第10話 天音の想い
今回は前半がメインの話になります。
天音君の秘めたる想いに注目です。
そして、後半では生徒会長と副会長の聖獣が判明します。
夜の10時ごろに自室で一休みしている俺は一週間後の試合に向けて少しずつ準備をしていた。
「戦闘装束はこれでいいから、防具は……あったあった」
実家から送ってもらった荷物の一つに少し大きめの木箱があり、蓋をゆっくり開ける。
「よし、特に壊れてないな」
木箱の中にあるのは両腕に填める防具の手甲で、手の甲の部分には蓮宮神社らしく蓮煌と同じく蓮の紋章が刻まれている。この手甲を試合の時に持っていく予定なので今のうちから点検して準備しておく。
「天音ぇ……」
「ん?」
俺を呼ぶ声に反応して後ろを振り向くと、そこにはベッドで眠っている千歳だった。銀羅と一緒にスヤスヤととても気持ちよさそうに寝ているので、多分寝言だろう。ちなみに白蓮は布や綿が入ったバスケットの中で眠っている。
「えへへ……天音ぇ……」
「…………どんな夢を見ている?」
もし他人の夢の中を見ることが出来たら真っ先に千歳の夢を覗くかもしれない。手甲の点検を一時中断して、ニヤニヤしながら眠っている千歳の寝言に耳を傾けてみる。
「好き、大好き、愛してる~……」
「告白の三段活用……?」
「結婚して、子供いっぱい作ろうね~……」
……どうしょう、この子。最早手遅れな領域にまで堕ちてしまった? 昔はあんなにお淑やかだったのに……。虚弱体質が改善されてから何の影響を受けたのかこんなにも愛情表現がストレートで、少々派手好きな性格になってしまった。
「ったく……結婚とか、子供とかまだ早いだろうが……」
ため息を一つついて千歳の額に軽くデコピンをする。
「うにゅぅ……」
デコピンをされた影響なのか、寝言を言わなくなり、一緒に眠っている銀羅を抱き枕のように抱きしめて深い眠りの中に向かった。
「でも、本当に元気な女の子になってよかったよな……」
幼稚園生の時に再開した時の千歳は顔色が悪くとても痩せていて、瞳には光が無いほどの希望を失っていた。満足に体を動かすことが出来ず、いつ死ぬかもしれないという絶望の淵に立たされていた。俺はそんな千歳を見過ごすことはできなくて、それから時間の許す限り毎日一緒にいてあげた。時間はかなりかかったけど、千歳は普通の女の子と同じくらいの体力を持つことが出来て、今では元気溌剌な女の子だ。その事もあってか、俺の長年の行動に感動した両家族は俺と千歳の中を無理やりでもくっつけて、結婚させたいらしい。別に千歳と結婚したくて一緒にいたんじゃないけどな……。
以前恭弥に「実際のところ、お前は千歳の事をどう思ってるんだ?」と聞かれたことがある。その時は適当にはぐらかしたけど、実際のところ千歳の事は……どうだろう?
千歳と一緒にいることが当たり前な俺にとって、千歳は大切な存在だ。この気持ちに嘘はない。だけど、“好き”とか“愛している”って気持ちはよくわからない。だけど……。
ドクン……ドクン……。
高まる心臓の鼓動に胸に右手を当てて抑え込み、左手で千歳の頬に触れる。
「この胸の高まり……俺はやっぱり、千歳の事を好きなんだな……」
少なくとも、他の女の子にこんな感情は持たないし、心臓がこんなにドキドキさせるのは千歳と一緒にいる時だけ。だから、この気持ちは千歳に好意を抱いているからだと思う。
結婚とか子供とかそんな未来の話はまだ考えられないけど、これだけは言える。
「ずっと、一緒にいような……」
こんな台詞、恥ずかしくて千歳が起きている時には絶対に言えないから今のうちに言っておく。でも、いつかはちゃんと千歳が起きている時、千歳と向かい合って言いたい。
「さぁて、手甲の点検の続きをするかな」
首や腕などの体を伸ばして気持ちを入れ替え、途中だった手甲の点検に戻った。
だけど、この時の俺は知らなかった……。
「…………天音」
ベッドで眠っているはずの千歳は実は起きていて、
「私も、大好き。ずっと、天音と一緒に居たい……」
今の俺の告白とも取れる言葉をしっかりと聞いていたことを……。
☆
タッグバトルトーナメントの発表からあっという間に一週間が過ぎ、俺と千歳と白蓮と銀羅は天聖学園のとある施設にいた。
そこは、AGを使用したバトル、通称“AGバトル”の専用闘技場である“AGアリーナ”だった。
そのAGアリーナの観客席は天聖学園の全生徒のほとんどが座っており、満席状態だった。既に開会式は行われ、フィールドではペアを組んだ先輩達のタッグバトルが始まっており、俺達は出番が来るまで個室の選手控え室にいた。
「うひゃあ~。先輩達の戦いは凄いね」
「ああ。そうだな……」
控え室に設置された小型テレビにアリーナで撮影している先輩達のタッグバトルの映像が流れており、時間が来るまで観賞している。これを見た正直な話、俺達の存在が場違いだと思えるほどの見事なAGバトルに驚きを隠せなかった。
ちなみに、今の俺と千歳の衣服はいつもの制服ではない。AGバトルでは自分の好きな衣装を身につけて戦うことを許されている。そこで、俺が着たのは蓮宮神社の神子装束で白衣と緋袴を身に付けている。蓮宮神社では神主以外の人間が神事や戦いをする時にこのような神子装束を着る決まりとなっている。「これじゃあ、見た目はもはや美少女巫女だよ!」と、千歳に言われてしまったが、こればっかりはもう既に何年も前に諦めがついている。更に、両腕には先日用意した蓮の紋様が刻まれて手甲が填められている。
そして、千歳は動きやすく、体のラインが浮き出るライダースーツに似た服装の上に銀の装飾が施された黒のロングコートを着ている。これはアメリカ映画の銃を使ったスタイリッシュな女主人公の共通(?)の黒の衣装をモデルにしているらしい。
確かに凄く格好いいのは認めるが、もの凄く暑苦しく見えるのは不思議ではない。だけど、夜ならその衣装の格好良さが倍増すること間違いないだろう。
すると、控え室のドアがノックされ、
「蓮宮さん、天堂さん、ちょっとよろしいですか?」
葛葉先生の声が向こうから響き、俺と千歳は「どうぞ」と応えた。
「失礼します」
「先生、どうしたんですか?」
「試合前にお二人にお渡しする物があります」
そう言うと先生はスーツの内ポケットから二枚のカードを取り出した。それは、裏も表も一切何も描かれていない白紙のカードだった。
「緊急でしたが、お二人の“ガーディアン・カード”を用意することができました」
ガーディアン・カード(略称GC)と呼ばれるその白紙のカードは人間と聖獣の明るい未来を作り、二つの世界の永久の平和を目指す“世界人獣協会”の公認アイテムである。
世界人獣協会はAGの使用制限やAGバトルなどのルールを決めており、GCはAGバトルの訓練や試合を安全に行えるように、二つの世界の魔法と科学の技術の粋を集めて開発された。
本来なら、GCは来月の学科選択の際に協会から発注して生徒全員に配られるのだが、俺と千歳の為に先生達が急いで協会に申請して発注して貰ったのだが、面倒な手続きとかの関係で届くのが試合直前となってしまった。
「それでは、起動と共に自分の思い描く最高のアクセサリーを頭に浮かばせて下さい」
俺と千歳にそれぞれ渡されたGCを手に持つと、頭の中にアクセサリーを思い描いた。
そうだな……アクセサリーと言っても戦闘に支障が出ない形にしたいな。指輪や腕輪だと手甲の邪魔になるから、だとしたら……よし、あれだな!
チラッと隣の千歳を横目で見ると、千歳もアクセサリーのデザインが決まったらしく、片目を閉じてウィンクで俺に返事する。
「天音、一緒に行くよ」
「了解」
GCを右手で掲げると、そのまま俺と千歳はお互いの右腕を×字に交差させて叫ぶ。
「「ガーディアン・カード、起動!」」
起動の言葉の後、二枚の白紙のGCは白銀色の閃光を輝かせて細かい粒子となる。
白銀色の粒子は右手から俺の重くボリュームのある長髪に集まり、髪をひとまとめにして後頭部で太目の輪になり、粒子から再構築した。伸ばしたままのロングヘアーが見事なポニーテールの髪型となり、GCはカードの形から蓮の紋様と白蓮を模した小さな鳥の姿が描かれた髪留めへと変化した。
一方、千歳のGCは右手首で小さな銀羅と白蓮の姿が描かれたシルバーリングとなる。
GCは最初の起動の一度だけ、起動者が望む形のアクセサリーの“ガーディアン・アクセサリー(略称GA)”に変化する事ができ、そのアクセサリーの形を記憶させる。これにより、次回から起動する時はカードから記憶させたアクセサリーへと変化する。そのアクセサリーを体か衣服に身に付けることによって起動者の体に結界が張られ、攻撃から身を守ることができる。
そして、AGバトルではGAの結界を張った状態で戦い、相手からの攻撃を受けたダメージに比例してGAのエネルギーが消費されて、エネルギーが0%になった瞬間に結界が消滅する。AGバトルの試合では、先に対戦相手のGAのエネルギーを0%にすれば勝利条件となる。
「これで準備はAll Complete。そろそろ、私達の出番のようね」
テレビを見ると、俺達の前の試合が終わり、いよいよ俺達のAGバトルのデビュー戦の時が来た。
「よし、さあ、行くか。白蓮!」
「銀羅! Let's Goよ!」
『ピィ? ピピーッ!』
『ふむ、承知した』
二体を呼ぶ声に反応し、白蓮は俺の頭に乗り、銀羅は千歳に近づいて寄り添う。蓮煌とレイジングを携えていざフィールドに向かう。
「蓮宮さん、天堂さん」
フィールドに向かおうとする俺達に葛葉先生は、
「蓮宮さん、天堂さん、頑張って下さいね。私やクラスメイト達全員が観客席から応援していますから!」
応援のエールを送り、俺達は腕を上げてそれに応える。
「「行ってきます!」」
☆
AGアリーナの観客席は試合の連続で熱狂となっており、フィールドには二人の人物が既に立っていた。
その人物こそ、天聖学園の全生徒代表の生徒会長・雨月雫と副会長・御剣迅である。
「迅、準備の方は?」
「……いつでも行ける。向こうも、来たようだな……」
二人の視線の先には対戦相手である俺と千歳がフィールドに降り立っている。
「今日はよろしくお願いします。生徒会長、副会長」
「全力でぶつかりに行きます!」
「ふふっ……私達も手加減せず、参りますわ」
雫先輩が髪の色と同じ藍色の綺麗なドレス姿でそう言うと、獲物である自分の背丈以上の柄の長さを持つ槍を取り出して構える。
「俺は雫を守る……」
対する迅先輩はシワが一つもない美しいと表現するのが正しいと思えるほどの燕尾服を身に着け、右手の関節を慣らしながら、左腕には武器ではなく防具である楯を装着した。もしかして迅先輩って、雫先輩の執事なのか……?
「では、お二人に私と迅の聖獣をお見せしますわ」
そう言えば、先輩達の聖獣はまだ姿を現してはいない。すると二人は懐からそれぞれ、藍色と白色の気鳴楽器であるオカリナを取り出して息を送り込んで演奏する。
二人が奏でる美しいオカリナの優しい音色がフィールドから天にまで響き渡る。
『『ヒヒーン!!』』
上空に二つの魔法陣が出現し、二つの鳴き声と共に、天を駆け抜ける二つの影がフィールドに舞い降り、雫先輩と迅先輩の側に寄りそう。
それは馬の姿をした二体の聖獣だった。雫先輩の聖獣は水色の毛皮に額に見事な螺旋状の鋭い角を持った馬で、迅先輩の聖獣は汚れが一切ない純白の毛皮に大きな翼が生えた馬だった。
「ご紹介しますわ。この子は“一角獣”の“ソフィー”。それと……」
「“天馬”の“クラウド”だ……」
一角獣と天馬。その二体は聖霊界の馬型の聖獣の中でも代表する二体と言っても過言ではない存在だった。
「さあ、行きますわよ。ソフィー」
「クラウド、行くぞ……」
二人はそれぞれの聖獣の体を優しく撫で、獲物である槍と楯を構える。
「「契約執行!」」
二人の契約執行の声が重なり、ソフィーとクラウドの体が粒子化する。
「一角獣、ソフィー!」
「天馬、クラウド!」
一角獣のソフィーは雫先輩の槍に、天馬のクラウドは迅先輩の楯に入り込みAGの姿へと変化する。
「AG、“ユニコーン・ザ・グングニール”!!」
ソフィーと槍を契約執行させたAGは、槍頭が一角獣の鋭い螺旋状の角と顔を模した形となり、柄の部分には水色の長い布が何重にも巻かれていて握りやすくなっていた。
「AG、“イージス・オブ・ペガサス”!!」
対して、クラウドと楯を契約執行させたAGは、巨大な楯に天馬の姿が描かれ、羽で作られた見事な装飾が施された強固な楯となった。神の槍と神の楯の名を持つその二つのAGは、二人の異名である天聖の神槍と神槍の守護神の名に相応しかった。
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雫会長はユニコーンで、迅副会長はペガサスにしました。
二人は実は主従の関係で、主と執事です。
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