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燕二人  作者: K+
六暦620
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04 風邪

 新年初日も、ルウの皇帝は執務宮へ出勤していった。例年のことだ。

 出がけ、相変わらず無表情だったが、いつにも増して妃を見る目が緩んでいた。昨夜、蜜月さながらに過ごしたからだろう。

 昼時、後宮の結界の色が金に切り替わった。

 今日は柴希(さいき)が新年休暇で居ないので、昼食の支度をする母親もエンも気づかない。柴希の代わりに精霊が近くに居るが、結界を視認できるのはルウの民だけだから、やはり気づけない。

 ほどなく、父親が食堂に入ってきた。

 食卓に皿を並べていたエンが、おかえりなさぁい、と母親に似た口調で言う。父親は微かに目を細め、ただいま、と応じた。妃の姿を捜すように紅茶色の目が流れ、厨房へ足を向ける。

 入口に掛かった短めの暖簾を分けた所で、父親が低声を発した。

「風、しばらくその辺で好きにしてくれて構わない」

〈おや、そうか〉

 精霊独得の微震する声が言った。〈されば、しばし飛んでこようかの〉

 何核の精霊を精製したか知らないが、効率を考えれば数日消滅しない三核以上だろう。

 皿を卓上に並べ終えたエンが、厨房に入っていく。父親がちょうど手にしていた重箱を受け取って、幼子は食堂へ踵を返す。

 母親は茶の用意をし始めていた。盆に茶器を並べつつ、楽しそうに言うのが聞こえてくる。

「御飯の後で中庭見てみて? 二人で頑張って雪だるま作ったから」

「エンの等身大?」

「えへへ。ちょっとね、予定を変更したの。見てのお楽しみ」

 今日、母親は妙にはしゃいでいる。元々少女のような風貌だし、頬を赤くしてエンと雪玉を作っている様は子供のようだった。童心にでも帰ったのか。

 ふぅん、と低声が応じ、支度の整った盆を受け取る。取り際、妃の指先に触れた父親は眉を寄せた。

 盆を片手に持ち替え、妃の額に手をのばす。珍しく、横顔に表情が浮かんだ。ぎょっとしたような――

 わぁ気持ちいー、と母親が目をきゅっとつぶる。

 父親の顔から見る間に血の気が引いた。

 慌てたように盆を脇に置くと、父親は妃を抱え上げた。ワ、と妃は短く声を出す。

「どしたの、琇那(しゅうな)さ――」

「凄い熱だ」

 口早に言い、父親は妃を抱えて厨房を出てきた。食卓に重箱を広げていたエンが、驚いた様子で見上げる。

「母上――?」

「エン、おいで。御飯は後だ」

 言った時には父親は食堂を出ている。エンが廊下に駆け出ると、寝室の方へ向かっていた。

 母親の声が、当惑気味に聞こえた。

「ついさっきまでお湯を沸かしてたから、熱いだけなんじゃ……」

「尋常じゃない熱さだ。自覚は無いのか」

「暑いなとは思ってたけど」

 父親が腕の中を見た。

「この季節に変だと思わなかったのか!?」

「だって――ほら」

 中庭が見える窓辺で、母親が外を指差した。「張り切って作ったんだもん」

 雪だるまが、大、小、中、と並んでいる。

 父親は足を止めず、ぼそっと言った。

「熱を上げ過ぎだ」



 駆けながら、エンは只事でない雰囲気を父の背中から感じた。

 エンは父に抱き上げてもらうのが大好きだけれど、今、母は嬉しそうには見えない。第一、母が抱えられている姿など初めて見た。父は軽々と持ち上げた上に、かなりの速さで歩いている。

『この季節に変だと思わなかったのか!?』

 ついさっき荒がった低声が、エンを不安にさせる。

 怒っているような、焦っているような……ともかく、これまで感じたことの無い気配が父から湧き起こっている。

 父は厳しい。だがそれは、エンがいけないことをした時だ。

 母上、怒られているわけじゃないよね――?

 午前中いっぱいかけて一緒に作った雪だるまを母が示したが、父は何か呟くように低く言っただけでそのまま歩き続けた。

 エンの内側で、得体の知れないモノがざわめいている。

 角を一つ曲がり、もう二本の廊下より心持ち短い廊下を進む。中程に位置する客間に達し、父はようやく足を止めた。片腕に母を抱いたまま、扉を開ける。

「琇那さん――?」

 母が、母だけがそう呼ぶ父の名前を、戸惑いを含んで発した。エンも、客間に何の用があるのか解らない。それでも後に続く。

 父は真っ直ぐ寝台に向かうと、その上に母を下ろした。寝かしつけるようにしながら、言う。

「ひとまずここで休んでろ。俺は蒼杜(そうと)を連れてくる」

「え、でも、大陸は真夜中よ?」

 母は綺麗な眉をひそめ、身を起こしかけた。父は、その肩を押え込んだ。

「キュウカンに昼夜は関係無い。おとなしく寝てろ」

「キュウカンだなんて、大袈裟よ。熱っぽいのは、きっと風邪ひいちゃったんだわ」

 母は横たわりつつ、掛け布団を掛ける父の手に繊細な手を重ねた。「御飯前にごめんね。一休みしてみるから、心配しないで二人で御飯食べて?」

 エンは、やっと、母は具合が悪いらしいと気づいた。

 そういえば、雪玉を押しながら、しきりに、ふぅ暑ぅい、と言っていたのを思い出す。いつも、父もエンも大して感じない気温の変化を、母は感じる。だから、今日のもそれだと思っていたのだが――

「馬鹿言うなっ」

 普段は物静かな父の反応に、エンは肩を震わせた。すかさず深い紅茶色の目がこちらを見据え、エンは肩をすくめたままで固まる。「エン、俺が戻るまで母上の傍を離れるな。いいな」

「琇那さんっ」

 非難するような声を母があげたが、父は母の手をするりと放し、ふっと消えた。

 抗いを許さない視線の呪縛から逃れ、エンは鼻の頭がツンとなった。畏怖から解放された安堵は一瞬で、落ち着かなさが蘇る。

 母上、と洩らした声が涙声になっていて、エンは慌てて下唇を噛んだ。寝台の脇に駆け寄ると、母は半身起き上がり、少し作ったような笑みを見せた。

「いつものお父様らしくなかったね」

「父上は、母上がとても大事だから……」

 そう言うと、母は顔をほころばせた。表情にほんのちょっぴり安心して、エンは床に座り込むと尋ねた。「母上、熱いの、大丈夫?」

「うん。熱いのは、元気になろうとしている証拠なの」

 母の温かな手が、ふわっとエンの手に触れた。「エン、お願いがあるの。さっき晩御飯用にお料理を分けたでしょう?」

「ちっちゃい重箱?」

「そう。あれをね、いつもお弁当箱を包んでる布と一緒に持って来てくれない?」

 エンは、先に受けた父の言いつけとの間で逡巡した。母は、それにすぐ気づいたらしく、付け足した。「見えないけどね、母様の傍には精霊さんが居てくれてるの。母様、一人になるわけじゃないから、平気よ」

「――じゃ、うん、僕、持って来る」

 エンは立ち上がった。「お箸だけでいい?」

「あ、それはいいの。蒼杜さんに、わざわざ来てもらうから、ささやかなお詫びで、持って帰ってほしいの」

「あぁ、そっか」

 両親が仲良くしている有名な医術師は、瞬間移動でないと行けない、大陸に住んでいる。ここと半日の時差がある大陸は、これから新しい年になるのだ。「きっと、ハイ・エスト、来て得したって言ってくれるね」

 母がちょっと微笑み、エンは扉口に走った。

「転ばないように気をつけてね」

 母の優しい言葉に頷き、エンは客間から食堂へと全速力で駆けていった。



 息子が客間を出ていき、一人になると、支えが外れたかのように、琴巳(ことみ)は己が熱の高さを認識した。

 頭が朦朧として、喉が渇いている。

 一睡もしていない反動でハイになり、無意味にはしゃいで雪だるま作りをしてしまった。結果的に、羽目を外してしまった。

 たはー。恥ずかしー。散々エンに風邪ひかないようにって言っておいて、わたしがひいちゃったなんて。

 額に手をあててみた。尋常じゃない、と夫が言っていたが、それほど熱くはない。しかし、手も熱もっているかもしれないので、琴巳には正確な判断はできまい。

「ふぅ……」

 じわじわと、体が倦怠感を訴え出してきた。身を起こしているのさえ、だるくなってきている。栩麗琇那(くりしゅうな)の表現は、的を射ていたらしい。

 でも、エンが戻ってくるまでは……

 思ったが、腫れぼったく感じる瞼が重かった。ずるずると横に倒れる。

 そうして意識を失くしたのは、僅かの間だったと思う。

 人声を聞いた気がして、琴巳は強引に目を開けた。

 枕元に浅く腰かけた栩麗琇那と、脇に佇む蒼杜が映った。

「気がつきましたね」

 いつ何どきも穏やかに、蒼杜が言う。その台詞でさっとこちらを見た栩麗琇那は、滅多に見せない表情を浮かべていた。それも、泣きそうな。

 意外性に琴巳は驚いたが、先に、蒼杜に言うべきことがあった。

「ごめんなさい、夜遅くに」

「いえ。よくあることです」

 数週ぶりに会った蒼杜は、相変わらず生真面目に返答をする。平素と変わり無く、いぶし銀の長衣姿で、寝惚けた様子も無い。「少し、無茶をしましたね。弱ったところを邪につけこまれたようです。これから滋養、睡眠作用のある薬茶を作ります。取り敢えず今日は、それを飲んでいたわってください」

「え、そんな。それぐらい、わたしがやります」

「迷惑をかけられないとお思いなら、ここで横になっているべきです。貴女が無理をして動けば、わたしは更に何かする必要が生じます」

 蒼杜は制してから、場を和ますように目を細めた。「まぁ、それでも構いませんが」

 琴巳が降参を含んだ笑みを返すと、では厨房をお借りします、と蒼杜は脇に置いていた小箱を手に扉へと足を向けた。

 タイミング良く、廊下から扉が開いた。ノブから手を放し、(つばめ)が両手に重箱の包みを抱え直す。きちんと、言った通りにお使いをしてきてくれたのだ。

 幼子は、客に挨拶も出来た。

「あっ、ハイ・エスト――こんばんは」

 燕は重箱を差し上げ、続けて何かを言いかけた。それを栩麗琇那が、きつい口調で遮った。

「何処へ行っていた」

 息子の小さな肩が、琴巳の位置からも、びくっと震えたのが判った。怒気を放っている夫の横顔に、琴巳は急いで言った。

「わたしがお使いを頼んだの。蒼杜さんへの、お礼を持って来てくれるように」

「蒼杜が来てくれてからでも間に合った筈だ」

「それはそうだけど、わたしの傍にだらだら居て風邪が伝染っちゃったら大変でしょ。だから――」

「俺は、離れるな、と言った」

 冷気を孕んだ低声が、琴巳の言葉も遮った。夫は、射すくめる眼差しで息子を見ていた。「俺達が戻ってきた時、母上は倒れていたんだぞ」

「エンが居てくれても倒れたわよ。わたしが勝手に倒れるんだから」

 懸命に琴巳はとりなしていたつもりだが、栩麗琇那は却って怒りを募らせていくような感があった。

「俺が言った意味は解っていた筈だ。解らなかったと言うなら、金輪際、コトミの傍に居なくていい。居るだけ無駄だ」

 あまりの宣告に、琴巳はフォローの言葉を失くす。

 代わりに蒼杜が、淡々と告げた。

「栩麗琇那、エンは解っています」

 幼子は、丸い大きな瞳に、臨界点まで涙を溜めていた。

「ご、ごめ……ごめん、なさ……」

「エンが謝る必要は無いわ」

 琴巳は、夫を横目に睨んで、息子に言った。「持って来てくれたのはそこに置いて、悪いけど、今度は蒼杜さんを厨房まで案内してきて。できたらお手伝いしてくれると、母様、とても嬉しいわ」

「……っ……はい」

 燕は、うつむいて唇を噛むと、そろそろと近くのテーブルに包みを置いた。痛ましい程に素早く顔を拭い、蒼杜を見上げる。医術師がやんわりと、お願いします、と口を合わせ、息子は彼を伴って出ていった。

 栩麗琇那は、不機嫌そうに髪をかき上げた。

 琴巳は、多分、もっともっと不機嫌だった。

 寝返りをうって夫に背を向け、琴巳は後ろに咎めた。

「酷いわ」

「…………」

「言い過ぎよ」

「……言いつけを破ったから叱ったまでだ」

「だから、それはわたしが破っていいって言ったんだもん」

「だから、俺の言いつけの方が重要と判断できただろって叱ったんだ」

「何が重要よ。エンの意思もわたしの気持ちも無視して、勝手に言い捨てて消えちゃったくせに」

「な――」

「琇那さんが騒ぎ立てなきゃ、わたしは鈍感だから熱があるなんて夜寝る頃まで気づかなかった。そのまま寝ちゃえば、明日の朝には治ってたんだわ。それをわざわざ気づかせてくれるから、急にだるくなって倒れちゃっただけじゃない。琇那さんとわたしの所為なのに、子供に怒るなんてどうかしてるわっ」

 感情が昂ぶり、琴巳は言い募った。「それも、それも、お客さんが来てる前で叱りつけて――蒼杜さんに対しても失礼だし、エンにも失礼よ。貴男にそっくりで、たった四歳でも一人前のプライドを持ってるのに。二人に謝るべきよ!」

「……言いたいことは解った」

 ベッドが小さく揺れ、栩麗琇那の声がより上から聞こえた。「気を静めろ、熱が上がる」

 琴巳が振り仰ぐと、ベッドサイドに立った栩麗琇那は、息子に剣呑な顔を向けていたのが嘘のようなポーカーフェイスに戻っていた。

「エンが持って来てくれたの、おせち料理なの。琇那さんから蒼杜さんに渡せば、ついでに謝れるわ。あと、気づいたでしょ? エンはお使いできたのよ。お客さんに、時差まで考慮して挨拶も出来た。エンを褒めてあげてね。で、ついでに謝ってくれたら、エン、ほっとするわ」

 栩麗琇那は黙ったまま椅子を運んで来ると、脇に置き、腰を下ろす。間の後、ぶっきらぼうに返事をした。

「蒼杜にはその通りにしよう。けど、エンには挨拶を褒めるだけだ」

「どうして――」

「どう言おうと、コトミを一人にしたことに変わりは無い」

 美麗な双眸から真っ直ぐに向けられた視線に、琴巳は悪寒が走った。

 彼に愛されていることが怖くなったのは、初めてだった。



 雪が、月光を吸収したように仄白く光っている。

 エンは窓辺で膝を抱え、ごくぼんやりと浮かび上がっている公園を眺めていた。日中で溶けきらなかった雪が、普段は闇に覆われてしまう光景を見せている。

 窓硝子に、顔が二重映しになった錯覚があった。実際は、同じ風貌が背後に現れただけだった。

「今夜はもう、父さん、来そうにないな」

 瓜二つの顔が言う。エンは、壁に掛かった時計に目を流した。おやすみ、と言いに来てくれる時刻から、四十分経過していた。

「ツバメ、ごめんね、僕、お喋りする気分じゃないんだ」

 エンは膝を抱えていた手をほどき、枠にもたれかかった。「母上が、風邪をひいちゃったんだよ。熱が出て――」

「知ってる」

 ツバメは、寝台に腰かけながら言った。「母さんの飲んだ薬茶には睡眠サヨウもあるって言ってたけど、こうも延々眠ると思わなかったな。ユタ・カーの申し子が作ったんだから、薬の分量を間違えたわけじゃないだろうけど」

 明日の朝までしっかり寝れるヤツなんだな、とまで続き、エンは驚きを隠せなかった。

「ツバメ、昼間に来てたんだ?」

 鏡に映したような顔が、大袈裟な程に溜め息をついた。あぁもうそれでいいよ、と、投げやりに、解らないことを言う。

「それにしても、エン、あそこまで言われて、よく父さんを好きだなんて言えるよな」

「ハイ・エストとのお話まで聞いてたの?」

 困ったような恥ずかしいような、微妙な心境で、エンはぎごちなく笑みを見せた。


 昼間、厨房へ向かう道すがら、第二の親のような人に問われたのだ。

『エンは、父様が好きですか?』

 熱くなった目を拭ってエンが頷くと、良かった、とハイ・エストは微笑んだ。エンはその言葉で、また涙が溢れてきた。

『でも、父上、僕のこと、嫌いに、なっちゃったかも、しれない……許して、くれなかったら、どうしよう』

 医術師は静かに、力強さのある言葉を紡いだ。

『貴男の父様ですから、許すことを知っていらっしゃいます』

 勇気を得て、ハイ・エストが大陸へと帰ってから、エンはもう一度、父に謝った。

『間違いは誰にもある。けど、今回の件だけは、決して繰り返しては駄目だ』

 父は、独特の重みがある声と口調で言った。『解ったら、それでいい』

 母は、そのとき既にハイ・エストの薬茶を飲み、眠りに落ちていた。父は、午後の仕事に出かけるまで、寝室に移した母の枕元から離れなかった。一日の勤めが終わり、戻ってきてからも同様だった。そして、恐らく今もそう……


「僕ね、母上を大事にしてる父上が、大好きなんだよ」

 エンは、片方の膝だけ今一度抱え込んだ。「僕は、父上が母上を大事にするのが解るんだ。だって、僕も母上が大事だもの。でも僕は今日、父上ほどたくさん気をつけられなかった」

 母が無意識に出していた不調の合図に気づけなかったし、弱っている母を一人にしてしまった。

「一人で落ち込むな。ツバメも悪かったよ。母さんの顔、変に赤味がかってるとは思ってたんだ。けど、教える間が無かった」

 ツバメは、焦げ茶色の髪を父そっくりの仕種でかき上げた。「母さんの傍から精霊が離れていたことも教えれば良かったけど、どうせすぐ父さん達が戻ってくるだろうからいいと思ったんだ。あんなに父さんが怒ると思わなかった」

 こっそり聞いていたにしても、何から何まで――エンの知らなかったことさえ、ツバメは知っている。呆気にとられるエンの前で、ツバメは言を継いだ。

「けどさ、一方的に言いつけて飛び出してっちゃった父さんも悪いと思う。大体、エンを幾つだと思ってるんだろうな、父さんは。四歳三ヵ月に完璧を求める方がムボウだ」

 ずばずば言ってのけてから、ツバメは意地の悪い笑みを口の端に浮かべた。「まぁ、ツバメの意見は母さんがダイベンしてくれた気がする」

 母や柴希が許してくれるのをいいことに悪戯を考えたり駄々をこねたりする時、自分もこんな顔をしているかもしれない。そう思うと、エンは父に諌められる前にやめることにした。

 エンの反面教師となったとは知る由も無いツバメは、邪気含みの表情で続けた。

「父さんと母さんの間に、火花が散ってたよな」

 えっ、とエンが声をあげると、ツバメは表情を改めないまま、くすくすと笑声を洩らした。「明日、母さんが目を覚ましてからも続いているかもしれない。ホンカクテキな夫婦喧嘩なんて初めてじゃないか? 見モノだ」

「酷いよ、ツバメっ。僕の父上と母上が喧嘩して、何が楽しいのさ」

「退屈な毎日の、いい刺激じゃないか」

 無情に応じられ、エンはちらっと、友達をやめようかと思ってしまった。けれど、そもそも喧嘩するほど仲がいいってコトだろ、と続きがあったので、同年代唯一の友人を自ら失くすのはやめた。

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