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燕二人  作者: K+
六暦622
42/45

41 二人

 告知板に塗江(ぬえ)理江(りえ)の起こした事件が貼り出された一週間後、関連した小さな件も公表されるに至った。

 銘大(めいだい)の父親――若年層寄合所の(おさ)訓胡(くんこ)の解任。

 尾久(おく)の話していた事々が、明らかになったからだった。

 訓胡一家は資産没収の上、今後は六老館の管理人を住み込みでさせられるようだ。名称はそこそこ立派だが、六老監視の下での雑用係だった。

 解っているのかいないのか、四人の子供達は難しい顔つきで告知を眺めている。

 星花(ほしか)が一足早く貼り紙から目を外した。十露盤などがくるんであるのだろう包みを、胸元で抱え直す。

「行きましょ。課題を片づけなきゃ」

 頼里(らいり)も尾久も頷き、そうだね、とエンも応じる。

 ここ数回、図書館の司書達は皇子(みこ)が行くとぺこぺこする。先日は後からついて来た。自分で調べられます、とエンが言ったら、追ってこなくなった。が、ちらちらちらちら、目を向けてくる。

 皇子が学舎で術力を暴発させた話を、何処からか聞きつけているらしい。

 紙だらけの場所でやらかされては敵わないわけだ。

『消火が遅れれば大火災。責任問題もあるし、下手したら自分達の命だって危うい。勿論、我らがラル家の皇子を見殺しにもできない』

 それだけ言って、しょうがないだろ、と締め括る頃には息が切れそうだった。

 エンは、過剰反応だよ、と不貞腐れていた。

『時々むず痒いけど、僕、ちゃんと気をつけてるのに……』

 暴発は気をつけていて防げるとは限らないと言いたかったが、意識が切れ切れになっていて駄目だった。

 道の先に蔦で覆われた図書館が見えたが、視界がぼやけている。緑の箱が幾つもあるように見えた。

〝外〟には出ていないのに、消耗が激しい。

 碧界での時のように結界を試みたが、状況の改善は望めないようだ。

【術力をこれ以上、解除しないように。】

 果ての地からの便りにあったのは、これを見越していたからなのだろうか。

 この身は、長くないかもしれない……



 三の月に入った晩、夕食後に居間へ移ると、父が長椅子に座りながら言った。

「果ての地へ行く件なんだけど」

 母が茶器を円卓に並べつつ心配そうにこちらを見て、多少上の空だったエンは父に注意が向く。

 エンが肘掛に手を置いて座り直せば、父は軽く顔を傾けた。

「春分はどうかと言ってきた」

「え――急だね……?」

 初めは招待に応じるかどうかの返事を、春分までに決めれば良かったのに。

 あぁ、と父は頷く。

「塗江の妹は果ての地に迷い込んだことがあったんだけど、その時に薬を盗み出してた。なるべく早く返すべきだし、先方もそうしてほしいみたいだ」

 そう、とエンは納得したが、当の父はいささか奇妙そうな話しぶりだった。「軽い小さな瓶だから、ついでに持ってきてほしいらしい」

 あぁなるほどと、エンは気がつく。急ぎの割に、それを伝えに来た人が瓶を持って帰らなかったのは変だ。

 父はそこが引っかかっているようだが、言を継ぐ。

「すまないが、ラル家の皇子として、一族の不始末を代わりに詫びてきてもらうことになる」

 嫌な役回りだったが、エンは首肯した。今は、そんな瑣末なことをぐずぐずと気にするどころではなかった。

 例の事件以来、ツバメの調子が優れないようなのだ。

 数日おきにしか姿を見せなくなっている。見せても具合が悪そうで、すぐ消えてしまう。

 果ての地に一緒に行くと言ってくれていたけれど、やめておいた方がいいんじゃないか……

 肘掛の先を掴んだまま物想いに沈んでいると、母が浅めの湯呑をそっと寄せてきて、気づかわしげに言った。

「無理はしなくていいのよ、エン。エンはまだ六歳なんだからね?」

 大丈夫、とエンは口の端を上げる。

 僕は、大丈夫なんだけど……

 誰にも相談できずに、エンは困惑していた。これまでの相談相手があんな状態では、どうすればいいのか。


 早々に両親と〝おやすみ〟の挨拶を交わし、エンは私室に入った。

 角灯を机に置いたものの、復習も予習もする気になれず、寝台の端に腰を落とす。

「ツバメ……さっきの、聞いてた……?」

 小声で虚空に問いかける。

 ともし火の小さな動きに合わせ、室内に置かれた物の影が揺れる。

 影絵のようで楽しい時もあるのに。

 今夜は、無性に淋しい光景だった。

 ツバメ……良くなるよね……? ヘキト教官みたいに。

 エンが寝台の上で両膝を抱え込んだ時、とさり、と傍らにごく軽い物が落ちた音がした。

 見やって、エンは声を呑む。

 幼馴染みが、横で仰向けに寝転んでいる。

 もはや、鏡を見ているようだとは言い難くなっていた。

 色が薄く、布団が僅かに透けてしまっている。

 気づかないフリをしてきたが、ツバメは碧界に行った前後から、徐々に徐々に、空気に溶け込み始めていた。

 ずっと変わらず傍に居てくれる存在だと、信じていたかったのだけれど。

 もう、このまま目を逸らしていては――

「ツバメ――ツバメも一度、ハイ・エストに診てもらわない?」

 ばぁか、と言うように口が動いた。エンは唇を噛む。「僕、冗談を言ってるんじゃない」

「ちゃんと、果ての地へ行けよ、エン」

 浅く呼吸しながら、ツバメは一方的に言った。「行かなくちゃ、ならない」

「僕は行くけど――っ」

「それで、いい」

 黒より銀が目立ってきた瞳で天井を見上げ、幼馴染みは満足そうに笑んだ。「間に合わなくても、まぁ……ツバメは、母さんを守れた、から……」

 それだけ言って、小さな姿は消えてしまった。

 うろたえて、思わずエンは寝台を探る。

 いたずらに、影が躍るだけだった。


 淋しくないように――

『君の周りでは、何かをする時、誰か居なくちゃいけないようになっているんだろう』

 以前、碧界でシェリフに言われた言葉が浮かぶ。

 エンの〝世界〟では、その通りだった。

 そんな、二人だった。



 陽光差し込む泉には、澄んだ水が絶え間無く涌き出ていた。

 水底(みなぞこ)の細かい白砂が、浮上しては雪のように散らばっていく。薄い空色の小魚が、時折、合間を縫うようにする。

 少女は畔で飽きずに眺めていたが、つと琥珀色の双眸を上向けた。

 青味がかった黒髪の少年と、金髪の少女が連れ立ってやって来る。少年は、何かを肩に担いでいた。

 距離が縮めば、担いでいるのは人らしいと知れる。

 やぁ、と少年は碧眼を細めた。

「タハーラ、二、三日、ここで看ていて」

 はい、と顎を引き、泉の少女神は横たえられた人を見やる。瞼を閉じた彼は、同い年ほどの子供だった。

 それより幾らか年嵩に見える金髪少女は、胸を張った。

「この前の傑作並よ、大事に扱って」

「ゼン、この子が乱暴にするわけないよ」

 少年は苦笑を閃かせ、タハーラに片目を閉じて見せた。「いずれ目を覚ますからね。君の助手というか、友達になれるといいんだけど」

「精霊級ですか……? わたしと同じ……弱ってしまってる……?」

 タハーラはしゃがみ込み、昏睡しているような子供を窺う。少年は、そんな感じだね、と応じつつ、金髪の少女から小瓶を受け取った。

「後、これ、ケルから」

 ありがとうございます、とタハーラは掌に包む。金髪少女が今一度胸を張った。

「その瓶も、素人は一見して判らないだろうけど技術の粋から出来ている」

 原材料から挙げ始めたので、少年が止めた。

「まったく、君とイー・ウー公の、モノ作りの尽きない情熱には頭が下がる」

「崇めてくれて構わない」

 混じりけの無い金の髪を軽く背に払い、少女は嫣然と微笑する。少年はやり過ごし、相好を崩しているタハーラに言った。

「もうすぐこの地にお客が来るんだ。泉にも寄るから、ケルと一緒におめかしするといい」

 当惑気味にタハーラは少年を見返したが、黙ってこくりと頷く。

 金髪少女が形の良い小鼻を膨らませ、特別に服を作ろうかと申し出たが、そこまで張り切らなくていいから、と少年がやはり止めた。

 タハーラは茶色の髪をふるりと揺らす。

「使い(がみ)様も、そのお客様と一緒に来ますか」

 わたしは創作の構想を練るから来ない、と金髪少女は即答し、黒髪の少年は白い歯をこぼした。

「わたしとウージが一緒に来る。心配要らないよ」

 目の前の少年と知神(ユタ・カー)の使い神の名に、タハーラは蕾が緩むように顔をほころばせた。

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