其の前
――この世には、説明のつかないことも起こります――
世界は、単純だ。
空と、海と、大陸と、島がある。
大陸から大海原を経て、半日の時差が生じる地点に、大小二つの島が浮かぶ。
【メイフェス島には、この世を創りたもう六神により、英知と術力を授けられしルウの民が居る。】
大陸に住まう人の多くは、それを、半信半疑で知っている。地図に無いそれは、大陸の守護者たる民族の島だ、と。
しかしながら、確かめられた大陸人は居ない。
メイフェス・コートは、死んだ人が魂となって行く島に違いなかった。
きっとわたし、もうすぐ行くことになる。
息が苦しい。
物心ついた頃には、いつもそんな状態だった。
家は、医事者にお金をあまりあげられない。一度だけ来た白い服の医事者は、長くないですねぇ、と両親に言っていた。
ぜいぜい云いながら、手伝いもできず。寝台にいるしかない日が多い。それでも、兄も姉も何かと気にかけてくれて。
こんなわたし、早く魂の島へ旅立った方がいい……
そして、とうとう迎えが来た。
不思議な青味がかった黒髪の男の子が、やぁ、と。
「この子、とてもセイレイに近いセイレイキュウだ。ケガれで人にも近づけない。恐らくここでは、十までもたないだろう。ツカイガミが責任を持つから、引き渡してほしい」
家族は驚いた。
兄姉は、怪しい――信じられない、と両親に縋りついたが、セイレイキュウだったのか、と父母は何か納得したように呟いた。
「わたし……行くよ」
息を乱しながらも、なんとか言った。
魂になる前から迎えが来るとは思っていなかったけれど、これでもう、みんなに悲しい顔をさせずに済む。
今までたくさん、ありがとう。みんな、大好き。わたし、とっても幸せだった。
家族には笑ってほしかったけれども、最後まで泣かせてしまった。ただ、両親は、ほんの微か、泣き笑いの顔だった。
「元気で」
そう言って、死後の世界へ送り出してくれた。