第二十二話 私と踊っていただけませんか?
夕暮れの光が、窓から静かに差し込んでいた。
リリアの部屋の扉が、コンコンと控えめに叩かれた。
「リリア、俺だ」
アルヴィンの声だった。
リリアはすぐに立ち上がり、扉を開ける。
「アルヴィン様」
軽く頭を下げた。
「お待ちしておりました」
少し緊張した様子で続ける。
「昨晩のお返事を……させてください」
アルヴィンは静かに頷いた。
「話してくれるのか?」
リリアは小さく息を吸う。
「はい」
そして少し困ったように笑った。
「ただ……どこまで信じていただけるかは分かりません……」
アルヴィンは迷いなく言った。
「リリアの言うことなら信じよう」
その言葉は、とても自然だった。
リリアの胸が、少しだけ温かくなる。
(アルヴィン様……)
リリアは椅子に座り直し、ゆっくり話し始めた。
「まず……」
少し視線を落とす。
「私は、食堂の夫婦の血のつながった娘ではないんです」
アルヴィンの眉がわずかに動いた。
だが、口を挟まない。
リリアは続ける。
「もちろん、両親は私を愛情を持って育ててくれました」
「私は今でも、二人を親だと思っています……」
アルヴィンは静かに頷いた。
驚きはあった。
だが、表情を崩さず、ただ話を聞いている。
リリアは少し安心して続けた。
「それから……もう一つ」
顔を上げる。
「私は、生まれつき……精霊が見えるんです」
アルヴィンが小さく息を呑んだ。
「精霊……?」
信じられない、といった声だった。
「本当にいるのか……精霊なんて、伝説だと思っていた……」
リリアは苦笑した。
「私にとっては、生まれたときから見えるものだったから」
「みんなにも見えるものだと思っていたんです」
少し遠い目になる。
「でも……五歳くらいのときに、違うって分かりました」
アルヴィンは何も言わず、リリアの話を聞き続ける。
リリアは思い出すように言った。
「パパとママは、見えない私の精霊の話を空想の話だと思って育てていたようなんですが…」
「ある日、私の精霊が見えるようになって…とても驚いていたのを覚えています」
アルヴィンは興味深そうに尋ねた。
「精霊って……どんな感じなんだ?
ご両親は、なぜ見えるようになったんだろう?」
少し周囲を見回す。
「いま……ここにもいるのか?」
リリアは頷いた。
「私の近くには、火の精霊フレアと、風の精霊エアリスがいます」
微笑む。
「私が必要としたときに、現れるの」
その瞬間。
ふわり、と空気が揺れた。
小さな炎のような光と、透明な風の粒子が、リリアの肩のあたりに現れる。
フレアとエアリスが、堂々と姿を現した。
リリアは言った。
「いま、ここに来てくれたわ」
アルヴィンは目を凝らす。
だが――
「……やはり、俺には見えないようだ…」
少し残念そうに呟いた。
その時。
リリアは、はっとした。
(もしかして……)
思い出す。
「あ!」
アルヴィンが驚く。
「どうした?」
リリアは少し身を乗り出した。
「もしかしたら……アルヴィン様にも見えるかもしれません!」
「俺にも……?」
リリアは嬉しそうに頷く。
「思い出したの!」
「パパとママが、初めて精霊が見えた日のこと!」
アルヴィンは腕を組む。
「そうなのか……?」
リリアは立ち上がった。
「たぶん、こうすれば……」
フレアの方へ手を伸ばす。
実際には触れていないが、手のひらを近づける。
そして。
もう片方の手を、アルヴィンへ差し出した。
「アルヴィン様、手を」
アルヴィンは少し戸惑いながら、その手を握る。
その瞬間。
ふわり、と空気が震えた。
「!?」
アルヴィンの目が見開かれる。
「こ、これは……」
炎の小さな少女が、腕を組んで浮かんでいた。
「はーい!」
元気な声。
「お兄さん、あなたアルヴィンさんでしょ?」
指をびしっと向ける。
「よろしく!」
横では、柔らかな風の少女が優雅にお辞儀した。
「エアリスと申します」
「よろしくお願いいたします」
そして、フレアを示す。
「そちらの火の精霊はフレアです」
アルヴィンは、自分の目をこすった。
「よ……よろしく……」
完全に混乱している。
リリアは嬉しそうに言った。
「見えたのね!?」
「よかった!」
アルヴィンはまだ呆然としている。
「本当に……いるなんて……」
フレアを見つめる。
「しかも……自分にも見えるなんて……」
苦笑する。
「もうこんなに驚くことは、俺の人生にないと思っていたが……」
小さく息を吐いた。
「分からないものだな……」
リリアは少し恥ずかしそうに言った。
「これで……私の秘密は全部です」
「神の末裔なのかどうかは……」
小さく首を振る。
「私自身、分からないんです」
アルヴィンはそっと手を伸ばした。
フレアを指で触ろうとする。
その瞬間。
フレアがニヤリと笑った。
ぼっ、と小さな炎が灯る。
「うおっ!?」
アルヴィンは慌てて手を引っ込めた。
リリアがくすっと笑う。
「これで……いい?」
アルヴィンは頷いた。
「ああ、ありがとう」
「だが、どうしてこんな重要なこと、話してくれたんだ…?
君にとっては重要な秘密だったはずだ…もちろん、俺が頼んだわけだが」
リリアは言った。
「アルヴィン様に、だからです。
私のことをなぜか気にしてくださったように、
私もなぜかアルヴィン様のことが気になるのです
何でも助けて下さいましたし…」
アルヴィンは言う。
「そうか…ありがとう。俺は正直、女性とどう接したらいいか分からない。
ずっと騎士として生き、ヴァルディア公爵家を導き、王国を守ることしか、
考えてこなかったから…むしろ避けてきたのかもしれない。人との交わりを…
誰かと付き合うということは貴族社会に染まることになると思っていたからかもしれない」
リリアは黙って話を聞く。アルヴィンは続けた。
「リリア。君とは話せるし、話したいと俺は思うんだ。
最初は王の命令で君に近づいたが、今は違う。
君を守らせて欲しい。」
リリアは言う。
「アルヴィン様…ありがとうございます」
「あと、アルヴィン様」
「私からもお願いがあります」
アルヴィンは迷いなく言う。
「リリアのお願いなら、何でも聞こう」
リリアは少しだけ頬を染めた。
そして言った。
「来週……社交パーティがあるって、ジイから聞きました」
一歩近づく。
「私と……」
小さく微笑む。
「踊っていただけませんか?」
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