表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の食堂 ―どうやら神の末裔の私ですが、ここが私の居場所です―  作者: 瀬戸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/25

第二十一話 お願いがあるのです

朝の光が、柔らかく部屋を満たしていた。

アルヴィンから話を聞いた、翌日の朝。


リリアは静かに朝食を終えると、食器を片付けに来たメイに声をかけた。

「あの……メイちゃん」


「どうされましたか?」


「ジイ…総執事様に……会いたいんです」


メイは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで頷いた。

「分かりました。お呼びしてきますね」


そう言うと、手際よく食器をまとめ、軽く一礼して部屋を出ていった。

ドアが静かに閉まる。


部屋には、リリアひとりだけが残った。


――昨日。


アルヴィンは言った。

「君が知っていることを話してほしい」


それだけ告げると、夜は冷えるから、とリリアを部屋へ帰した。

無理に答えを求めることはしなかった。


(考える時間をくれたんだ……)


リリアはそう感じていた。

きっとアルヴィンは、すでに自分以上に、自分の周りで起きた不思議な出来事を知っている。


だけど。


二つだけ。

彼が知らないことがある。


(精霊のこと……)


フレアとエアリス。

自分にだけ見える、小さな精霊たち。


そして、もう一つ。

(お父さんとお母さんは……本当の親じゃない)


その事実。

もしそれを話せば――


自分が神の末裔だという話は、さらに現実味を帯びてしまう。


(……アルヴィン様を信じていいのかな)

胸の奥が揺れる。


両親には言われていた。

誰にも話してはいけない。


それが、自分を守ることになるから。


だけど――

リリアは小さく目を閉じた。

(アルヴィン様のこと、信じたい)


そう思い始めている自分がいた。


そして。

(できるなら……)

(アルヴィン様の力にもなりたい)


窓から、爽やかな風がふわりと流れ込んできた。

カーテンが軽く揺れる。


リリアは窓辺に歩み寄り、庭を見下ろした。

緑の庭園。

噴水の水音。

穏やかな朝の景色。


(アルヴィン様は……)

公爵として。

そして王国騎士団副団長として。

本来なら、決して口にしてはいけないような話まで、自分に打ち明けてくれた。


(あんな大事な話を……)

胸が少しだけ温かくなる。


そのとき。

コンコン、とドアを叩く音がした。


「リリアお嬢様」

扉が開き、ジイが姿を現した。


柔らかな笑みを浮かべている。

「そろそろお呼びいただく頃ではないかと、思っておりました」


リリアは少し驚いた。

「え……?」


ジイはゆっくりと部屋へ入り、丁寧に一礼する。

リリアは少し迷ったあと、口を開いた。

「あの……」

「私、アルヴィン様に恩返しがしたくて……」


言葉を探すように続ける。

「この家に置いていただいていますし……それに……」


少し頬を染める。

「どうやら、守っていただいているみたいでして……」


ジイは静かに聞いていた。

リリアは少し俯く。

「だけど……」

「私はアルヴィン様のこと、何も知らなくて……」


胸の奥で思う。

(たとえ守ってもらうとしても……)

(対等でいたい)

(アルヴィン様を知りたい)

(そして……)

(役に立ちたい)


ジイは穏やかに言った。

「何を知りたいですかな?」


リリアは少し迷ってから言った。

「お母様とは……どうして疎遠になったのでしょうか……」


ジイの眉がわずかに動く。


リリアは続けた。

「昨日もお母様とお食事をしていたとき、アルヴィン様が来て……」

「途中で私の手を引いて……」


思い出す。

あの時のエレノアの表情。

「お母様……少し寂しそうな目をされていた気がして……」


そして、もう一つ。

「それに……」

「アルヴィン様が“冷徹の騎士”と呼ばれていることも……関係あるのでしょうか?」


ジイは答えなかった。

ゆっくりと窓の外を眺める。


爽やかな風が部屋に流れ込んだ。

ジイは、ぽつりと呟く。

「……あの日も」

「こんな爽やかな風が入っておりました」


リリアは不思議そうに首をかしげる。


ジイは静かに言った。

「このお部屋は……実は」

「アルヴィン様のお部屋だったのですよ」


「え……?」

リリアは目を丸くした。


思わず部屋を見回す。

(ここが……?)


ジイは頷いた。

「この部屋にお通ししたのは、リリア様が初めてです」

「アルヴィン様が十年前、騎士団へ入られるとき……」

「もう家には戻らない、とおっしゃいました」


リリアの胸が小さく痛む。

「そして、この部屋は別の用途に変えてしまえと命じられたのです」

「それ以来、この部屋は誰にも使われておりません」


リリアはふと気づく。

(でも……)

この部屋はとても綺麗だった。

掃除も行き届いていた。


(きっと……)

(ジイが大切にしてくれていたんだ)


ジイは話を続けた。

「話は、さらに昔にさかのぼります」

「アルヴィン様が……十一歳の頃だったでしょうか」

「ぼっちゃんは、よく村へお忍びで遊びに行っておりました」


リリアは思わず微笑んだ。

(アルヴィン様が……お忍び?)

(なんだか……かわいい)


ジイは続ける。

「そこで、よく一緒に遊ぶ子がいましてな」

「いつのまにか、親友になったようです」


リリアは少しだけ嬉しくなる。

(アルヴィン様も……)

(普通の男の子だったんだ)


ジイの声が少し低くなる。

「ただ……ある年のこと」

「大規模な飢饉が起きました」

「王国のほとんどの領地が、食糧難となったのです」


リリアの表情が引き締まる。


「ぼっちゃんが遊びに行っていた村は……」

「ヴァルディア公爵家の傘下である、セルディナ侯爵家の領地でした」

「その村も、例外ではありませんでした」


税も。

食糧も。

納められない。


「村人たちは、セルディナ侯爵家へ交渉を求めました」

「ですが……」


ジイは静かに言う。

「侯爵家は応じませんでした」

「ヴァルディア公爵家へ納める税が満足に払えないと分かったからです」


リリアは息を呑む。


「結果……」

ジイの声は淡々としていた。

「内乱が起きました」

「そして」

「セルディナ侯爵家は、その村を焼き討ちにしました」


リリアの声が震える。

「焼き討ち……」


ジイは言う。

「ヴァルディア公爵家への忖度でしょうな」


そして続けた。

「ぼっちゃんが知ったのは……」

「いつものように村へ遊びに行ったときでした」


リリアの胸が締めつけられる。


「親友の家が見つからなかったそうです」

「すべて、焼けていましたから」

ジイは静かに言った。

「死にかけた村人に、足をつかまれたそうです」


『俺たちが何をしたんだ?』


リリアは目を伏せた。


ジイは言う。

「その日から……ぼっちゃんは変わりました」


部屋に沈黙が落ちる。

「自分も貴族の身、しかもその頂点にこれから君臨する身」

「……貴族という存在に嫌気がさしたのでしょう」

「なるべく関わらない道を探したのかもしれません」

「おそらくその時に」

「騎士団へ入ることを決めたのです」


ジイは小さく息を吐いた。

「しかし」

「公爵家の長男に生まれた以上……」

「跡取りになるのは宿命です」


リリアは顔を上げた。


ジイは言う。

「家督は継いでおります」

「ですが、今もこの屋敷にはあまり近づきません」

「社交会は奥方様……エレノア様が仕切っております」

「ぼっちゃんは騎士団に専念しているという体裁です」


「ただ……」

ジイは少し真剣な顔になる。

「当主が社交界で交流を持たないことは……」

「ヴァルディア公爵家の弱みでもあります」

「その分、雄弁なレオニス殿が率いるクラウゼル公爵家が貴族社会で力を増しているのです」


リリアは静かに言った。

「アルヴィン様は……」

「今も貴族として生きることを遠ざけているんでしょうか?」


ジイは首を振る。

「いえ」

「騎士団に入ってから十年」

「ぼっちゃんも大人になりました」

「幼き日の出来事は、今も胸に残っているでしょう」

「ですが…いまは王国の平和を守ることを第一に考えておられます」


ジイは静かに続けた。

「もちろん――」

「貴族というものの役割も、必要性も……」


窓から吹き込む風が、カーテンを揺らす。

「善も、そして悪も」


ゆっくりと言葉を選ぶように語る。

「そのすべてを、ぼっちゃんは心に含めておられるでしょう」


リリアは小さく呟く。

「ヴァルディア公爵家の力が弱まることは……」

「王国の平和を守る上でも、問題になるということでしょうか……」


ジイはゆっくり頷いた。

「もちろん、レオニス殿も優秀な方です」

「ですが」


静かに言う。

「私は、ぼっちゃんの考える平和な王国を信じております」

「だから」


ジイはリリアを見た。

「ぼっちゃんに、一歩を踏み出していただきたいのです」


そして。

ジイは静かに言った。

「そこで……」

「リリアお嬢様に、お願いがあるのです」

ブックマークと評価について、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ