0-6
「…なるほど、大体の話はわかった。」
いつの間にか寝ていた俺が目を覚ますと、部活が終り様子を見に来たという桜花に何故か正座をさせられた。
こちらも何故か周囲に書類が散乱していたり、卯月さんがまったく目を合わせてくれなかったり、会長がベートーベンの肖像画に向かって「お帰りなさいませ、ご主人様♪」とか話しかけてたりするのだが…本能が気にしちゃ駄目だと叫ぶので気にしない事にする。
「それで?」
「それで…って?」
凛とした声に振り向くと、桜花が苦笑していた。
「綾瀬は悠人に礼を言いに来たのだろう?ならば、何か返す言葉があるのではないか?」
……ふむ。
「じゃあまずはそこに跪いて…ごめんなさい嘘です本当に反省してますから木刀で首を刎ねようとするのは勘弁してください。」
「…やれやれ、同じネタの連発は読者受けが悪いのだぞ?」
そういう発言こそ読者受けしない…とは口が裂けても言わない。何故なら桜花の目が笑ってなかったから。
「冗談はこのくらいにして…卯月さん」
「ひゃ、ひゃいっ?!」
う~ん本当に可愛い子だなー…こう、お持ち帰りぃ♪したい気分だわ。
「えっと…生徒会として当然の事をしたまでで、生徒会じゃなくても人として当然の事をしたまでで…その、まぁ卯月さんが無事で良かったよ、うん。」
いかん、なんか凄く照れる!桜花が腹を抱えて笑っているのも気にしてられないほど照れる!
「いえっ!…あ、あの…それで…その、何か…お礼をしたいのですが…」
「…オ・レイッ!」
「本当に真っ直ぐな好意に弱いな、悠人は…」
桜花が呆れたように溜息を吐いたのは無視することにしよう。
「いや、だってさ…ほら、あれは俺が気まぐれでやったことだし、わざわざお礼を貰うような事でも…」
「お礼がしたいのなら生徒会に入れば良いわ!」
俺の話を遮り奇声を上げたのは、いつも間にやら現実世界に戻ってきた会長。
「…ほら会長、8番席のベートーベンさんがお呼びですよ?」
「あっ!お待たせいたしましたご主人様♪ご注文はお決まりでしょうか?」
とりあえず、メルヘンな世界へ送り返しておくことにした。
「生徒会に、ですか…?」
さて、愛らしく小首をかしげる卯月さんを前にしているわけなのだが…どうしよう?
Q,正直に生徒会に入って欲しいと言ってみる。
A,今日の説明会の事を考えると、断られる可能性が大きいので却下。
Q,会長の妄想ということにする。
A,何の解決にもなっていないので却下。
Q,この胸に熱くたぎる思いを告白する。
A,いつの間にやら背後に回りこまれていた桜花の放つプレッシャーが殺気に変わりそうなので却下。
そうなると、後は…
「やはりウコンか…」
「ウコン!?生徒会とウコンに何の関係があるんですか!?」
「いや、やっぱりこれはウォンさんに話を通してまずは武器の確保を…」
「誰ですかウォンさんって!?明らかに堅気の人じゃないですよね!?」
「もういっそのこと、こんな世界滅んじゃえば良いのに。」
「暗い!なんかもう全てに絶望しちゃってますよそれ!?」
「働いたら負けかなって思ってる。」
「むしろ負けてください!ご両親を悲しませるようなことはしないで!!」
「…お前らは何がしたいんだ?」
『………え?』
ふと視線を上げると、疲れきった視線をこちらに向けている桜花と目があった。どうやって卯月さんに説明しようか考えてたのだが、もしかして声に出ていたのか?って卯月さんも顔を赤くして俯いているんだけど、俺ってそんな変な事を口走ってたのか!?
「やれやれ…綾瀬は知らないようだから説明すると、生徒会は現在3人しかいなくて人手不足につき、役員の新規募集を兼ねての説明会を行っていたのだ。」
「そ、そう…だったんですか…」
あー…言っちゃったよ。こうなったら後は学園の校訓のごとく当って砕けるしかない。
…会長はまた悲しむかもしれないが、それはメルヘンな世界に旅立っていたせいということで、諦めてもらおう。
「まぁそういう訳で、もし良ければ話だけでも聞いてくれれば嬉しいな~と思ったんだけど、無理強いはしないから安心して。」
「…やります。」
「うん、やっぱりそうだよね…あ、お菓子が余っちゃってるんだけど、よかったら持っていかない?」
「あ、あのっ!精一杯頑張りますから…もし、わたしにも出来るならやらせてください!」
「嘘だっ!!!」
「えぇーっ!?ぜ、全力否定ですか!?」
「俺の知っている卯月さんは、そんな事を言う人じゃない!」
「どういう意味ですか!?悠渡先輩の中のわたしの評価が凄く気になるのですが!?」
「目を覚ますんだ卯月さん!貴方は騙されているんだっ!」
「誰にですか!?わたしを騙して特をする人が思い当たらないですよ!?」
「人ではない、これは政府の陰謀だ!」
「どこまでスケールを大きくする気ですか!?」
「夢は当砕学園3年B組を征服すること」
「小さいっ!スケールがいきなり小さくなりましたよ!?」
「…そろそろ満足したか?」
うわ~い、桜花さんの目がライオンも裸足で逃げ出しそうなくらい怖いや♪
「まぁ、冗談はこれくらいにして…だ。」
雰囲気が変わった事を感じ取った桜花が姿勢を正すのを横目で見つつ、俺は言葉を続ける。
「うちの生徒会って…その、あんまり評判がよくないんだ。生徒会に入るという事は卯月さんにも迷惑が掛かる事があるかもしれない…だから、えっと…」
何故か会長の顔が頭を過り、それ以上の言葉を紡ぐ事が出来ない…。
俺は何がしたいのだろうか?
何故ここにいるのか?
生徒会のメンバーを募集するため?
ならば何故、目の前の少女に諦めるよう話をしているのか?
それは…
俺自身が諦めてしまっているから…
何故諦める?
生徒会に対して悪意ある噂が流れているから
なら今の生徒会は、噂どおりに酷い所なのか?
………違うっ!!
「卯月さん、聞いて欲しい事があるんだ。」
「…はい」
卯月さんは相変わらずの怯えた表情ではあるが、それでも視線をそらすことなく話の続きを待ってくれている。
「卯月さんも聞いた事があるかもしれないけど、生徒会にはよくない噂が流れている。
それは、脚色されたり尾鰭がついてたりするけど…そういう噂が立つ元になる事件があった事は事実なんだ。
だから、生徒会に入れば綾瀬さんにもそういった目で見られてしまうかもしれない…」"
いつの間にやら隣の席に座っていた桜花の心配そうな表情に気づき、大丈夫だと微笑み返す。
…俺は知っているから。
見た目はクールで冷たく見られがちだが、その実は友達想いで心優しい桜花。
たまには暴走もするが、いつでも誰かのために一生懸命な会長。
「噂について否定する事は出来ない…だけど、1つだけ言える事がある。」
一癖も二癖もあるメンバー…
たった3人だけの生徒会…
そんな生徒会を、俺は胸を張ってこう言える…
「俺にとってこの生徒会は、最高の生徒会だ!」