第十一話 魔の鐘が三回鳴った…
翌朝。
アルヴィンが食堂ルミナリエへ向かっていた、そのときだった。
カーン――
重く、腹の底に響く音が城下町に鳴り渡る。
足を止めたのは、彼だけではない。
それはただの鐘ではない。
“魔の鐘”。
魔物が大量発生した際に鳴らされる、非常時警報。
カーン、カーン――
いつも通り、二回。
……のはずだった。
だが次の瞬間。
カーン、カーン、カーン。
空気が凍りついた。
「……おい、二回じゃないぞ」
「三回だ! 魔の鐘が三回鳴った…?」
人々の顔から血の気が引く。
通常、二回は“外門の外”に魔物が集結した合図。
だが三回は違う。
それは――
外門突破。
魔物が城下町内部に侵入したことを意味する。
「ま、魔物が入ってくるぞ!!」
「逃げろおおおおおお!!」
悲鳴と怒号が一斉に弾け、街は一瞬で混乱と恐怖の渦に飲み込まれた。
巨影、襲来。
ドンドンドンドンドン――
地面が揺れる。
通りの向こうから現れたのは、常識を逸した巨体。
人二人分どころではない。
身長四メートル。体重二百キロ超。
異様に肥大化したゴブリン。
棍棒を振り回し、露店を粉砕し、人を薙ぎ払う。
血と木片が舞う。
「ぎゃあああっ!」
吹き飛ばされた男の向こうで、小さな子どもが転んだ。
目の前に、巨大な影。
棍棒が振り上げられる。
――間に合わない。
その瞬間。
ヒュンッ!!
アルヴィンは無意識に、近くの商店の台から包丁を掴み取っていた。
躊躇なく投擲。
一直線。
刃はゴブリンの右目に深々と突き刺さる。
ギャアアアアア!!
絶叫。
子どもの母親が我に返り、抱き上げて走り去る。
アルヴィンは視線だけで安全を確認すると、すぐに踵を返した。
(リリアを助けにいかないと…!!無事でいてくれ!!)
リリアの食堂へ向かおうとした、その時。
「アルヴィン副騎士団長!!」
騎士団員が駆け寄る。
「大型魔物が外門を破壊! 王国魔術師団より識別完了! 名は“グラトゥス”! グレード2です!」
アルヴィンの表情が険しくなる。
魔物には危険度階級がある。
グレード1――国家存亡級
グレード2――多数死傷・街破壊級
グレード3――局地被害
グレード4――軽微被害
いままで出てきた魔物は大半がグレード4か3。
それが、グレード2の報告。
遠征でも滅多に遭遇しない。
分厚い金属製の外門を破ったとなれば、妥当だ。
そんな芸当は、グレード4と3には到底できない。
「王より討伐要請が出ています!」
「……わかった」
即答。
だが、胸の奥で別の思考が渦巻く。
(こんな状況で……リリアに何かあったら――)
そのとき。
「副騎士団長!」
カイルが走ってくる。
「リリアさんのこと、俺に任せてもらえませんか?」
アルヴィンは振り向く。
無理に作った余裕の笑みのカイル。
「俺にグレード2は無理です。でも、グレード3のゴブリン程度なら対処できます。リリアさんの救済は、俺がやります」
グレード3相当のゴブリンだが、
カイルの戦闘能力で、一体にギリギリ勝てるかどうかだ。
いまは、そんなゴブリンがそのあたりをゴロゴロと歩いている。
それでも、彼は一歩も退かない。
アルヴィンは数秒だけ迷い――うなずいた。
悩む余地はなかった。
「……任せたぞ」
「はい、団長!」
カイルは駆け出す。
食堂ルミナリエの方向へ。
「この辺りのゴブリンは我々にお任せを!」
次々と騎士団員が展開し、巨体に挑みかかる。
アルヴィンは彼らを一瞥し、深く息を吐いた。
「頼んだぞ……」
そして、全速力で外門へ向かう。
グラトゥス。
遠くからでも分かる。
外門の向こう。
黒い巨影が、まるで怨念を鎧にしたかのような姿で立っている。
赤い亀裂が走る体表。
大地を踏みしめるたび、振動が走る。
(あれが……グラトゥス)
グレード2を仕留めるまで、危機は去らないだろう…
被害は増え続ける。
一刻も早く、討つしかない。
だが。
アルヴィン自身、グレード2との戦闘経験は一、二度。
それも複数人での連携戦。
今回は、初動。
最前線。
俺にできるのか…
だが、葛藤している時間すらない。
(迷うな)
冷徹の騎士。
そう呼ばれてきた。
ならば今も。
心を切り捨てろ。
剣に集中しろ。
守るべきは――
街か。
王か。
それとも。
(リリア……)
すべてを守る。そう拳を握る。
次の瞬間、アルヴィンは地を蹴った。
――決戦の幕が、上がる。
しかし、その一方でリリアには危機が迫っていた。
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