第94話 聖獣達の宴
今回はタイトル通り聖獣達オンリーの話です。
十月の肌寒くなってきた真夜中。
生徒や教師達が皆寝静まる中、天聖学園の一角にある巨大で不思議な力を宿す大樹、聖霊樹の元に大きな集団がいた。
その集団は天聖学園に在学している生徒達の契約聖獣達で、それぞれが幾つかのグループを作ると、聖霊樹の周りに座るとお弁当やお菓子、更にはお酒やジュースなどの飲食類を広げて宴会を始めていた。
今は夜だが聖霊樹から蛍のような不思議で淡い光を放っていたのであまり暗くなく、心が落ち着くような不思議な雰囲気の中で聖獣達は宴会をしていた。
そして、そこに四人の聖獣達が訪れた。
『みんなたのしんでいるねー』
『『『凄い、こんなに沢山の聖獣がいる!』』』
『相変わらず聖獣達は宴が好きだなー』
白蓮、黒蓮、銀羅の三人が楽しそうな宴会の風景を見て笑顔になる。
ちなみに、今の聖獣達は聖獣同士にしか伝わらないテレパシーのようなもので対話している。
そして、今回初参加の一人が驚きながら宴会の風景を見ている。
『まさか人間と聖獣の学び舎で秘密の宴会が行われるなんてな……』
それは、先日新たに天聖学園に入った契約聖獣……九尾の妖狐、銀羅の姉である金羅だ。
だが、金羅は酒呑童子に妖力と生命力を奪われてしまい、現在千歳の中で肉体を癒しているので外には出られない。
そこで、真夜中に千歳が眠りについた時に千歳自身の肉体を契約執行させたアーティファクト・ギアの絢爛九尾を発動させて千歳と金羅の意識を交代し、千歳の肉体を使って宴に参加したのだ。
そして、銀羅と金羅の手には大きな重箱のお弁当があった。
これは白蓮達が頼んで料理上手な天音が事前に作った物だ。
『おーい、白蓮!こっちだこっち!』
『ガハハハハッ!早くせんか!』
いち早くレジャーシートを広げて待っていた悟空とトールが手を振って白蓮達を呼んだ。
『お待ちしておりました』
『遅かったな……』
『『『来たな、兄弟!』』』
そこにはソフィーとクラウドとツバキも一緒に座っていた。
銀羅と金羅はお弁当をレジャーシートの中央に置き、風呂敷を広げて重箱をバラバラにして天音のお弁当を広げる。
『『おおーっ!』』
重箱のお弁当箱の中には天音が作った料理が中に敷き詰められており、美味しそうな匂いを漂わせる。
『さすがはちちうえ!おいしそうなりょうりばかりだ!』
『では、全員集まった所で乾杯するか!』
ジュースや酒の入った杯やコップを全員に渡し、年長者である悟空とトールが乾杯の音頭を取る。
『それでは、新たに俺達の仲間になった……金羅よ!』
『我々は歓迎するぞ!これからもよろしく頼むぞ!』
今回の宴で新たに千歳の契約聖獣となった金羅の歓迎会を兼ねて行われるのだ。
『『ようこそ、天聖学園へ!乾杯!!』』
カラン!
杯やコップを軽くぶつけ、冒険部所属の聖獣達による宴が始まった。
早速天音が作ったお弁当の料理に手をつけて食べ始める。
『おっ!美味い!流石は天音だな!』
『ふぅむ……相変わらずの女子力の高さ……我が国の女子にも学んでもらいたいくらいじゃな!』
悟空とトールは天音の料理に喜んでいた。
ソフィーとクラウドは残念ながら食べられないが、お弁当から漂う美味しそうな匂いを楽しんだ。
『『『う、美味え!弟よ、いつもこんな美味しいもんを食べているのか!?』』』
ツバキは三首で料理をガツガツ食いながら弟の黒蓮に聞いた。
『『『いつもじゃないけど、天音はパンケーキをよく焼いてくれるよ』』』
『『『パンケーキだと!?今度サクラに頼んでみるかな……』』』
サクラに頼み事をしようか考えながらツバキはまたガツガツと食べ始める。
『如何ですか、姉上。旦那の料理は?』
銀羅は金羅が始めて食べる天音の料理の感想を聞いた。
『……美味い。冷たいはずなのに、まるで出来たての料理を食べた時の心が温まるようなこの不思議な感じは何だ……?』
金羅は千歳の肉体を通じて天音の作った料理をゆっくりと味わいながら噛み締め、心が温まる不思議な感覚を体感していた。
『それはちちうえがこころをこめてつくったからだよ!』
『そう言えば旦那は料理は誰かに食べてもらう時に愛情を込めて作ると言っていたな』
『愛情か……なあ、銀羅よ。一つ尋ねたいのだが』
『何か?』
『天音は……本当に男なのか?』
『はい……?』
『見た目は美少女で髪も長い。料理が上手で気配りも出来ている。これで男というのは難しいだろう』
確かに金羅の言うとおり天音は本当に男かどうか疑ってしまうほどの見た目や性格をしている。
しかし、金羅の言ったそれを天音本人が聞いたら確実にショックを受けていることは間違いなかった。
『姉上……気持ちは分かりますが旦那は男です。事実、そこにいる男共が一緒にお風呂とかに行っているので間違いないです』
『そうか。それなら信じるしかないが……あっ、そうだ。今度千歳の目を通じて天音が本当に男かどうか見ればいいのだ!』
『姉上、あなたはいつからそんな変態になったんですか?先日京都を滅ぼそうとした九尾の妖狐としての威厳はどこに消えたんですか?』
千歳の肉体に憑依していることをいい事に明らかに危ない事をしようとしている金羅に銀羅は的確で鋭いツッコミを入れる。
『まあそれは半分冗談だとして』
『半分は本気ですか?』
『話は変わるが、お前達に聞きたいことがあるのだ』
急に真剣な表情をする金羅に全員は一体何の話をするのかと緊張が走る。
『お前達は人間達と契約してかなりの時間が経過しているはずだが、正直な話、人間達と一緒にいてどうなんだ?』
『それは、私達が契約者と共にいて幸せかどうかと言う意味ですか?』
いち早く金羅の質問に答えたのはユニコーンのソフィーだった。
『大体そんなところだ。今から約百年前に人間と聖獣の絆を結ぶ契約の法が生まれたが、その当時の私自身は人間という存在を信じてはいなかった。今は千歳や銀羅のお陰で少しは信じられるが……実際にこの学園で人間に召喚され、契約を結んで一緒に暮らしている他の聖獣達はどのような気持ちで居るのか知りたいのだ』
それは人間を憎んでいた金羅としての客観的な視線では分からない、実際に人間達と契約を結んでいる聖獣達本人の思いを知りたいのだ。
『では、私が最初に話しましょう……私が雫に召喚されたのは一年以上前の話です』
ソフィーは昨年の四月に雫に召喚された時の事を思い出しながら話し始める。
『私達ユニコーンは元来清らかな乙女にしか懐きません。召喚者である雫は清らかな少女でしたが、周りには雫以外の人間がいた所為で穢れるのを恐れた私は暴走してしまいました……』
『それで?人間を傷つけたのが?』
『いいえ。暴走する私の前に槍を持った雫が立ち塞がり、真正面から戦いました』
『ほう……』
『しかし戦うと言っても雫は私を決して傷つけず、疲れさせて動けなくなるまで戦い、暴走を止めた私に“人間の心”について教えられました』
『人間の、心?』
『医者を志し、医学の知識を持つ雫は人間の持つ心について話しました。人間の持つ恐ろしさや醜さ……ですが、それと同時に人間の優しさや美しさも知りました。私はそれを聞いて人間に対する拒絶心が和らいでいき、暴走しなくなりました。私は……雫のお陰で変われる事が出来たのです』
『なるほどな。契約者のお陰で自分自身を変えれたのか』
ソフィーの体験談を語ると、次に雫の執事である迅に召喚されたペガサスのクラウドが語る。
『俺は迅に召喚された。最初は寡黙で何を考えているか分からなかった。つまらない男だなぁ、と思ったが……』
クラウドは小さく笑みを浮かべ、その時の事を思い出す。
『迅はつまらない男ではなかった。その身には熱い魂を持っており、雫を守るための剣……破魔之御剣を持つ者としての孤高の姿。俺は迅の生き様に惚れたのだ』
『契約者の生き様……それもまた一つの理由か』
金羅はクラウドの思いにうんうんと頷いて納得すると、次に悟空が語る。
『俺は恭弥の夢を応援したいんだよ。あいつの夢……人間界と聖霊界を冒険するっていう、大きな夢をな!!』
悟空はニッと笑みを浮かべ、テンションを上げながら自分の体験談を含めながら言う。
『俺は大昔にお師匠様や兄弟弟子達と一緒に天竺まで旅をした。だけど、恭弥の夢はその旅よりも更にスケールがデカイ!俺は一緒に恭弥の夢を見て行きたいんだ!』
『契約者と一緒に同じ夢を見るか……面白い奴だな』
『次はワシだな!』
酒を飲んで悟空以上にテンションが上がっているトールが言う。
『ワシは雷花に召喚されてからワシ自身の世界が広がった!強い奴らに初めて見る世界!雷花のお陰でワシの狭かった世界に新たな世界を導いてくれたのだ!』
『召喚により世界が広がった……なるほど、そういう答えもあるか』
四人の聖獣の話を聞き、少しずつ人間と聖獣の不思議な関係について学んでいく金羅。
『次は……天聖学園で召喚されていない冥界の獣達か』
次に話を聞くのは冥界でサクラと契約を結んだツバキと、サクラから天音に契約を移行した黒蓮だ。
『『『俺は断罪者の獣としてサクラと共に罪人を裁いている。俺は相棒としてサクラの行く末をこの目で見てみたいのだ。サクラが断罪者として闇に堕ちるのか、それとも光を見つけるか……』』』
断罪者の道は罪人を裁いていく、暗くて深い闇の道……その中でサクラが闇に堕ちるか、それとも光を見つけるのか……相棒の冥界獣はそれを見届けるのだ。
『『『僕はサクラから天音に契約を移行した……初めてなんだ、誰かと一緒に居たいという気持ちは。僕は天音と白蓮、みんなと一緒に生きて行きたいんだ!』』』
冥界獣として生きるはずが、不思議な出会いから天音と一緒に生きる道を選んだ。
『片や契約者の行く末を見守り、片や偶然出会った新たな契約者と共に生きたいと願う……同じ冥界で生まれた冥界獣でも、契約者に対する思いや考え方は違うのだな』
同じ冥界で生まれたツバキと黒蓮の思いや考え方に少し興味を抱く金羅だった。
次はこれまた他の聖獣とは召喚と契約の経緯が異なる鳳凰の白蓮だ。
『ぼくは……ちちうえにまだうまれてない、たまごのままからしょうかんされたんだ』
『何?お前を産んだ母鳥はどうした?』
『わからない。いなかったみたいで、なんのせいじゅうかわからないぼくをちちうえとははうえは、ここまでそだててくれたんだ』
『つまり……他の召喚された聖獣とは異なり、お前が召喚される前の世界はなく、天音達といるこの世界がお前の生きる世界か……』
『うん!ぼくはみんなとずっと、ずっといっしょにいるよ!!』
白蓮の無垢な笑顔に金羅も、思わず笑顔になって白蓮の軽く頭を撫でた。
白蓮を産んだ母鳥である鳳凰が生きているのか分からないが、白蓮は寂しくはなかった。
何故なら白蓮には側にいる大切な家族がいるから。
そして、最後は金羅の妹の銀羅だった。
『私は、母上を亡くし、姉上と生き別れてから誰にも頼らず、誰も信じずに一人で生きていました。もちろん、母上を殺した人間を憎んでいました。しかし、千歳に召喚されてから私の全てが変わりました』
召喚される前は金羅と同じく人間を憎んでいた銀羅。
だが召喚によって銀羅は運命である出会いを果たした。
『今思えばあの召喚は運命だったと思います。母上が転生した少女だったかもしれませんが、母性溢れるその性格に包み込まれて私の憎しみの心が癒されたのです』
『なるほどな。流石は母上の魂を待つ千歳と言うべきだな……』
『私は千歳の契約聖獣になれてとても幸せです。こうして、姉上と千歳の中にいる母上と再会して一緒に生きる事が出来たのですから』
『そうだな。私も幸せだ……』
千歳に出会ったことで幸せになる事ができた銀羅と金羅の九尾の妖狐の姉妹。
そして、金羅は八人の契約聖獣達の話を聞いてある答えを導き出した。
『私は以前、聖獣は人間よりも優れていて高貴な存在だと信じていた。だが、実際は違う。聖獣も人間と同じく未熟な存在同士なのだ。百年前に聖獣と人間の契約の法が生まれたが……未熟な聖獣と人間が召喚によって出会い、契約聖獣と契約者の関係になる事で、お互いを成長させて良い影響を与えるのだ』
人間と聖獣の契約はただの出会いじゃない。
契約者である人間と契約聖獣である聖獣を成長させ、良い影響を与えるこの世界にとって大切な出会いなのだ。
金羅はその事を良く知り、自分自身を変えていく千歳の契約聖獣としてこれからも一緒に生きていくことを誓った。
そして、この場にいる妹や仲間達ととこうしていつまでも笑いあえるよう願うのだった。
☆
余談だが次の日の朝、千歳は朝から頭が重くなったように痛みが走り、あまりにも気持ちが悪くて一日中ベッドで寝る羽目になった。
これは宴で気分が良くなった金羅が調子に乗って、千歳の肉体を使っていることをすっかり忘れて酒を大量に飲んでしまったからである。
その事を知るのはその場にいた聖獣達だけで、金羅の為にみんなは黙っているつもりだ。
本人は酒を飲んだつもりはないのに二日酔いを初めて体験した千歳はそのまま天音に介抱されるのだった。
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如何でしたか?
人獣契約はただの契約ではなく人間と聖獣を成長させるものなのです。
お互いを成長させて世界をよりよくする……それが百年前の先人たちが考えた未来なのです。
次回は天音が千歳の両親に会いに行く話にしようと思います。
今まで謎だった天音の酒癖発覚です(笑)




