第5話 前代未聞の召喚!?
遅くなりましたが、やっと主人公の天音の召喚です。
「ただいま~!!」
無事とは行かなかったが、契約を終わらせた千歳は九尾の銀羅と共に戻ってきた。先生は少し腰を抜かしていたが、千歳が無事で安心した様子だった。
「おかえり、千歳。それから……」
「ん?」
パサッ……。
「ふわっ!?」
「それを着ていろ」
俺は千歳に自分の制服の上着を被せた。男子用で千歳にはかなり大きいが、狐火でボロボロになった制服よりはマシだろう。
「ありがとう、天音。えっと、よいしょっと!」
千歳は俺の制服を羽織り、ボタンをしめた。予想通り俺の制服は千歳には大きく、裾の部分とかがかなり大きかった。
「うわぁ、ぶかぶか~」
「当たり前だろう? 俺と千歳じゃ体格が違うからな」
「でも……」
「でも?」
クンクンクンクン。
「天音のいい匂いがするよ~♪」
「ぶふっ!?」
裾のあたりを鼻で匂いを嗅ぐ千歳に吹き出してしまった。もうダメだ! ここまで変態に磨きが掛かっているなんて俺にはどうしたらいいかわからないよ!
「今度はワイシャツを貸してね♪」
「何そのプレイ?」
『……千歳よ。この男は何者だ?』
隣でこの光景を見ていた銀羅は俺を見ながらそう尋ねてきた。
「あ、銀羅。紹介するね。彼は蓮宮天音。私の未来の旦那様だよ♪」
「違うからな!? 変な紹介をするな!!」
すると、銀羅は興味深そうに俺を見つめてくる。
『ほう。千歳の未来の旦那か……では、これから“旦那”と呼ばせてもらおうか』
「どうしてそうなるんだ!? 別に呼ばなくてもいいからな!」
『それでは、“旦那”。私の事は銀羅と呼んでくれ』
「聞いてないし!」
一応九尾こと銀羅には気に入られたのはいいけど、旦那と呼ばれるのは止めてほしい。
「相変わらず尻に敷かれているなー、天音は」
『将来が楽しみ――ではなく、少々不安だな』
俺が悩んでいるのにこの光景を楽しそうに見ている恭弥と悟空を千歳は睨みつける。
「銀羅。あのお猿さんの隣にいる男は私から天音を奪おうとしている男よ」
『何? と言うことは、私たちの敵か?』
「そうよ! 私の永遠の宿敵よ!」
「待てぇい! どうしていつの間にか宿敵にランクアップしてんだよ!?」
『えっ!? 俺の相棒はそんな趣味を持っていたのか!?』
「悟空も千歳の言葉に惑わされるな!!」
…………何この混沌とした状況は? 今すぐにバトルが勃発しそうな状況だったが、俺はこれから自分と契約する聖獣を召喚するという大切なイベントがあるのでささっとその場から逃れた。
☆
「次は蓮宮君です」
「はい!」
先生に呼ばれて遂にこの時が来た! あの後……千歳と恭弥が俺を巡って乱闘を行ったが、銀羅と悟空が二人を止めてくれた。ある意味で助かった……。
「天音、頑張ってね~!」
「派手な聖獣を呼べよ!」
乱闘を繰り広げながら怪我を全くしてないふたりの声援を受けながら俺は魔法陣の上に立つ。大きく深呼吸をして蓮煌を右手に持つ。さあ、来てくれ!
「我が名は“蓮宮天音”。人の世界と聖なる獣の世界、二つの世界を結ぶ架け橋をこの聖なる樹の下に繋ぐ。我は夢を追う者也」
魔法陣が輝き、聖獣を召喚するための階段を一段ずつ登る。そう言えば、詠唱にある“夢を追う”ってあるけど、俺はまだ夢を一つも持っていない。
「共に往かん、永遠の地へと。我が純粋なる魂と共鳴せし者よ」
だけど、俺は今の人生に満足している。けど、それじゃあいけない気がする。
「我の声、思いに応えよ! 来たれ、我と共に契約を望むこの時を!!」
だから、一緒に夢を見つけたい。どんなに小さなことでも、叶えたい夢を見つけていきたい。
「聖獣、召喚!!!」
君と、一緒に――!!
爆発が起き、煙が舞う……。俺は目を凝らして聖獣の姿を見ようとした。しかし……。
「あれ?」
そこには聖獣の姿がどこにもなかった。代わりに小さなものがちょこんと魔法陣の中心に置かれていた。煙がゆっくりと止み、その姿が明かされる。
「卵……?」
思わず目を見開き、呆然とした態度で呟いてしまう。
そこにあったのは間違いなく卵だった。ただし、大きさはニワトリの卵の大きさではなく10cmぐらいの大きさがあるちょっと大きな卵だった。その卵には不思議なところがあった。卵の表面が虹色に輝いていて、常に色が変化していた。
綺麗だと思った俺はその卵に近づいて両手で掬うようにやさしく持ち上げた。ずっしりと重みが両手にかかり、わずかに暖かい温もりを感じる。
「何の、卵だろう……?」
いろいろな角度から卵をじっくり眺めてみるが、常に色が変化するその卵に思わず見とれてしまう。
「天音、それ何の卵?」
「お前は派手とは真逆なもんを呼んじまったな」
千歳と恭弥が俺の傍まで来て卵をじっくり見る。
「うーん、どうしましょう……」
「この卵、いつ生まれるんだよ?」
「わからない。だけど……」
俺は卵に耳を当てて音を聞いた。
ドクン……ドクン……ドクン……。
卵から微かに心臓の鼓動が耳に伝わる。この卵の中に入っている子はまだ生きている。生まれようとして今も卵の中で頑張っているんだ。
「ちゃんと、この子のお母さんのもとに返さなきゃいけないよな……」
せっかく召喚した聖獣の卵だけど、まだ生まれてもないのに母と引き離すわけにはいかないので、卵を魔方陣の上にゆっくりおいて聖霊界に送還する準備をする。
『待て』
「銀羅?」
銀羅が話しかけると高くジャンプして俺の前に降り立つと、九本の尻尾のうちの一本を卵の表面に軽く触れて何かを感じ取る動作をする。
『……旦那。このままこの卵を聖霊界に返さない方がいいかもしれない』
「はい?」
『この卵の親……いなかった』
「「「えっ!?」」」
銀羅の言葉は俺たち三人に衝撃を与えるに十分な威力だった。その言葉の意味を銀羅はゆっくりと話す。
『私の九本の尻尾はただの飾りではない。それぞれに強力な妖力が込められていて、特殊な力を宿している。そのうちの一本で私は今、この卵に刻まれた時間の記憶を感じ見た』
「す、凄い……」
流石は最強の妖狐である九尾。その力はただ強力な狐火を放出するだけではなかったのだった。
この世の全ての万物にはそれぞれが過ごしてきた時間がその表面や中身に記憶として刻まれている。人間の場合は見たものや感じたこと、覚えていることが主に脳に記憶されるが、この卵の場合は表面の殻の部分がずっと見てきたものを銀羅の妖力が込められた尻尾で読み取った。
「流石は私の相棒ね。それで、銀羅はこの卵から何を見たの?」
千歳が銀羅の頭を撫でると、若干暗い表情を見せながら呟く。
『……何もない』
「何もないって?」
『そのままの言葉の意味だ。この卵は廻りに何も存在しない殺風景な世界でたった独りぼっちだ。自分を産んでくれた母親も守ってくれる父親もいない。この卵は……気が付いた時からずっと孤独で、独りで過ごしていた』
「ずっと、独りで……?」
『だから、旦那がこの卵を送り返せばまた独りぼっちになってしまう。それに……この卵は今日中に産まれる』
銀羅の口からさっきよりも強烈でインパクトのある言葉を口にする。
産まれる。この卵に眠っている何かの赤ちゃんがもうすぐ産まれようとしている。それを聞いた時に俺の心は迷いを打ち消して決心を作り上げた。
「――育てる」
「天音?」
「俺がこの卵を召喚したんだ。俺が責任を持ってこの卵を預かる。そして、産まれてくる赤ちゃんを俺が立派に育てる!」
これが俺の決心。このまま卵を聖霊界に送り返せば、卵から生まれた赤ちゃんは独りで死ぬかもしれない。それをただ見過ごして自分は別の聖獣を召喚して契約することはできない。そこに焦った表情をした葛葉先生が俺に駆け寄ってくる。
「は、蓮宮君! さっきから黙っていましたけど、人獣契約はどうするのですか!?」
「先生、この卵は俺が召喚しました。だから、責任を持って――」
「だとしても、仮にその卵から産まれた子と契約するには小さすぎます。ある程度成長するにも長い年月が掛かりますし……」
「だとしても、この卵は俺が引き取ります」
誰が何と言っても俺はこの卵を引き取る。そして、無事に卵を孵らして産まれた子を育てる。契約云々よりまずはそれが大切だ。この決心は揺らぐことは無い。そこに千歳が先生の肩に手を置いて話しかける。
「葛葉先生。こうなった天音は鉄よりも固い頑固で自分の考えを曲げることはありませんよ」
「天堂さん……」
「先生、ちょっと耳を貸してください」
千歳は葛葉先生の耳元で周囲に聞こえないように何かを囁く。30秒くらい何かを話すと、葛葉先生は千歳から何を聞いたのか知らないけど、酷く驚いた表情をして俺の方を向いた。
「蓮宮君」
「は、はい」
「これは……人獣契約の特例中の特例ですが、蓮宮君の契約を先伸ばしにします」
「えっ?」
どういう事だ? こんなあっさり認められるなんて……もしや。
「千歳、先生に何を言った?」
「ふふふ。さあ、何でしょうかね?」
意地悪で何かを企んでいるような表情をする千歳は俺の周りを歩いてニヤニヤしている。この幼馴染が何を言ったのか聞くのが怖くなってきた。
「ほら、責任を持って引き取るんでしょ?」
魔法陣の中央に置いた卵を持ち上げて渡してくる。
「あ、ああ」
卵を渡され恐る恐ると卵を両腕で抱きしめると、さっきと持ち上げた時と同じ温もりと鼓動が伝わる。すると千歳が卵を優しく撫でる。
「天音、私も手伝うから一緒に良い子に育てようね」
「……期待しているよ」
今日の契約の儀で新入生のほぼ100%は無事に聖獣を召喚して契約をしたが、ただ一人の俺だけはまだ契約を果たしていない。だけど、この卵は俺が召喚した。必ず無事に孵して大切に育ててやるんだ。
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天音が召喚してしまったのは謎の卵でした。
次回、卵から何かが産まれます!