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女神の食堂 ―どうやら神の末裔の私ですが、ここが私の居場所です―  作者: 瀬戸


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第十八話 私に嘘が通用するとでも?

廊下の向こうから、ひとりの女性が歩いてきた。

その姿を見た瞬間、メイの背筋がぴんと伸びる。


――美しい。

思わずそう思ってしまうほど、圧倒的な存在感を放つ女性だった。


腰まで流れる艶やかな長い銀に近い金髪の髪。

年齢を感じさせない整った顔立ち。

そして、静かに周囲を支配するような気品。


エレノア・ヴァルディア。

先代ヴァルディア公爵夫人にして、現公爵アルヴィンの母である。


社交界でその名を知らぬ者はいないと言われる人物だった。

そのエレノアが、ふと足を止めた。


そして、廊下の端に立っていたメイへ視線を向ける。

「そこのあなた」


「は、はい! 奥方様!」

メイは慌てて背筋を伸ばした。


エレノアは落ち着いた声で言う。

「アルヴィンがお客様を呼んでいると聞いたのだけれど」


深く青い瞳が、静かにメイを見つめる。

「あなた、何か知っている?」


「え、あ、その……」

メイの顔が一瞬で青くなる。

(そのお客様はたぶん、私の後ろで何故かメイド服を着ている

 リリアお嬢様で、もしかしたらアルヴィン様の思い人です!なんて言えるわけがない…)


「し、知りません! すみません!」

必死に頭を下げるメイ。


エレノアは一瞬だけ彼女を見つめ――

「そう」


それだけ言うと、すぐに視線を外した。

「じゃあ、いいわ」


そのまま、リリアとメイの横を静かに通り過ぎていく。

張りつめていた空気が、ようやく緩んだ。


すると。

「……もしかして、私のことかな?」


空気を読まずに、リリアがぽつりと言った。

「しっ!」


メイが慌てて小声で止める。

「お、お静かに……!」


リリアの袖を引きながら、必死に言う。

「なんとなくなんですが……メイド服でいるところは、奥方様にお見せしない方がいい気がします……」


「え?」


「奥方様は……その、格式をとても大切にされる方で……!」


必死な様子のメイを見て、リリアは小さく笑った。

「わかったわ、メイちゃんがそんなに言うなら」


「私も無礼を働きたいわけじゃないし」


「無礼なふるまいで、お相手を嫌な気持ちにさせるのも嫌だから…」


メイはほっと胸をなで下ろした。


一方で、すでに通り過ぎていたエレノアは――

後ろの会話を、ほんの少しだけ気にしたようにも見えた。


だが、そのまま何も言わずに去っていった。


しばらくして。

「でも」


リリアがぽつりと言う。

「すっごくキレイな人だったね」


「びっくりした」


「……そうなんです」

メイはこくりと頷いた。


そして周囲を見回すと、小声で言った。

「ちょっと、更衣室に行きましょう」


「ここで話すのは、ちょっと……」

二人は急いでメイド用の更衣室へ向かった。


扉を閉めると、メイはほっと息を吐く。

「ここなら大丈夫だと思います」


そう言ってから、少し声を潜めた。

「奥方様は、エレノア様というお名前で……」


「社交界の、実質トップなんです」


「トップ?」

リリアが目を丸くする。


メイは頷く。

「貴族としての誇りがとても高くて、政治や社交の場でも王族に引けを取らない威厳があるって……」

「年齢を感じさせない美しさで、社交界では――」


メイは少し声を小さくした。

「『氷の薔薇』って呼ばれていたらしいんです」


「へぇ……」


「……全部、メイドの先輩の受け売りなんですが」

メイは照れくさそうに笑った。


リリアは感心したように息を吐く。

「すごい……」

「さすが二大公爵家の元公爵夫人……」


「なので、その……」

メイは少し困ったように言った。

「メイド服の姿は、奥方様の前では、ちょっと問題があると言いますか……」

「本当にメイドならいいんですが……」

「リリアさんは、その……」


もじもじしながら続ける。

「もしかしたら、アルヴィン様とご親密になられるかもしれませんし……」

「悪いイメージはない方がいいかなって……」


リリアはふっと笑った。

「なんだ」

「メイちゃん、いろいろ気を使ってくれてたんだね」

「ありがとう」


そして少し考えてから言う。

「私も……アルヴィンのことは、やっぱりアルヴィン様って呼んだ方がいい気がしてきた」


「本人には様はいらないって言われたんだけどね」


「ええええ!?」

メイが大声を上げた。

「そ、それってすごいことですよ!」

「アルヴィン様は礼儀作法も完璧な方なんです!」

「つまり、それは――」


メイは身を乗り出す。

「リリア様を同格の存在として見ているということです!」

「つまり将来の奥方として考えているのでは!?」


「ええ!?」

今度はリリアが真っ赤になる。


「そ、そうなの!?」

だが、すぐに少し寂しそうに笑った。

「でも……」

「私には務まらないかな、公爵夫人は」

「あの人、すごいオーラだったもん」


そして、卑屈になるわけでもなく、むしろ誇りさえ感じさせる表情で

リリアは言った。

「私はただの食堂の娘だからね」



するとメイが慌てて言った。

「いえ!」

「リリア様も、お化粧と服装を整えたら!」

「エレノア様に負けない美しさでしたよ!」


リリアは照れながら笑った。

「じゃあ……」

「またエレノア様に出くわすと大変だし」

「私、そろそろ部屋に戻るね」


「承知しました」

メイは丁寧に頭を下げる。

「のちほど昼食と、洗い終えたリリア様の服をお持ちします」

「洗濯も終わっていると思いますので」


「うん、メイちゃん」

「いろいろありがとう」


二人はそこで別れた。

リリアは客室へ向かう。


そして――

リリアの客室の扉を開けようとした、そのときだった。


「やっぱり」


背後から、静かな声が響く。


「あなたがアルヴィンの呼んだゲストだったのね」


リリアの背筋が凍った。

振り返らなくてもわかる。


エレノアだ。


(これはまずいのでは……)

リリアの心臓が激しく鳴る。


自分が嫌われるのは構わない。


だが――

メイがついた嘘がばれる。

(メイちゃんが怒られるかもしれない……)


でも、嘘はつきたくない。

どうしよう。


判断に迷う。


「聞こえているの?」

エレノアの足音が近づいてくる。


心臓の鼓動が耳に響いた。


そのとき。

「奥方様」


低い落ち着いた声が割って入る。

ジイだった。

「そちらはアルヴィン様のお客様が現在使用されているお部屋でございます」

「お客様は今、散歩に出ておられます」


そして、リリアの方を見て言った。

「いまのうちに掃除を済ませてしまいなさい」


リリアは思う。


(ジイだ……!)

助けてくれたんだ。私はあくまでメイドだと。

後ろ姿だしね。実際、ジイが私の顔を見てなくて、メイドだと思っている可能性もあるかもしれない…


ここは「はい」と言って、メイドになりきろう。


しかし。

「私に嘘が通用するとでも?」


エレノアが言った。

静かな声だった。


だが、圧があった。

「私は使用人の顔を全員覚えているの」

「あなたのような娘はいなかった」


リリアは目を丸くする。

(す、すごい……)

(使用人の顔を全員……)


リリアは振り返り、チラリとジイの方を見た。

ジイにも焦りが見えた。


リリアは覚悟を決める。

「あ、あの!」


エレノアとジイが同時にこちらを見る。


ジイの目が言っていた。

(リリア様、ダメです……)


だがリリアは言った。

「私が、アルヴィン様に招いて頂いた娘です」

「私は食堂の娘です」

「先日のゴブリン騒動で店が壊れてしまって……」

「途方に暮れていたところ、アルヴィン様が助けてくださいました」

「店の修理が終わるまで、二、三日お世話になります」


エレノアは黙ってリリアの服を見る。


(そうよね…だからってどうして、ヴァルディア家のメイド服を着ているのか?よね…)

リリアは続けた。


「このメイド服は、私が無理を言って貸していただいたものです」

「客室の服は、私には高価すぎて……」

「なので、こちらの執事様は、私をメイドと勘違いされたのだと思います」


(これなら……)

(ジイもメイちゃんも怒られないよね……)

(それに何も嘘はついていない…)


エレノアは少しだけ黙った。

そして言った。


「そう」

「それは大変でしたね」


リリアは驚く。


「公爵閣下があなたを客と認めた以上」

「私にとってもあなたはお客様です」


エレノアは微笑んだ。

「今晩、私のディナーに付き合ってくださるかしら?」


そして、にっこりとジイを見る。


ジイは――

「あちゃ~」

という顔をしていた。


「エ、エレノア様とディディディ……ディナー!?」

リリアが真っ赤になる。


「それでは」

エレノアはくすっと笑った。


「また今夜」

「ふふ」

そう言うと、優雅に去っていった。


しばらくして。

客室の中で、ジイが言った。

「リリア様」

「奥方様は、おそらくすべて見抜いておられます」


「え!?」


「社交界の頂点に立つお方です」

「失礼ながら、リリアお嬢様の考えなど……」

「すべて見抜かれてしまいます」


だがジイは微笑んだ。

「ですが、ひとつ言えることがあります」

「どうやら、気に入られたようです」

「奥方様は、気に入った相手しか非公式の食事に誘うことはありません」


「そ、そうなの……?」

リリアは不安そうに言う。

「じゃあ……良かったってこと?」

「でも……」

「エレノア様とディナーか……」


リリアはふと聞いた。

「ジイは一緒に来ないの?」


ジイは静かに首を振る。

「私は使用人でございますから」

「お食事をご一緒することはございません」

「ですが…リリア様なら、大丈夫なはずです」


その後、メイが昼食と洗濯された服を持ってきた。

だが――


リリアが昼食を食べられる状態ではなかったのは、言うまでもない。

夕刻のディナーのことを思うと、お腹が空かなかった。


事情を聞いたメイは驚きながらも、

「さすがリリア様!」

「もう奥方様にも気に入られたんですね!」

と、なぜか大喜びしていた。


メイはすっかり、リリアのファンである。


こうして――

運命のディナーの時間が、ゆっくりと近づいていった。

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