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燕二人  作者: K+
六暦620
8/45

07 家出 Ⅲ

 一の月三日の朝、柴希(さいき)は首都にある自宅を出た。真っ直ぐラル宮殿へ向かう。

 今日も休みなのだが、栩麗琇那(くりしゅうな)琴巳(ことみ)の行き先をまだ掴めていなかったら知らせようと思って出てきた。

 結局、あれから(てい)は再出仕を促してこなかった。それはそれで、罪悪感を抱えている柴希には無言の圧力がかかった。

 柴希に疑いがかからないように、四日の朝開いたことにしてね、と琴巳から手紙を預かっていたが、お咎め覚悟でさっさと〝自首〟した方が気が楽と悟ったのである。


 宮殿内は、(みやこ)の賑わいがすうっと消され、静かな空気が漂っていた。

 宮殿には常に誰か出勤しているが、三日までは、内門に取次役が居ない。三日までの休みを申請し、皇帝から許可をいただいた者が多いからだ。

 先日のように境界で帝を待とうと、柴希は右手に足を向けた。

「柴希?」

 後ろから呼ばれ、振り返った柴希は素早く一礼した。老長(ろうおさ)が、老と呼ばれる年齢とは思えない、力強い足取りで歩み寄ってきた。

「本年も、泰佐(たいさ)老に六神の御加護がありますよう」

「うむ。柴希にも幸いを祈願する」

「勿体無きお言葉、ありがとうございます」

 柴希は敬意をもって挨拶したが、老長の方は、厚情な彼には珍しく形式的だった。今一度、うむ、と応じてから、すぐに問いかけてきた。声をひそめて。

「そなた、本日が初出仕か」

 答える柴希も、無意識に声量を落とす。

「出仕は明日からですが、例年二日に、琴巳様と新年料理の交換をさせていただいておりますれば……」

「では、昨日も参ったのだな」

 はい、と頷きながら、柴希は泰佐の言いたいことを察した。

「琴巳様は、一昨日に、お風邪から熱を出されたそうです」

 それか、と老は短く呟いた。表情を改め、こちらを見直す。

「して、お加減が良くないのか」

「いえ。昨日は既に熱も下がり、お元気になられていました。帝が即刻、蒼杜(そうと)・ハイ・エストをお呼びになったようで」

 柴希は報告してから、皇帝の様子がおかしくなっているのだろうと眉をひそめた。「老は、帝に新年の御挨拶に……?」

「うむ。したらば、げっそりされていたので……」

 泰佐は老という役職に就く前、幼い栩麗琇那の養育係をしていた人物である。今でも彼のことを、我が子のように気づかっているのだ。

 心配そうに顔を曇らせ、老爺は言った。

「そなたは知らぬやもしれんが、栩麗琇那様は碧界から御帰還され酷くおやつれになったことがあってな。今日のお姿はまるで、その時の再現だ。此度はどうしたことかと思ったが、一昨日の御心痛が甚だしく、尾を引いているのが原因らしいな」

「…………」

「おいたわしいが、琴巳様が御回復されたなら、やがて元に戻られよう。柴希、(まこと)、琴巳様はお元気そうだったか」

「は、はい。きびきびと動かれていました……」

「されば、無骨な老僕がお見舞いするのはよそう」

 泰佐は自己に呟くように言ってから、続けた。「そう、柴希、そなたから琴巳様に申し上げてくれまいか」

「承ります」

「栩麗琇那様は、お話しになっていまい――お母上を風邪が元で亡くされたことを。やはり冬の折で、栩麗琇那様が燕様と同じ歳の頃だった」

 柴希は、息を呑む。老は言を継いだ。「恐らくそれ故に、琴巳様がお風邪を召したのは、栩麗琇那様には古傷をえぐられるが如しだったと推察する。御夫君並びに御子の為にも、重々御自愛下さるよう」

「……一句漏らさず、お伝えいたします」

 頼むぞ、と告げ、老長は宮殿の門から去っていった。

 柴希は後ろ姿を見送りつつ、背筋がひんやりしていた。

 あー、もう――帝の意地っ張りっ。

 まさか、そんな過去の事情もあったとは考えもしなかった。琴巳も知らないに違いない。知っていたら、家出にまでは踏み切らなかっただろう。琴巳は夫君に愛想を尽かしたのではないのだから。

 四日に開いたとする予定の手紙は、柴希に長くて八日までの、栩麗琇那と燕の食事の支度を頼む内容なのだ。

 妃付きの女官として、例え(あるじ)の反感を買おうとも、家出は阻止するべきだった……!

 柴希はキュッと唇を噛んだ。

 昼休憩に入るまで待てない。すぐ面会を願い、帝に琴巳の居場所を教えねば――

 たっ、と廊下に足音を響かせ、柴希は取次役をつかまえに小走りに駆けていった。



 名前に合って、皇領月区(げっく)は日が暮れてから活気が増す。歓楽街の規模が、他国を圧倒しているからか。

 琉志央(るしおう)は複数の人種で賑わう歓楽街を横切って、商店を目指していた。

 華やかさと陰惨さが混じり合う、歓楽街でもとりわけ不可思議な界隈への門前を通過した時、何処からか女の声に名を呼ばれた。足を止める。

 人通りがどんどん増えていく時間帯で、その流れに目を放つ。

 この門は花柳への出入口だが、琉志央は娼婦に名乗ったことはない。一体、誰が呼んだのか。

 ぽん、と斜め後ろから肩を叩かれた。振り返ると、おぼろに記憶に残る顔が立っている。勝ち気そうな目が軽く見上げてきた。金髪黒眼は、ロマ公国の典型的な住民の色。

予魅(よみ)か……?」

「何年ぶりだろうね」

 娘は、肉厚の唇をにいっとさせた。「何となく面影で声かけてみたけど、長らく見ない間に、やったら男前になったね」

 かつて彼女とは、同じ屋敷に住んでいた。強魔術師、槍駕(やりが)の忌まわしい(やかた)

 一つ年下だった予魅は琉志央より四年遅れて、槍駕の、弟子のような養子のような身になった。こいつの場合は、魔術師になりたがっていて、半ば自らあの爺について来たようだったが……

 十三歳の琉志央が屋敷から殆ど放逐状態で出された時、予魅はまだ残っていた。以来、会うことも無く、ほぼ九年半ぶりの再会だ。

 今年二十二になる所為かすっかり女のみてくれになった予魅は、飲食店の集まる方角を指差した。

「あたし、一仕事終えたところなの。奢るよ。晩飯のついでに飲まない?」

「――いいだろう」

 何の仕事か予測できたが、確かめる気にはなれなかった。「菓子屋に寄り道してからなら」

「貸した金の取り立て?」

「買い物だ」

 ごく一般的な品物を扱っている店などは、年始の営業時間は短い。夕暮れともなれば、さっさと店の扉に鍵をかけ始めている。「急がないと閉まっちまう」

「開けさせりゃ済むことだけど……」

 予魅は、いかにも魔術師らしい物言いをした。「むしゃくしゃしてるんでもないし、年始めだし、ここは一つオトナになろうってヤツ?」

「ま、そんなとこだ」

 閉店前に間一髪で間に合った琉志央は、目的の品を買えた。イボの付いた球形の砂糖菓子で、白、桃、黄、と一粒一粒が淡く彩られている。星飴と言う名称で、見るだけでも楽しめた。

 二人は商店を抜け、飲食店の集まる区画に入った。

 予魅が扉を開けた酒場は満席だったが、店員は入ってきた女が何者か知っているらしかった。速やかに奥の席に居た客に耳打ちする。

 慌てふためいて退く先客には目もくれず、女魔術師はさっさと席に着いた。店員が卓上を片づけてから、琉志央も向かいに腰を下ろす。

 注文をすると、すぐに運ばれてきた。全て魔術師ゆえの待遇と思われる。

 ここはルウの民が統治している地区の一つだから店側が訴え出れば予魅は捕まりそうなものだが、そうなっていないとすると、店側も魔術師から恩恵を受けるようなやましいことをしている可能性がある。

 ともあれ先ずは赤葡萄酒を杯に満たした。予魅はぐいっと硝子杯半分を空ける。甘い酒精の香を漂わせながら、眉を寄せた。

「あんな味も素っ気も無さそうな菓子――しかも二百オウス足らずに銅貨十も取るなんてね。ぼったくりだよ。金払うにしても、白銅貨一ぐらいに値切ってやれば良かったのに」

「構わない。星飴はここの特産だそうだ。ここでしか買えないとなれば、値段は据え置きだろう」

 杯を揺らし、香を楽しみつつ琉志央は応じた。早速流し込む程、渇いていなかった。この二日間、上機嫌で美味い果実酒をあおっていたからだ。

 フゥン、と関心無さそうな相槌を打ち、予魅は羊肉と野菜の煮込みに匙を入れた。

「で、急に消えて、あれからどうしてたの」

「こうして何とか生き延びてるな」

 琉志央は馬鈴薯とパンの粥を木匙にすくった。

 予魅は、やや上目づかい気味にこちらを見てから、なんか堅気っぽいね、と言った。

「元々、琉志央って、あたしよりずっと手練(てだれ)だった割に、あんまり魔術師っぽくなかったけど」

 魔術師でなければあり得ない稼ぎ方で一財産築いていたので、琉志央は黙って粥を食す。

 訊いてないのに、予魅は己が職業について話し出した。人を攫っては、主に花街へ売っていると。槍駕と同じ生業だ。

 さほど美味くない粥の味が益々落ちる話題に、琉志央は匙を置いた。少しずつ葡萄酒を含む前で、予魅は、せっせと料理を口に運びつつ言った。

「ロマに屋敷を二つばかり作らせたから、別荘の方になら遊びに来てもいいよ」

 琉志央は、小首を傾げた。

「結局、お前も追い出されたのか」

 不意に、予魅は唇を引き結んだ。顔を険しくさせると、杯に残っていた葡萄酒を干す。

「あたしは、琉志央が居なくなった翌年に、勝手に独立した」

「よく逃げ出せたな」

「二度は、しくじらない」

 暗い笑みを予魅は浮かべた。「それにあの爺、だいぶ術力が鈍ってきてた。噂じゃ、この頃、随分と落ちぶれてるらしい。歳には勝てないってヤツだね。闇範囲の術を馬鹿の一つ覚えで乱用してたから、とうとう闇負けしたみたい」

「じゃあ、今頃どうやって食ってるんだか。蓄財してる様子も無かったが」

 あの屋敷に攫われてきていた使用人は、どうなってしまったろう。槍駕が落ち目になってきていたとしても、術者と平凡な人間では差が大きい。

 予魅は手ずから、杯に新たに注ぐ。なみなみと満たすと、淡々と言った。

「あたしが行った時には、屋敷から何から売っ払って、何処かにトンズラしてやがった」

 琉志央は瞬いた。

「一体、何しに行ったんだ」

「噂が本当なら、勝算があると思って()りに」

 ほんの少し面食らい、まじまじと相弟子を見た。

 魔術師ではあったが、琉志央は人殺しはしたことがない。暗示術を用いて盗みは繰り返したが、金を持っていそうな奴しか狙わなかったし、有り金全てふんだくったこともなかった。多分、盗まれたことが原因で死ぬような結果になった奴も居ない筈だ。

 予魅は不味そうに葡萄酒を舐めた。

「その様子じゃ、琉志央も居所に心当たりさえ無いか」

「俺は、追い出された瞬間から絶縁状態だ」

「あたしもそうなんだよ。巧いこと出るのに必死で……出てからも定期的に精霊を張り込ませときゃ良かった」

 その頃既に殺意が生じていたのか。

 経緯(いきさつ)を琉志央は勘づいた。自分が突然に家を出された理由も。

 あの好色爺、弟子にまで手を出してどうするんだ。

 呆れると同時に、完全に食欲が失せた。菓子包みを手に、席を立つ。

「この世には運命神とやらが居るそうだから、そいつにでも願うんだな。槍駕に巡り会わせろって」

 アレはすっごい気まぐれらしいじゃん、と応じてから、予魅は口をすぼめた。

「もう行くの?」

「あぁ。口をあまりつけてないし、自弁にする」

 琉志央が銅貨を三枚卓上に置くと、予魅はつまらなそうに見上げてきた。

「ねぇ、今何してるわけ」

「……医事者見習いだ」

「はっは! 何それ、面白い」

「冗談じゃなくて、本当だ。大人しくできるなら遊びに来ていいぞ。客に酒を出すのは見たこと無いが、俺の知り合いで酒好きだと紹介すれば、師はお人好しだから出すかもしれん。美味いのが仕込んである」

 予魅は、ぽかんとした。当然の反応だと解っているので、琉志央は何食わぬ顔で続けた。「場所はリィリだ。本気で来たきゃ、後は精霊でも使って探せ」

 じゃあな、と琉志央は酒場を出た。

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