第13話:交わる観測
【1】
フォーンシティの朝。
いつもより空が白く濁り、塔の影が街全体を覆っていた。
市場のざわめきはあるものの、人々の目にはどこか落ち着かない色があった。
灰の塔――いつもと変わらず中心にそびえている塔も、
今はまるで街を監視しているようだった。
アインが新聞の切れ端をテーブルに放る。
「……来てるな。
“筆聖グレース・ユルスナール。
灰の祭典のためフォーンシティを訪問。
祭典当日は、灰の塔にて祈りを捧げる予定”だとよ」
アマネが訝しむ。
「筆聖が急に来るなんて、よっぽどの理由がないと……」
「だろうな。
真っ先に灰の塔に入って、しばらく篭ってたらしい。
今は、養護施設の訪問やら会食やらやってるらしいが……。
それも表向きの演出だろうよ」
カズヤは記事の文字をじっと見つめた。
「“存在の消失”……。
お偉いさんが来た理由は、それか」
アインは顎をさすり、少し考え込む。
「上層は今、警備が倍増してる。監査局も動いてるらしい。
下層にもそのうち来るだろうよ。
動きづらくなったな…」
アマネが不安げに眉を寄せる。
「……カムイさんの言う通り、
やっぱり“存在の綴り”に異常があるってことかな……」
⸻
【2】
同じ頃、拠点の奥――観測室。
蒸気のこもる薄暗い部屋で、カムイは髪を振り乱しながら機器と格闘していた。
机の上には分解された金属パーツと束になった配線、
そして殴り書きの数式が並ぶ。
「……うぅん、違うっす。
ノイズが強すぎる……でも、これが逆に――」
カムイはぶつぶつと独り言を呟きながら、配線をつなぎ替える。
手元の動きは乱暴なのに、指先だけが異様に正確だった。
アマネがそっと覗き込む。
「カムイさん、休まないと……」
「ダメっす。せっかくノってきたとこなんで。
今やめたら全部パーっすよ」
その顔は青白く、目の下には深い隈が刻まれている。
だが瞳はギラギラと光り、疲労の中にも確かな熱が宿っていた。
だが、カムイはふと手を止めた。
「……やっぱ灰の塔が怪しいっす」
カズヤが首を傾げる。
「そうなのか?」
「うす。消失現象と同じようなエーテル位相が、
《《筆聖が塔にいた時間帯》》に何度も観測されたっす。
つまり――灰の塔に“存在の綴り”の手掛かりがある可能性は高いっす」
アインが小さく笑う。
「ほー。……まさかあの塔が」
だが、カムイは頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
「でもー、でもっすよ。まだ修復方法が分からんっす。
そもそも“存在の綴り”がどんな構造で、どうやって触れるものなのか――
観測データを解析して、仮説と仮説を無理やりくっつけてるんすけど……」
手元の機械から火花が散り、ランプの光が瞬く。
アマネは蠢く装置群を見つめ、胸の奥にわずかな緊張を覚えた。
――筆聖と、“存在の綴り”。
その二つが交わる時、世界の何かが変わる気がしてならなかった。
⸻
【3】
カムイが頭を悩ませている頃。
――そこは消えたフラグメンツのメンバー、
ノエラ・スウィフトの部屋。
灯りの消えた空間は、まるで時間そのものが止まってしまったようだった。
机の上には、エーテル観測用の機器、乱雑に積まれた資料。
メモには数式や観測記録、様々な思考の跡。
そして最後のページだけが白紙のまま残されている。
誰も触れていない。
けれど、ほんの一瞬――空気が微かに揺れた。
ランプが、ひとりでに点滅する。
カチ、カチ、と不規則なリズムを刻み、そして光が一瞬だけ形を結んだ。
机の上に置かれたメモの束の一番上――。
そこに、いつの間にか新しい一枚の紙が置かれていた。
真新しい紙には、黒いインクでいくつかの言葉が記されている。
その直後、無人の部屋に――微かな《《声だけ》》が落とされた。
「……これが、届くと良いのだけれど……」
ランプの光がふっと消え、部屋は再び静寂へと沈んでいった。
だが、その沈黙の奥で――
誰も見ていない観測装置の針が、ほんの僅かに震えていた。




