「お前の支援魔法は地味すぎる」と追放された少年、実は経験値を1万倍にするチートを持っていた。 一人でレベルを上げすぎた結果、デコピンで魔王を倒せるようになりました
追放って、もっと重い音がするものだと思っていた。
剣が抜かれる音とか、涙が落ちる音とか、仲間割れの破裂音とか。
でも実際は、拍子抜けするほど軽い。
「リク。お前の支援魔法、地味すぎる。盛り上がらねぇんだよ」
魔王城の外壁が見える崖の上。空はどんより、風は湿っている。景色だけは最終決戦っぽい。
なのに勇者カイルの口から出たのは、劇場の客席みたいな感想だった。
僕は杖を握り直した。指先が冷たい。
「……地味って」
「回復は効いてる。解毒もできてる。疲労も抜けてる。今だって、みんな足取り軽いはずだ」
言い返したつもりが、声が弱い。
僕の支援魔法は派手な光も爆発もない。じわっと染みて、気づけば元気になっている――そんな種類だ。
カイルは肩をすくめた。
「分かるけどさ。分かるけど、地味なんだよ。観客が乗らねぇ。俺の伝説が映えねぇ」
観客。伝説。映え。
魔王討伐が、舞台の配信みたいに聞こえた。
魔法剣士セラが気まずそうに目を逸らす。
「カイル、言い方……」
僧侶ユミも唇を噛んだ。
「でも、最近の戦い……リクの支援って、地味なのは確かで」
三人分の「地味」が、胸に刺さる。
怒れなかった。怒ったら支援が乱れる。
僕はいつも、生きて帰るために自分を後ろへ下げてきた。今さら前に出られない。
だから淡々と言った。
「……分かった。みんなの邪魔なら、降りる」
「お、話が早い」
カイルが笑う。
僕は背負い袋を持ち上げ、崖道を下り始めた。振り返らない。振り返ったら、たぶん泣く。
数歩で、背後がざわついた。
「……あれ? 急に重くね?」
セラの声。
ユミが息を吸い直す音。
「肩が……」
カイルが苛ついた。
「気のせいだろ。行くぞ。魔王城は目の前だ」
その声の奥に、焦りが混じっていた。
気づかないふりをする。僕はもう、パーティの一員じゃない。
(常時支援、切れたんだ)
「疲労軽減」「足取り軽く」「集中維持」「恐怖耐性」「小回復」。
僕がずっと当たり前みたいにかけ続けていた地味な支援。それが切れたら、世界は急に重くなる。
でも戻らない。戻ったら、また「地味」で追い出される。
僕は一人、町へ向かった。
◇◇◇
ギルドの扉はいつでも同じ音で鳴る。ぎい、という木の音。現実味のある音だ。
受付カウンターの女性が顔を上げた。銀髪を結い、目が冷静で、口が鋭そうな人。名札に「ミレイ」。
「いらっしゃい。依頼? それとも――顔色が悪いから先に水?」
「……依頼です。あと、できれば安い宿も」
ミレイは目を細めた。
「その装備、魔王討伐組っぽいのにソロ。追放?」
当てるのが早い。
「……はい。支援が地味すぎるって」
「なるほど。分かりやすい馬鹿ね」
さらっと言う。
ミレイは紙と水晶板を出した。
「ステータス見せて。職と加護欄を確認したい」
「加護?」
「神からのご褒美。自覚なくても表示される」
僕は水晶板に手を置いた。光が走り、文字が浮かぶ。
ミレイが、ぴたりと止まった。
「……ちょっと待って」
「な、何か変ですか」
彼女はもう一度表示をなぞり、顔を上げる。
「加護:獲得経験値×10000」
……え?
「え?」
僕が二回言うと、ミレイはため息。
「あなた、地味じゃない。地味な顔して核爆弾」
「核爆弾……?」
「経験値一万倍。支援で稼ぐ経験値も一万倍。生活行動の経験値も一万倍。つまり――あなたが今までやってきた地味な回復も補助も、全部“天井知らずの燃料”」
頭の中で何かがゆっくり崩れていく。
「……じゃあ、僕がずっと地味にやってたこと、全部」
「全部、世界のルールを壊す速度で積み上がってた」
ミレイは平然と言った。
「おめでとう。追放は事故じゃない。あっちが見る目ゼロ」
おめでとう、と言われても実感がない。
ただ、ひとつだけ分かった。
僕は追放された瞬間から、人生の歯車が変な方向へ回り始めている。
◇◇◇
翌日から僕は、町外れの初心者依頼を受けた。
「討伐じゃなくていい。支援の経験値は行動そのもの。まず“安全”で試せ」
ミレイの指示は冷たいようで、ちゃんと守っている。
最初は迷子の羊。震える子羊に「安心」をかける。心拍を落とすだけの地味支援。
――レベルが跳ねた。
次は兵士の筋肉痛。「疲労回復」を薄く流す。じわっと温度が戻る程度。
――また跳ねた。
次は井戸水の軽い毒。「解毒」をそっと通す。味が普通になるだけ。
――跳ね方がおかしい。
宿に戻って水晶板を触ると、表示がバグった。
レベル:1 → 50 → 300 → 2000
「……え?」
声がひっくり返る。
「これ、僕が魔王なのでは」
「違う。魔王はもっと働く。あなたは今、育ちすぎ」
ミレイが即ツッコミした。ひどい。
◇◇◇
レベルが上がりすぎると、地味な支援のはずが地味じゃなくなる。
僕が「足取り軽く」を自分にかけて、ちょっと壁を蹴っただけで――壁が砕けた。
「……ごめんなさい」
「謝る前に出力を落とせ」
ミレイは頭を抱えた。
回復が強すぎると、草花まで元気になりすぎる。庭の雑草が「復活!」みたいに伸びて、畑が森になった。
「全力禁止。あなたの全力は災害」
「じゃあ、どれくらいが適切ですか」
「指先。息ひとつ分。ちょい足し」
ミレイは真顔で言う。
「力加減の練習にはデコピンが一番」
「デコピン?」
「指の反発だけで調整できる。人を殺さない強さのラインも掴める」
ミレイが僕の額に、軽くデコピンを当てた。
ぱちん。
「痛っ」
「これくらい。あなたはこれの一万倍が出ると思え」
「それは痛すぎませんか」
「だから練習しろ」
正論が強い。
僕はひたすらデコピンの練習をした。
空気、紙、豆粒。弾けるものが増えるほど、怖さが減っていく。
力が強いのが怖いんじゃない。
力が分からないのが怖いんだ。
◇◇◇
元パーティが苦戦している噂を聞いたのは、三日後だった。
魔王城近くで足止め。雑魚の群れに押される。回復が追いつかない。集中が切れる。恐怖で足が止まる。
胸の奥が痛んだ。
追放は理不尽だった。でも、死んでほしくない。
僕は魔王城方面へ走った。「足取り軽く」を最小で。地面を壊さない速度で。
岩陰から見ると、彼らの動きは重かった。
以前の滑らかさがない。僕の地味な常時支援が切れている。
(……このままだと、死ぬ)
僕は息を吐き、支援を投げた。派手な光はない。ただ影みたいに届く。
「小回復」
「集中」
「恐怖耐性」
「足取り軽く」
地味な支援が、戦場にしみる。
カイルの剣が迷いなく入る。セラの動きが戻る。ユミの回復が安定する。
敵が退き、危機が薄れる。
「……なんだ、今の」
ユミが周囲を見回した。セラが眉を寄せる。
カイルが叫ぶ。
「外部の支援か? 誰だ、名乗れ!」
名乗らない。名乗ったら、また面倒が始まる。
僕は影のまま、最後にもう一つだけ支援を置いた。
「生きて帰れ」
それだけ。
彼らの背中が少し軽くなった。
そして彼らは、ようやく気づいた顔をした。自分たちが誰に支えられていたかを。
セラが小さく呟く。
「……リク、だったの」
ユミが震える声で言いかけた。
「ごめ……」
僕は岩陰で目を閉じた。
今は謝罪より、生きて帰ることが先だ。
◇◇◇
魔王城へは一人で入った。
戦うためじゃない。終わらせるためだ。
支援術師らしく、正面突破はしない。派手に壊さない。静かに通る。
結界は「無効化」じゃなく「ゆるめる」。
罠は「解除」じゃなく「作動条件を外す」。
兵士は「倒す」じゃなく「眠気」を流す。
廊下の奥で魔王軍が混乱していた。
「侵入者だ!」
「誰が倒した!」
「いや、誰も倒れてない!」
「起きてないのに通られた!」
支援職は「何も起きてないように見せる」のが仕事だ。
最深部、玉座の間。扉が開くと濃い魔力が押し出される。
魔王は立派だった。黒い鎧、赤い瞳、玉座。声もちゃんと魔王の声。
「人間よ。よくぞここまで来た。絶望を味わい、膝を――」
「眠れてないですね」
僕が言うと、魔王が固まった。
「……は?」
「呼吸が浅い。肩が上がってる。寝息がない。ずっと張り詰めてる」
「貴様、何を言って」
怒りは呼吸を浅くする。判断を鈍らせる。
僕は地味な支援をかけた。
「緊張を落とす」
「深呼吸」
「恐怖をほどく」
魔王の空気が一瞬、ゆるむ。目がほんの少し人間みたいになる。
「……静かだ」
でも魔王は咳払いし、魔王に戻った。
「だが私は魔王だ! 面子というものがある!」
面子。魔王も面子を気にするんだな。
魔王が黒い稲妻を放つ。玉座の間が震える。
普通ならここがクライマックスだ。
でも僕は、ミレイの言葉を思い出す。
指先。息ひとつ分。ちょい足し。
そして――デコピン。
ぱちん。
控えめな音。控えめな動き。
なのにレベル差が宇宙なので、額に当たった瞬間、魔王は「きゅ」と短く鳴いて倒れた。
ばたり。
玉座の前に、魔王が寝転がる。威厳が床と仲良しになった。
「……」
僕は指先を見た。
「すみません。加減、まだ下手でした」
魔王は返事をしない。代わりに、すやすや寝息が立った。
その寝息が立った瞬間、玉座の間の空気が澄む。結界みたいなものがほどけていく感覚。
戦争の気配が引く。世界が静かに終わる。
◇◇◇
遅れて元パーティが駆けつけた。入口で固まる。
玉座の間。魔王が床で寝ている。僕が横で指を押さえている。
「……お前、何をした」
カイルの声が震えていた。
僕は正直に答えた。
「支援と……デコピン」
「デコピン?」
セラが呆然と呟く。ユミが口元を押さえる。
そこへミレイが、いつの間にか現れていた。
ギルド受付なのに。まあ、深く考えない。
「採用面接のとき“地味”って言った人、前に出て」
ミレイの声が冷たい。カイルが一歩引いた。勇者なのに。
僕は静かに息を吐いて言った。
「僕、戻らない」
セラが目を見開く。
「リク……」
「前に出るの、苦手なんだ。……でも支えるのは好き」
僕は続ける。
「派手に勝つより、静かに終わらせる方が得意だ」
ミレイが肩をすくめた。
「でしょうね。あなた、地味な顔して世界の仕様書を破ってる」
「その言い方、やめてもらえますか」
「やだ」
即答。強い。
やがて、偉い人が任命書を持ってきた。
派手な称号を想像したけれど、書いてあったのは意外と地味だった。
【安寧補佐官 リク】
僕はそれを見て、少し笑った。ちょうどいい。
床で寝ている魔王に、毛布をかけた。冷えると回復が遅い。支援術師の癖だ。
「地味でいい」
小さく言う。
「平和が続くなら」
魔王が寝返りを打った。
それだけで、世界はちゃんと回っていく気がした。
派手な勝利より、静かな終わり。
僕の支援はやっぱり地味だ。
でも地味は「足りない」じゃない。
「余計に傷つけない」ってことだ。
そして今日、僕はそれを少しだけ誇れた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この短編で書きたかったのは、「地味=弱い」ではなく、「地味=余計に傷つけない強さ」だということです。
回復や疲労軽減、恐怖耐性みたいな支援は、派手に光らないぶん“効いている最中ほど目立たない”。だからこそ誤解されやすい。でも、なくなった瞬間に一番わかる。追放直後に体が重くなる描写は、そのための小さな伏線でした。
そして、経験値1万倍のチートがあっても、リクが選んだ勝ち方は「静かに終わらせる」でした。
魔王を倒すより、戦争の気配を引かせる。相手を壊すより、場を整える。支援職らしい決着ができたら気持ちいいな、と思ってデコピンまで持っていきました(加減はまだ下手)。
派手な伝説より、誰かが明日も眠れる平和。
そのために、地味な一手を積む人が報われますように。




