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女神の食堂 ―どうやら神の末裔の私ですが、ここが私の居場所です―  作者: 瀬戸


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第二十三話 君が――私の女神を手にしているのか

夕暮れの光が落ち、屋敷の窓の外はゆっくりと夜へと変わっていく。

リリアの部屋で、二人はまだ向かい合っていた。


「お、踊る!?」


アルヴィンは、わずかに目を見開いた。

普段、ほとんど表情を変えない彼にしては珍しい反応だった。


だが――

ほんの一瞬の驚きのあと。


アルヴィンはすぐに落ち着いた声で言った。

「……リリアと踊れるなら」


少しだけ口元を緩める。

「喜んで」


その答えに、リリアの胸がぱっと明るくなる。

(やった……!)


心の中で小さく拳を握る。

(やったよ、ジイ……!)


ジイの言った通りだった。


――私が誘えば、アルヴィン様は社交パーティに参加する。


リリアは昼間の会話を思い出していた。


――お昼。


ジイは真剣な顔でこう言ったのだ。

「リリアお嬢様。アルヴィン様を社交パーティにデビューさせるためには、あなたが必要なのです」


「え?」

リリアは思わず聞き返した。


ジイは続ける。

「アルヴィン様のパートナーとして、リリア様が申し出ていただければ――」

「きっと、ぼっちゃんも参加されます」


リリアは戸惑った。

「どうして……そこまで言い切れるんですか……?」


ジイは少し微笑んだ。

「ダンスのお相手役に」

「たった一度でいいのです」


そして静かに言った。

「アルヴィン様が女性をこの屋敷に連れてきたのは初めてです」

「間違いなく、リリア様はアルヴィン様の意中のお方」


リリアの顔が真っ赤になる。

「い、意中って……!」


ジイは気にせず続けた。

「社交界にアルヴィン様が出ていかれれば」

「その最初の一回のきっかけさえあれば、ぼっちゃんは立派にやっていかれるはずです」


そして、どこか誇らしげに言った。

「何といっても、エレノア様のご子息ですから」


――そして現在。

リリアはその会話を思い出しながら、アルヴィンを見ていた。

(アルヴィン様に守られてばかりじゃない)

(私も……アルヴィン様の役に立てる)


――しかし、ひとつ問題があった。


リリアは言った。

「ただ、アルヴィン様……」


少し困った顔になる。

「ひとつ問題が……」


アルヴィンが首を傾げる。

「問題?」


リリアは正直に言った。

「ジイにも言ったんですが……」


少し恥ずかしそうに笑う。

「私……踊れないんです」


アルヴィンは一瞬黙った。

それから。


「……そうか」

小さく頷いた。


「なら、練習すればいい」

それは、あまりにもシンプルな答えだった。


そして――

翌日から。


リリアの猛特訓が始まった。


朝。


昼。


夕方。


屋敷の広間で、リリアはひたすらステップを練習した。


「違います、リリア様」

ジイが杖で床を軽く叩く。

「ワルツは三拍子です」

「いち、に、さん」

「いち、に、さん」


リリアは必死だった。

「いち、に……あっ」


ぐらり。

よろける。


「わっ!」

メイが慌てて支える。


「リリア様!大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……!」


額に汗を浮かべながらも、リリアは立ち上がる。

「もう一回!」


時にはメイもダンスを教えた。

「リリア様、肩に力が入っています」

「もっとリラックスしてください」


「は、はい!」


さらに――

「では私がアルヴィン様役を」

メイの先輩である料理人が、ぎこちなく頭を下げた。


「よ、よろしくお願いします……」


「こちらこそ……!」


厨房の男と貴族舞踏の練習という、なんとも奇妙な光景だった。

それでもリリアは必死に練習した。


何度も転び。

何度も失敗し。

それでも諦めなかった。


そして――

あっという間に、一週間が過ぎた。


社交パーティ当日。

夜。


王都でもっとも豪奢な社交会場。

王宮舞踏大広間。


巨大なシャンデリアが天井からいくつも吊るされ、

数百本の蝋燭の光が、金色の装飾を輝かせている。


王国中の貴族が集まる場所。

社交パーティはすでに始まっていた。


壇上に立つのは一人の女性。

エレノア・ヴァルディア。


かつて「氷の薔薇」と呼ばれた女性。

彼女の開会の挨拶が始まる。


優雅で、堂々としていた。

会場は大きな拍手に包まれる。


その中に一人の男がいた。

クラウゼル公爵。


レオニス。


彼はグラスを手に、ゆっくりとワインを回していた。

(フッ……)


心の中で笑う。

(相変わらず、エレノア様はお美しい)


前ヴァルディア公爵が亡くなってからも。

アルヴィン不在のまま、社交界を支配している。

(だが……)


グラスを傾ける。

(現当主であるアルヴィンが不在というのは、やはり痛手だ)

(このまま、私が貴族社会を牛耳ってやろうではないか)


心の中では、好き放題考えている。

(まあ、そのときは末席にアルヴィンも座らせてやってもいい)

(そして私は――)


静かに目を細めた。

(いずれ王になる)

(この腑抜けた王国を改革する)

(そして、私が自ら王国を守り抜くのだ)


そして、ある名前を思い浮かべる。

(女神リリアとともに、な)


アルヴィンは。

(騎士団の旗でも飾っておけ)


だが。

その思いは一切、表情に出ない。


レオニスは完璧な貴族だった。


貴族たちと笑顔で挨拶し。

情報交換をし。

スマートに立ち回る。


そして。

ダンスタイムが始まった。


まず主賓が入場するのが通例だった。


いつもなら。

ヴァルディア家の次男か三男が登場する。


レオニスは思う。

(さて……今日はどちらだ?)

(いずれにせよ、私の敵ではないがな)


周囲の貴族たちも談笑していた。


話題の中心は、やはり一人。

ヴァルディア公爵――アルヴィン。


「今日も来ないでしょうね」

「ええ。あの“冷徹の騎士”が社交会に来るなんて」

「クラウゼル公爵家が、また一歩リードね」


そんな空気が流れていた。

その時。


――ギィ。


重厚な扉が開いた。

広間の視線が、自然とそちらへ向く。


現れたのは。

一人の男。


長身。

焦げ茶の髪。

鋭く整った横顔。


誰かが呟く。


「……アルヴィン公爵」


ざわり、と会場が揺れた。


「まさか」

「本当に来たの?」

「ヴァルディア公爵が?」


視線が一斉に集まる。


だが――

次の瞬間。


広間は完全に沈黙した。


アルヴィンの隣に。

もう一人いたからだ。


少女だった。


淡い蜂蜜色の髪をハーフアップにまとめ。

琥珀色の瞳が、少しだけ緊張して揺れている。


そして――


ドレス。

淡い蒼。


まるで月光を閉じ込めたような色。

布地は軽く、空気を含むように広がり、

歩くたび波のように揺れる。


胸元から肩にかけては、透けるほど繊細なレース。

そこに銀糸の刺繍が散りばめられ、

まるで星空のように輝く。


スカートの裾には微細な水晶。

歩くたび、きらり、と光が揺れる。


誰かが息を呑んだ。

「……女神?」


思わず漏れた言葉だった。

誰もが同じことを思っていた。

豪華ではない。


だが。

圧倒的に美しい。


そして少女自身。

化粧は薄い。

だがそれが、彼女の透明な肌を際立たせていた。


澄んだ瞳。

少し不安そうな表情。


それでも。

アルヴィンの腕を取り、静かに立っている。


まるで――

戦場の騎士に寄り添う月光の女神。


貴族たちがざわめく。

「誰だ……?」

「どこの令嬢?」

「見たことがない」

「王家の姫?」

「婚約者?」


視線が渦を巻く。


アルヴィンはまったく気にしない。

ただ、リリアをエスコートして歩く。


その時。

音楽が始まった。


舞踏曲。


アルヴィンは立ち止まる。

そしてリリアへ向き直った。

「……踊れるのか」

低い声。


リリアは少し慌てて。

それでも頷いた。

「えっと……たぶん」


アルヴィンが眉を上げる。

「たぶん?」


リリアは小さく笑った。

「練習しました」

「ジイに」


その言葉に、アルヴィンの口元がほんの少し緩む。

そして。


手を差し出した。

「なら」

「付き合ってもらおう」


リリアはその手を取る。

二人は舞踏の輪へと歩き出す。


広間の視線が、すべてそこへ集まる。


アルヴィン・ヴァルディア。

社交界を拒み続けた男。


その腕の中で。

名も知らぬ少女が、月光のドレスを揺らして舞う。


まるで――

社交界の夜に、女神が降り立ったかのようだった。


そして。

それを遠くから見ている男が一人。


レオニス。

グラスを傾けながら、静かに呟いた。

「……なるほど」


その視線は少女へ向けられている。

「アルヴィン」


薄く笑う。

「君が――私の女神を手にしているのか

 リリア・ルミナス」

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