第十七話 こ、恋人なんでしょうか!?将来の奥方様!?
廊下の長い窓から、やわらかな昼前の光が差し込んでいた。
その光の中を歩きながら、リリアは隣の少女にそっと声をかける。
「ねえ、メイさん。……メイちゃんって呼んでもいい?」
少し遠慮がちに言うと、メイド服の少女はぱちぱちと瞬きをした。
「えっ……そんな……」
メイは頬をほんのり赤くして、慌てたように両手を振る。
「リリアさんの方が年上っぽいですし……その……なんか、素敵なお姉さんにそう呼んでもらえるのは、むしろ嬉しいっていうか……」
「え、ほんと!?」
リリアはぱっと顔を明るくした。
「私、二十一歳だよ?」
「私は十八歳です」
メイは少し胸を張って答える。
その答えを聞いたリリアは、にっこり笑った。
「じゃあ決まり。メイちゃんって呼ぶね」
「はい、リリアさん!」
メイの顔は、まるで花が咲いたみたいに明るくなった。
その笑顔を見て、リリアの胸もふわっと温かくなる。
「ねえメイちゃん。いつからここで働いているの?」
「私はまだ二年なんです。新人で……」
メイは少し照れながら続けた。
「まだ慣れないこともありますけど、ここ、すごく居心地がいいんです。総執事の方が使用人にとてもお優しくて……だから、屋敷の雰囲気もすごく良くて!」
「へえ……」
リリアはふっと思った。
(総執事……それって、ジイのこと?)
あの穏やかな老人の顔が頭に浮かぶ。
(すごいじゃん、ジイ……新人さんにも慕われてるんだ)
そして、ふと思い立つ。
(そうだ。アルヴィンのことも聞いてみよう)
「そういえばさ、公爵閣下ってメイちゃんから見てどんな人なの?」
「アルヴィン様ですか……?」
メイは少し考えてから首をかしげた。
「正直、よく分からないんです。直接お会いしたこともないですし。末端のハウスメイドなので当然なんですけど……」
「そっか」
「でも……その……」
メイは急に言いにくそうにモジモジした。
「リリア様は……その……」
リリアは首をかしげる。
「ん?なに?」
「アルヴィン様の……こ、恋人なんでしょうか!?将来の奥方様!?」
「えっ、ええーっ!?」
リリアの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「わああああ、すみません!!」
メイは慌てて頭を下げる。
「私としたことが……!いつも先輩にも怒られるんです!考えてから話しなさいって……!私、ついおしゃべりで……考える前にいろいろ言っちゃって……」
あまりにも慌てるメイを見て、リリアは思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
そして優しく言う。
「楽しいよ。メイちゃんとお話するの」
メイはぽかんとしたあと、顔をさらに赤くした。
「う、嬉しい……リリアさん好きだなー」
リリアは少しだけ照れながら言った。
「恋人とか……そういう関係は、正直分からなくて」
「え?」
「まだたぶん、二、三回しか会ってない気がするし……でも、なんかもっと沢山会ってる気もするし……」
自分でも不思議だった。
メイはにこっと笑った。
「でも、なんか分かります」
「え?」
「私も、リリアさんとさっき会ったばかりなのに……ずっと前から知ってるお姉さんみたいに感じるんです」
「……」
「そこが、リリアさんの素敵なところっていうか……あっ、また勝手なことを……!」
その瞬間。
リリアは、ぎゅっとメイを抱きしめた。
「わっ!?」
驚くメイの耳元で、リリアはくすっと笑う。
「ありがとう、メイちゃん」
「え?」
「私も同じ気持ち。嬉しい」
メイもへへっと笑った。
そして二人はまた歩き出す。
その時――
ふわっと良い匂いが漂ってきた。
パンとスープの香り。
メイがぱっと顔を明るくする。
「ちょうど昼食前なので、すごく良い匂いするんですよ!調理場の先輩、紹介してもいいですか?」
「うん、もちろん!」
厨房の扉を開けると――
「うおっ!?」
中にいた料理人の青年が、思いきり驚いた。
「リリア様!?」
彼は目を丸くする。
「メイ!どういうことだ!?しかもメイド姿!?」
そしてリリアをじっと見て、
「……似合ってる……」
(キュン)
「先輩、今キュンってしましたよね!?」
メイが即ツッコむ。
「し、した……ってお前!!」
料理人は慌てて姿勢を正した。
「リリア様を前に何てことを!!公爵閣下の特別なお客様なのだぞ!!」
そして深々と頭を下げる。
「申し訳ございませぬ、リリア様!」
しかしメイはニコニコしたままだった。
リリアも同じように笑っている。
「似合います?ふふっ、嬉しいな。皆さんのお仲間になれたみたいで」
料理人は恐る恐る顔を上げた。
「……あの、リリア様」
「はい?」
「リリア様の親しみのある?と言っていいのかですが、
お人柄は少し?分かったつもりなのですが……」
彼は慎重に言葉を選ぶ。
「公の場では、あまり使用人と慣れ慣れしく話されない方がよろしいかと」
「……」
「公爵閣下と使用人の間には、宇宙ほどの身分の差があります」
リリアは静かに聞く。
「その公爵閣下のお連れ様が、使用人とフランクに接すると……公爵閣下の格に問題が出ることもあります」
「……」
「つまり、アルヴィン様にご迷惑がかかるかもしれません」
(たしかに……)
リリアは小さくうなずいた。
そして、料理人の手をそっと握る。
「ありがとうございます、先輩」
慌てる料理人。
(ちょ…手を握るなんて…こんな姿、誰に見られたら…)
その瞬間――
リリアの手から、ほんのり温かな光が流れ込んだ。
誰にも見えない、小さな祝福。
(ヴァルディア公爵家のみなさんが幸せになる料理が、この手から生まれますように)
料理人にリリアの奇跡の祝福が流れ込む。料理人は一瞬ふらついた。
「……あれ?」
首をかしげる。
「今、一瞬気を失った……?」
リリアは微笑んだ。
「今は公の場じゃないですから。仲良くしてください、先輩」
料理人は真っ赤になった。
(な、なんて素敵な人なんだ……)
(俺、惚れてしまいそうだ……)
メイがニヤリとする。
「先輩っ」
「……し、仕事があるのでこの辺で失礼します!!」
その時だった。
二人はふと、鋭い視線を感じた。
リリアが振り向く。
廊下の奥に、ひとりの女性が立っていた。
銀に近い金髪。
深い青い瞳。
息をのむほど美しい女性。
リリアは小声で聞く。
「メ、メイちゃん……あの人、誰かな……?
すごくキレイな人…」
メイは気軽に振り向いた。
「えー、リリアさんったら好奇心旺盛ですねー」
しかし――
その瞬間。
メイの表情が固まった。
「……」
声が震える。
「お……」
そして小さく言った。
「奥方様……」
リリアは驚く。
「奥方様!?」
(つまり、アルヴィンのお母さん!?)
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