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残響詩篇  作者: 宗一郎
第一章:共風と共に去りぬ
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一章 第4話:風に揺れる草色の少女

【1】


海を渡る風が、急に質を変えた。


潮の匂いに混じって、どこか甘い草の香りが漂ってくる。



数日間に渡る航海の末。

ラオの漁船|《安心丸》は、ゆっくりと波を切り裂きながら、

アークティア大陸の小さな港町へと近づいていた。



「陸地!」



アマネが甲板から身を乗り出す。


目の前に広がるのは――灰色の断崖ではない。

どこまでも続く黄金色の草原だった。


草原の奥、空の高みに、いくつもの島が浮かんでいる。



「これが……アークティア……」


初めて見る光景に、カズヤが思わず声を漏らす。

髪を撫でる風。


その流れが――僅かに震えている気がした。



カムイは腹を押さえて項垂れる。


「腹減ったっす……。

姐さん、着いたらまず飯でいいっすよね?」


「ええ。

物資も揃えたいし、長い船旅で身体も凝ってるし。

港町で一晩は休みましょ。

アイン、荷物お願いね」


「はいはい……っと」



《安心丸》は木の桟橋に軽く触れ、停まった。


ラオが大きく笑いながら手を振る。


「んじゃ、俺は酒場で一杯やってから帰るぜ。

メキースさんにもよろしくなぁ!!」



一行は笑顔でラオと別れ、港町へと足を踏み入れた。




【2】


港町は草原の入口――


というより、“風の玄関口”だった。



潮と草、花の香りが混じり、風は絶えず歌うように吹き抜ける。

石畳の通りの脇には、草で編んだ風鈴や風見鳥が並び、

どれもくるくると回っていた。



カズヤが目を丸くして、アマネに話しかける。


「なぁ、あれ。全部風で回ってんのか?」


風車かざぐるま、っていうらしいよ。

アークティアは風を何よりも大事にしてるから、

色んなところに風車が置いてあるんだって」


「へえー、風か……!」


カズヤはほんの少し、親近感を覚えていた。



その時だった。


通りの向こう。

人の流れが、不自然に割れた。



ひとりの少女が、そこに立ち尽くしている。



肩まで伸ばした草色の髪を揺らす、背の低い少女。

少し大きめの外套に身を包み、

胸の前で、強く指を握りしめている。


年は、十四、五ほどだろうか。



――少女の周囲だけ、風がざわついていた。


「……っ」


突然、頭を押さえてしゃがみ込む。


「きゃ……うぅっ……!」


風が、泣くように唸った。


風鈴が一斉に震え、

通りの空気がひりつくように張り詰める。




【3】


「ッ大丈夫か!」



真っ先に駆け寄ったのはカズヤだった。

アマネも続いて駆け寄る。


少女は必死に呼吸を整えようとするが、

風のざわめきがそれを許さない。


「……ごめ……なさい……」


少女の周囲だけ、風が荒れ狂っていた。

草穂がざわりと揺れ、風鈴が激しく鳴り続ける。



アマネはそっと、少女の肩を抱いた。


「大丈夫……。

ゆっくり……深呼吸してみて」


その声に合わせるように、少女は息を吸って、吐いた。


ゆっくりと、少しずつ、呼吸を整える。



――バンッ


と空気が弾けるような音とともに、風が一気に引いた。



通りは、嘘のような静寂に包まれた。



草色の髪の少女はふらついている。

それでも立ち上がり、慌てて頭を下げた。



「ご、ごめんなさい……!」



その背後から、

何かの部族の紋を胸に刻んだ、年配の男が近づいてきた。


「すまぬな」


穏やかな声だった。


「この子の〈残響〉のせいじゃ。

負の感情や揺れに反応して、“痛み”になってしまう。

……外典として扱われておる力じゃ」



(外典……か)


カズヤの胸に、重い言葉が落ちる。



老人は深く頭を下げた。


「我らは《エルダレン》。草原の民じゃ。

長の使いとして、そなた達を迎えに来た」



少女も、慌てて頭を下げる。


「あの……、

ミレイ・エルダレンって言います!」



ノエラが首を傾げる。


「エルダレン……書類にあった“草原の部族”ね。

でも、出迎えの話なんて聞いてなかったけど?」


「事情が変わってのお。

それについては、追って説明しよう」



アマネは微笑み、少し涙目のミレイの頭をそっと撫でた。


「ミレイちゃん。

来てくれてありがとう。嬉しいよ」


ミレイの頬が、わずかに赤くなる。

それに呼応するように、風がそよっと優しく揺れた。



カズヤも自己紹介しようと口を開いた――が。


ミレイはちらりと見ると、はっきりと目を逸らした。



(……避けられた?)



向けられ慣れた目ではあった。

忌避や恐れ、その類。


それでも、理由の分からない違和感が、

小さな棘のようにカズヤの胸に食い込んだ。

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