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残響詩篇  作者: 宗一郎
序章:綴られぬ者達の夜明け
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第12話:存在の綴り

【1】


夜明けをわずかに残す空を、白銀の飛空艇が静かに滑る。


船体には筆聖院の紋章――光輪に貫かれた羽根の印。

それが陽の光を受けて鈍く煌めく。



フォーンシティ上層の港区に降下すると、街全体がざわめいた。


兵士達が整列して迎える。

赤土の風が吹き抜け、灰の塔が遠くにそびえている。


舷門が開き、白衣の裾を翻して――。



筆聖グレース・ユルスナールが姿を現した。


その歩みは静かだが、足元から放たれる気配はあまりに清浄で、

触れた空気さえも浄化されるようだった。


その背後には、

セイル・オーウェルとヴァージニア・ブローディが控えていた。


灰の塔へ向かう中、セイルが口を開く。


「……本当に、同行されるとは思いませんでした。

筆聖自ら現地調査とは」


グレースは窓外を見つめたまま、穏やかに答える。


「“存在の綴り”は世界の根幹。

深部まで調査するには私の権限が必要です。

表面上の調査では、何も進まないでしょう」



ヴァージニアが手元に淡い光を灯した。


アマネを捕捉した〈導灯の残響〉の力で、彼女の位置を探ったようだ。


「……例の二人もこの街に。

“残響を失った綴士”と、“災厄の外典”」


災厄の外典、その言葉にセイルの表情がわずかに強張る。


グレースはゆるく目を閉じた。


「そう。

……観測を続けなさい。

彼らの行動が、綴りの異常とどう結びつくのか――見極めねばなりません」


その後、何かを見据えるように、グレースは灰の塔を見つめた。


遠く街の中央にそびえるその塔は、

近づくほどに巨大さを増し、まるで世界そのものの軸のように立っていた。




【2】


塔の外壁は赤褐色の金属でできており、

表面には古代文字のような紋章が無数に刻まれている。


門の前には、白衣の警備兵が整列している。

グレースが一歩足を踏み入れると、塔内の空気は急に温度を下げ、静寂が降りた。


灰の塔内部にある大書院の支部も、この日は一切の人が追い払われていた。

外の喧騒も届かない、足音だけが支配する通路を奥へ進む。



塔の中心部は、螺旋状の大回廊となっている。


案内役の守衛に連れられて、

三人は粛々と階段を下へと降りていき――やがて最下部へと降り立った。



目の前には、古めかしい扉が一つ。


セイルが尋ねる。


「……これは?」


グレースは静かに答える。


「ここが、灰の塔の中枢。

記録と観測の最深部――“綴り層”への入口です」


案内役の守衛が頭を下げ、複雑な鍵状の紋様が刻まれた本を差し出す。

グレースはゆるやかに頷きそれを受け取ると、祈りを込め唱えた。



「筆聖の権限により――封鎖を解除します」



本が淡く光り、重たい音が響く。

階下へ続く道がゆっくりと開いていく。


白い霧のような光が、下層から溢れていた。




【3】


灰の塔最下部――綴り層。


そこは、リムランドで最も深く、もっとも静謐な空間だった。


音も風も存在しない。

空気の粒一つまでが、世界の法則に従って整列しているようだった。



中央に浮かぶ巨大な光の円盤。

それは金属でも石でもなく、

“定義”そのもののように透明で、無限の層を持っていた。


数万の文字列――エーテル言語で刻まれた存在記録が輪をなし、

それぞれの層が異なる速度で回転しながら、淡い光を放っている。



「……これが、“存在の綴り”です。

この世界のあらゆる命、物、記録――

それら全てが、この記述によって“在る”と定められている」



グレースの瞳に、金色の反射が宿る。

彼女はそっと本を差し出し、輪のひとつに触れる。


瞬間、塔全体が低く唸った。


セイルもヴァージニアも、かつてない光景に息を呑む。

目の前にあるものが、人の知を超えた“概念の器”であることを、

本能で理解していたからだ。



輪の奥から、光が脈動する。

やがてその輝きは人の形を結ぼうとする。

揺らめく輪郭。人の影。


しかし形成される寸前に、それはふっと崩れ、

霧散した光が静かに塔の中へと溶けていった。


「……存在の定義が、未確定」


グレースが、ほとんど自分に言い聞かせるように呟く。


「欠けた存在が、ここに記されようとしている。

どの定義にも属せない。

やはり《《残響のない者》》が――」


光の波がゆっくりと収束していく。



場は再び静寂に沈み、ただ中心の円盤だけが、

心臓の鼓動のように淡く脈動を続けていた。


「記録は、痛みを訴えている。

ならば、私はその声を聞き取り、取り除かねばなりません。

世界が再び、正しく記録を綴るために」


グレースは目を閉じ、静かに頭を垂れた。

そして揺るがなく決意に満ちた声で、セイルへ命じる。



「異常の起点はアマネ・チャペック――

残響のない存在が、世界の定義を蝕んでいます。

ですが、祈りの妨げはしたくありません……。

来たる灰の祭典の後、彼女を即座に“排除”してください」



静謐の中で、セイルが険しく眉を寄せ、頭を下げた。



――それが秩序を守る唯一の道だと胸に刻んで。

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