第4話:光断つ軌跡
【1】
カズヤは嫌な予感に、跳ねるように目を覚ました。
まだ夜は明けきっていない。
焚き火は小さく赤く残っている。
胸の鼓動が速いまま、息を吐いて隣を見る。
――誰もいない。
一瞬、理解できなかった。
「……アマネ?」
返事はない。
森の奥へ続いている足跡だけがある。
背筋が冷えた。
剣をすぐに掴み、カズヤは走り出した。
闇が溶けている森の中へ。少女の元へ。
⸻
【2】
闇が音を呑み込み、足元の苔がしっとりと湿っていた。
アマネはワイヤーブレードを構えたまま、呼吸を整える。
――カシャン。
反射で後退。直後、地面から鋼糸の罠が跳ね上がった。
刃をひと振り、ワイヤーが唸り、糸の根元が断たれる。
続いて、頭上から岩片が落下。
アマネは素早くワイヤーを射出。
崩れ落ちる岩を流すように受け止め、その反動で身体を横へと引き抜いた。
(……罠だらけ。
あの声の主が、標的を追い詰めるために作った空間)
闇の奥で、青白い光が揺れる。
光はふわりと動き、まるで“こちらを追ってくる”ようだった。
アマネは慎重に一歩進む。
光が岩壁で――わずかに反射した。
(反射……?)
彼女は小石を拾い、ワイヤーに絡めて放る。
金属糸が走り、光の中心を叩いた。
バリンッ。
鏡の割れるような音。光がひとつ消えた。
「やっぱり……光源は別にある」
その途端、新たな光が別の場所で灯った。
まるで“意思を持って場所を変えている”ように。
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【3】
バサッ……と、頭上から突如羽ばたきがあった。
戦いに刺激されたのか、洞窟の天井から、コウモリの群れが飛び出す。
アマネは反応して身構える。
しかしコウモリたちはまっすぐ、光の方へと吸い寄せられていった。
またバリンッと鏡の割れる音。
光はコウモリたちと共に、闇へ溶けるように視界から消えた。
そしてまた、別の岩壁の上で新たな光が灯った。
――違和感。
生き物に詳しくはないが、コウモリが暗がりを好むことくらいは知っている。
(そういうのって光は避けるんじゃなかったっけ……?)
頼りなく曖昧な知識。
だが僅かな違和感として胸を刺し続けていた。
最初にあの青白い光を見た時、自分は何を思っただろうか。
今、あの光を見て何を思うだろうか。
心臓の鼓動が速くなる。
自分もあの光を見ていると――なぜか、近づきたくなる。
追いかけて触れたくなる。
理屈ではなく、惹かれる。
(……惹き寄せる。意思をねじ曲げてでも、近づかせる――)
「……残響の力が混じってる」
光で誘い、罠で仕留める――そんな構造が透けて見えた。
(冷静になれ、私。
観察して、判断して、行動――大丈夫、初めてのことじゃない)
アマネは深く息を吸った。
視線を巡らせながら、頭の中で糸を引くように考えを巡らせた。
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【4】
(惹きつけるなら……逆に“誘導”する)
アマネは素早く周囲を見渡す。
水たまり、濡れた岩壁、枯れ枝、苔。
――そして地面に散らばる、さっき割り落とした鏡片。
「……使える!」
彼女は散らばった鏡片をひとつ拾い、ワイヤーに結びつけて投げた。
鏡片が光を反射する。
次の瞬間、光はその方向へふわりと軌道を変えた。
「やっぱり……“存在”を検知してる」
アマネは続けて複数の鏡片を投げ、
壁や倒木、水面へ反射を散らしていく。
光は標的を見失ったように迷い始めた。
そして――
ガチャン! バシッ! ギィィン!
洞窟中の罠が誤作動を起こし、
落石、鋼糸、矢の仕掛けが次々と空振りで起動した。
洞窟全体が荒れ、岩肌が砕ける。
一方、岩陰に潜んでいたヴァージニアは顔をしかめた。
手にした鏡面装置の挙動が乱れ、反応が散り散りになっている。
(……まさか!?)
ヴァージニアの背後で、音がした。
――シュルッ。
金属糸の軌跡が闇を裂き、鏡面装置の一つを切断した。
散った光の奥に、“本当の光源”が現れる。
その手に淡く光るは〈導灯の残響〉。
――心に働きかけ、人々を導き照らす光の記憶。
アマネの声が静かに落ちた。
獲物を見つけた獣の瞳をして。
「……見つけた」
ヴァージニアが反応するよりも早く、金属糸が奔り、彼女の手足を縛り上げた。
導灯が静かに散っていく。
⸻
【5】
アマネは剣を構えたまま距離を詰める。
「監査局の人ですよね。どうして私を――」
ヴァージニアは無言でアマネを見返す。
わずかに口元が動き、掠れ声が漏れた。
「……光は……消せない」
足元で赤い紋章が弾けた。
(まずい!)
拘束型のエーテル罠――避けきれない。
その時。
「アマネーーー!!」
洞窟が震えるほどの声。
黒い影が上から飛び込み、紅光を真っ二つに斬り割った。
眩い光が弾け、熱風が吹き抜ける。
月明かりの差す闇の中、砂埃が落ち着いた時――
そこにカズヤが立っていた。
焦りと汗。
肩で息をしながら、剣を下げて。
「……はぁ、はぁ。
悪い……間に合った、か?」
アマネは目を丸くしていたが、すぐに力がふっと抜け、微笑みが浮かぶ。
「……うん! また……助けられちゃったね」
ヴァージニアは地に伏し、唇を噛んでいた。
「……任務失敗……か」
アマネは強い眼差しで言う。
「あなたを傷つけるつもりはありません。
でも――どうして私を追うのか、説明してもらいます」
ヴァージニアは沈黙したまま、視線を逸らさなかった。
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【6】
――少し前。リムランド監査局本部。
夜更けの棟は静まり返っていた。
分厚い防音壁の奥、淡い燭光がゆらめく密室。
机上に置かれた封蝋付きの書簡が、一枚。
セイル・オーウェルは報告書の束を閉じ、その封を見つめた。
刻まれている紋章は――“筆聖”の物。
その紋を冠した命令書が届くなど、通常ではあり得ない。
セイルは眉をひそめ、封を切った。
中にはわずか数行の筆致。
『“第七課 監査部隊 隊長 セイル・オーウェル殿
速やかにセントラル・ドミナ筆聖院へ参集せよ。
アマネ・チャペックに関する一切は筆聖直轄の審理下に移行する。
――筆聖 グレース・ユルスナール”』




