第六話 ここは私たちの居場所なの、無くなったら困るわ
城下町の片隅にある小さな食堂――ルミナリエ。
石畳の通りに面した、素朴な木造の店。
豪華さはないけれど、朝になれば焼きたてのパンの香りが漂い、昼には煮込みの湯気が立ちのぼる。
町の人々に愛される、あたたかな場所だ。
そんな店を切り盛りしているのは――
「よいしょっと……」
箒を手に店先を掃く、二十一歳の少女――いや、もう立派な店主。
リリア・ルミナス
店を継いで一年。母が亡くなって半年。
若いながらも、町の人々からはすっかり頼られる存在だ。
朝食の喧騒が去った午前の静かな時間。
「あら、リリアちゃん!」
軽やかな声とともに、レースの手袋をはめた貴婦人たちがやってきた。
常連――下級・中級貴族の奥方たちである。
「おはようございます!」
リリアはぱっと笑顔を咲かせた。
彼女たちは上級貴族御用達の高級レストランには行かない。
行けない、ではなく――
上級貴族に気を遣うのが面倒くさいから。
その点、ルミナリエは気楽だ。
町人も商人も入り混じる、ちょうどいい空気。
ここでは誰もが気兼ねなくリラックスしている。
朝のピークを避け、店が空く時間を見計らって四、五人でやってくるのが、彼女たちの“作法”だった。
上級貴族ではないが、貴族である自分たちが店の他の客に緊張感をもたらすかもしれない。
彼女たちなりにリリアに気を使っているのだ。
席に着くと、リリアはすぐに準備を始める。
香り高い紅茶。
そして焼きたてのクッキー。
(今日のは自信作なんだけど!)
火の精霊フレアが、リリアにしか聞こえない声で胸を張る。
(火入れ、完璧!)
「ふふ、ありがとう」
誰にも聞こえない小声で応えながら、皿を差し出す。
ご婦人たちが一口。
「……!」
「おいしいっ!!」
「今日のは特別じゃない!?」
店内に歓声が広がる。
リリアはほっと胸をなで下ろした。
「ありがとうございます。もっともっと喜んで頂けるお菓子を研究しますね」
すると、ひとりの奥方が身を乗り出した。
「ところで――王国騎士団の副団長さんが来たんですって?」
『はやっ』
火の精霊フレアが驚く。
風の精霊エアリスがくすりと笑う。
『この人たちの情報網、王宮並みよね、さすが貴族のご婦人方…』
リリアは苦笑する。
「はい、先日いらっしゃいました」
「大丈夫だった~? ほら、“冷徹の騎士”って呼ばれてるじゃない?」
ご婦人は、アルヴィン・ヴァルディアについて説明した。
・王国騎士団副団長にして、二大公爵家の当主。
・我が国、ルオーネ王国における、王の剣。
・だが、めったに笑顔を見せないことで有名である。
「二大公爵家……?」
ぽかんとするリリアに、奥方たちが顔を見合わせる。
「あらやだ、この子ほんとに何も知らないのね」
「いいのよ、知らなくて。権力なんて…"知らない"、"持たない"が幸せだもの」
「まあ、私達は上級貴族じゃないし、権力なんて持ってないから分からないけどね!」
どっと笑いが起きる。
明るい。裏がない。
リリアはこの人たちが大好きだ。
やがてご婦人の一人が、リリアに教えるように少しだけ真面目な顔になった。
「二大公爵家っていうのはね、"冷徹の騎士"って呼ばれている
アルヴィン・ヴァルディアが率いるヴァルディア家、
王国騎士団を率いることが彼らのミッションで、王の剣」
更に説明を続けた。
「そして、もうひとつは、"白銀の策士"って呼ばれている
レオニス・クラウゼルが率いるクラウゼル家。
王宮魔術師団を率いることが彼らのミッション。王の頭脳よ。
二人とも既に家督を継いでいる。若きこの王国のリーダーと呼ばれているわ。」
『え、アルヴィンって公爵様だったの!?あの若さで!?』
フレアが叫ぶ。
『そんなお偉いさんが何しに来たのかな、この店に…』
エアリスが首をかしげる。
(……まさか、リリアが神の末裔だと疑われている?)
心の中でひそかに不安を抱く。
リリアが神の末裔であることは、精霊たちは知っているが、
リリア自身は、そんなこと知る由もない。
「それでね」
奥方のひとりが声を潜める。
「大貴族が、どうしてあなたの店に来たのかって話よ」
「それで私達なんかリリアちゃんが心配になっちゃってね…
まあ向こうは公爵様だから、私たち下級中級の貴族が騒いでも
有象無象なんだけど…」
「ひどいことされてないか心配だったのよ」
「なんたって、冷徹の騎士って呼ばれているしね」
リリアは自分のことを心配してくれているのが嬉しかった。
でも、アルヴィンにはそんなひどいことをされていない。
彼のためにも早く弁明する必要があった。
「い、いえ……とてもお優しい方でした」
「ええ!? 意外! そうなんだ…」
そしてなぜか話題は急旋回。
おそらく、リリアを心配して聞いた質問だったが、
問題なかったことが分かり、気をまわして話題を変えたのだろう。
「私は白銀の騎士、レオニス様のほうがタイプね」
「わかる~! あの俺様っぽい知的さ!」
「雄弁になじられたいわ!」
「あんたたちの精神構造どうなってるの!?」
爆笑。
こうして今日も、優雅(?)なお茶会は幕を閉じた。
会計のとき。
貴婦人の中のリーダーらしきご婦人が言った。
「じゃあ、ごちそうさま。今日は少ないけど、これで足りると助かるわ」
「あの、足りないどころか…かなり多いです……!」
と恐縮するリリア。
「私たち貴族なのよ? 恥をかかせる気?」
にっこり微笑む奥方。
そして小声で。
「いつもありがとう。ここは私たちの大事な居場所なの、無くなったら困るわ。
たぶん、そう思っている人は沢山いるでしょう?
それに…孤児の子たちにあなたご飯をあげてるでしょ?この店、なくしちゃだめよ」
胸がじんわり熱くなるリリア。
目頭が少し涙にじむ。
貴婦人に思わず抱きしめられた。
「あなたはこの町の癒しよ」
リリアは後片付けをしながら、思った。
(ありがたいね。パパとママがいなくなっても、こうして思ってくれる人たちがいる…)
そのとき。
チリン――
ドアベルが鳴った。
「ご婦人様たち…忘れ物かしら?」
振り向いた瞬間。
そこに立っていたのは――
長身。
白銀の髪。
涼やかな蒼い瞳。
アルヴィンほどではないが、同じく“只者ではない”空気。
「少し早いけど、ランチは頼めるかな?」
柔らかな声。
『白銀のイケメン……!?』
フレアが固まる。
まさか――
エアリスが息を呑む。
『白銀の策士ね……見た目の特徴から、おそらく彼はレオニス・クラウゼル』
静まり返る店内。
リリアはごくりと唾を飲み込んだ。
「……い、いらっしゃいませ」
――王の剣の次は、王の頭脳、まさかのご来店。
小さな食堂ルミナリエ、平穏終了のお知らせである。
もう一人の公爵レオニス・クラウゼルの目的とは。
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