第二十七話 この世界に第四の存在
扉を開けた人物の姿を見た瞬間、リリアは目を丸くした。
「レオニス様!?」
思わず声が上ずる。
店の入り口に立っていたのは、もう一人の公爵―
レオニス・クラウゼルだった。
そう、リリアは若干、レオニスが苦手なのだ。
当のレオニスは、落ち着いた笑みを浮かべながら、ゆっくり店内を見渡す。
「店が閉まる前に入れてよかったよ」
その言い方は、まるで散歩の途中に立ち寄ったかのような気軽さだった。
しかし相手は公爵だ。
リリアは慌てて背筋を伸ばす。
「申し訳ございません…実は今日はこの後、用事がございまして……」
するとレオニスは、少し肩をすくめた。
「つれないねえ」
そして、わざとらしくため息をつく。
「公爵閣下のこの私が自ら出向いたというのに?」
リリアは困った顔になる。
「申し訳ございません」
レオニスは軽く手を振った。
「謝ってほしいわけじゃない」
そして意味深な目でリリアを見る。
「きっと、君の用事に私は役に立つと思うんだが?」
リリアは眉をひそめた。
「…どういうことでしょう?」
その瞬間、レオニスはさらりと言った。
「レンを追いかけるんだろう?」
―リリアの心臓が大きく跳ねた。
「…!」
なぜ、それを。
思わず言葉を失う。
レオニスは平然としていた。
「騎士団も魔術師団も、いま殺人事件を追っているんだ」
淡々と告げる。
リリアは戸惑いながら言った。
「それと…レンにどんな関係があるんですか?」
レオニスは静かに答えた。
「レンという少年は、我々が容疑者だと思っている男に仕事を頼まれている」
「そんな!?」
リリアは思わず声を上げた。
レンが…殺人事件の容疑者と?
次の瞬間、リリアは反射的に店の外へ走ろうとする。
しかし―
「待て」
低い声が止めた。
「いま行かれては困るのだ」
リリアは振り返る。
「危険な仕事を頼まれている可能性があるんですよ!?」
レオニスは落ち着いたままだった。
「大丈夫だ」
「レンには、そこまでの危害は及ばないはずだ」
リリアは思わず声を荒げた。
「そんなこと、どうして言い切れるんですか!?」
レオニスは答える。
「うちの魔術師団の者が、既に彼をマークしている」
「安心してください」
リリアはしばらく黙った。
それから、ゆっくり聞いた。
「…私にはどんな用があって、レオニス様はこちらへ?」
するとレオニスは、ふっと微笑んだ。
「ようやく話ができる状態になりましたね」
そう言って、懐から小さな水晶を取り出す。
「この水晶を覚えているかね?」
リリアは目を見開く。
「お、王家の水晶…ですよね?」
「ああ、結構。その通りだ」
レオニスは頷く。
「この水晶は、人、魔物、悪魔、神の存在を検知できると、以前お話しました」
「覚えていますか」
「はい……」
レオニスは水晶を軽く掲げた。
「神は―あなたです」
リリアの胸がざわつく。
(アルヴィンにはすべて話したけど…)
(レオニス様にはまだ話していない)
なのに、この人は。
(もう私を神の末裔だと断定している)
レオニスは続ける。
「この世界には、人と魔物がいました」
「ずっと長い間ね」
「私が生まれてからも、少なくともその状態でした」
しかし、と彼は言った。
「先日――神を検知した」
リリアは小さく言う。
「私が神かどうか…私自身も分かっていませんが…」
レオニスは片手で軽く制した。
「ああ、その辺の話は結構」
「私は分かっていますから」
そして少し身を乗り出す。
「それより続きを話しても?」
リリアは小さく頷いた。
「…ええ、もちろん」
レオニスは言う。
「人と魔物」
「そして神」
そこで一拍置いた。
「残りの存在―悪魔を検知したんです」
リリアの背筋が凍る。
「この世界に第四の存在」
「おとぎ話に出てくる」
「悪魔が、揃いました」
リリアは半信半疑だった。
「あ、悪魔ですって…?」
「そんな…」
「にわかに信じられません…」
レオニスは静かに言う。
「リリアさん」
「驚くのはまだ早いです」
リリアは黙った。
するとレオニスは問いかける。
「なぜ我々が容疑者を特定できたと思います?」
リリアは首を振る。
(見当もつかない…)
(この人はいったい何を話そうとしているの…)
レオニスは時計を見るように食堂の窓から空を見上げた。
「そろそろ時間ですね…」
そして言った。
「すべてをお話しましょう」
「あなたも、いつか私にすべてを話してくれることを期待しながら」
リリアは心の中で苦笑する。
(私が黙っていることがあると踏んでいるのね)
(…正解だけど)
レオニスは続けた。
「数日前」
「私は悪魔を検知しました」
「この城下町で、です」
「その後も、たびたび気配を感じました」
「ある日―強く反応した時がありました」
レオニスの目が鋭くなる。
「その場所へ向かってみると……」
「人だかりがあった」
「殺人事件の現場だったのです」
リリアの呼吸が止まる。
レオニスは静かに言った。
「私はピンときました」
「悪魔の仕業ではないかと」
「何かしら関わっているのは間違いないと」
そして続ける。
「探知を続けていると」
「ある一人の男から、その気配が出ていることを突き止めました」
「この水晶でね」
水晶が淡く光る。
「その男を部下に見張らせたところ、報告が来ました」
「子供と会っていたと」
リリアの心臓が嫌な音を立てる。
レオニスは言う。
「だから私は部下に言いました」
「その子供も見張れと」
そして、静かに告げた。
「すると不思議ですね」
「その子供は」
「リリアさんの食堂に通っていることが分かった」
レオニスはまっすぐリリアを見た。
「その少年の名前は―」
一拍。
「レンです」
店の外では夜の気配が濃くなっていた。
レオニスは言う。
「そろそろレンが動き始めるころです」
そして穏やかな笑みを浮かべた。
「リリアさん」
「私と一緒に行って頂きましょう」
リリアは息を呑む。
レオニスは最後に言った。
「あなたにお願いしたいことは一つ」
水晶が淡く光る。
「私がお願いしたら――」
「浄化の力を使ってください」
そして静かに告げた。
「相手の男は――」
「おそらく復活した悪魔です」
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