38 塔 Ⅰ
空が、やがて雨を降らせると伝えてきている。
二の月半ばの放課後、かなり長い時間、エンは歩いていた。
都を出るまでに随分かかったし、出てからも、だいぶ経っている。森に入ってから足が痛み出していたが、ここまで来て引き返したくなかった。
地図によると、都の外、西南のサージ領との境に広がる森林に幽閉の塔は在る筈だ。
辺りは木や茂みばかりで、すっかり人けが無くなっていた。
だからか、幼馴染みが隣を歩いている。
薄暗い所為か、ツバメの顔色は常に増して青白く見えた。疲れたとは洩らさないが、エンよりも疲労しているんじゃないかと思える。
青空が広がっていれば、一休みしようか、と声をかけたかもしれない。宮殿を出た時はそんな天気だった。だが、今の空模様では……
「塔まで、後どれくらいだろう」
エンは濁った白色の上空を見上げた。「雨が降ってきたら、中で雨宿りさせてもらえるかなぁ」
「大分かかるとは予想してたけど、ここまで、予想以上に時間がかかってる」
ツバメは、足は重そうだったが、声音は相変わらずしっかりしていた。「母さんが心配して、柴希が捜すかもしれない」
「じゃ、塔の中に居たらまずい?」
「かもな」
「う……今日はもう、入るの諦めるしかなさそうだね」
「けど、ここまで来たしな」
「外側だけでも見たいよね」
痛みをこらえ、エンはせかせか足を動かした。
夕暮れが近づいていた。
昼下がりまでは気持ち良く晴れていたが、じわじわと雲が増え始めている。
空気に湿りを覚え、降り出さないうちにと、柴希は琴巳と中庭の洗濯物を取り込んだ。
ひとまず棚部屋に運び終えると、琴巳が言った。
「ありがと、サっちゃん。畳むのは後でやるわ。喉渇いちゃったんじゃない? お茶を淹れるね」
洗濯物を扱ったり茶を淹れるなどというのは、普通は世話役がすることである。何度か柴希は説明したのだが、そんなことまでしてもらったら落ち着かないよぅ、と琴巳は笑って応じるばかりだ。
今日も当然のように食堂の方へ足を向けた皇妃に、柴希は微かな苦笑を洩らして従う。
紅茶を用意し、二人は食卓を挟んだ。
琴巳は肉桂を入れた紅茶を一口含んでから、薄暗くなっていく外を窓から見やり、心配そうに口を開いた。
「エン、遅いわ。雨が降る前に帰ってくるといいけど」
皇子は課題の調べ物をしに、三時前に後宮を出た。出かけてから、そろそろ一時間半が経過しようとしている。確かに少々遅い。
「良ければ、精霊に捜させて、迎えに行くわよ」
柴希が申し出ると、琴巳はちょっと迷ったような顔をしてから小さく首を振った。
「もう、一人で帰ってこれるから。降ってきちゃったら、おっきな手拭だけ用意して待っとく」
そう? と柴希は窓の外に目をやる。雲はかなり厚く、灰色が濃くなってきていた。ほどなく雨になるだろう。
柴希が目を戻すと、琴巳は気持ちを切り替えるように話題を変えた。
「この頃、羽衣ちゃん、どう?」
「友達と遊んだ話をよくしてくれるわ」
昨年、帝からの働きかけに老が応え、コートリ・プノスに子供を預かる施設が造られた。朝から夕方まで、学舎入学前の子供の面倒を見てもらえる。
非常に好評で、先日など二大公が見学に来た程だ。しかしまだまだ、良家の者達は敬遠してしまっている。
拘りの無い柴希と和斗はすぐにも娘を預けたかったのだが、やはり親が難色を示し、説得まで結構かかった。施設が一新された昨秋に、やっと預けることが叶ったのだ。
「エンやわたしを忘れないでって、お願いしておいて?」
琴巳が茶目っ気たっぷりの表情で言った。柴希は笑声をこぼしながら、畏まりました、とおどけて応じる。
香り高い紅茶を半分ほど飲んだところで、柴希は窓硝子に水滴を見留めた。
「降ってきてしまったようよ」
「あ――」
琴巳は腰を浮かせた。「酷くなるかな。手拭、持って来ておく」
柴希も立ち上がれば、雨雲の接近で冷えていたのか、催すものがあった。
「ちょっと花摘みに失礼するわ」
「うん、どうぞー」
食堂を出ながら、琴巳は軽く頷く。「ここに戻るね」
「分かった」
柴希は頷き返すと、皇妃の後ろ姿に結界を張ってから厠へ向かう。
用を済ませて廊下へ出た時、冷えた風が足元を吹き抜けた。つと、心が騒ぐ。柴希は、早足に食堂へ戻った。
出入口の長布を分け、親友の姿を捜す。琴巳は戻ってきていなかった。柴希は食堂を出て、廊下を小走りに進んだ。琴巳は、寝室奥の小部屋に、手拭の類は纏めて置いている。
「琴巳――」
呼びかけながら、柴希は寝室の扉を開けた。
どくんっと胸が鳴る。
縦長の窓が、一つだけ開いている。
「琴巳――何処――!?」
己が声の震えを自覚した。柴希は窓辺に次いで、奥の隣室へと駆け込む。大事な姿が見当たらない。
琴巳には、一昨年、栩麗琇那の目を盗んで宮殿を抜け出した前歴がある。しかし、彼女はそれを相当に反省していた。同じ愚を犯すとは思えない。
柴希は元来た道を走って引き返した。琴巳に会えないまま再び食堂に着いてしまったが、一応、中を覗く。居ない。
おかしい――まずい――
柴希は食堂を飛び出した。境界の扉を開ける。
常と変わらない様子で、境界役が所定の席に居た。鐘結界は反応していないらしい。
すると、恐らく琴巳の知った者が窓越しに御手を取って連れ出した――?
顔を出した柴希の雰囲気がただならなかったのか、境界役が席を立つ。
「何か――」
「皇妃のお姿が見当たりません」
柴希は口早に言った。「精霊で捜して守護をさせてください。わたしはとにかくも帝に御報告を」
境界役はさっと青冷めた。早速、と言う返答を背に受け、柴希は執務室へ駆けていった。
菊也がラル宮殿執務宮の待合室に戻ると、取次役の同僚が窓の外を示した。
「降り出してきました」
あぁ、と菊也はやや上の空で応じて、まだ雨筋までは見えない外を見る。新人の同僚は面会者名簿に印を付けてから、小首を傾げた。「洗濯物を干して、来てしまったのですか」
「僕は部屋に干すので天気はさほど関係無い」
それで乾くのかと言いたげな同僚に、菊也は呟くように言った。「そんなことより、今取り次いだ女性――」
「老より火急の知らせとのことですが」
名簿を見直しつつ告げる新人に、うーん、と菊也は口をすぼめた。
「若そうだったし、初めて見た顔なんだよなぁ」
「御使者の顔まで覚えているんですか」
新人は目を見張る。「流石、代表ですね」
「君もそのうち、老方の使者ぐらいなら覚えてしまうよ」
菊也は緩い癖毛を掻いた。「六方共、使者はそうそう代えない。そう、一体、何方の使者なんだ」
「えーと」
新人は、面会希望者から提出された書状を取り出した。六角形の印が捺してある。色はラル家を示す朱だ。「これは何方の印でしたっけ」
書状を向けられ、菊也は眉を寄せた。六角なので老なのは確かだ。だが、内側の紋様は老によって違う。
「まずいな、今のラル六老に、こんな紋を使っておられる方は居ない」
「――えっ」
新人が、慌てて代表手製の確認紙を懐から出す。菊也は同僚から書状を取り上げた。
「けれど覚えがある。僕が覚えているのだから、代替わり前なんじゃ――」
菊也が取次役になってから、老が入れ替わったのは一度――三人だけだ。記憶をまさぐり、菊也はハッとした。「理葉翁っ」
皇子の術力封じに協力して亡くなったとされているが、菊也は信じていない。恐らく彼等は、皇妃毒殺を企てた罪人だ。
「第一と第二取次に、一旦出入りを止めるように言ってくれ」
菊也は素早く同僚に指示すると待合室を出た。暗い廊下を真っ直ぐ皇帝執務室へ向かう。
何が目的か知らないが、理葉の印を使って用件を偽っているのは確かだ。そうまでして帝と面会しようなど、怪しいことこの上無い。
杞憂なら責を受ければいい。休暇を削られるなら却って望むところだ。
栩麗琇那様は、逆に休暇を言い渡してくるかもしれないが……
ちらりと浮かんだ考えに菊也は苦笑いしたが、ままよ、と扉を叩く。返事を待たずに、無礼を承知で声をあげた。
「申し訳ありませんっ、更に火急の使者が参りましたっ」
絞り出すような、帝の声がした。
「菊……也……っ」
もはや迷わず、菊也は扉を開けた。
机上に片手をついて、額を押さえた帝が半ば立ち上がっている。その間近に、取り次いだばかりの女が居た。白い陶器の小瓶を、帝の口元に寄せている。
「何をしているっ」
叫んだ菊也を女がキッと見た。眼力と判ったものの、結界が間に合わずに廊下へ跳ね飛ばされる。斜めに壁へ当たって尻餅をついた菊也の目に、こちらへ駆けてくる皇妃付き女官の姿が映った。
「菊也殿!?」
「く、曲者、が……」
衝撃に息を詰まらせながらも菊也が言うと、柴希はさっと結界を張って執務室へ踏み込んだ。
「その者は――?」
「今、縛した」
帝のくぐもった声が響いた。「菊也は平気か? 来てくれて助かった」
痛む身体も忘れて菊也は跪く。廊下越しに、執務机の横で棒立ちになっている女と、緩く頭を振る主君の姿が見えた。柴希が、大丈夫です、と代わりに応えてくれる。
帝は髪をかき上げつつ、柴希を見た。見られただけで解したのか、女官は告げる。
「離れた間に、琴巳様のお姿が無くなりました」
菊也は息を呑んで立ち上がった。帝は表情を見せず、俄かに指先を光らせた。縛されて立ち尽くしている女の額に当てる。
「いいと言うまで答えろ。皇妃は何処だ」
この曲者が皇妃失踪にも絡んでいると踏んだのか。確かに事の起こった機が合い過ぎている。
固唾を呑む菊也の視線の先で、額に暗示術の光が入った女は白い顔を歪めた。ぎごちなく、口を開く。
「ひとまず、幽閉の、塔の、近くへ」
帝は柴希に目を流した。
「エンは戻ってない?」
「はい」
「では、悪いが後宮で待機を」
柴希は唇を僅かに噛んだ。皇妃付き女官として、救出に向かいたかったろう。だが、一礼して踵を返す。
帝が女の手から小瓶を抜き取った。こちらに向けてくる。
「泰佐に事の次第を伝えてくれ。これの中身も白状させて欲しい。縛は後程解く」
「は」
瓶を受け取る菊也に、皇帝は続けた。
「しばしこの場を頼みたい」
菊也は即答した。
「お任せを」
「感謝する」
言うなり、帝はかき消えた。
地面が所々濡れ始めている。
雨が降り出す寸前、林に入ったようだ、とツバメが言った。
周囲の木々に、人の手が入った形跡があるらしい。言われてみれば、少し歩き易くなった気もする。幽閉の塔を囲んで植えられたのだろう。
きっともうすぐだ。
辺りに目をやりつつ更に少し進むと、やや遠くで、あっ、と甲高い声が聞こえた。目を投げた先に思いがけない姿があり、エンは戸惑った。銘大と能登が茂みの合間に立っている。
エンより小柄な少年は〝あ〟の形に口を開いたままで、こちらを凝視していた。ツバメのことに思い至ってエンは素早く視線を走らせたけれど、すばしこい幼馴染みはとうに姿を消している。
エンは何か言うべきか迷った。よりにもよって、自分以外は十五人しか居ない教室で、まともな会話を交わしたことの無い同窓生二人だ。
まさかこんな人けの無い場所で会うとは、思いもしなかった。向こうもそうだろう。
こちらは九割史学の課題で来たわけだが、二人は何をしにこんな所へ……
銘大は表情を険悪なモノにしていき、能登も不貞腐れたような顔になっていった。
指から何か引き抜くような仕種をし、銘大はキンキン声を響かせた。
「人殺し、幽閉の塔を調べてるんじゃないだろうな。真似するなよ、ボクらの!」
そんなことを言われても、課題の〝メイフェス・コートにしかない物〟というのは十六もない。被ってしまうのはしょうがないことだった。
ツバメの声が囁いてきた。
「相手をするだけ時間の無駄だ、さっさと行こう」
エンは顎を引くと、早足に歩き出す。
ちらりと、木の合間に黒っぽい物が見えた。塔にしては予想より低いが、細長い建物ではあるようだ。
おい待てよっ、と銘大の声が背中に追ってきた。
「人殺しのくせに、幽閉の塔を調べようなんて図々しいぞ! ボクらの邪魔すんなよっ! ボクが若長になるのも、邪魔したら承知しないからなっ」
論点が飛躍したと同時に、エンっ、とツバメが注意を促してくる。咄嗟に結界を張ると、パシュッと何かを弾いた音がした。
エンは顔を強張らせて振り返る。尻込みしかけている能登と、頬を赤くして手に光弾を生み出しかけた銘大が居る。
「大体、混血のくせに目が緑じゃないのも怪しいんだ。ホントは皇帝の血は流れてないんだろう、邪界人っ。今のうちにボクがやっつけてやる!」
「走れ」
ツバメの指示に従ってエンは駆け出しかけたが、急停止した。
視界の端に、不意に何かが映った。反射的に目が追い、見慣れた姿を捉える。
母の手を取る塗江と、その腕に掴みかかるようにした男性の後ろ姿。
男性が勢いのまま塗江を押し倒し、手が離れて母はよろめいた。もう一方の手に、手拭らしき布を抱えている。
男性が叫んだ。
「お逃げくださいっ」
母はおろおろしていた。
「あ、あの――エン――息子は――?」
母上、と言いかけたエンは、シ! とツバメに止められた。
「変だ、隠れた方がいい」
「でも――」
「足手まといだっ」
その指摘にドキッとして、エンは近くの茂みにしゃがみ込んだ。銘大と能登も流石に異変を感じたか、真似をしたのが判る。震えてきた身体を抱き込んで、エンは葉の隙間から窺った。
「皇子は口実――狙いは貴女ですっ」
男性はそう叫んだ途端、近くの木へ跳ね飛んだ。母が悲鳴をあげ、塗江と男性を交互に見る。
ふらつきながら身を起こした男性の顔が見え、エンは誰か判った。一昨年の一の月、父と執務室に居た時に会った。事務役という仕事をしている空依だ。
母が、空依の方へ後ずさりながら塗江を見た。
「息子が怪我をしたって言うのは、嘘?」
「見抜けなかったということは、お前はやはり神ではないなっ」
起き上がりながら塗江が言う。取り憑かれたような表情で懐から紙片を取り出し、母と見比べる仕種をした。「不遜にも神の皮を被る、穢れた邪界人め」
空依が顔をしかめた。
「それは『神学』の、タハーラの頁ではあるまいな」
「これが正真の女神だとも!」
紙を突きつけるようにした塗江を見据え、空依は上着の隠しに手をやった。
「それは皇妃だ。挿絵担当者が皇妃を写したのだから」
エンは合点した。だから、あの挿絵はあんなにも母に似ていたのだ。エンも、タハーラの絵を描けと言われたら母を見て描いたに違いない。
「馬鹿な――」
塗江が今一度紙に目を落とした隙に、空依が隠しから何かを出した。畳んだ紙のようだ。小さく何事か口走り、紙を開くと術力を放つ。
何の術――?
「空間封じか」
ツバメの呟きに次いで、塗江の一喝がエンの耳に届いた。
「貴様っ」
「もはや逃げられぬ」
動じずに空依が告げた。「大人しく帝の裁きを待つことだ」
たちまち、塗江の片手が黒ずんだ。母と同時にエンが口を覆う間に、塗江は空依に向かって黒い手を突き出した。刹那、雷のような音が響き、空依が再び木の幹に叩きつけられた。倒れ込んだ所に、母が駆け寄る。
又も手を黒ずませる塗江に、今までエンが聞いたことの無い、きつい口調で母が言った。
「大陸の守護者同士が何をしているのっ」
「邪界人が知ったかぶるなっ!!」
怒号と共に塗江が黒手を振り下ろした。母が空依に覆いかぶさる。途端に、雷鳴と、猛烈な風が巻き起こった。突風が黒い靄を吹き飛ばす。塗江の青白い顔が憤怒に紅潮した。「精霊までも邪界人に与したのかっ」
微動する声が、弱々しく起こった。
〈リ・コウの定めし、我が命運だ。滅しようとも……命に従うのみ〉
「おのれぇっ」
塗江の両手がどす黒く染まる。空依と庇い合うように身を起こした母が、懇願の声をあげた。
「やめて――っ」
エンの耳元で、ツバメの声が切迫して聞こえた。
「印を施せ。結界は駄目だ、視認される」
そうか――
半年近く練習してきた紋を、エンは素早く宙に描く。小声で古語を唱えたと同時に、銘大達が隠れた辺りでガサッと茂みが音をたてた。
「そこにも居るのかっ」
恫喝し、塗江が片手を振った。エンの目と鼻の先を黒い塊が飛び過ぎ、ドンッ、と重い音と共に濡れた地面から黒煙が立ち昇る。
目の前で火花が散ってエンが尻餅をつく間に、ぎゃっ、と悲鳴が起こった。
ツバメの舌打ちをかき消して、銘大の甲高い泣き声が響き渡った。母と空依がぎょっとした顔をこちらに向ける。
少し離れた茂みから、銘大と能登が転がり出た。泣きながら、ごめんなさいぃ、と喚く。黙れっ、と叫ぶや塗江が睨むと、ボンッと二人の周囲で土くれが跳ねた。ひうっ、と二人はしがみ付き合ってへたり込む。
「何するのっ、相手は子供よっ」
母が必死の様相で抗議すると、塗江が憎悪に満ちた表情を向けた。二の腕の辺りまで両腕が黒くなる。
「諸悪の根源は貴様だろうが……っ」
ツバメが口早に告げた。
「エン、呪文を教えてやる。繰り返すんだ」
エンは一も無く頷く。ツバメは淀みなく続けた。「カガワタル、カガミツノ、カガチヅコ、カガコウシ」
呪文と思えず、エンはすぐ復唱できなかった。
ツバメが声をひそめながらも叱咤した。
「早くしろっ!!」
「ソレ、呪文なの!?」
思わず普通の声量で問い返してしまい、エンは手で口を塞いだ。が、当然、遅かった。塗江の凄まじい形相がこちらを捉え、母が悲痛な声をあげた。
「エン――っ」
ツバメの声がなじってきた。
「この状況で何だと思ったんだ、馬鹿っ」
だって、曾お祖父様達の名前と同じ――
思ったことを言う間は無かった。塗江が陰惨な笑みを浮かべた。
「親子諸共、翠界から消えるがいい」
靄が膨れ上がるのが目に飛び込み、エンは慌てて唱えた。
「カガワタル――カガミツノ――?」
カッ――と、左手から閃光が迸った。




