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私だけが覚えている

作者: ミナヅキ
掲載日:2026/03/20

「私と付き合ってください!」

「ごめんなさい」


 中学の卒業式。

 桜の花びらが舞う中、仲の良かった異性に告白された。

 嫌いではないが、付き合いたいと思うほどの気持ちもなかった。


「諦めないからね!」


 去り際に残した言葉が妙に印象的だった。

 それから3年後。

 大学で彼女と再会した。


 一回生春。履修登録も無事終え、本格的に講義が始まった。

 ただ、内容はさっぱり分からない。

 頼むから日本語を話してくれと悪態をつきながら周りを見回していると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。


「もしかして、藤村澪(ふじむらみお)か?」


 講義が終わると一目散に話しかけにいった。


植原悠真(うえはらゆうま)くん?」

「やっぱりそうか!」

「久しぶりだな。中学の卒業以来じゃん!」


 思わず声が弾む。


「うん、久しぶり。また会えるなんて思っていなかった」

「藤村もこの大学だったんだな」

「ほんと……偶然だね」


「まあ……中学のとき色々あったけど、また大学でもよろしくな!」

「うん……!」

「そうだ、悠真くん次空きでしょ? お昼いこうよ!」

「え? なんで知ってるの?」

「さっきの講義同じ学部しかいないから」

「そういうことね、じゃあ行こうか」


 再会を喜び、二人で食堂へと向かった。



「ごちそうさま」


 ふう、と息をついて背もたれに体を預ける。


「ここのオムライスは最高だよ」

「悠真てほんとオムライス好きだよね」


 ナプキンで口を拭きながら藤村がこっちを見る。


「よく知ってるね」

「伊達に何年も片想いやってないからね」


 そう言ってにやりと笑う。


「次の講義何?」


 その好意に気付いていないふりをしながら話題をそらす。


「行動心理学だよ」

「え、僕も」

「偶然だね!」


 嬉しそうに微笑む。

 次の講義に移動しようと二人で席を立った時、鞄についている古そうなアニメのキーホルダーが視界に入った。


「このキーホルダー……」

「え、覚えているの?」

「うん、確か小学生の頃に流行っていたアニメのやつだよな。懐かしい!」

「あ、うん。そうだね……」

「それで……」

「ごめん! 私先行くね!」


 僕の言葉に被せるように言い残して、逃げるように離れていった。


「え、藤村」

「……」


 食器を返却したあと、僕も次の教室へと向かった。



「なあ、講義被りすぎじゃない……?」


 心理学の講義が終わり、次の教室へと行くとそこにも彼女がいた。


「たまたまじゃない?」


 特に気にする様子も見せずにそう答える。


「そうなのかな……」

「それよりこれ今日最後でしょ? 終わったらどっか行こうよ」

「ごめん、今日はちょっと用事あるんだ」

「えー、残念」


 両頬を膨らませて小さく溜息をつく。

 そんなやりとりをしている間に講義が終わった。


「また明日ね!」


 何か言われるかと思ったけど、意外にもあっさり帰っていった。



 それから今日の夕飯を購入し、一人暮らしのアパートへと向かった。

 アパートが見えてきた頃、同時に人影も見えた。

 遠くてよく見えないけど誰かいる。

 警戒しながら近づくと、それは藤村だった。

 偶然、なわけないよな……。


「どうしてここに?」

「たまたま通りかかったの」

「そっか、たまたまかー。まあ、そういうこともあるよねー」


 納得したように笑顔を向ける。


「……なんて言うと思った?」

「そんな偶然あるわけないでしょうが!」

「……ばれたか」


 そう言って、どこか嬉しそうに笑った。


「だって私言ったでしょ?」

「諦めないって」


 思わず一歩後ずさる。

 まさかここまでやってくるとは思わなかった。

 

「なあ、どうしてそこまで僕に拘るわけ?」

「……好きだから」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 彼女は静かに答える。


「私たち、初めて出会ったのは幼稚園のときなんだよ」

「……そのとき、君は私を振った」

「なんのことか分からないって顔してるね」


 彼女は目線を少し下げた後、再び僕の目を見る。


「いいよ。教えてあげる」



***


 私が初めて悠真と出会ったのは幼稚園の頃だ。

 当時周りとうまく馴染めずにいた私は一人でお絵描きをして遊んでいることが多かった。

 別にそれでもよかった。皆で外で遊ぶよりお絵描きしている方が楽しいし。

 そんなとき、大人気だった子供向けアニメの絵を見て彼が話しかけてくれた。


「これってもしかしてあのアニメ?」

「え? う、うん……」


 こんなの見てるのか? とバカにされるのかと思った。

 でも、そんな素振りは全く見せず私に笑いかけてくれた。


「ぼくもこれ見てるよ!」

「え? ほんとに?」

「うん! だって面白いもん!」


 動かしていたクレヨンの手を止めて彼の方を見る。


「み、みおも見てる」

「じゃあ仲間だな!」


 そう言ってにっと笑う。

 思わず涙が溢れそうになった。

 そんなセリフを言われたのは初めてだったから。


 それからは悠真と一緒にいることが多くなった。

 悠真と遊んでいるうちに少しずつ友達もできてきた。

 友達と遊ぶのが、一緒にお弁当食べるのがこんなに楽しいことだったなんて知らなかった。

 お絵描きしか知らなかった私を、悠真が新しい場所へと連れて行ってくれた。

 でも、やっぱり悠真と二人でいる時が一番楽しかった。

 時おり見せてくれるにっとした笑顔が好きだった。

 もしかしたらこのときには既に好きになっていたのかもしれない。


 転機が訪れたのは年中から年長へと上がる少し前だった。


「これあげるよ!」


 悠真からあのアニメのキーホルダーを貰った。


「いいの?」

「うん、二つ持ってるから」

「ありがとう! 大切にするね!」


 キーホルダーを受け取り、屈託のない笑顔で応える。


「うん!」


 いつものにっとする笑顔を向けてくれて心が満たされているそのときだった。


「ゆうまのやつみおにプレゼントなんてしてる!」


 それが合図だった。

 気付けば皆が私たちの周りに集まってきて囲まれていた。


「そういえばこいつらいつも一緒にいるよな」

「え、じゃあみおのこと好きなのか?」

「ち、ちげえし!」


 彼が顔を真っ赤にして否定する。


「好きなんだろ!」

「好きって言っちゃえよ!」


 周りからの圧が凄かった。

 そのときはそれで告白してくれてもいいかなって呑気に考えてた。


「好きじゃねえよこんなやつ!」


 でも、全く予想していなかった言葉を吐き捨ててどこかへ行ってしまった。

 皆も散っていくなか、私だけが動けなかった。


「きっと大丈夫……」

「照れ隠しでそう言っただけだよ」


 自分にそう言い聞かせてしょぼしょぼ歩いてその場を離れた。

 次の日には何事もなかったかのように話せることを信じて。


 でも、次の日から声をかけられることはなくなった。

 それから彼とは組が変わり、ますます疎遠になった。

 私はまた一人でお絵描きしていることが増えた。

 でも、クレヨンを持つ手はちっとも動いてくれない。

 こんなの全然楽しくない……。

 悠真と一緒に遊んでいたころはあんなに楽しかったのに。

 そう思っていたのは私だけだったのかな……。



「ねえ、ゆうまくん」


 このまま終わりにしたくなかった私は卒園の日、勇気を振り絞って声をかけた。


「おー、みお。久しぶり」

「ゆうまくん、あ、あのね!」

「また遊ぼうな!」


 それだけ言い残して歩いていった。

 いつものようににっと笑って。


 そのときなんとなく分かってしまった。

 悠真はあの日の出来事も、私のことも何とも思っていないって。



「みおは、本気だったもん……」


 気付いたらキーホルダーを握りしめていた。

 強く握りすぎたせいで手に跡が残っていた。



***



「どう? 思い出した?」

「ごめん、思い出せない……」


 思わず目線を下げる。


「だろうね。そう思ったよ」

「でも、私の気持ちはずっと変わってない」


 右手を胸の前でぎゅっと握る。

 それから真っすぐ僕の目を見て


「幼稚園の頃から。悠真が話しかけてくれたときから。笑いかけてくれたときから……」

「ずっと、好きでした」

「悠真が私のもとから離れても、この気持ちはずっと変わっていません」

「私と、付き合ってください……」


「君の気持ちはわかった」


 素直に嬉しい。僕のことを真剣に想ってくれていることが、何よりも嬉しかった。

 でも……。


「ごめん」

「その気持ちには、応えられない……」

「どうして?」

「覚えていないんだ」

「……だから、きっとそれが答えだ」


 泣き崩れられる覚悟はあった。

 しかし、そんな様子は微塵も見せず、表情は穏やかだった。


「うん、知ってた」

「でも……」

「諦めないからね」

「君がその首を縦に振るまでは」


 最後にそう言い残して去っていった。

 言葉が出ず、ただ黙って彼女を見送った。

 鞄のキーホルダーが静かに揺れていた。



ここまで読んでいただきありがとうございました。


少しでも心に残るものがあれば嬉しいです。

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