第九話 少なくとも王は、お前を指名して密命を出した
王城の一角。
騎士団本部に併設された官舎――その最奥。
ローエン・レイグラード団長室。
重厚な扉の向こうで、王国騎士団団長は書類から顔を上げた。
「どうした、アルヴィン。何か聞きたいことがありそうだな?」
鋭い目が、部下を射抜く。
ヴァルディア公爵家当主にして副団長、アルヴィンは一礼した。
「……団長。食堂の娘の件ですが」
「ん? まだあの件を調べていたのか?」
「は、はい……少し、気になりまして」
「何もなかったんじゃないのか?」
「……そう、なんですが」
言葉を選ぶ。
感情を整理する。
これは私情か、任務か。
「団長は、何かをご存じで……私をあの食堂に?」
団長は椅子にもたれ、指を組んだ。
「聞きたいことがあるなら、はっきり言え」
覚悟を決める。
「今日、再び、あの食堂へ行きました」
「ほう」
「食堂を営むリリアという娘は言っていました。レオニスが来たと。
そして――自分を神の末裔だと言った、と」
団長の眉がわずかに動く。
「それで? お前は何が聞きたいんだ?」
「……彼女には何かあるのですか?
神の末裔などということが、本当に?」
沈黙。
「だから王は私をあの店へ? 目的は何ですか?」
団長は小さく息を吐いた。
「質問だらけだな。だが分かった」
そして問い返す。
「まず、お前はどう思う。神の末裔について」
アルヴィンは答える。
「ルオーネ王国が災厄に襲われたとき、神が救ったという伝承が残っています。
そして神は宣言した。また、災厄に襲われた時のために、王国に“救済”を残すと。
その"救済"こそが、神の末裔である、と」
子供でも知っている伝承。
「……おとぎ話です」
「ああ、伝説だ」
団長はニヤリと笑う。
「団長は信じているのですか?」
「お前は?」
逆に問われる。
アルヴィンは、しばし沈黙した。
「……彼女のそばにいると、説明できない感覚があります。
癒やされるというか」
自覚してしまう。
「私だけではありません。城下町の民も、一部貴族の婦人たちも
彼女の店に通っているとか」
団長は頷いた。
「では仮に、彼女が神の末裔だとしよう」
空気が変わる。
「今の状態は、王国にとって望ましいか?」
――即答だった。
「……望ましくありません」
団長は黙って聞く。
アルヴィンは続けた。
「彼女が神の末裔だと公になれば、人々の信仰は彼女へ傾く。
国家は割れます。王家と、神の末裔に」
「それはつまり?」
「……内乱、でしょうか、し、しかし…」
拳が握られる。
「彼女はそんなことをしません。絶対に」
「彼女はな」
団長の目が鋭くなる。
「だが?」
思考が走る。
「……レオニス・クラウゼル?」
否定したい。
「…そ、そんなはずはありません。クラウゼル家は王国を支える公爵家です!
我がヴァルディア家と共に二大公爵家として、王を支えます!」
団長は静かに言った。
「ルオーネ王家は、二大公爵家と婚姻を重ねてきた。
お前がいるヴァルディア家とレオニスのクラウゼル家は、ほぼ王家と同義だ」
アルヴィンは息を呑む。
団長は続けた。
「だがな。レオニスは、それに納得していないかもしれん」
信じ難い。
なぜならレオニスは、議会の中心人物。
この国は議会制。
王の意思は、二大公爵家の承認で初めて決定される。
その議会の中心にいるのがレオニスであり、
実質、王よりも国を動かしている男。
そんな彼が――王家転覆?下剋上?なんのために?
「俺も断定はしない」
団長は続ける。
「だが、神の末裔と信じる娘に求婚したのだろう?」
重い言葉。
「神の末裔である女神という象徴を得て、実権を持つ男が王家に取って代わる。
不自然か?」
アルヴィンは言葉を失う。
「……レオニスが!?内乱!?……」
そして低く。
「……それに…それが本当だとしたら…
そんなことにリリアを利用するなど、俺は許せません」
顔を上げる。
「私は、リリアを守ります!!!」
団長は短く答えた。
「そうか。なら守れ」
その一言が、すべてだった。
「最初から……そのために私を?」
「どうかな」
団長は肩をすくめる。
「少なくとも王は、お前を指名して密命を出した。
信頼しているのだろう」
――ルオーネ王。
アルヴィンは胸の奥で誓う。
(この国のために。王のために。騎士団のために)
そして。
(……俺自身のためにも)
リリアを守る。
必ず。
団長室を出た後。
騎士団本部併設の官舎食堂。
湯気の立つコーヒーを前に、思考を整理していると――
「……あ、副団長!」
明るい声。
振り向けば、若き騎士カイルが立っていた。
アルヴィンはまずい男に出会ったと感じた。
いや、弟のように大事に思っている存在だが、彼は勘がするどいのだ。
自分が抱えている秘密を悟られてはいけない。
だが、カイルと何か話すことで何かに気づける可能性もある。
アルビンは、カイルと向き合うことにした。
ブックマークと評価について、よろしくお願いします。




