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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
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第14話:届かない手、託される手

【1】


峡谷の中心に佇む階層都市。

その空には、早くも祭典の灯が滲み始めていた。

灰色の幕が通りを渡り、上層の露店には果実酒や焼き菓子の甘い香りが漂う。


笑い声と音楽、煌めく紙灯――

明るさの下で、街はどこか落ち着きを失っていた。


年に一度の“灰の祭典”。

祭典当日まではあと四日。


上層は光に包まれ、華やかな人々が行き交っている。


一方で、下層の路地裏には見張りの兵が立ち、

不用意に上層へ向かおうとする者は容赦なく止められていた。



「……こっから行けるのか?」


カズヤが小声で問う。

アインはフードを深くかぶり、狭い裏路地を進む。


「俺が昔使ってた抜け道だ。

上層の補給路の裏――管理記録にも残ってねぇ」


薄暗い壁の隙間に、錆びた鉄扉がひっそりとあった。

アインが懐から古い鍵束を取り出し、慣れた手つきで錠を外す。

軋む音とともに、地下へ続く通路が口を開く。


冷たい風が吹き抜け、遠くで機械の唸る音が響いた。


「……なるほどな。こういう道があるから、

“協力者”達も動きやすいってわけだ」


カズヤが呟くと、アインは片眉を上げた。


「そういうこと。

筆聖の動向を知らせてくれたのもそいつらだ」


「マジかよ。どこにでもいるな」


「……そんだけ、連中が敵を作ってるってこった」



二人は闇に溶けるように階段を登り始めた。


上層へと続くその抜け道は、

まるで世界の境界を縫い合わせる綴じ目のようだった。




【2】


階段を抜けた先、上層の光景はまるで別世界だった。


街並みは淡い花灯が吊られ、噴水の水が光を反射する。

祭りの気分に浮かれ、人々は笑い、歌い、灰の塔を仰ぎ見ていた。


その中心、天を突くように立つ塔は、

祭典に向けて静かに脈動しているように見える。


「……あれが灰の塔」


カズヤの声には、息を呑むような響きが混じっていた。

アインも短く頷く。


「上層の通路は全部、塔の中庭に集まってる。

出入りは三か所。警備の密度も異常だ。

だが――祈りを上げる日の夜だけ、

儀式の資材搬入のために裏手の勝手口が開く」


「よくそんなに知ってんな」


「そりゃそうよ。

一年も前から、あの塔をぶっ壊す準備を進めてたからな」



アインは少しため息をつく。


「もっとも、カムイの方に進展なきゃ仕切り直しだけどな」


アインは塔の外周を見回し、警備兵の動きを目に焼きつける。


「……搬入ルートを辿れば、中に潜り込める。

祈りの時間帯は、誰ひとり内部に入るのが許されてないからな。

その隙に入っちまえば、あとはこっちのもんってわけだ。

だが、問題は――筆聖だ」


彼の口調がわずかに硬くなる。


「監査局の隊長格も連れてるって話だ。

当日、どう動くかまでは読めねぇ」



――監査局の隊長格。


カズヤの脳裏に、どうしてもあの雨の夜の湿った“臭い”が蘇る。

水を操る残響の男。


結局自力では勝てていない。

もしあの男が、生きてこの街に来ているなら。


そう思うと、掌にじっとりと汗が滲んだ。



塔の外壁が、夕陽を受けて赤く燃え上がる。

その光の中で、塔がまるで呼吸するように揺らめいた。


アインが小さく息を吐く。


「じゃ、偵察はこれくらいにして、一旦戻るか。

飯食いながら作戦会議だ。

カムイが何か掴んでりゃ、動き方も決められる」


カズヤは塔から視線を外し、頷いた。

塔の影が長く伸び、二人の足元を呑み込んでいく。



そしてカズヤの元に――また、あの黒い外套の影が近づいていた。




【3】


上層の石畳を戻る途中、二人の影が長く伸びていた。

祭のざわめきが遠ざかり、鐘の音だけが響く。


カズヤがふと立ち止まる。


「……アイン、待った」


その声にアインが振り返り、立ち止まった。



人波の奥――黒い外套をまとった男が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

空気を裂くような冷たい水の匂い。


「……久しいな」


声を聞いた瞬間、カズヤの背筋が凍りついた。


掻き上げた金髪がわずかに揺れる。


セイル・オーウェル。

あの日、雨の夜に対峙した“敵”。



セイルは淡々とした声を落とした。


「剣を抜くな。戦いに来たわけではない」


カズヤは低く唸る。


「……何の用だよ」


セイルの視線が、灰の塔の方へ向く。



「アマネ・チャペック。あの娘の“排除”が決定された」



瞬間、全身の血の気が沸く。

到底受け入れられない言葉。


「っ……それで、あんたらはどうするつもりだ」


「無論、排除する」


一言が、夜気を切り裂いた。

セイルは感情の一切を排した声音で続けた。


「筆聖の正式な決定だ。

アマネ・チャペックの存在が、世界を狂わせていると判断された。

――彼女の命をもって、今回の異常を解決する」


沈黙。

風が止まり、遠くの鐘だけが響く。



カズヤの唇が強く動いた。


「……アマネはただ、生きてるだけだ。

何もやってねえんだぞ!

そんな人間を、よく平気で殺せるな!」


風が、ふたりの間を切り裂くように吹き抜けた。



セイルは踵を返す。


「お前達の居場所は割れている。この街から逃げても無駄だ。

……祭典の後に我々は動く。

その時、全ての片が付くだろう」


カズヤへの返答ではなく、宣言。


ただそれだけを残し、彼は人波へと消えていった。



残されたのは怒りと、決意の熱。

アインがゆっくりと息を吐く。


「……やべぇな。完全に宣戦布告だ」


カズヤは拳を握りしめたまま呟く。

だが、怒りだけでなく――どこか憐れみを滲ませて。


「……あいつも納得いってねえんだろ。

じゃなきゃ、わざわざ言いに来ねぇよ」


風が一瞬だけ揺れる。



「……次は――正々堂々、必ず俺が勝つ」




【4】


フラグメンツの拠点奥――観測室。


計器の光が淡く揺れ、カムイは端末に身を乗り出していた。

数十本のケーブルが天井を這い、《観測くん3号》が低く唸っている。



夜になっても尚、彼女は手を動かし続けていたのだが――ふと手が止まった。


「……おかしいっす。

ノイズだと思ってた波形。これ妙に……既視感が…」


画面上で一部だけ、波形が一瞬だけ整列し、

既知のパターンを描いている箇所があった。

見覚えのあるその位相を手早く照合をかけ――カムイの指が震える。



「……姐さん……?」



息を呑んだ。


カムイは慌てて立ち上がり、廊下を駆け抜け、一枚の扉を勢いよく開いた。



ノエラの部屋。


誰もいないはずの空間。

彼女が消えてから、誰も何も手をつけていなかったのだが。



机の上に、一枚の《《新しいメモが増えていた》》。


震える手で拾い上げる。

そこには、見慣れた筆跡で様々な“調査結果”が記されていた。



『アマネ・チャペックの存在位相、観測成功。

でも…この世界に定義がない。

彼女を“正しく参照できていない”』


『だったら、書き込めばいい。

綴りは、書くための構造を元から持ってる。

じゃあどうやって書くのか』


『色々と調べてきた。

全ての存在定義は、エーテルの波形で刻まれている。

同じ波を呼応させれば、

彼女の定義に合わせた形で世界に刻み直せる』


『こっちは“裏側”だから、綴りには手が届かない。

でもカムイ、アナタならできる。

アインも、《《新人のふたり》》も、頼りにしてるわよ』



――カムイは思わず涙を滲ませた。

ノエラに救い出された日のことが思い出される。


「……姐さん……ずっと、そこにいてくれてたんすね……」


静かに顔を上げる。

託されたメモの束を、両手で大事に受け取る。


瞳には決意の光が宿っていた。



「――待っててください。

姐さんもアマネさんも、消えた人達も、絶対うちが助けますから」

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