全く異なる世界……『星界』。
イギリスで九つの首と再生能力を持つ怪物・ヒュドラを倒す時、世界と世界の狭間である『境界』で私の究極創世魔法である『星界創造撃』を発動して新たに創造した世界。
この星界は天音達冒険部の修行場所として創った。
しかし、ただ世界を作っただけでは意味はなく、何もなかったので十三の属性を持つエレメンタル・スピリッツ達に頼んで膨大な自然を創ってもらった。
後は修行用の施設や宿泊用の宿を作ったりして完成となる。
「さてと……世界創造のラストスパートと行こうかしら?」
私は杖を呼び出して指を鳴らし、施設作りに励んだ。
そして、私はこの星界に驚愕する天音達の表情やリアクションを楽しみに待っていた。
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イギリス編でアリスが創った星界をようやく出せました。
次回は修学旅行編の前に天音達が修行を行います。
設定集はまた後日投稿します。




